Vol. 194|美術家 伊藤 千史

紙のアートフェスティバル(2018年)入選作品

紙のアートフェスティバル(2018年)入選作品

“場”との共鳴で作品は面白くなる

場所の特徴を、作品にうまく活かしている印象です。

展示の依頼を受けたら、まずは会場の要素を考えますね。そこに何かしらのヒントを見出しながら、表現の形を探ります。なんとなく完成型をイメージはしつつ作り始めますが、会場との化学反応で思った以上に面白く仕上がる時があります。むしろ、ただ真っ白い壁しかないようなギャラリーだと悩んでしまうこともあるんです。

地域のイベントで魚屋さんが会場になった際には、紙を詰めた和紙に墨で本物そっくりにアジやサバの干物、ブリなどを描いてショーケースに並べたり、肉屋さんでは天井からハムの墨絵を吊るしたりと、その場になじむ展示にしました。ある美術関係者の方からは、「あなたの作品はインスタレーション向きですね」と言われましたし、自分でもそう感じています。地域のアートフェスはただ展示するよりも面白い作品になるという手応えと貴重な経験が得られるので、充実感がありますね。

商店街の魚屋に展示された作品

商店街の魚屋に展示された作品

昨年2月には岡本太郎現代芸術特別賞を受賞されましたね。

未発表の作品に限るという縛りがなかったので、2020年に焼津のアートイベントに出した作品を応募しました。じつは以前、この賞の選考に落ちたことがあったので、もう出すつもりはなかったんです。でも知人から「この作品が太郎賞を獲るのが見えた」と出品を強く勧められ、二度目の挑戦になりました。

そのアートイベントで私に割り当てられたのは、商店街の本屋さん。一般的には各作家さんの作品をそのままお店に展示することが多いのですが、私はその書店の“場”を丸ごと作品にしてみようと決めました。とはいえ、店の奥には荷ほどきした段ボールが置かれたままの状態で、ちょっと乱雑にも見える雰囲気をどう活かそうかと、苦心しましたね。その結果、展示場所として指定された平台にもともと置かれていた雑誌のパロディ本を2〜3冊ずつ作って並べて、「書店レジ前の平台」というテーマで完成させたんです。本の表紙はパッと視界に入ると読めそうなのに、実際には読めない書名にしました。『サライ』が『サヲイ』に、『きょうの健康』が『きうめ腱康』に、といった感じです。書店に似合う表現にしながら著作権には抵触しないようにという配慮でもあったのですが、来場者には面白がってもらえました。書店の風景になじみすぎていたのか、中には「作品はどこですか?」と訊ねてくる方もいましたよ(笑)。

岡本太郎現代芸術賞特別賞受賞作品

岡本太郎現代芸術賞特別賞受賞作品

賞を獲ったことで何か変化はありましたか?

認められたことで、気持ちに余裕が生まれましたね。作家と名乗る資格を得たような感覚があって、自信になりました。でも、賞への応募はけっこう勇気がいるんですよ。獲りたくて賞を意識しすぎると自分らしさが発揮できませんし、出品料や送料も高額なので、落選すると精神的、経済的にダメージが大きいんです。狙わず、無欲に、のびのびと作れることが理想ですね。

賞に限らず制作活動全般にいえることですが、やはり「描いていて楽しい、作っていて面白い」と感じられることが大切です。子どもの頃は誰でも、純粋に気持ちの赴くまま、楽しいから、面白いから、自然に表現しますよね。でも技術を学ぶうちに型に囚われて、デッサン力がついたとしても楽しくなくなったら、それは本末転倒です。実際に、子どものような気持ちで描けたらと願いながらも、そこがいちばん難しいと感じているアーティストは多いです。

私自身も、楽しい、嬉しいという感性を大切にしながら、自由に表現していきたい。これからも、場や人との出会いによって何が出てくるかは自分にもわかりませんし、何でもありえますよね。墨という画材や平面作品だけに固執せず、モチーフも限定したくはないんです。だって、ひとつところにとどまっていると飽きてしまいますから(笑)。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa

伊藤千史さんプロフィール

伊藤千史
美術家/墨汁画家

1965(昭和40)年4月17日生まれ(57歳)
富士宮市出身・在住(取材当時)

いとう・ちふみ/富士宮第二中、富士宮東高校、女子美術短期大学造形科卒業。グラフィックデザイナーとして都内のデザイン事務所に勤務し、大手企業の広告デザインなどを手掛けるかたわら、自身の創作活動ではグループ展を開催。ワーキングホリデー制度でニュージーランドに約1年間滞在した後、2008年に親の介護をきっかけに帰郷し、地元での創作活動を本格化させる。現在は個展だけでなく、地域のアートイベントなどに積極的に参加し、作品発表の場を広げている。2022年2月に第25回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)特別賞を受賞。同年3月には、SNSで発表していた墨絵をまとめた書籍『ねこおち』を刊行。小学生の頃に書道教室に通い、毛筆六段の腕前。作品の運搬にぴったりの、幌付きの軽トラが愛車。

ねこおち
伊藤千史著

2,420円(税込)
判型B6・288ページ
子鹿社 https://www.kojikasha.com/

RYUGALLERY(富士宮市)、あおい書店富士店(富士市)、谷島屋富士店(富士市)、谷島屋ららぽーと沼津店(沼津市)、子鹿社オンラインストアなどで販売中。

ねこおち

Facebookページ『伊藤千史‘イトーの庵’』

https://www.facebook.com/profile.php?id=100063703170929

 

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

私たちが表紙で取り上げる人物の中でもアーティストというのは一大ジャンルとなっています。これまで多くの芸術家を取材してきて、創作活動にはだいたい3つくらいの異なるスタイルがあるなあ、という印象を持っています。

ある人は、伝えたい思いがまずあって、メッセージ性のある作品として表現します。いわば「文学者型」アーティストです。一方で、目の前にある自然事象を自分の手と感性をつうじて切り取り、形にすることに喜びを感じる「職人型」のアーティストもいます。

そして伊藤さんの創作活動には、空中に漂っている目に見えない何かがアーティストに憑依して自然と作品を生み出してしまうような、まるで「自動筆記」のような予測不能な面白さがあります。私はこれを「イタコ型」と呼びたいと思います。ご本人が最初から計算していたというより、湧いてきたインスピレーションに身を任せて自然と手を動かしていたら作品ができあがっていた、といった具合です。

表紙の撮影で用いた「ふんどしおじさん」のパネル。墨絵一色なのにまるで本当に魂が宿っているような存在感があります。感性を揺さぶる不思議な伊藤千史ワールド、機会があればぜひ目の当たりにしてください。

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