Vol.211 |アトリエクオッカ スタッフ代表 松本 進
多彩は多才
特別支援学校の卒業生で構成される富士宮のアートクラブ『アトリエクオッカ』の活動日。ひと月ぶりに集まったメンバーは、絵を描きながらしゃべったり、冗談に笑ったり、あるいは黙々と描き進めたりと、誰もが自然体だ。活動の様子を穏やかに見つめ、適宜声をかけているのが、スタッフ代表の松本進さん。松本さんは富士特別支援学校富士宮分校の美術教諭で、藤枝と富士宮で卒業生が参加するアートクラブを立ち上げた。クオッカのメンバーが生み出す作品は、自治体や民間企業とコラボをするなど、高い芸術性で評価を集める。
しかしながら松本さんには、絵の芸術的価値よりも、メンバーが友人とともに安心して過ごせる居場所を守り続けることこそが大事だというゆるぎない信念がある。オーストラリア固有の有袋類で、いつも笑っているように見える口元から『世界一幸せな動物』とも呼ばれるクオッカワラビーから名づけたこのクラブには、メンバーの笑顔と、穏やかで幸せな時間の流れがある。取材を通じて、この心地良さこそが、多くの人を魅了する絵画が生み出される秘密なのだと知った。
アトリエクオッカについて教えてください。
月に一度、富士特別支援学校富士宮分校の卒業生が集まって絵を描く場です。2021年に教え子の中で在学中から絵が好きだった卒業生に声をかけたのが始まりで、今は18~22歳の20名が参加しています。同校には軽度の知的障害を持つ生徒が通い、卒業後は大半が一般企業や事業所の仕事に就くので、クオッカのメンバーも平日は働いています。とはいえ社会人としてまだ経験不足な面があり、苦労も多いようですね。この場所に来て、学生時代からの気を許せる友人たちとたわいもないおしゃべりをしながら絵を描くことが、大きな気分転換になっています。
藤枝にも『wonderful art COMMUNITY(waC)』という同様のアートクラブを作られたそうですね。
特別支援学校の卒業生が絵を描き続けられる場として、2012年に藤枝で立ち上げたのがwaCです。当時は藤枝特別支援学校で美術を教えていたのですが、授業の中でとてもいい絵が生まれるんです。卒業後に描かなくなってこのセンスが埋もれるのはあまりに惜しく、家庭と職場以外の居場所がほしいという保護者の希望もあって始めました。メンバーの作品が徐々に知られるにつれ、その芸術的価値が認められ、各地での展示や企業とのコラボが増えました。現在は障害者の芸術活動を応援するNPO法人の協力を得て、幅広い依頼に対応しています。
waCのノウハウを活かして生まれたのが、クオッカです。高校生ボランティア団体である『富士宮高校会議所』が活動場所を提供してくれた縁で、地域のアートフェスなどにも参加しています。和気あいあいとした雰囲気を見てもらえばわかるとおり、クオッカの活動は社会的評価の高い芸術作品を生み出すことだけが目的ではありません。仲間とともに、精神的・心理的にも十二分に安心できる環境で、思い切って自分なりの表現活動ができる居場所として存在することを最優先にしています。心を許せる場所だからこそ、作品にも存分に個性が発揮されて、多くの人の心を捉えるのでしょう。絵が売れたり、作家として企業と契約したりするメンバーもいますが、社会的評価や収益はあくまで結果としてついてくるもの。彼らの居場所を細く長く守ることが使命です。
松本さんは15年間、一般の中学校で教えていたそうですね。
みんなで同じ目的に向かって集団の力を発揮するのは素晴らしいですし、やりがいも感じていました。そんな中、特別支援教育に携わるきっかけになったのが、研修交流の3年間です。静岡市の特別支援学校でまず驚いたのが、生徒一人ひとりに合わせた教育を徹底している点でした。肢体不自由の生徒も通う学校だったので、「来年はこういう子が入学してくる」となれば、特性に合わせて教室内の机や備品の置き方を柔軟かつダイナミックに変えていたのです。
美術の授業では、手に不自由さのある生徒もいるけれど、どの子も自分なりの想いや表現方法、世界観を持っていることに感動しました。中学校も特別支援学校も、教える内容はそれほど変わりませんが、生徒から出てくるものが異なります。中学校では全体的に似通った絵が多かったのに対して、特別支援学校ではもっと個性がにじみ出た作品が多い。同じことを投げかけても、こちらの予想をはるかに超えた線や色使いの作品が出てきて、興味をひかれましたね。
私は美術教師として、そもそもが「人と違ってこそいい」という価値観を持っています。そのため、当たり前のように違いが肯定される環境を心地良く感じました。15年間培ってきた経験を活かしてみようと、研修交流を終えたのちに特別支援学校の教員としてのキャリアをスタートしました。
素晴らしい絵ばかりです。個性を引き出すため、どのように教えているのですか?
私が教えるのは具体的な技法だけで、個性は彼らの内面からじわじわと出てくるものです。より豊かな表現になるよう色の重ね方や塗り方を伝えて、そこに彼らの感性やユニークさが混ざりあって形になっていきます。あと大切にしているのは声かけのタイミングです。画用紙に白い部分がなくなったら「完成しました」と言うことがあるので、「もっとよく見てごらん」「ここは色が変化しているよね」と気付かせたりします。富士山も型通りの水色ではなく、思った色を好きに組み合わせていいと伝えると、絶妙な色彩表現が出てきます。一方で、口を出しすぎると本人の個性が隠れてせっかくの絵が凡庸になってしまうことがあり、さじ加減が重要です。彼らが絵を持ってきた時には、とにかく褒めて褒めて褒めまくって、丸ごと認めるようにしています。というのも、彼らには何より自信を持ってもらいたいからなんです。
藤枝での勤務時、今でも忘れられない経験をしました。校外学習で大井川鐵道のSLを見に行き、質問したり話を聞いたりしたのですが、慣れない場や知らない人を前に多くの生徒が極度の緊張で萎縮してしまったんです。いつもはすごくおしゃべりな生徒も別人のようにほとんどしゃべれなくなり、もともと口数が少ない生徒はまったく話せない状態で、いつもの明るさが消えていました。それを見て、この子たちは社会に出た時に自信を持って自己表現ができず、本来の姿を正しく見てもらえないんじゃないか、いいところがたくさんあるのにわかってもらえないんじゃないかと、もどかしくてつらい気持ちになったんです。
一般社会で彼らが仕事や生活を営んでいく上で、多くの困難があると思います。そんな時でも支えになるものがあると、気持ちを切り替えていけるはず。だからこそ、ダンスでも音楽でも、スポーツでもアートでも、どんな分野でもいいから自分らしさを表現できる何かを見つけてほしいと思うのです。私は絵を通して少しでも彼らの自信につながるよう、「君の描く線はそれでいいんだよ」「そのままの君でいいよ」と、前向きな言葉をかけるようにしています。
伸びやかな線、個性的な色彩
クオッカで生まれた作品をいろいろな場所で展示していますが、展示に力を入れる理由は?
人の目に触れる機会を増やし、知ってもらうためです。障害のある方のアートには、橋渡し役の第三者の存在が不可欠なので、発表できる場を日頃から探すようにしています。富士市内のコーヒーショップ、地域の芸術祭や銀行でも展示をしてきましたが、個人的には病院に絵を飾ってロビーが華やぐのが好きですね。展示の新聞記事や来場者の感想をメンバーに伝えると、絵を描くことが誰かの役に立っているとわかって自己肯定感につながります。
彼らの絵にはすごいチカラがあって、見た人から冊子の表紙に使いたいと依頼がきたり、道の駅とのコラボグッズを作ることになったりと、人と人をつないでいきながらどんどん展開していくのです。ラグビーをテーマに描いた絵は、ワールドカップフランス大会の時に、パリの日本文化会館に展示されたんですよ。またこの夏には、富士宮高校会議所の高校生とクオッカメンバーたちで描いた富士山の絵がニューヨークの教会に飾られました。この活動を始めた時に「いつかアートの本場、ニューヨークに絵を展示する!」と大風呂敷を広げていましたが、実現した今、私自身が一番戸惑っています(笑)。一教員の私も、彼らのおかげで世界を広げてもらい感謝しています。静岡大学の学生と展示のコラボをした際には、ふだんは接点が少ない立場の若者同士で盛り上がり、いい刺激になりました。絵を見てもらったことで鑑賞にも興味が広がり、美術館を訪れたり、題材にしたスポーツの観戦に出かけたりと、楽しみが増えたメンバーもいますね。
敬意を込めて教え子を「作家」と呼んでいますね。
彼らは本当に作家です。作品に障害の有無は関係ないですし、自ら区別しているように感じる『障害者』という言葉を、私はあまり使いたくないんです。彼らが生み出す絵は、美術を専門に勉強した人が描いたものと遜色ないくらい迫力があって、独創的で、説得力があります。ピカソが晩年になってやっと子どものような絵が描けるようになったと言った話は有名ですが、彼らもそんな風に感性のままに描いています。制作に没頭する姿そのものが芸術です。特別支援学校出身だからといって、ほかの若者と何も変わりません。誰にでも得意不得意があり、だからこそ、誰もが人の力を借りて生きています。
絵のすごさもですが、こんな絵を描く彼らの人間的な魅力を多くの人に知ってもらいたいです。障害=不自由と捉えられがちですが、絵の中で彼らは本当に自由です。会社員、親、パートナーなど、誰もが複数の立場を持ち、こうあるべきという枠組みの中で生きていますが、彼らの表現はそんな枠組みを気持ちいいくらいに突き抜けています。大それたことを考えてはいませんが、障害の有無にかかわらず、誰もが安心して自分を表現できる世の中に、少しずつでも変えていきたいというのが、私の願いです。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa
松本 進
アトリエクオッカ スタッフ代表
静岡県立富士特別支援学校富士宮分校 教諭
1966(昭和41)年5月9日生まれ (58歳)
静岡市出身・在住
(取材当時)
まつもと・すすむ / 静岡東高校、静岡大学教育学部美術専攻卒業後、県内の中学校で15年間美術教育に携わる。静岡県立中央特別支援学校での3年間の研修交流を経て、特別支援学校教諭免許を取得。美術教諭として藤枝市、焼津市の特別支援学校で勤務したのち、2018年に富士特別支援学校富士宮分校に着任。現在に至る。2012年に同僚とともに藤枝でアートクラブ『wonderful art COMMUNITY(waC)』を立ち上げ。2021年には富士宮分校の卒業生が参加する『atelier QUOKKA』を富士宮市で開始し、スタッフ代表を務める。メンバーの作品を世の中に広く知ってもらうため、精力的に展示活動を行なう。所属作家を紹介するYouTubeの動画撮影・編集も自ら手がけている。
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
何年も前にどこかの待合室で冒頭だけ読んでそのままになっていた『暗殺教室』というマンガを、今あらためて読んでいます。週刊少年ジャンプのSFマンガなのですが本質的テーマは教育で、とある中学校で「落ちこぼれ」とレッテルを貼られた子どもたちだけを集めたクラスに不思議な先生がやってくることによって生徒たちが成長していく姿を描いた、突飛な設定とは裏腹に作者のメッセージが丁寧に練り込まれた良作です。
その作品の中で生徒たちは、自分がそれまで欠点だと思っていたことが視点を変えれば長所であることに気づきます。クラスがさまざまな難関にぶつかるたびに一人ひとりの長所がそれぞれ違った個性として発揮され、そしてそれが自信につながっていきます。
本紙のインタビューでは「障害」というテーマをこれまで何度も取り扱ってきましたが、取材を終えて毎回必ず心に残るのはそんな「欠点だって個性のひとつ」という考え方です。障害の多くは、社会の側から見たときにたまたま欠点に見えるってだけで、それがその人のすべてを規定してしまうわけじゃないし、いつもマイナスに作用するわけじゃない。そして、「障害者」と「健常者」の間に明確な線があるわけでもない。大事なのはその人が自信を持って生きていけることであって、そんな自己肯定感の手助けをしてくれる先生と出会えたら、幸せですよね。
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