Vol. 189|株式会社オールコセイ 早川貴規

オールコセイ 早川貴規さん

虫と軽トラとコセイの話

「富士市産のコオロギ、もう食べた?」。そんな言葉を耳にすれば、家庭でも職場でも盛り上がる話のネタになるだろう。しかし、それがさまざまな社会課題に一石を投じる先進事例の姿だと知れば、見え方は少し変わってくるはずだ。

ソーシャルファームという言葉がある。「社会的企業」とも訳され、柔軟な雇用の場を意識的に生み出すことで社会に貢献する企業や団体を指す。

食用コオロギの生産・加工・販売と移動スーパーの運営という、ユニークな事業形態を持つ株式会社オールコセイは、2021年に産声をあげたばかりだ。富士市内の事業所責任者を務める早川貴規さんは、福祉業界で長年働いてきた経験や思いをもとに、富士地域に密着したソーシャルファームの実現に汗を流す日々を送る。働き方も暮らし方も人それぞれに違いがあり、願いがある。多様な個性を受容し、誰もが安心して暮らせる地域社会を目指す取り組みが今、富士市を拠点に躍動している。

コオロギ入りのお菓子をいくつか食べてみましたが、香ばしくて美味しいですね。

ありがとうございます。個人的にはコオロギとバターの風味が豊かな焼き菓子のラング・ド・シャや、ビールとの相性もいいコオロギフライなどがおすすめですね。粉末にしてお菓子や麺の一部として使うこともできますし、そのまま揚げたり炒めたりすることもできます。また、不定期ですが地域のイベントにキッチンカーで出店していて、コオロギを使ったパンやケーキなども提供しています。

コオロギを食べるというだけで即座に敬遠されることもありますし、中には「罰ゲーム用に」といって購入する方もいます(笑)。でもコオロギの食感は静岡県ではおなじみの桜えびに近いですし、旨味成分は昆布や椎茸の2〜3倍といわれています。タンパク質やアミノ酸、ミネラルも豊富で、牛・豚・鶏などの家畜肉と比べてもはるかに高い含有量です。海外では昔から伝統的にコオロギを食べている地域もあるんですよ。

当社ではヨーロッパイエコオロギとフタホシコオロギという2種類のコオロギを生産しています。室温30〜35度の設備内で、孵化から成虫になるまでの30〜40日間、徹底した品質管理のもと、食品品質検査を経て出荷基準を満たしたものを使用していますので、安全性にも問題はありません。コオロギは雑食性で、与える餌によって味や質感が変わるのですが、地元の農家や水産加工会社から提供していただいた静岡県産の野菜や魚介類を与えています。人間が食べても問題のないものを食べて育ったコオロギですから、安心して口にすることができます。

フタホシコオロギフタホシコオロギ。生産施設内には約1,000匹のコオロギが入った衣装ケースが最大で約80個並ぶ。

多くの食材の中からあえてコオロギを選んだ理由は?

この事業は社会問題に対する一つの提案でもあります。生産過程で大量の温室効果ガスを排出する牛や豚などの家畜は環境負荷が高く、脱炭素社会を実現する上で大きなハードルになっています。そこで注目されているのが昆虫食で、同じ量の家畜と比べて生産に必要な餌や水の量、土地の面積がとても少なく済みます。栄養価が高く環境にも優しいことから、食糧問題、環境問題で期待される「未来食」として、国連の専門機関も推奨しているほどです。

その中でも私たちがコオロギを選んだ理由は、繁殖力が強く成長が早いため、収穫効率が良いこと、そして実際にいろんな虫を食べてみたところ、コオロギが一番美味しかったからです(笑)。当初は何の知識もないところから、まずは海外の先行事例などを調べて、生産や加工の試行錯誤を重ねて、今では県外の小売店や食品メーカーからも注文が入るようになりました。今後はコオロギの数や一体あたりの重量をさらに増やす工夫を続けて、年間で1トンの生産を目指していきます。

そんな中、食用コオロギについて知ってもらおうと6月4日の虫の日に、富士市内の小学生を対象として、コオロギの養殖と試食の体験会を初めて開催しました。定員は10名程度と小規模でしたが、予想を上回る反響で、すぐに満席になったのは嬉しかったです。最近の小学生は環境問題やSDGsなどについても詳しくて、こちらがびっくりするほどでした。昆虫食に対しても大人と比べて抵抗感が少ないようで、この世代が大人になる頃には誰もがコオロギを違和感なく食べる時代になっているのかもしれないと、希望を感じました。

オールコセイ富士ファームコオロギの各商品は富士ファームのほか、道の駅富士や富士市内に設置された自動販売機、オンラインでも購入できる。

創業メンバーのみなさんは、もともと福祉業界で働いていたそうですね。

代表の石垣(いしがき)と副代表の浜地(はまち)、そして私の3人は、前職の障害者就労支援事業所でともに働く同僚でした。そこでの仕事にも誇りとやりがいを感じていましたが、一方で、働きづらさを抱えながらも公的な就労支援制度の適用外にいる、いわゆるグレーゾーンの人々の雇用は一体誰が守るんだろうという問題意識がありました。具体的には、障害者手帳の交付に該当しない病気を抱えた方や、高齢、片親、外国籍、触法者の方などです。

就労弱者の支援は社会全体にとって必要不可欠で、この分野で新たな挑戦をしてみたいという思いを、よく3人で語り合っていました。過去に石垣はアジア諸国での支援活動を、浜地はがん患者の支援を、そして私は高齢者福祉を中心に取り組んでいました。起業にあたってはそれらが重なり合う部分として、「多様な人が地域で働く、生きる、つながる」という基本理念が生まれました。特定の施設や制度に閉じ込めるのではなく、それぞれの人が生活している地域や環境で健康的に暮らしてもらうための支援を、ビジネスの形で実現することが私たちの目的です。

食用コオロギを扱うことにしたのは食糧問題や環境問題への意識もありますが、それ以上に重視しているのは、雇用の創出です。コオロギの生産から販売までの工程にはたくさんの手がかかりますが、これらを個別に切り出していけば、比較的単純な作業に細分化できます。つまり、それぞれの作業の特性に合った人が、短い時間でも働けるという点で、働きづらさを抱えた人を雇用しやすい事業なんです。

現時点でスタッフは7名体制ですが、それぞれの能力や適性を見極めた上で個別の作業を割り振ることで、一人ですべての作業をやるよりも生産性を高めることができました。また、就業前の実習や超短時間でのお試し勤務なども取り入れて、段階的に働いてもらうことで長く続けられるように工夫しています。

その一方で、これから成長していく会社ですから、総合職的な働き方ができる人材も求めています。例えば、調理師免許を持つスタッフには製造業務だけでなく、コオロギを使った新商品の開発をお願いしていますし、それをみんなで試食して、自由に意見を出し合いながらより良い商品になるように日々改善を続けています。

大切なのは、多様な人が働きやすい組織でありながら、事業としてもしっかりと成り立たせることで、コオロギはそれを実現させるための手段の一つです。コオロギを食べるという話題性が注目されがちですが、特に昆虫好きが集まった会社というわけではないんですよ(笑)。

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