Vol. 176|ずこうラボM 主宰 細野 麻樹

細野麻樹さん

図工のじかん

小学校時代、図画工作の授業を心待ちにしていたという人は多いだろう。そんな、誰もが心の中に持つ創造性に働きかけながら、日常生活の中で自然に楽しめるような身近なアート活動を行なう女性がいる。20年のキャリアを持つ元小学校教諭であり、2児の母、自身もイラストレーターの細野麻樹さんだ。

子ども向けの図工教室を開くだけでなく、教育現場への関わり、母親たちへエールを送る作品展の主催などその活躍ぶりは多彩だが、細野さんが体現するのは、才能あふれる選ばれた人のためだけのアート教育ではない。育ちゆく子どもたちに寄り添ったり、地域の人たちが温かくつながるためのいわば触媒として、アートが持つさまざまな側面を使い分けているのだ。

これまでの経験を活かし、アートをきっかけにして関わる人を笑顔にしようと、周囲の人と手を取り合ってさまざまなアイデアを形にする細野さん。その視線の先にはいつも、ここで暮らす人たち、地域社会がある。

主宰する『ずこうラボМ』の活動を教えてください。

3年前に教員を辞めた後、大好きな図工やアートに関する仕事を幅広く手がける『ずこうラボМ』を立ち上げました。

私自身、イラストレーターでもあるのですが、特に仕事内容は限定していません。そのため活動内容は多岐にわたりますが、わかりやすいものでは週に2日、5歳くらいから小学6年生までを対象とした図工教室があります。異なる年齢の子どもたちが交じりあって、身近な素材を使って季節や年中行事をテーマに絵を描いたり、工作をしたり。出来上がった作品の上手い下手ではなく、表現する過程を楽しむことをいちばん大切にしています。美術を学んできた者として、子どもたちが自分の表現したいものに最適な画材や道具を選べるよう、知識の面でも手助けをしています。

参加するのは大半がものづくりが好きな子ですが、中にはきょうだいについてきただけの、図工に苦手意識のある子もいます。そんな子どもたちが時間とともに、表現することの楽しさに夢中になっていく様子は見ていて嬉しいですね。

ずこうラボMの子どもたち

ずこうラボMの子どもたち

教員以外の道を考え始めたきっかけは?

ひとつは育休です。それまで10年間仕事に打ち込んできましたが、育休中には子連れで出かけた先々で教員仲間とはタイプの違うママ友がたくさんできましたし、地域の多くの方とも新たな交流が生まれました。とても充実した時間で、視野が一気に広がった実感があったんです。その頃から、いずれは地域とのつながりの中で何かしたいと考えるようになりました。

長女が生まれてからは、得意なイラストを活かして子どもの好きなものや思い出などを題材にしたTシャツを作ったりしていたのですが、それを見た友人知人からイラストの仕事を頼まれることも出てきたんです。でも職場復帰して、教員の立場では副業もできないので、その依頼に気持ちよく応えられないジレンマも感じました。またSNSなどで自分の作品や思いを発信することも立場的に難しい。結局二度の育休を経て、自分の得意分野であるアートを使って地域社会に貢献できる活動をしようと退職を決断しました。

独立してからは、図工教室以外にも知人やSNS経由でさまざまな依頼をいただき、教育関係者向けの研修や児童館の親子工作講座の講師を務めています。

最初の育休中の2011年に仲間と始めたのが『ママ、作っ展』です。当時、既製の子ども服に手を加えたり、不要な洋服を子ども服に作り替えるリメイクにハマっている友人がいて、『作品展をやろうよ!』と半ば強引に説得して、企画しました(笑)。会場は、当時できたばかりだった富士宮市の富士山環境交流プラザを借りられることになりました。展示のサブタイトルは『寝てるマにママが作るあれこれ』。周りに聞くと、自分の子どもに何かしらあれこれ作っているお母さんたちの多いこと!わが子のためだけに、その喜ぶ顔を思い浮かべながらおもちゃや洋服、小物を作っていることに、私自身が感動してしまったんです。この究極のオーダーメイドをぜひいろんな人に見てもらいたいという思いから生まれたのがこの展示です。

お母さんと子どもの間だけで完結していたところに、展示という形でスポットが当たることで、見る人も作り手も共感や勇気をもらえる場になっています。子育てをする中で、孤独を感じたり、理想の母になれているか悩んだりすることもありますよね。そんな子育て世代を、ものづくりを介して応援できる場がこの作品展。今後も、初期メンバーはサポートに回りつつ、次の世代のママさんたちへ代々引き継いでいけたらと考えています。

『ママ、作っ展』の展示

『ママ、作っ展』の展示

スタッフのみなさんと

スタッフのみなさんと

教員時代は図工やアートとどのように関わっていたのですか?

学校教育は画一的などの声もありますが、学校の図画工作にもいいところはあるんです。クラス30人みんなの作品を並べるとやっぱり迫力がすごい。それに、義務教育なのですべての子どもに対して働きかけが可能なんですね。上手に描かないといけないというプレッシャーで図工に苦手意識を持っている子にも、アプローチ次第では興味を持ってもらえる、そんな種まきができるんです。

教科である以上、成績をつけなければいけないという葛藤はありましたが、子どもたちが純粋に楽しいと感じられるように工夫していました。大成功だったのが、県立美術館から大量の粘土を借りて行なった『粘土の授業』。教室にブルーシートを敷き、体全体を使ってダイナミックに粘土遊びをするんです。足で踏んでみたり、好きな形を作ったり、隣の子とつなげたり。豪快に遊べばクラスの雰囲気もよくなりますし、遊んで満足した子どもたちは片づけもスピーディ。満たされるとびっくりするほど切り替えが早くなります。この『粘土の授業』は今も富士と富士宮市内の小学校で続いていて、私も専門家の立場で学校へ出向きノウハウを伝えています。

他にも、学校でアートを楽しめる可能性を常に模索していました。大きな階段の側面に一段ずつ色を塗って、離れて見ると富士山に見えるようにする、とか。春には教室から中庭を通して張ったロープに子どもたちが授業で作った鯉のぼりを吊るす、とか。いかにお金をかけず、いかに邪魔にならないようにして、児童を楽しませるだけでなく忙しい先生方も日常の中でアートに触れて癒やされてくれればいいなと、日々知恵を絞っていました。

図工などの技能教科は経験者から教えてもらうことがとても大事なのですが、今は時間や人手が足りず、現場の若手教員さんたちの苦労は尽きません。富士市では授業の進め方などのスキルアップをしたい先生方のための研修会が行なわれており、そこで図工の講師をすることもあります。ある時は熱心な先生方が約70名集まり、絵の具の使い方や造形遊びの授業を子どもの立場で体験してもらいました。今までの経験を活かしながら先生方を支えるのも、現在の活動の重要な一部になっていますね。

細野麻樹さんと子どもたち

アートの力でみんなを笑顔に

幅広い仕事ぶりですが、細野さんは昔から何でもやってみようというタイプなのですか?

幼い頃は外遊びやお絵描きなど自由に遊んでいましたが、ひとつの考えにとらわれないところなんかは造園業を営む父の影響が大きいかなと思います。

父は型にはまらない人で、子どもに対しても考えを押し付けず、私が興味を持つことを一緒に楽しんでくれましたね。船を工作した時には、工夫を重ねて帆を完成させてくれたり、生き物の観察の宿題では、嫌な顔ひとつせずミミズの解剖に付き合ってくれました。ふつうの親だと止めるかもしれませんよね(笑)。

今は生きものへの好奇心旺盛な私の娘たちの野外活動などに付き合って、温かく見守ってくれています。自分自身の好奇心にも正直で研究熱心な人なので、造園業の傍ら有機肥料を使った野菜づくりなど試行錯誤しながら精を出しています。そんな父の姿を見て、私も自分で「これしかやらない」と決めつけず、興味のあること、人が喜んでくれそうだと思うことを素直にやっていけばいいんだと思うようになりました。

今後もまだまだ、やってみたいことは尽きそうにありませんね。

最近は、育休中の先生たちや教育関係者に図工の授業のヒントを伝える『図工カフェ』を開催したり、私の住んでいる富士根北周辺に群生するカタクリという花の保護活動にも取り組んでいます。

それからじつは最近、実家でヤギを飼い始めました。昔、祖父がヤギを飼っていて、乳をよく飲んでいたのが懐かしくてずっと飼いたかったのですが、ちょうどヤギに草取りをさせたいという実家の姉の思惑と利害関係が一致しました(笑)。飼ってみたら思わぬ好影響も出てきて、子どもたちの環境教育にも活かせることがわかったんです。

通りかかる子どもたちがヤギの様子を見に来ることで人と人の交流が生まれ、エサをやろうと雑草に目を向ければ、草にもいろんな種類があって、一つひとつに名前があることもわかります。ヤギのフンが土の栄養になって作物を育てると考えたら、生き物と自然との共存や循環を意識しますよね。食べ物になるんだから安全でないと、と感じれば農薬などへも関心が広がります。娘が『ヤギを学校に連れていきたい』と言ったときには、これは面白いかもと思い、『ヤギから環境を考える』というテーマの総合学習の授業を企画し、娘の通う小学校で実施させていただけることになりました。

メディアやインターネットが発達してどうしても受け身になることが多い現代。だからこそ、子どもたちには実体験を通して考える力や生きる力を持ってほしいと強く思います。その一助になれるような活動を今後も続けていきたいですね。

アートが活動の中心であることに変わりはありませんが、結局のところ私はいろんな人に興味があって、みんなに笑顔になってもらいたいというのが原動力。生まれ育ったこの場所で、アートをきっかけにして子どもたちやお母さんたち、その後ろにいる家族を支えたいと思っています。やっていることがひと言で表せないので肩書も定まらず、独立して3年も経つのになかなか名刺が作れないのが目下の悩みなんです(笑)。

子ども(羽根)
男の子
宝箱
男の子(怪獣)
ヤギ
子どもの作った富士山

撮影協力/富士山環境交流プラザ

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Photography/Kohei Handa

hosono-profile

細野麻樹
ずこうラボM主宰
1976年3月28日生まれ(45歳)
富士宮市出身・在住
(取材当時)

ほその・まき / 富士根北中、富士宮西高校、静岡大学教育学部(小学校課程図画工作科専攻)を卒業後、小学校教諭に。第一子の育休中、母親が子どものために作ったものを展示する『ママ、作っ展』を主催。今夏で11回目を迎える。第二子を出産後、2018年に退職し、同年7月に富士宮市粟倉にある実家敷地内に子ども向けの図工教室『ずこうラボМ』をオープン。また地元の富士宮市富士根北地区をはじめ県内で子ども、親子、そして大人向けの工作講座を開催し、作品づくりの楽しさを幅広く伝える。一方で教員時代のノウハウを活かし、教員向け研修や育休中の教員・教育関係者向けの図工講座『図工カフェ』、小学校の図工の講師を務めることも。屋号の『М』は本人と二人の娘のイニシャルから。

ずこうラボM

富士宮市粟倉982-6
TEL:090-4865-3070(細野)

公式Webサイト

図工ラボM
ママ、作っ展vol.11
~寝てるマにママが作るあれこれ~

8/6(金)~9(月・祝)

富士山環境交流プラザ
富士宮市粟倉1618-9
問い合わせTEL:0544-59-0050
メール:mamatukutten (アットマーク) gmail.com

取材を終えて 編集長の感想

Nutshellロゴ何かを手作りするというのはずっと昔から行われてきた人間の普遍的な行為のひとつでしょう。生活に必要なものを作り、人にプレゼントするものを作り、純粋に作りたいから作る。今の世の中、欲しいものは何でも完成品を買えてしまいますが、あえて自作することにはやっぱり特別な喜びがあります。

細野さんの活動のユニークさは「ずこう」という言葉に集約されています。「アート」と呼ぶよりも「図工」。トップタレントを育成するためというより、もっとずっと裾野を広げ、誰もがみんな持っているクリエイティブな人間力を養う。それは、将来どんな仕事についても幅広く活かせる力です。

ビジネスの世界でも近年、いわゆる左脳型の分析能力重視から、「デザイン思考」と呼ばれるより創造性重視の方向性に変わり始めています。数字とにらめっこしながらガチガチに固めて完璧に仕上げた稟議書を上層部に通す、という旧来の日本企業的なやり方から離れ、「まずは手を動かしてアイデアを形にしてみよう。失敗したら作り直してみよう」という姿勢への転換です。教科のなかでもなんとなく箸休めのように見られがちな図工ですが、実は図工教育こそが日本の産業の将来を左右する鍵なんじゃないかと、ひそかに感じています。

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