Vol.102 |富士レディースFC 代表 後藤 敏江

蹴球女子の育て方

なでしこジャパンことサッカー日本女子代表のワールドカップ優勝、そして国民栄誉賞の授与から4年。今年6月には再びワールドカップ、さらに5年後には東京オリンピックも控える中、女子サッカー界は全国各地で右肩上がりの発展を遂げている。とはいえ、実際の現場ではやはり様々な課題もあるらしい。

今回のインタビューは富士市を拠点に活動する女子サッカーチーム、富士レディースFC(フットボールクラブ)代表の後藤敏江さん。静岡県サッカー協会東部支部の女子委員長も務める後藤さんは、なでしこジャパンが注目を集めるずっと前から、長きにわたって女子サッカーの普及・振興に尽力してきた。スポ魂を絵に描いたような熱血トークが繰り広げられるかと思いきや、その経験から導き出された哲学は意外にも、いわゆるスポ魂とは一線を画すものだった。男勝りで真っ黒に日焼けした女の子も健康的で清々しいが、後藤さんの思い描く女子サッカーの理想形も、たしかに説得力がある。

まずは富士レディースFCについて教えてください。

富士市の青葉台小学校を拠点として活動している、女子だけのサッカーチームです。中学生以上のユース・一般チームのほか、小学生以下のジュニア・キッズチームもあります。練習は週3回の夜間が中心ですが、幼稚園児から大人まで、幅広い年齢層のメンバーが汗を流しています。県東部リーグへの参加を中心に、年間を通じて公式戦や親善試合を行っています。元々は20年以上前に富士市サッカー協会の主導で、女子サッカーの普及を目指して創設されたと聞いていますが、私が参加するようになったのはそれから数年経った頃で、代表を務めるようになって今年で15年になります。

やはり後藤さんは幼い頃からサッカー一筋だったのですか?

いいえ、実は大人になるまでサッカーをやったことがなかったんです(笑)。サッカーボールを初めて触ったのは高校生活最後の体育の授業で、先生が、特にやることもないから今までやったことがないことをやろうか!と言い出して、サッカーをすることになったんです。その時は動いているボールを蹴ることすらできなくて…なんて難しいスポーツなんだろうと思いました。スポーツ全般は決して苦手な方ではなくて、中学校では当初テニス部に入ろうと思ったんですが、部員数がものすごく多くて、球拾いだけで3年間終わってしまいそうだったのでやめました(笑)。そこで小学生の頃から好きだった編み物ができる家庭科部に入部しました。高校では友達が立ち上げたギター同好会に入って、初心者ながらも中古のギターを買って文化祭で演奏したり、商業科の専門的な勉強に没頭したりと、充実した学生時代でした。昔から新しいことにチャレンジするのは好きで、4人きょうだいの一番上ということもあって、自分ではそれほど自覚はないんですが、組織の運営や世話役に向いているのかもしれません。

動くボールを蹴るなんて、無理

それにしても、サッカーの話がなかなか出てきませんね(笑)。現在の立場につながるサッカーとの具体的な出会いはどのようなものだったのですか?

結婚や二人の息子の出産を経て、30代後半になってからです。二男が近所の人に誘われてサッカーをやりたいと言ってきて、保護者としてサッカー少年団に関わるようになったのがきっかけです。楽しそうにサッカーをしている息子と一緒に、親子サッカー大会では自分もプレーヤーとして参加する機会があり、興味を持つようになりました。やはり最初は高校時代と同じく、動くボールを蹴るのも大変で、かなり下手だったと思います。

そんな中、部員を集めていた富士レディースFCにどう?という知人からのお誘いを受けて入ったわけですが、『うわぁ、ヤバいおばちゃんが来たよ~』なんて言われました(笑)。それから現在に至るという流れです。当時は今よりもさらに女子のサッカー人口が少なかったので、ソフトボールや陸上など、他の競技の経験者や私のようにサッカー少年団の親や姉妹にも声をかけて人集めをしていたようです。

なでしこジャパンの活躍がメディアでも取り上げられるようになって以降、女子サッカーは非常に盛り上がっているという印象があるのですが。

たしかに、以前と比べればずいぶん改善されたと思います。日本サッカー協会が有望な若い人材を選抜して育成するために行うトレセン(ナショナルトレーニングセンター)という制度があって、最上位に進めば日本代表への道も開けるというシステムなんですが、4年ほど前から富士市でも女子トレセンを始めて、参加者も少しずつ増えてきました。その先にある県東部のトレセンにも、これまでに富士レディースFCから何人もの選手を送り出しています。

ただ、地域のクラブチームの維持・運営という面では、個人的にはまだまだ競技人口そのものが足りないと思っています。そこには女性のライフスタイルによる要因もあって、生涯スポーツとしてサッカーをやろうと思っても、出産や子育てによる中断の後、なかなか復帰しにくいという現実があります。また、男子の部活のように中学・高校での活動の場が十分ではないために、せっかく小さな頃からサッカーを始めて、ずっと続けたいと思っても、なかなか続けられないというのが実情です。富士市内では中学校の女子サッカー部はひとつもなく、高校でも一校だけという状況です。サッカーをやるためにわざわざ遠方の学校に通っている子もいて、本人はもちろん、それを支える家族の負担も大きいのではないでしょうか。結局のところ競技人口の底上げが大前提で、それによって地域内でのチームの増加や、緩やかで持続可能な組織運営と作業の分担、世代交代や子育て後の気軽な復帰などができるようになって、より多くの女性が生涯にわたってサッカーを楽しめる環境が整ってくるのだと思います。

女子サッカーは中途半端でいい

選手として、指導者として、それぞれの観点でのサッカーの魅力は?

どんなスポーツでも同じだと思いますが、プレーする上で一番楽しいのは、できることが少しずつ増えていくことですね。リフティング、ドリブル、シュート、いろんな技術が身について、それを試合で発揮できれば周りに褒めてもらえますし、自にもつながります。私は大人になるまで完全な初心者だっただけに、その楽しさがよく分かっていて、サッカーを始めて半年くらいの頃、初めての試合でアシストしたりシュートを決めたりした時の喜びは今でもハッキリと覚えています。

それと、サッカーは決められたポジションの中で連携してプレーするフィールド競技で、ボールを持たない選手も含めた動きや状況判断、味方同士のコミュニケーション能力が要求される社会性の高いスポーツです。男子によくある個人技へのこだわりや得点に執着する感覚とは別に、お互いに助け合う気持ちや協調性を学ぶ上でも最適で、女性としての人生においても必ずプラスになると思います。指導者としては、サッカーの魅力を伝えるということだけでなく、子ども達の人格形成に関わるという責任も強く感じます。少しでも彼女達の『できる』を増やしてあげたい。成功体験を積むことで、人生の様々な局面で自を持って行動できるようにしてあげたいです。

とはいえ一般的な特徴として、男の子は何か目標を与えると夢中になって練習を頑張るんですが、女の子は練習そのものが楽しくないと『つまんなーい』とか言ってすぐに離れてしまうんですよね(笑)。そこで小さな子には練習の途中でお絵描きタイムを設定して、地面に描いた絵に沿ってドリプル練習をしてみたり、脚が筋肉質になるのを嫌がる年頃の子には、脚が細くなるストレッチ運動を取り入れてみたりと、工夫しています。ただ、あえて誤解を恐れずに言うと、個人的には女子サッカーはもっと中途半端でもいいのかなと思っています。

富士市立青葉台小学校での練習風景

富士市立青葉台小学校での練習風景

指導者の方があえて「中途半端でいい」というのは、新鮮であり驚きです。

サッカーだけを突き詰めても女子には男子のJリーグのような大きな受け皿があるわけではありません。指導者や審判を目指しても、それだけで食べていくことは難しいのが現状です。もちろん技術を磨いて一流の選手を目指すのは素晴らしいことです。しかし、そのことだけに集中して若い時代をサッカー漬けで過ごすことには賛同できないんです。私がサッカーを通して子ども達に身につけてほしいのは、身体的にも精神的にも、将来立派な社会人として活躍できる力です。サッカーが上手になればそれでいいということではなく、まず社会に貢献できる人になること。そして女性として、いずれは恋愛もしてほしいですし、結婚や出産という幸せも手に入れてほしいんです。自分の健康にも気を配って、家庭を持てばきちんと子育てもできる。そういう基本的な生活を送りながら、生涯にわたってサッカーと関わってくれたら、というのが理想です。

また、そのためには保護者の皆さんにも同じ意識を持って深く関わってほしいと思っています。技術的な指導だけにとどまらず、世代を超えた人間関係を築くことで、子ども達だけでは対処できない悩みを解決できることもあります。そんな環境の中で、ひとつでも学年が上の子は下の子の面倒を見るということも自然にできるようになってほしいですね。後々人生を振り返った時にサッカーが彩りのひとつになっていたら最高です。まずは楽しく!そして社会に出てからも持ち続けられる心の拠り所として。上手かどうかはその次で、やっぱりそこは中途半端でもいいんです。女子の皆さん、サッカーボールを蹴ってみましょう!

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa

後藤 敏江
富士レディースFC 代表

1956(昭和31)年10月5日生まれ(58歳)
富士市出身・在住
(取材当時)

ごとう・としえ/小学3年生の二男がサッカー少年団に入団したことをきっかけにサッカーと出会う。1994年、富士市初の女子サッカーチーム、富士レディースFCに入団。初心者ながらも持ち前の努力と探究心で選手として活躍。2000年より代表としてチームを率いる。現在は一般財団法人静岡県サッカー協会東部支部女子委員長を務め、地域内での女子サッカーの発展に尽力。その一方で、技術や成績だけを偏重しない運営方針を掲げ、サッカーを通じた青少年の健全育成にも一役買っている。

富士レディースFC

後藤さんが率いる富士レディースFCでは、部員・指導者・ボランティアスタッフを募集中。居住地域の制限はなく、見学や体験も随時受付中とのこと。興味のある方はお気軽にご連絡を。

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