60代ライターの散歩道【富士川かりがね橋】

お出かけレポート

去る2月23日、富士市に誕生した『富士川かりがね橋』完成記念お披露目会が開かれた。当日は生憎の冷雨模様ながら、多くの参加者と一緒に往復約2.4kmの車・歩道を歩いた。3月9日に開通したため、この記事が掲載される頃には車が走り、もう人は車道を歩けない。その意味でひと時の貴重なお散歩タイムになった。

新しい橋の誕生は人々の暮らしにどんな物語を生むだろう?

富士川かりがね橋は長さ約742m。この日、歩きだした富士市岩本・実相寺交差点から富士川を渡った向こう岸・木島交差点までの片道は約1.2kmだ。往復すると約2.4kmでいい運動になった。きれいに舗装された歩道は広く、「ほ〜、けっこう幅があるんだね」とそんな感想をもらす参加者がちらほら。私も同感で、たくさんの人とともに傘をさして歩いたが、ぶつかった記憶はない。

お披露目会の入口わき、以前からある土手の中段に、河津桜が雨に花色を濃くして咲いていた。入口で主催者から記念品のタオルを手渡される。白地に青字で『祝富士川かりがね橋完成』と印刷されていた。着手は平成14年、完成は令和6年3月。長いあいだの日々が『完成』の文字に込められているんだなぁと感じた。

テントの中ではパネル展をやっていた。日本三大急流(富士川)にかかった新たな橋は、橋の重さを足で支える『桁橋』だそうで、最もポピュラーな形だと知る。また、大正13年に完成して今も現役の鉄橋・富士川橋は、三角形の骨組みを組み合わせたトラス橋。さまざまな説明をそえた橋の写真にしばし見入ってしまった。

新しい橋の整備効果は大きく3点のようだ。まず渋滞の緩和、次に富士川東西の交流の促進、そして緊急輸送路の確保がそれだ。交流の促進?なるほど。橋には交流によって生まれる物語が似合う。出会い、待ち合わせ、すれ違い、別れ、そして再会……。幾多のストーリーが橋から生まれ、思い出の場所にもなり得ている。

この日は木島側へ歩いて行く途中、風雨はかわらず冷たかったが、長靴を履いて雨合羽を着た小さな子が「こんなにぬれちゃったよ」と自慢げに笑う姿を見つけた。富士川かりがね橋はそんな子どもたちにも何かの物語を生むだろう。学校へ自転車で通学する学生たちにも、夢の滑走路の役目を果たすかもしれない。

スタートは実相寺交差点

多くの人が参加した

テントの中でパネル展

 

じつは晴れた早朝に改めて出かけて歩いたのだが、車の少ない朝は静かで、見通しよく続く橋上からは、早春の山が真っすぐ仰げたし、富士川の本流が朝日にきらめき、美しい川辺の物語ができそうな夢心地になった。

この富士川かりがね橋は、昔からあるかりがね堤(土手)の名称にあやかって名付けられた。そのかりがね堤の誕生は古く、雨で決壊する川から周囲の村を守る目的で、有名な古郡一族を先頭に建造された。流れを緩和する『だし』は、土を盛り上げた『突堤』だ。

お披露目会に参加中の人が「あれが一番だしかな?」と、それと思われる突堤を指さして連れの人に聞いていた。また、「あれは防空壕じゃないの?」と、そんなささやきにつられて左の山裾に目を凝らすと、柵で封じてはいるが、たしかに防空壕らしきほら穴の口が見えた。

いずれにせよ、人々の願いは、この富士川かりがね橋により暮らしが豊かになることだろう。個人的には新しい散歩道ができて出かける機会が増えそうだ。じきに初夏。日焼け対策をして健康のためにもっと歩こう。

晴れた日の橋上から

きれいな富士川本流

一番だしらしき突堤

(ライター/佐野一好)

富士川かりがね橋
一般県道富士由比線 富士市岩本〜木島

富士川かりがね橋 事業概要
静岡県公式ウェブサイトより

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