Vol. 187|まかいの牧場 新海 貴志

新海貴志さん

牧場においでよ

富士地域に暮らす我々にとって、朝霧高原の玄関口ともいえる場所にある『まかいの牧場』は、馴染み深い存在だ。最近は訪れていなくても、子育て期の懐かしい思い出が詰まっているという人も多いただろう。そんなまかいの牧場が今、めざましい進化を遂げている。動物との触れ合いを中心としたファミリー向け施設としての要素を残しつつ、最近では自然や健康への関心の高い大人の女性が訪れ、SNSに投稿する写真を撮り合う姿も見られるという。

社会に出て以来、まかいの牧場ひと筋で27年間勤務する観光部課長の新海貴志(しんかいたかし)さんは、この場所で数多くの笑顔とドラマを目にしてきた。レジャーが多様化する中で、観光牧場のあり方が変化するのは必然といえるが、インタビュー中の新海さんのいきいきとした表情を見ていると、これから先、まかいの牧場がどんな価値を地域に提供してくれるのか、楽しみな気持ちで満たされた。

まかいの牧場の雰囲気が以前と比べて洗練された印象に変わりましたね。

ここ数年で施設の整備が進んで、常連のお客さんからも好評です。まかいの牧場というと、地域の皆さんにとってはおそらく、「動物と触れ合える子ども向けの遊び場」というイメージが強いのではないかと思います。子ども連れで気軽に楽しめる場所として認識してもらえるのは光栄なのですが、そういったところも残しながら、現在は「大人の女性が満足できる空間」をコンセプトに、あらゆる面でリニューアルしています。

理由としては、少子化が進んでいること、またSNSの発達やコロナ禍を受けて、アウトドアの楽しみ方が変化していることがあります。ただ、大人の女性にターゲットを絞るというよりも、とりわけ鋭い消費者目線を持つ層に評価してもらえれば、結果的に多くの人にとって魅力的な施設になると考えています。具体的には、目の前に広がる富士山の景色はもちろん、季節の花々、食べ物、ものづくり体験、電動自転車やバギーの貸し出し、日帰りのグランピングなど、癒やし・学び・健康に重点を置いています。 創業者で先代社長でもある馬飼野利雄(まかいのとしお)氏が開拓者として夫婦でこの地に入植したのが1960年。水も電気もない荒れ地で始めた酪農は苦労の連続だったと聞いています。それから60年を経た今も、変化と改善を重ねる開拓者精神が息づいた牧場でありたいと思っています。

 
まかいの牧場から見る富士山

リニューアルが進むまかいの牧場

変化していく中にも明確な理念があるのですね。

日本一の観光牧場を目指すという大きな目標の中で、「牧歌的リゾートの最先端」というビジョンを掲げています。「牧歌的」と「最先端」は矛盾するように感じられるかもしれませんが、そうではありません。手つかずで何もないことが牧歌的なのではなくて、のどかな雰囲気や寛げる空間を時代に合わせて作り込んでいくことが重要です。

また、ひと昔前は都会のようなサービスを地方でも受けられるのが贅沢でしたが、今は現地にしかないもの、できないことを楽しむのが贅沢だと考える人が増えました。例えば、牛の乳搾り体験をした後に「この牛乳、飲めますか?」というお客さんの声があります。乳搾りとセットで、ここで採れた良質な牛乳を飲みたい、買って帰りたいという要望です。それを受けて、乳製品の生産から加工、販売までを自社で行なう6次産業化を進めてきました。

また、富士山をバックにした朝霧高原ならではの写真が撮れるように、いわゆるSNS映えスポットを整備しています。今後はこの環境を活かした結婚式のプランやコワーキングスペースの貸し出しなど、生活様式や価値観の変化に合わせたサービスを展開していきます。

馬に乗る少女
まかいの牧場のものづくり工房

新海さんがここで働くようになったきっかけは?

動植物に関する専門学校を卒業して、新卒採用で入社して以来、27年が過ぎました。子どもの頃は淡水魚に興味があって、ザリガニ釣りに始まり、魚を釣るのも飼うのも大好きな少年でした。地元に近い愛知県豊川市に『ぎょぎょランド』という淡水魚専門の水族館があって、将来は絶対にそこで働きたいと思っていました。

専門学校に進んでからも、1年生の夏休みにはその水族館にほぼ毎日通って、実習生として現場の仕事を学ばせてもらいました。たまたまその年の秋に正規職員の募集があって、迷わず手を挙げましたが、まだ在学中だからという理由で採用してもらえなかったんです。もともと水族館の求人は少なくて、熱意に加えて運も必要なんだと思い知らされました。

その後も学校で学ぶ中で、魚だけでなく動植物全般に興味が広がりました。あらゆる動物の活動の基本に植物があって、自然の中ですべてが密接に関わり合っていることに感動したんです。 また、大きな転機もありました。学校の講師で、岐阜県可児市で『プチZOO』という移動動物園を運営している中川亜耶人(あやと)先生との出会いです。幼稚園や住宅展示場などのイベント会場に動物を連れて行って、触れ合いの場を提供する事業を通じて、動物を活かした教育に情熱を傾ける中川先生の姿や考え方に感銘を受けました。

2年生で学校の単位を取り終えてからは、プチZOOに住み込みで実習を受けました。昼は動物の世話や移動の補助、夜は馬の歴史や動物の体内の構造などを学んで、さらには経営の現場でお金の流れについても勉強させてもらいました。

中川先生や多くの人々との関わりを経て、自分は動物そのものよりも、人と自然の間を取り持つ仕事がしたいんだと気づくことができました。今でも昨日のことのように思い出せる、とても充実した日々でしたね。そしてある時、中川先生が羊の仕入れに行くというので、岐阜からトラックに同乗して初めて訪れたのが、このまかいの牧場だったんです。

動物とふれあう
観光トラクター
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