Vol. 141|奇石博物館 副館長 北垣 俊明
石のワンダーランド
石の上にも3年というが、3年どころかすでに50年以上も石の世界に魅せられている人物がいる。富士宮市山宮にある奇石博物館の副館長で学芸員の北垣俊明(きたがき としあき)さんは応用地学を学び、鉱山の奥深くから恐竜の化石の発掘現場まで、国内外における石の最前線を知る専門家だ。その一方で、北垣さんらが手がける奇石博物館の展示や解説は、決して難解なものでもない。
宝石・化石・隕石をはじめ、グニャグニャと曲がる『こんにゃく石』や、下に書かれた文字が浮き出して見える『テレビ石』など、老若男女を問わず目を引く石の数々とユニークな展示は直感的な楽しさに溢れている。「常に発展途上の博物館でありたい」と目を輝かせる北垣さん自身、今も発展途上の「石ころ少年」のままなのだと気づくまでに、さほど時間はかからなかった。
奇石博物館は当然ながら、奇石の博物館なのだと思いますが、そもそも「奇石」の定義とは?
たしかに耳慣れない言葉ですからね。私が言うのも変ですが、奇石博物館という名前自体、ちょっと怪しいですよね(笑)。以前はよく、『子どもに見せても大丈夫な場所ですか?』という問い合わせがありましたが、大丈夫です、秘宝館ではありません(笑)。
奇石とは文字通り奇妙な石のことですが、この言葉には由来があります。江戸時代の博物学者・木内石亭(きのうちせきてい)が著した石の専門書『雲根志(うんこんし)』の中で使われた言葉で、この書籍の発行によって庶民たちの間では石ブームが起きたそうです。石亭は石の愛好家を集めた『奇石会』という組織を立ち上げ、その会合の席では石以外の話はしてはいけないという決まりだったそうですから、かなりの石オタクですよね。
彼が素晴らしいのは学者としての見識に加えて、あくまでも素人の感覚や第一印象を尊重している点です。中に餡が入っているように見える石を『饅頭石(まんじゅういし)』、オパール化した巻き貝の化石を月の糞に見立てて『月のお下がり』と名付けるなど、見た目の不思議さ、面白さをそのまま名称化して、分類しているんです。現代の学術的な立場から見れば邪道なのかもしれませんが、特に子どもたちが自然科学への関心を持つきっかけとして、これはとても大切な視点だと思います。『奇石』を前面に打ち出す当館としては、珍しい、不思議、大きい、柔らかい、何かに似ているなど、素直な感動や好奇心を育み、共有できる博物館を目指しています。
博物館が建設された経緯は?
当館は1971年に日本初の石の総合博物館としてオープンしました。社会教育家で初代館長でもある植本十一(うえもとじゅういち)が岐阜県の山中で『龍眼石(りゅうがんせき)』と呼ばれる黒光りした丸い石を発見したことをきっかけに、この石を鑑定した鉱物界の権威・益富寿之助(ますとみかずのすけ)博士の協力を得て建設されました。自然界の感動を広く伝えるとともに、同じ年に朝霧高原で開催されたボーイスカウトの大会『世界ジャンボリー』に合わせて、この地を訪れる各国の子どもたちに学びの場を提供したいという思いも込められていました。
現在、石の収蔵数は1万7千点以上で、中には江戸時代のものや、まだ未鑑定で名前がついていない標本もあります。また、全国各地の博物館や研究機関と提携した石の貸し出しや地学の普及にも取り組んでいます。
一般向けの展示内容としては、スタッフによる解説コーナーをはじめ、世界中から集められたさまざまな石の常設展示、独自のテーマと切り口で石の世界を紹介する企画展などがあります。最近の展示替えではアニメ化もされた市川春子さん原作の漫画『宝石の国』をテーマに、作品に登場する宝石や鉱物をまとめて紹介したところ、作品のファンの皆さんを中心に大反響がありました。
また現在(2018.11.25まで)開催中の企画展『ゲームに出てくる石たち』では、いろんなゲームの中に登場する石と実際の石を比較しながら鑑賞することができます。あえて石以外の要素と絡めることで、それまで興味を持っていなかった人にも石の世界を知ってもらおうという狙いがあります。
展示は『1ケース1テーマ1ストーリー』という形で2〜3ヵ月ごとに入れ替えていて、当館はリピーターが多いこともあり、いつでも新鮮な展示が見られるように心がけています。各テーマのもとに構成されているため、同じケースに化石と隕石と宝石が一緒に入っているということもありますが、これは一般的な博物館ではありえないことで、当館ならではの手法といえます。
館内での展示以外にも、さまざまな参加型プログラムがあるそうですね。
メインとなるのは、敷地内にある『宝石わくわく広場』で週末や大型連休などに開催している宝石探し体験で、ゴールデンウィークや夏休み期間中は家族連れを中心に賑わっています。水槽の砂利の中から40種類以上の宝石を探して、見つけた宝石は持ち帰ることができるのですが、服を濡らしながら時間を忘れて宝石探しに熱中する子どもたちの姿は真剣そのものです。むしろ付き添いの大人の方がいつの間にか夢中になっていることも珍しくありませんが(笑)。
その他の事業としては、自然観察会や体験教室といった参加者募集型のイベントも定期的に開催しています。また、富士・富士宮市内の小中学校での出前授業や、高校生を対象としたサイエンスセミナー、秋には科学やアートに関するワークショップや飲食ブースなどを集めた『わくわく収穫感謝祭』という地域交流イベントも開催しています。
展示の要となる石の収集についてもアンテナを高く張っていて、気になるニュースがあれば、すぐに関係先に連絡して入手できないか交渉します。たとえば、過去の落雷で一部が壊れた国会議事堂の外壁に使われていた御影石や、東日本大震災で倒壊した茨城県・鹿島神宮の稲田石で造られた大鳥居の一部なども、当館に収蔵されています。災害や防災をテーマにした展示の際、目に見える素材があると説得力が増して、関心も湧きますよね。
ちなみに最近気になっているのは、古代エジプトのツタンカーメン王の棺に入っていた剣が今も錆びることなく残っているという話題です。3千年以上前のものですが、どうやら近くに落ちた鉄質隕石で作られているらしいんです。当時の人々が錆びない物質だと知っていたのかどうかは分かりませんが、なぜ隕石を使って、どのようにして王の剣を作ったのか、想像するだけでワクワクしませんか?
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