Vol. 191 |芸術空間あおき 屋久 綾乃

屋久綾乃さん

森の中のギャラリー

自然豊かな高台に広がる閑静な住宅地、富士宮市青木平。その一角にあるギャラリーカフェ『芸術空間あおき』から聞こえてくるのは、鳥のさえずり、ピアノの音色、語らいの声。毎月展示されるアート作品に彩られた空間は、上品でありながら決して堅苦しくはなく、訪れた人はその落ち着いた空気感に優しく包まれる。

オーナーの屋久綾乃さんは幼い頃からピアノを学び、その後も声楽・演劇・絵画など、多岐にわたる芸術分野に身を置いてきた。自らもこのギャラリーに魅せられ、前オーナーから事業を引き継いで以来、アーティストが作品を発表する場として、市民が自己表現を楽しむ場として、あるいは誰もがふらりと立ち寄れる憩いの場として、この地域に文化の風を呼び込んできた。マルチな才能と飾らない人柄で、多くの人々に価値を提供し続けている屋久さんだが、その情熱はいつも純粋に、楽しいこと、好きなことの内側から湧き出している。

『芸術空間あおき』はどのような施設ですか?

アート作品を展示・販売するギャラリーにカフェスペースを併設しています。企画展は月替わりで、毎月1日から15日までの会期中は無休ですので、気軽に美味しいコーヒーを飲みながら、個性豊かなアート作品に触れることができます。また、プロの音楽家によるライブやものづくりのワークショップ、こだわりのランチを提供するイベントなども随時開催しています。

じつは私は2代目のオーナーなんです。先代オーナーの青木嘉一郎(よしいちろう)さん、容子(ようこ)さんご夫妻が1990年にオープンして、多くの作家さんやファンの皆さんに愛されてきたギャラリーを、同じ屋号のまま2016年に引き継ぎました。今は私の得意分野を活かして、大人向け、子ども向け、乳幼児の親子向けに、それぞれアートや音楽の教室も開催しています。

絵画・工作・ピアノ・コーラスなど、年代や目的に合わせてさまざまな表現を学ぶことができますが、モットーに掲げているのは、大人も子どもも関係なく、まずは「楽しい!」と感じてもらうこと。もちろん技術的に教えるべきことはしっかりと教えますが、子どもたちには学校とも家庭とも違う環境で安心して自分を表現できる幸せを、中高年の皆さんには芸術を通じて心と身体をリフレッシュできる潤いの時間を提供しています。

芸術空間あおきの展示

月替わりの展示は作家の世界観が広がる

楽しさを育む『子どもアートクラス』

歌声サロン

気軽に参加できる『歌声サロン』

ツリーハウス

庭のツリーハウスにも登れる

それだけ多くの分野で指導ができる屋久さんの多才ぶりには驚かされます。

子どもの頃からピアノを習っていた先生が、過去に音大生を何人も輩出してきた方で、高校時代にその先生から「あなたはどうするの?」と聞かれて、「じゃあ音大を目指します」って、なんとなく(笑)。

もちろんピアノは好きでしたが、音大への進学準備として声楽の勉強もする中で、プロのオペラの舞台を観て大感動したのをきっかけに、「私、やっぱりピアノじゃなくて歌にします」って言い出したんです(笑)。そんな調子で、実際に大学に進んでからもいろんな分野に次々と興味が湧くんですよね。大学内には美術、デザイン、建築などの専門学科があって、休み時間にはあえて他の学科の友だちと交流するのが楽しかったんです。

そのうち専門外の教授とも面識ができて、授業を聴講させてもらったりして、大学内をあちこちと走り回っていました。ひと言でいえば、好奇心の塊ですね。声楽やピアノでは、大学在学中から自分の生徒を持って教える仕事もしていましたが、その一方で、同世代の女性8人で結成した劇団で役者として芝居をしたり、その舞台を観た吉本興業の人にスカウトされて、テレビやラジオの番組でタレント活動をしたり。

どの活動も楽しくて、一生懸命取り組んでいたんですけど、当時は自分の中でも将来を決めかねていたんでしょうね。だからこそ、20代はとにかく興味を持ったことをやってみようと、いろんな芸術や表現活動に挑戦しました。振り返ってみると、とても大切な自分探しの時間でしたね。

 

その後に結婚・出産を経ても、屋久さんの好奇心や向学心は変わらず発揮されていきますね。

結婚してからは兵庫県西宮市に住んでいましたが、息子が生まれるまでの5年間は絵画の勉強にどっぷりとハマりました。西宮在住の洋画家・野崎謙先生のもとで、最初はモデルとして仕事をしていたんですが、先生からいろんなお話を伺う中で、じつは私も絵が描きたかったんだと気づくようになって。アトリエに週2回ほど通って、午前中はモデル、午後はモデル料の代わりに先生から直接絵を教えていただくという生活でした。さらに紹介していただいた大阪市立美術館美術研究所でも、研究生として学びを深めることができました。

その後、夫の転勤で東京に引っ越すことになったため、音楽を教える生徒さんも、絵画を学ぶ先生方も、関西での活動やつながりはひとまず白紙になりましたが、お別れのご挨拶に行った時に野崎先生から、「東京に行ったら絵を教えなさい」と言われたんです。「音楽は昔からやってきたから人に教える自信がありますけど、絵は……」とためらう私に、「そんなことはない、教えるべきことは教えてきたから、自信を持ってやりなさい」とおっしゃるんです。その言葉に背中を押されて、東京に移ってから音楽教室と絵画教室を開きました。自分と同じ子育て中のママ友のお子さんから始まって、ありがたいことに11年間途切れることなく、たくさんの生徒さんに恵まれました。

屋久さんがモデルの野崎謙さんの作品

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