Vol.222 |ハーブコーディネーター 永松香
咲いて、ひろがる
「今日はどのハーブにしよう?」——毎朝クローゼットで洋服を選ぶように、その日の気分、体調、気候によって一杯のハーブティーを気軽に楽しむ。そんな暮らしを提案し、実践しているのが、ハーブコーディネーターの永松香さんだ。
ラベンダーの花咲く河口湖畔で幼少期を過ごし、多様な文化や習慣に触れた海外生活を経て、現在は富士宮を拠点に活動する永松さん。約500坪の畑でハーブを栽培しながら、乾燥やブレンドまで一貫した手づくりのハーブティーを、地元のみならず全国のファンへと届けている。意識しているのは、上質でありながら特別ではない、日常を彩るハーブティー。
永松さんが淹れたジャーマンカモミール、レモンバーベナ、ペパーミントのブレンドティーをいただいた。小さな草花がゆっくりと開き、ポット全体が明るい黄緑色を帯びていく。立ちのぼる香りを堪能してから口に含めば、優しい甘みが心にまで沁みるようだった。
ハーブティーのオリジナルブレンドや淹れ方はもちろん、素敵なアンティークの茶器に至るまで、永松さんの「ハーブ愛」を感じますね。
ハーブティーの魅力はたくさんありますが、まずは選択肢の多さですね。いろんな植物の葉・花・茎・根など、お茶として飲まれているものだけでも100種類以上、複数をブレンドすると、その組み合わせは無限大です。それぞれのハーブにはオリジナルの香りや味わい、そして植物としての効能がありますから、飲む人にとって最適なものを選べるのが特徴であり、楽しさでもあります。気持ちを落ち着かせるハーブ、よく眠れるハーブ、食べ過ぎた翌日のデトックス用のハーブなど、目的によって使い分けられるので、日常生活に取り入れやすいんです。
飲み方としては、できれば中身が見えるガラスのポットで淹れてほしいです。ハーブティーは素材の成分をそのままに専用の機械で乾燥させているので、お湯を入れるとポットの中で形や色が美しく変化していく様子が見られます。それを眺めることでまずは視覚で癒されて、ハーブとともに心が潤い、生き返るような気持ちになれるんです。効能を高めるためのポイントとしては、沸騰して少し経った高温のお湯を注いだら、蓋をしてしばらく蒸らします。ポット内側の水滴に含まれた香りや成分をしっかりと閉じ込めるイメージです。
ハーブティーと聞くと、なんとなく敷居が高いと思われがちで、「大人の女性が好むおしゃれな飲み物」というイメージがあるかもしれません。でもそんなことはなくて、老若男女を問わずぜひ日常的に飲んでほしいです。わが家では毎朝の食卓に、その日の気分に合ったハーブティーを出していますし、息子もアイスハーブティーを入れた水筒を持って出かけます。日本で「ハーブ」という呼び方が定着したのは比較的最近ですが、国内でも古くからハス茶、ゴボウ茶、タンポポ茶などのいわゆる「和ハーブ」が薬草茶として飲まれてきた歴史があります。
一方で、ハーブティーにあまり馴染みのない人からよく聞くのは、「まずい」「苦い」「酸っぱい」といった言葉です。もちろん中にはものすごく苦味や臭みの強いハーブもあるんですが、本来は美味しいはずのハーブでも、大量生産用に細かく粉砕されて鮮度が落ちていたり、保存料が入っていたりすると、まったく別物の味になってしまいます。だからこそ信頼できるハーブ店か、栽培している生産者から直接購入することをお勧めします。そして上質なハーブを正しい手順で淹れたものを飲めばきっと、「ハーブティーってこんなに美味しかったの!?」と驚かれる人が多いと思います。

高温のお湯で淹れるのがポイント

お気に入りの茶器を使えば気分も明るく

ハーブのブレンドは一つずつ手作業で
永松さんご自身がその驚きを感じた瞬間はいつだったのでしょうか?
姉がフランスに留学していた時、それを追いかけるように母と私でフランス旅行に行きました。その時のホームステイ先の家族が日常的にハーブティーを飲んでいるのを見たのが最初ですね。食事の時だけでなく、寝る前にもカモミールのハーブティーを飲んでいたので理由を聞くと、「よく眠れるんだよ」と。それで私も飲んでみたら、すごく美味しく感じたんです。慣れない海外にいる緊張感や不安もあって、カモミールの作用がその時の私の状態に合っていたんでしょうね。興味を持った私をホストファミリーが近所のスーパーに連れて行ってくれて、売り場にいろんな種類のハーブティーがずらりと並んでいるのを見てびっくりしました。
さらに振り返ってみると、幼い頃暮らしていた富士河口湖町にはハーブ館やラベンダー畑があってよく遊びに行きましたし、母が自宅の庭にもラベンダーを植えていたので、当時からハーブに対して好意的なイメージが育まれていたのかもしれません。
そういえば昔、姉と二人でいろんな花や草を採ってきては、棒で潰して水を入れて飲む遊びをしていました。つくしは食べても大丈夫、レッドクローバーは甘くて美味しい、タンポポの花はきれいだから入れよう、みたいな感じです。口に入れても大丈夫な草花は大人から教えてもらっていましたけど、細かな選択はほぼ野生の勘で(笑)。でも不思議なことに、それらの多くはハーブティーとして実際に飲まれている有用な植物なんです。私の原点は、幼少期にたくさんの草花を見て、触れて、集めて、飲んだり食べたりしていたことなのかもしれませんね。
なかなかインパクトのあるエピソードですね(笑)。その後ハーブティーを個人で楽しむだけではなく、販売までするようになった経緯は?
夫の海外赴任に伴って、中国とベトナムで計7年間生活していたのですが、コロナ禍が深刻になった2020年に二人の子どもを連れて先に帰国しました。コロナへの不安もあって、体調不良の際もなるべく病院にはかからず自力で治したいなと考えていたところ、富士宮市内の薬局で漢方やアロマについて教えてくださる先生に出会って、講座に参加するようになりました。
その薬局ではハーブティーも扱っていたので、手に取ってみたんです。フランスで飲んだハーブティーの美味しさを思い出しつつ、健康への意識が高まっていたこともあって、改めてハーブへの関心が湧きました。そこからいろいろと調べてみると、ハーブの歴史や食文化との関わり、心身への作用、美味しいハーブティーの作り方など、掘り下げるとキリがないほどの奥深さを知ったんです。
その後、三島市にあるハーブ園に何度も通ってハーブづくりや販売の現場を学びながら、ハーブのインストラクターの資格も取りました。とにかく夢中で、ハーブと関わることが楽しくて仕方なかったですね。
そのうちに薬局の先生から「そんなにハーブが好きで知識もあるなら、もっと人に広めた方がいいよ」とアドバイスをいただいて、ハーブティー講座を開いたり、自分でブレンドした商品を販売するようになりました。私のハーブティーを美味しいと言ってくださるお客さんがいて、そこから口コミで広がったり、「こういうハーブティーを作ってほしい」という声が届くようになると、もっといいものを提供したい気持ちが湧いてきて。今は地元を中心にいくつかのお店で委託販売をしてもらっていて、ショッピングモールのイベントや地域のマルシェなどにも定期的に出店しています。とにかくハーブティーの良さを多くの人に知ってほしくて、出店会場ではいつも試飲を提供しています。ウェブサイトでも販売していますが、北海道や九州のお客さんからも注文をいただいていて、少しずつご縁が広がっているのが嬉しいです。
ハーブの香は暮らしに寄り添う心のスイッチ
さらに最近では自ら畑に出て、ハーブの栽培も手がけるようになったのですね。
これまでは無農薬や有機栽培のものを前提に、いろんなところから取り寄せたハーブをブレンドしていました。ただ、どうしても品質にムラがあったり、そもそも同じ種類のハーブでも産地や気候など育った環境によって違いが出てしまいます。そんな中、実家の庭などで試しに育てたハーブがすごく美味しくて。こうなったらもう全工程を自分でやろうと、知人の紹介で富士宮市内に約500坪の休耕農地を借りて、今シーズンからハーブ畑を始めました。
基本的には独学ですが、農家の方にも教えてもらいながら、カモミールやラベンダー、ミント、スギナなど、約20種類のハーブを植えています。栽培から乾燥、ブレンド、販売まで、すべての作業と責任を負うことにはなりますが、そのぶん本当に納得したハーブティーを作れるようになったので、とてもやりがいを感じています。農業初心者にとってはかなり広い畑で、しかも水道がないので少し離れたところから富士山の湧水を汲んできたりと大変なんですけど、週末には家族にも手伝ってもらいながら頑張っています。

自家栽培の畑で採れた無農薬のカモミール

ハーブ畑には爽やかに香る風が吹いていた
これまでの行動力を踏まえると、今後も新たな展開が期待できそうですね。
身近な目標としては、無農薬で安心安全なハーブを安定的に提供できるようにして、富士山麓で育ったハーブとして広めたいです。畑仕事がひと段落する冬場には、販路拡大やイベント出店にも積極的に取り組みます。同じ場所に留まっているよりもフットワークよく外に出て回りたいタイプなので、今は店舗を構えず、イベントなどを通じてたくさんの人に出会いたいなと。
またハーブティーだけでなく、肉料理を引き立てるハーブソルトや米糠とハーブを合わせた美容・リラクゼーション用のアイテムなど、いろんな素材とハーブを合わせた新商品開発にも力を入れたいですね。いつかは畑を眺めながらハーブティーを飲めるスペースも作りたいですし、ハーブを絡めて地域の素敵なお店や施設を巡るツアーなどもやってみたい。やりたいことだらけですね(笑)。でも何事も挑戦してみないとわかりませんし、やらずに後悔するのはすごく嫌なんです。これまで実際に動いてみてうまくいかないこともたくさんありましたが、すべてがいい経験だったと前向きに捉えています。
きっと私は、いつも新しい何かを求めているんだと思います。小さな頃の遊びでも、海外生活での異文化体験でも、小さな変化や感動があると、日常がワクワクしますよね。そして今、私が全力を注げるものとして巡り会えたのが、ハーブです。数限りないハーブティーを通じて、新しい出会いや発見の喜びをたくさんの人に味わってもらいたい。そのためのお手伝いをしたいと思っています。ハーブティーも生活も、毎日違って毎日楽しい。そんな風に暮らせたらいいですよね。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa
永松香
ハーブコーディネーター
富士宮市在住(取材当時)
ながまつ・かおり/ 幼少期を山梨県富士河口湖町で過ごす。東京や愛知での社会人生活を経て、夫の海外赴任に伴い中国・上海で4年間、ベトナム・ホーチミンで3年間暮らす。2020年、コロナ禍を機に2児と帰国。健康について考える中で、かつてフランス旅行中に親しんだハーブティーと「再会」し、その効能や美味しさに惹かれる。ハーブに関する学びを深め、日本園芸協会認定ハーブコーディネーターや日本ハーブ振興協会認定プロフェッショナル・インストラクター・オブ・ハーブなどの資格を取得。ハーブティー講座を開講し、2022年からは『Chez Kaori(シェ カオリ)』のブランド名で自ら手がけたハーブティーの販売を行なう。提携する約15店舗でのハーブティー販売やイベント出店に加えて、2025年より富士宮市内に約500坪の休耕農地を借りてハーブ畑での栽培を開始。ネット通販やSNS投稿にも力を入れながら、ハーブの魅力を日々発信中。
Chez Kaori (シェ カオリ)
ウェブサイトからハーブティーの購入が可能。富士宮市内の『う宮〜な』『大富士』『柚野商店』『SEED CAFÉ』などでも各種ハーブティーを常時販売中(2包入・税込300円〜)。
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
永松さんのハーブティーに出会ったのは、以前本紙表紙(Vol.180)でご紹介した『鈴川ふれあい朝市ボンマルシェ』の会場でもある、富士市・JR吉原駅近くにあるフレンチ家庭料理レストラン、ビストロ・イグレック。当編集部の新年会ランチで訪れ、食後に出てきたその香り、あたたかな味、そしてティーポットの中で咲く茶葉の視覚的な魅力に、編集部全員一致で「これはぜひ取材したい!」と決めたのでした。取材対象を選ぶときは背景のストーリーも含めて総合的に情報を得ることが多いので、今回みたいに商品パワーの一撃で一目惚れしちゃうのは、わりとレアなケースです。
個人事業をされている方々を取材すると、好きなことを見つけ、その魅力を世に広めたいと願いながらフットワーク軽く歩き回っていたら、活動領域のほうも自然と広がっていった、という話をよく伺います。永松さんもまさにその好例なのですが、こだわりや本物志向、勉強熱心さ、丁寧な仕事ぶり、そして自分が好きなものへの素直さのようなものが、自然と周囲の人々も巻き込み、応援してくれるファンに変えていくのでしょう。緻密な戦略を駆使するグローバル企業が肥大化していく昨今、地元で商売を広げていくことの難しさに悩んでいる個人事業者や中小企業経営者も多いと思いますが、地方経済の一員である私たちの生きる道は、地方ならではの等身大の素直さの中にこそある、と信じたいです。
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