Vol. 179|美術家/演奏家 白砂 勝敏
静物の旅
天衣無縫という言葉が頭をよぎる。飾り気のない人柄、子どものような無邪気さすら感じる作風でありながら、その手が生み出す作品はどれも深い観察眼と巧みな技術に裏打ちされている。独学で身につけた表現力で美術家・演奏家として活躍する白砂勝敏さんの魅力は、「やりたいことしかやらない」という信念に集約されるのだろう。
富士市内に今年オープンした常設展示場『Museum SHIRASUNA FUJI』(ミュージアム シラスナ フジ)は、白砂さんの多彩な造形作品が並び、自ら制作・演奏した民族楽器の音源が流れる、まさに白砂ワールドだ。館内での取材中、「素材と向き合う」という言葉を何度となく聞いた。木、石、土、金属など、手にした素材がどんな歴史を辿ってきたのか、どこへ向かおうとしているのか。その流れに自らを委ね、ともに創作の旅をする。自然に対して謙虚な姿勢で、物事の本質を探し続ける白砂さんの哲学は、旺盛な知的好奇心の表れなのだと理解した。
白砂さんの作品に囲まれた空間で直接お話を聞けるのは、貴重な体験です。
自分の作品で展示空間をまるごと演出できるのは、作家冥利に尽きますね。今回、館長の小澤智人さんからご自宅内の建物を改装したミュージアムを開設したいとお声がけいただいたことは、本当にありがたかったです。
もともと僕の造形作品の多くは空間を掌握することを意図していて、展示会場が重要な意味を持ちます。分かりづらい表現かもしれませんが、『虚』と『実』という考え方で捉えると、造形物は実体を持っていますが、それを展示する空間は本来空っぽな『虚』であるともいえます。作品が空間全体を取り込んで実体化していくような感覚を、観る人それぞれに感じ取ってもらいたいんです。
例えば、小石や廃材をセメントで固めた『水の記憶』という作品群があるのですが、これは僕が幼い頃に、水中観察箱を使って川底を覗き込んだ時の光景が原体験になっています。この作品を観たある方に、『まるで空間全体に水が溢れ出してくるようでした』という感想いただいたことがあって、すごく嬉しかったですね。
僕の作品は素材と向き合い、感じたことを感じたままに表現するスタイルです。あらゆる素材は自然界に何らかの原点を持っていて、変化しながらその役割や意味を帯びていきます。その本質は何なのかを知りたいという思いが、僕の創作の根底にあります。
『水の記憶』
美術は独学とのことですが、創作を始めたきっかけは?
実家が造園業を営んでいて、造園科の高校を卒業した後は家業を手伝ったり、大工の仕事をしたり、サラリーマンとして働いていた時期もありました。当時は美術を学ぶ、嗜むといった感覚は皆無で、まさか自分が美術家になるとは夢にも思いませんでした。
ものづくりのきっかけは、20代の頃に放浪の旅を重ねたことですね。年間の半分以上を国内外の旅先で過ごす中、自作のアクセサリーを現地の道端で販売して旅費の足しにしたんです。最初の放浪先は沖縄の西表島でした。じつは僕、ターザンになりたかったんですよ(笑)。子どもの頃から自然の中で遊ぶことが大好きで、山の中に分け入ったり渓流釣りをしたり、マムシに噛まれて大騒ぎになったこともありました。ある時テレビで観た西表島の特集番組で、島の半分は原生林だと知って、ここならターザンみたいなサバイバル生活ができるかもって思ったんです。
その背景には、自分自身への満たされない気持ちがありました。社会人になって、真面目に働けばお金がもらえて休みもあって、大型バイクや船の免許を取って出かけたりもしましたが、どこまでいっても遊びの延長でしかない感じがして、心から楽しめてはいなかったんです。安定した環境を捨てるには勇気も必要でしたが、若いうちしかできないし、後悔したくないし、人生は一度きりだし。だったらあえて全部捨てて、ターザンになってみようと本気で考えて、一人でジャングルに飛び込んだんです。
『ホシノタマゴ・インスタレーション』
スパイラルガーデン(青山表参道)2020
思い切った行動ですね。ターザンにはなれましたか?
いえ、すぐに挫折しました。ある時どうしてもアイスが食べたくなって、ジャングルから往復8時間かけて島の商店まで買いに行った時に、『ああ、自分はターザンにはなれないんだ。もはや文明とは切り離せない存在なんだ』って思い知らされました(笑)。
それでも、島での生活は素晴らしい経験になりましたね。当時、西表島の森やビーチで自給自足に近い暮らしをしている人が僕以外にも何人かいて、心の赴くままに旅をして、自分のありたい姿で暮らしている人がたしかにいるんだと、大いに刺激を受けました。抱いていた心のモヤモヤは晴れて、不安定かもしれないけど、今ここで生きているということを実感できる日々でした。また、必要な生活用品を手づくりする中で、砂浜の貝殻や波に洗われたガラスなどの漂着物の美しさに心を奪われました。それらを組み合わせてアクセサリーを作ってみたところ、ものすごく楽しかったんです。素材そのものに目を向ける、本質を問いかけるという思考は、この時の感動が起点になっています。
その後は旅先で見つけたきれいなものや気になるものをたくさん収集しながら、アクセサリーづくりに励みました。他人から見ればただのガラクタなのかもしれませんが、素材の魅力を深く感じ取ることで創作意欲が湧いてくるんです。
陶器の太鼓『TUBE―鼓―』
アクセサリー作家と美術家とでは、立ち位置が少し違う印象もありますが。
美術家としての活動は35歳の時、たまたま訪れた沼津市庄司美術館で、近くにいた男性に『何か創作をやっているのか?』と突然声をかけられたことが始まりでした。『アクセサリーを作ってます』と僕が答えると、『じゃあ、ここで展示するか?』って言うんですよ。じつはその方、副館長だったんです。美術界に何の縁もない、どこの馬の骨とも知れない僕に声をかけてくださったのは、僕の服装が奇抜で、面白い雰囲気のある奴だと感じたからだそうです。だからといって作品も見ていないのにいきなり『個展をやらないか』って声をかけるなんて、普通あり得ないですよね(笑)。
初個展では当時手がけていたアクセサリーに加えて、陶器で作った仮面などを展示しました。会場には多くの美術関係者が何度も訪れてくださって、それを機にいろんな美術館やギャラリーから出展の依頼が来るようになったんです。
言葉になる前の
衝動を形に
偶然の出会いから歯車が動き出したのですね。演奏家でもある白砂さんですが、音楽についても旅先での出会いがきっかけとなったそうですね。
旅先で知り合った人がディジュリドゥという大きな管楽器を吹いているのを見て、その音色に衝撃を受けたんです。ディジュリドゥはオーストラリアの先住民族アボリジニに伝わる伝統的な楽器で、大地を感じさせるような重厚な音が特徴です。木の幹をくり抜いて筒状にした楽器なので、自分でも作れないだろうかと思い立って、いろんな素材で試しながら、実際に演奏するようになりました。
その後セッションバンドに参加して数年間活動する中で、アフリカのショナ族に伝わる伝統楽器のムビラやパーカッションなど、新しい楽器にも出会いました。楽器を選ぶ基準はシンプルで、奏でて心が動くかどうか。僕の場合は楽器そのものを自作することが前提ですので、訪れたこともない国の伝統楽器を演奏できるようになるまでは大変です。とはいえすべてが我流なので、楽器の細かな作りや演奏法は実際の現地のものとは異なっているでしょうね。やはり廃材や自然界にあるものを使って作るのですが、試行錯誤を繰り返しながら、自分の奏でたい音を楽器と一緒に探していく感じです。
最近ようやく音が音楽になってきた感覚があって、今年はオリジナルCDを発表することもできました。これから10年20年かけて、自分の音楽を作り上げていきたいですね。
ムビラ
白砂さんの感性は、これから先どのような旅を続けていくのでしょうか。
今は妻と二人で築150年の古民家で暮らしていますが、地域の皆さんの理解もあり、創作を続ける上では素晴らしい環境です。僕にとっては豊かな自然が身近にある生活が重要なんです。そこに身を置き、感性を磨くことで、創作のアイデアやヒントなど、自然界から多くのものを与えてもらっています。
ものを作る時、多くの人は技術に向かいます。もちろん技術は重要で、僕も構造や強度を維持するための仕掛けを作品の見えない部分にたくさん埋め込んでいます。幸いにも若い頃に造園や大工の仕事で培った知識や技術が、僕の造形の基礎になっています。ただ、そこだけに固執して囚われてしまうと、どこかで無理が生じて、続かなくなってしまうんです。
僕にとってのアートとは、技術を発揮するずっと前の、言葉になるよりも前の衝動を表現すること。だからこそ、僕は安易な技巧ではなく、本質を探求すること、新しいものに挑戦し続けることを創作の核にしています。例えるなら、生命体を描くのではなく、そこにある生命力を描きたいんです。造形では植物の種子をモチーフにすることが多いのですが、種には本質的な生命力が宿っていると感じるからです。今後の創作活動、そして自分の人生を考えた時に、この感覚こそが普遍的な道標になると信じています。
振り返ってみれば、ターザンになりたかった若者の無謀な挑戦に始まって、人、音楽、素材たち、すべての出会いはその旅の途中にありました。そして矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、本質を見つめて感性を磨くと、どこにいても旅するように感動できるんです。そのことに気づいて、僕は旅をやめました。
やりたいことしかやらないと心に決めた日から、道は始まっていたんだと思います。どうしても他人の目や評価を過剰に気にしてしまう人が多いですが、僕はそのへんをあまり重視していないんですよね、美術家なのに(笑)。自分が心地良いと思えることを純粋に楽しむ、ただそれだけです。不安を回避しようと立ち止まって悩んでも、かえって不安になるじゃないですか。感性を磨いて、自ら決断して、ワクワクしながら真っ暗な道を歩いていける、そんな人生がいいですよね。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa
しらすな・かつとし / 田方農業高校造園科卒業後、家業の造園や大工の仕事をしながら、20代は年間の半分以上を国内外の旅先で過ごす。放浪中に拾った素材でアクセサリーづくりを始め、2002年より沼津市内でアクセサリーショップ『ヒッピースタイル』を運営(現在はネットショップに移行)。2008年に作家として初の個展『大地のかけらと鳥の仮面アクセサリー展』(沼津市庄司美術館)を開催(館企画)。これを機に多くの美術関係者の目に留まり、以後全国各地のギャラリーやイベントでの展示を行なう。これまでに企画個展38回、グループ展等は94回開催(2021年9月末現在)。また旅先で出会った民族楽器ディジュリドゥの音色に触発され、独自の楽器制作と演奏活動に着手。セッションバンド『The mole』に参加し、パーカッションやアフリカの伝統楽器ムビラと出会う。演奏家としても活躍の幅を広げ、2021年5月にはソロアルバム『The Story of Water』を発表。2017年、富士宮市内にある築150年の古民家に移住し、廃材などを使って改装しながら創作活動を加速させている。
Museum SHIRASUNA FUJI
ミュージアム シラスナ フジ
富士市依田橋町5-14 TEL:090-6643-4669(小澤)
メール: yume.mrsk7630(アットマーク)icloud.com
受付時間:10:00~17:00(完全予約制)
白砂さんの作品に触れ、その世界観に魅了された館長の小澤智人さんは、自宅敷地内の建物を改装し、白砂さんの作品を観ることができる空間を提供した。「アートに囲まれた空間に身を置く幸せを多くの方に味わってもらいたい」と語る小澤さん(左)と白砂さん。
『The Story of Water』
2,200円(税込)
白砂さんが自作したディジュリドゥ・ムビラ・パーカッションなどの原始的な楽器を自ら演奏したソロアルバム
取材を終えて 編集長の感想
芸術分野のインタビューというのは、実は記事にまとめるのが一番難しいジャンルです。アーティストは皆、それぞれが培ってきた独自の世界観を作品に込めて創作活動に取り組んでいる。だから書く側にも一層深い洞察と繊細さ、抽象的なものを言語化する能力が求められます。しかし書き手がどんなにがんばって書いても結局のところ「作品をその目で見て、自分で感じてもらう」ことに勝る言葉はありません。
それでも、作品から伝わってくる抽象的な何かを自分の言葉に翻訳してみることはアートの楽しみ方のひとつでもあります。
美術的洞察力が特にあるわけでもない私ですが、白砂さんの作品からは何かはっきりとした手触りのあるものが伝わってきます。私にとってのそれは「静かな水族館で、巨大な水槽の前にひとり佇んでいるような感覚」でした。水槽の中に小さな世界があって、その中で流れている時間にいつの間にか引き込まれるような。静物なのに何かが変化していくようなエネルギーを感じて目が離せないのです。そんな話を白砂さんにしたら、水中観察箱を使って川底を覗き込んだ原体験の話を聞かせてくれました。
人工物なのに、生命力を内包する。遠くの星に種を埋めて1万年後に戻ってきたらこんなふうに進化していました、というような長い時間感覚を伴った生命力です。今月のタイトルに「旅」という単語を入れたのはそんな理由です。
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