Vol. 212|富士山北山ワイナリー 代表 石川 弘幸
誠実なテロワール
富士宮市北山地区、のどかな里山にある『富士山北山ワイナリー』では、今年収穫されたぶどうがタンクの中で発酵を終え、育成から熟成へと静かな時を刻んでいる。醸造所に隣接する畑で採れた日本固有品種のぶどうのみでワインを造る、世界でただ一つのワイナリーだ。代表の石川弘幸さんは富士市内で44年間、学習塾を運営してきた経歴の持ち主で、「素人が始めたワイン造りは日々勉強あるのみ」と屈託なく笑う。
ワイン造りには「テロワール」という重要なキーワードがある。気象条件、土壌、地形など、ぶどう畑を取り巻くすべての環境要因を指すもので、ワインが生まれる背景には、それぞれの個性や価値があるとする考え方だ。これはきっと、人についても同様だろう。石川さん自身の仕事観、環境意識、故郷への思い、二人三脚を続ける妻・登紀子さんの存在。人生の熟成期を迎えた石川さんらしさを構成する魅力的なテロワールを、熱く語っていただいた。
富士山麓でワインというと、山梨県側のイメージが強いですが、ここで造られるワインにはどのような特徴がありますか?
日本固有品種のワインぶどうを自社農場で栽培して、100%それだけを使ったワインを造っています。赤ワイン白ワインともに、ワイナリー直売所や富士宮市内の数軒の酒屋で販売しているほか、インターネットでも注文・発送ができます。ぶどうの木は2013年に初めて植えた60本の苗木から、現在は1,500本にまでなりました。2019年に富士宮市が国の果実酒特区に指定されたことを受けて、製造免許を取得して醸造を始めましたが、年間の生産量が2,000リットルに満たないこともある、おそらく世界で一番小さなワイナリーですね。
ぶどう栽培では海洋汚染を引き起こすマイクロプラスチックの元凶となる農業用ビニールを使いません。また化学肥料や除草剤は使わず、消毒も最小限に抑えることで、自然の力を活かした健康な土壌づくりを最優先に取り組んでいます。年間で10回近く草刈りをして、細かく刻んで地面に撒いた草に分解菌を散布することで有機肥料にしたり、空気中の窒素を固着させて肥料に変える豆科の植物を植えるなどして、元気なぶどうの木を育てています。
また、熟成の容器にステンレスタンクを使っているのも特徴の一つです。ワインというと、大きな木の樽をイメージする人が多いかもしれませんが、ワイン用の樽を作るには、樹齢150年ともいわれるフレンチオークの大木を切り倒す必要があります。しかも1本の木から作られるのは225リットルの樽が2つだけ。同じ樽を何十年も使うウイスキーなどと違って、ワイン造りでは短くて6ヵ月、長くても2年で基本的には使い捨てです。自然環境を考えると、決してサステナブルではないですよね。
ステンレスタンクなら各工程での温度管理や、酸化を防ぐための窒素充填ができますし、酸化防止剤の添加も少なくできます。樽を使う利点があるとすれば、ワインにオークの香りを付与することですが、私はオークの木片をタンクに入れて香り付けをしています。間伐材や端材から作ったチップを使うことで、環境負荷は樽に比べて数百分の一に軽減できます。チップで香りを付けるのは長らく邪道だとされてきましたが、数年前から本場フランスの規制でも使用が認められるようになりました。時代ごとにワイン造りも変遷していくのは当然で、私はあえてチップの使用を公言しています。この話題をもとに、自然環境の保護や食文化の持続可能性について考えてもらえれば嬉しいです。
石川さんがワイン造りを始めたのは、還暦を迎える頃だったそうですね。
社会に出てからずっと学習塾を運営してきて、ワインとの深い関わりは特にありませんでした。今でも一番好きな酒は何かと聞かれたら、迷わずスコッチと答えます(笑)。塾の仕事を引退した後に、実家の空いた畑でぶどうを育ててワインを造れたらいいなと思いついたんです。山梨県にある大手ワインメーカーの工場見学ツアーに参加して、面白くなって何度も通ううちに、担当者の方にも覚えてもらえて。「いつか自分でワイナリーを開きたいんです」と話すと、より詳しい知識やぶどうの剪定の方法などを教えてもらえるようになりました。
最初に植えたのは、メルローやカべルネ・ソーヴィニヨンといった世界的に流通しているワインぶどうで、学習塾の卒業生有志にも協力してもらいながら植えましたが、なかなかうまく育ちません。ヨーロッパの気候風土に適した品種は、湿度が高い日本で栽培するとどうしても病気にかかりやすくなります。しかもこの北山地区は霧の発生が多く、富士山の火山岩をベースにした土壌も、一般的なワインぶどうの栽培に適した環境とはいえません。そんな中、苗木店からの紹介でぶどうの研究と品種改良をしている専門家の方を訪ねたところ、勧めていただいたのが日本固有品種の『富士の夢』と『北天の雫』でした。
独学と試行錯誤に加えて、各分野の専門家の指導もあったおかげで、知識や技術は蓄積していきました。ただ、学べば学ぶほど痛感するのは、ワイン造りで最も重要なのはぶどう栽培だということ。ワインは自然がもたらす農産品なんです。近年の異常な猛暑では収穫量が落ちたり病気が出たり、逆に樹勢が強すぎて受粉はしているのに実がつかないということもあります。もちろん私の力不足のせいではありますが、自然が相手の作業で、なかなか教科書通りには進みません。この地域での栽培データがまだしっかり取れていないこともあり、自分で観察して、実を食べてみて、糖度を測ってと、失敗しながら手探りでやっていくしかないんです。
現在の課題や今後の見通しは?
できることをコツコツと積み上げていくだけですが、正直なところ、ビジネスモデルとしてはまだまだ改善が必要です。この小さな規模で自社農場と醸造所を運営して、事業として採算を取るのが難しいことは、最初から分かっていました。最近では農家の人が視察に来たり、高校生や大学生が職業体験として学びに来たりと、少しずつ認知されていることは嬉しい限りで、地域に貢献できることは私の喜びでもあります。
ただ、一般の企業に勤めるよりも稼げる仕事とはとてもいえませんし、まして将来のある若い人に対して安易に勧めるのは無責任だと思います。このワイナリーを一つのモデルとして、次世代の担い手が現れるとすれば、複数人で運営する共同オーナー制であったり、販売網まで含めた事業規模の拡大であったり、何かしら新しいアイデアと実行力が必要になるでしょうね。それはワイン造りとはまったく別の能力ですが、そこになんとか道筋をつけるのが私の最後の仕事かなとも思っています。
一方で、経済合理性を過度に求める風潮には疑問を感じています。燃料や資源をたくさん使って、環境に負荷をかけながら大量生産、大量消費することを前提としたビジネスモデルを、人間はこの先ずっと続けていくつもりなのかなと。スーパーに行けばフランスから運ばれてきたワインが驚くほど安価で売られています。多くの人が気軽にワインを楽しめるという点では、それを否定するつもりはありません。ただ私としては、炎天下で汗をかいて、土にまみれながら、グローバル市場の対極にあるようなこの土地ならではワインを自分の手で造りたい。効率はとてつもなく悪いですが、仕事のあり方として、将来の世代に一つの選択肢を示せたらと思っています。
育てることは 生きること
本気が溢れていますね。石川さんをそこまで駆り立てるものは?
結局のところ、自分は何のためにどう生きるのかのかという問いに対する答えが、私の場合はワイン造りだったんですね。長らく学習塾で受験勉強を教えてきて、多くの子どもたちを地元の進学校に送り込むことができた実績に一定の自負はありますが、それは彼ら彼女らが頑張っただけ。私自身が何かを成したという実感はあまりなかったんです。引退後の時間をどう過ごすかを考え、実際に行動を起こすと、おのずから残された人生の意味に向き合わざるを得ません。最初は趣味のつもりで始めたぶどう栽培、ワイン造りですが、やるからには中途半端にはできない性格なんですね。以前、あるアメリカ人の醸造家に言われた言葉が腑に落ちました。「日本人はどんな食品も器用に作るけど、ワインの場合は少し違う。何よりも重要なのは、造る人の誠実さだよ」と。それ以来、「俺は今、誠実に仕事をしているか?」と常に自分に問いかけながら作業をしています。
もう一つの思いは、土地に対する愛着です。ここは江戸時代から続く実家の農地で、親が亡くなってからは私が管理していたのですが、ずっと手つかずになっていたことが心に引っかかっていました。貧しい農家に生まれ育った身としては、畑は先祖から受け継いだ大切なものなんです。
幼い頃、父の畑仕事を手伝っていると、土の中から錆びたワイヤーが巻きつけられた石が出てきたことがありました。何だろうと父に聞くと、それは若くして亡くなった兄、私にとっての伯父が、以前この畑でぶどうを作ろうとしていた名残りだと。おそらく伯父は、この地域の貧しい土地で食用のぶどうを作って周りの農家にも広めれば、みんなの生活が少しは楽になると考えて努力したのでしょう。そういう性格の人だったと、父からも聞きました。伯父は戦争で地雷を踏んで亡くなったので、私は会ったことがありませんが、今でも一人で畑仕事をしていると、土手に腰かけた伯父がニコニコしながらこちらを見ているような気がすることがあるんです。伯父の代わりに私がぶどうを実らせて、後の世代に続く豊かな場所にしていきたい。そしてこの土地ならではの良質な日本ワインを世に出せたら、「俺も少しは仕事をしましたよ」とご先祖様に胸を張って言えるかなって、そう思うんです。
この場所でぶどうを育て、ワインを醸すことが、石川さんの生きる証なんですね。
真夏の畑での作業は過酷そのものですし、先々の課題を考えると気が重くなることもあります。それでも、この仕事には数値化できない報酬、目に見えない価値があるんです。それは、ここで過ごす時間そのもの。ワイナリーを始めるにあたって妻に相談した時、反対されると思ったら「やってほしい」と言われました。その理由が、「今やらないと、あなたはきっと『本当はやりたかったのに』と後悔し続けるはず。これから先の人生、ずっとそんな言葉を聞き続けるのは嫌だから」と。本来なら今まで頑張ってきた分、引退後は妻に楽をさせてあげないといけないのに。妻の両親にはあの世で叱られるかもしれませんね。こうしてずっと支えてくれる妻に出会っていなかったら、私はきっとどうしようもない人生を送っていただろうと思いますよ。
そんな妻と二人で毎日夜明け前に起きて、雨の日も真冬もこの北山に来て、畑に立つ。旧友や親しい仲間、立派な大人になった学習塾の教え子たち、ワイン好きのお客さん、多くの人々と関わり合いながら過ごす毎日が幸せで、今のところ、私にとってこれ以上の生き方は見つかりません。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa
石川 弘幸
富士山北山ワイナリー 代表
1954(昭和29)年5月29日生まれ (70歳)
富士宮市出身・富士市在住
(取材当時)
いしかわ・ひろゆき / 北山中、富士高校、明治大学商学部卒。大学卒業直後の1977年に進学塾『アカデミア育秀会』を設立。薬剤師の妻・登紀子さんとの結婚を機に『メルモ薬局』の設立・経営にも携わる。最後の授業を終えた2021年3月までの44年間で、学習塾の卒業生は800名余りを数え、地元進学校や難関大学合格を経て社会の第一線で活躍する人材を多く送り出す。2013年、富士宮市北山の生家に隣接した先祖伝来の畑を『富士山北山ヴィンヤード』として、ワインぶどう約60本を植樹し、栽培を始める。2019年、富士宮市が総務省の果実酒特区に指定されたことを機に、国税庁より酒類製造免許を取得。同年8月に『富士山北山ワイナリー』を設立し、ワイン醸造を開始。現在では約1,500本の木を育てながら、理想とする日本ワイン造りに励んでいる。
富士宮道路・北山インターから車で約5分
赤ワイン 富士の夢
店頭価格 750ml 2,800円(税込)
フランス・ボルドー地方原産の「メルロー」と山葡萄を交配した品種で、豊かな果実味となめらかな味わいが楽しめる純日本ワイン。
白ワイン 北天の雫
店頭価格 750ml 2,800円(税込)
ドイツの高貴品種「リースリング」と山葡萄のハイブリッド。味わいは繊細かつエレガント、フレッシュでキレのある酸も特徴。
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
海外では、成功者が最後に見る夢がワイン造り、という風潮があるそうです。数年前にカリフォルニア・ナパバレーの広大なぶどう園を視察で訪れましたが、そこにはハリウッド俳優や有名実業家などが興したワイナリーが数多くあるとのことで、ワインという酒のもつ特別な象徴性を感じました。
だけどそんなセレブたちの世界ではない、仕事を引退したごくふつうの日本人夫婦によるワイン造りへの挑戦。南欧やカリフォルニアといったワインの名産地とはまったく気候の違うこの土地で「地ワイン」を生み出すことができたのは、石川さんがこれまでの仕事で培ってきた情熱と誠実さが多くの人との縁を生み出し、巻き込んできたからにほかなりません。
先祖代々受け継いだ畑に苗を植えるところから始め、自ら畑に出て土と天気とぶどうの樹たちと対話をし、醸造所にこもって試行錯誤する。そうやって育て上げた味わい深い国産ワインをボトルに詰め、「富士山」の名を冠したラベルを貼って販売する。石川さんのヴィンヤード&ワイナリーはその名の通り、ヴィンヤード(ぶどう畑)とワイナリー(ワイン醸造所)、そして販売所を併せ持った「本物の富士宮産」であることに価値があります。
今回の記事は「セカンドライフをどう生きるか」ということに迷いを感じている定年退職後の皆さんに読んでもらいたいと思って作りました。ひとつの仕事に生涯をかけた後、その次に何をするのか。これまでと違う自分を無理に目指さなくても、自然と「その人らしさ」は続いていくのではないか。積み上げてきたものの重みは大きいです。個人経営の学習塾で多くの生徒を育ててきた石川さんにとって、第二の人生においても「育てること」が生きがいになっているなんて、なんともロマンに溢れ、それでいてなんとも地に足のついた話ではありませんか。
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