Vol. 106|造形作家 一ツ山 チエ

命を紡ぐ 〜作ることは 生きること〜

今までそこになかった新しい価値を創造すること。芸術という概念をこのように解釈すれば、彼女の活動はまさにその核心にある。

富士市の造形作家、一ツ山チエさんがライフワークとするのは、新聞紙を使って立体的かつ写実的な動物の姿を作り出すことだ。情報媒体であり、時が経てば本質的な価値を失ってしまう新聞紙を自在に組み合わせることで、大地を踏みしめる力強さや親子の愛情、体温まで伝わってきそうなほど生々しい生命の息吹を感じさせる作品を生み出す。たしかな観察力、技術、根気があればこその堂々たる作品群だが、一ツ山さんの真摯でひたむきな視線が見つめる先には、いつでも「命」という悠久のテーマが横たわっている。

「あっ、このゴリラ見たことある!」と思う読者の方も多いのではないでしょうか。

ありがとうございます。地元では新富士駅やイベント会場での展示、各種メディアなどを通じて、多くの方に私の作品を見ていただいていると思います。新聞紙でできた等身大の動物というインパクトもあるのかもしれませんね。

どうやって作るのかとよく聞かれますが、作り方としては、まずひたすら新聞紙を裂いて、こよりを作ります。紙の芯を入れた本体を新聞で肉づけして形を繋えてから、接着剤を使ってこよりを一本ずつ貼りつけていくんですが、皮膚・毛・爪などの部位や質感によって、紙を細くしたりねじったり編んだりと、表現を変えています。こよりを重ねて貼っていくことで強度が出るので、多少触っても壊れることはありません。ひとつの作品で2〜3ヵ月分の新聞紙を使うこともあります。

今は10月に開催される『富士山紙フェア』に向けての準備も始めているところで、新作を発表する予定です。どんな内容になるのかは見てのお楽しみですが、今の私が感動したものや愛しいと感じたものが投影された作品になると思います。

作品を見た人の反応で特に印象に残っていることはありますか?

動物ということもあって、特に子どもたちの反応はいいですね。『これほしい!』って真顔で言われたこともあります(笑)。でも逆に怖くておしっこを漏らしちゃった子もいますし、富士芸術村での展示会では、3歳くらいの女の子がゴリラの親子の作品を見た瞬間、大泣きして、すぐに会場から帰ってしまいました。でもその子は怖いもの見たさでその後毎日見に来るようになって、会期の最後には作品に触ったりゴリラの膝の上に座って写真を撮るまでになっていました(笑)。最初は怖くても、きっと心の中に何か気になるものが残っていたからだと思うんです。私の作品やワークショップを通して、子どもたちそれぞれのドキドキやワクワク、夢中になれる何かが生まれるきっかけにつながると嬉しいですね。

幼い頃から芸術家を目指していたそうですね。

それがすごく不思議なんですけど、物心ついた頃から表現する人になりたいって思い込んでいたんです。子どもの頃、家族旅行で美術館に何度か行った際に、大きな作品を見て感動したり、自分も何か作りたいと思って、家にあった紙で遊んだりしてました。でも特に絵が上手だったわけでも、賞をもらったわけでもないんです。中学の頃はバレー部で、高校では美術部ところか、美術の授業すらありませんでしたから(笑)。

芸術学部への受験勉強中も大学在学中も、教わったことが自分に合っていないように感じられて、当然周りからの評価も低かったです。悔しい思いを何度したか数えきれないほど、挫折だらけでした。それでも今こうしているのが自分でも不思議で、何かに動かされてきたとしか思えないんですが、実際には人との縁が大きいでしょうね。大学卒業後にアルバイトとして勤務していたギャラリーで、いろんな表現を見て、国内外のアーティストと直接交流する機会にも恵まれたことで、少しずつですが、道が開けていったという感じです。

『君が心の叫び 歌はいまもきこえつづける』2011年/CLASKA The 8th Galleryでの展示風景/撮影 : 熊谷 直子/©HITOTSUYAMA.STUDIO

紙ひもを重ね合わせるように、
生きてゆく

挫折感が続いていた中で、表現者として転機となった出来事は?

大学時代から模索を続けてきて、自分のルーツを大切にしようと思い至ったのが大きいですね。自分はこの道で生きていこうと決意はしていたものの、精神的にも技術的にもこのままじゃダメだということは分かっていましたし、アートといえば海外から入ってくる情報の刺激が強すぎて、それに振り回されるばかりで結局自分の中には何もなかったんです。絵を描いても全部何かの真似にしか思えなくて、内心では『こんなのウソ、全部ウソ!』と自分の作品を罵っていました。

そんな中、自分にしかないものって何だろう?と真剣に考えた時、祖父の代から続く実家の紙ひも工場で、小さな頃から大量の紙を目にして、それに触れながら育ってきたことに気づきました。これだったら自分自身の作品として筋が通ると思って、紙ひもを使ってしらゆりの花を作ったんです。一本の線がいくつも重なって面になっていく、その流れや曲線が美しくて、『紙が紙を超えた!これだ!』と思いました(笑)。一枚では弱い紙が何重にも積み重なって、だんだん強くなっていく姿が、自分の目指す生き方や人生のテーマにもつながるような気がしたんです。

等身大の動物を新聞紙で表現するという現在の作風はどのような経緯で生まれたのですか?

最初に作った動物はサイでした。あるNGO団体からアフリカの女性や妊産婦の健康問題に関するイラストの仕事を依頼されて、その研修旅行で2007年に訪れたアフリカ・ザンビアの国立公園で出会ったサイがモデルになっています。単純にかわいいなぁ、大きいなぁという感想もありましたが、角を狙った密猟に苦しめられていて元気がないということや、残酷な殺され方をすることがあるという説明を現地のレンジャーから聞いて、深く印象に残りました。その時に見たサイの姿や表情を形にしたいと思って、イラストには残していたんですが、その後しばらくは手つかずになっていました。

その後、ある建築家の方のワークショップに飛び入りで参加させてもらう機会があって、子どもたちと一緒に身近にある新聞紙を使って何か作ってみようということになりました。1時間程度の簡単な工作でしたが、それがすごく楽しくて。イラストを描く時とは違って、両手でグシャグシャと触感を味わいながら作業することが心地良かったんです。しかも新聞紙なら軽いし、かなり大きな作品もできるんじゃないかと気づきました。そこでまず、アフリカで見たサイの姿を表現してみようと取り組んだのが最初の作品です。当時はアトリエもなく、実家の和室で数カ月かけて作ったので、完成した時は家族に『おお!何これ?すごい!』って驚かれましたけどね(笑)。

『大海原に旅に出る!〜ジュゴンの親子』2014年/新聞紙 紙ひも 木/展示風景 船橋アンデルセン公園子ども美術館/撮影:植木静寧/©HITOTSUYAMA.STUDIO

『セイウチの涙』2012年/新聞紙 紙ひも/撮影:北山和彦/
© HITOTSUYAMA.STUDIO

表現する対象が動物であることへのこだわりは?

サイを作って以降、命や生きることを強く意識するようになりました。私自身も含めて、それぞれにひとつの命があって、喜んだり悲しんだりしながら、いつかは消えていく。みんな同じなんだという親しみを感じたんです。また、作品として選んだ動物に対しては憧れの気持ちもあります。地に足をつけてドンと構えている力強さや、自然を生き抜くたくましさには本当に感動します。私は小心者なので(笑)。

あとは単純に形や質感の面白さですね。ゴリラの黒くて厚い胸板やバッファローのもさもさした毛並、触ってみたいと思いませんか?(笑)でも実際には触れないから、自分の手で作ってみようと。ただ想像だけではなく、生きているかのようにリアルに表現したいというこだわりはあります。動物園や水族館に行って、じーっと観察したり、写真や動画で動き方を理解しながら作品のポーズを決めたり。実際に作っている最中も、なんでこんな形をしているんだろう?とか、変な顔だなーとか、でも動物たちから見たら、人間の身体の方が、ツルツルしていて不思議な生き物だよなーとか、いろんなことを考えながら作っています。大きな作品だと一体あたりの制作期間が3ヵ月くらいかかることもあるので、やっぱり常に楽しみながら作れるものじゃないと、完成するまで気持ちが続かないですね。

これからの展開や現在の思いについてお聞かせください。

手法の変化や工夫はあるとしても、作品を通じて伝えていくことは、今後も変わらず続けていきます。美しい自然やいろんな国の文化などにも触れながら、感動したものを心に焼きつけて、自分の表現の幅を広げていきたいですし、機会があれば海外での創作や展示にも取り組んでみたいですね。作品はあくまでも自分が生きている中でのひとつの形でしかなくて、これが最終的な答えになるものではないと思います。ひとつの作品が完成した時は、そこに命が宿るような感覚がありますし、制作過程の中で新しいことに気づかされることもあります。

最近よく思うのは、大切なものは案外身近にあって、親しい人との日々の出来事や自分に与えられた課題を通じて発見したり、学んだりできるということです。私の場合は命の存在を感じさせる動物の姿を作り出すことで、私自身が生きるということを見出そうとしているんだと思います。いい時もあれば悪い時もありますけど、挫折や失敗を経験しながら、自分なりの生き抜く力を身につけてきたのかもしれません。憧れる動物たちのたくましさにはまだまだ及びませんけどね。

『大地に、生きる』2012年/新聞紙 紙ひも 木/LIXILギャラリーでの展示風景/
撮影:白石ちえこ/©HITOTSUYAMA.STUDIO

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa

一ツ山チエ
造形作家

1982(昭和57年1月20日生まれ(33歳)
富士市富士岡出身・在住
(取材当時)

ひとつやま・ちえ/製紐(紙ひも)工場を営む家庭の三女として生まれる。東京工芸大学芸術学部デザイン学科を卒業後、イラストレーターとして活動。「ユニクロ・クリエイティブアワード2006」で特別審査員賞受賞。CDシャケットや雑誌の挿絵などのイラストの仕事と並行して、紙を使った造形作品の制作に取り組む。馴染みの深い紙ひもや新聞紙を用いた表現技法に着目し、2011年にアートディレクターの玉井富士氏ともにhitotsuyama.studioを設立。活動の拠点を故郷の富士市に移す。こよりにした新聞紙を貼り合わせて等身大の動物をリアルに表現した作品群はこれまでに約50点、最大のものは全長3mにも及ぶ。その表現力とインパクトが脚光を浴び、制作依頼は後を絶たない。全国各地での作品展や展示も多数開催。

一ツ山チエ ウェブサイト
http://hitotsuyamastudio.com/

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