Vol. 220|書家 宮久保胡蝶

筆の舞

富士市に拠点を置き、多彩な活動を繰り広げる書家、宮久保胡蝶さん。卓越した書の技術を作品にぶつけるだけでなく、書をデザインとして活かした企業ロゴや製品ラベル、インテリアとして長く楽しめる赤ちゃんの命名書、海外の画家と分野を超えたコラボレーション作品などを生み出している。

そして時には、紙ではなく人の身体に直接筆を走らせるボディペイントならぬ「ボディペイン書」を編み出す独創性を発揮するなど、ひとつところには収まらない活躍ぶりだ。中でも、舞台上での躍動感あふれる書道パフォーマンスは迫力満点でファンが多く、各所からの出演依頼が絶えないという。

明るい人柄とフットワークの軽さで活動の場を広げ続ける胡蝶さんだが、いかなる時もこだわるのは自分にしか出せない「書」の形。多くの人を惹きつけてやまない笑顔の奥には、唯一無二の表現にたどり着くために芸を磨き続けるストイックな情熱が見える。

現在どのような活動をされていますか?

一般的に書家というと、それぞれ流派に属しながら作品に向き合って技能を磨き、コンクールへの出品などで実績を積んだり、習字教室でお稽古をつけたりするイメージが強いと思います。ですが私は特に決まった協会や団体に属することもなく、個人で依頼を受けて書を軸にした仕事をしているので、活動の場が少し異なります。分野は多岐にわたり、書をデザインとして取り入れた名刺や企業のロゴ制作、地元の酒造会社のお酒のラベルデザインなど、デザイナー的な仕事がまず一つ。命名書や飲食店などのインテリアとして使用される文字を書くアーティストとしての仕事もあります。

また、ステージで作品を書く一連の流れを見せるパフォーマーとしての依頼をいただくことも多く、人前に出る機会は多いですね。ほかにも、ワークショップの講師や神社の神主さんへの御朱印指導、富士市内の小学校で外部講師として書写の授業を受け持つなど、教える仕事もしています。

毎年好評を博している富知六所浅間神社の御朱印

命名書は家族にとって大切な記念に

書道は長く続けてこられたのですか?

文字に興味を持つのが早かったことと、外遊びよりも室内で絵を描くのを好む私を見て、3歳の時に親が習字教室に入れてくれました。物心つく頃には筆を持っていて、お稽古で先生が褒めてくれるのが嬉しくて通っていました。中学3年まで週に一度続けましたが、当時は書家になるなんて思いもせず、あくまで習いごとの一環でしたね。その後は英語に興味が移り、高校・大学時代は書道から離れていたのですが、再び筆を手にしたのは社会人になってからです。

大学卒業後に入社した都内の番組制作会社での仕事は刺激的で面白い一方、朝方3〜4時頃まで働いて午前10時にはまた出社することもあり、とても過酷でした。その中で息抜きをしたくなって、ふと頭に浮かんだのが書道だったんです。墨の匂いに包まれて、無心で文字を書く心地良さがずっと心のどこかにあったのだと思います。せっかく時間を費やすなら師範の資格まで取ろうと決めて、平日は会社員、土日は書道の学校に通って膨大な課題をこなす生活を2年間続けました。晴れて師範を取ったものの、実際に書家としての仕事を始めたのはそれから数年後、地元の富士市へ戻ってしばらくしてからです。

そこからどのようにして仕事へとつながったのでしょうか?

富士市へ帰ってきた当初は、空いた時間に好きな文字を書いてSNSに載せるなど、趣味として楽しんでいました。そんなある時、飲食店を経営する友人から、店内に飾る文字を書いてほしいと頼まれたんです。後日納品した書がお客さんからすごく好評だと聞き、その時初めて文字を書くことが仕事になると気づきました。自分の中でいちばん好きで、かつ得意なことは書なんだと自覚して、これを仕事にしようと決めました。

あるお寺から書道パフォーマンスを初めて頼まれたのも、書家として動き始めた頃です。書道パフォーマンスは2000年代前半に愛媛県の高校の書道部が始めたもので、注目を浴びて映画化もされました。書道にダンスなどの演出要素を加えて人前で披露する、新しい芸術表現です。パフォーマンスの出演依頼を受けた時、一人静かに文字を書いて作品を仕上げるのとは異なり、書と音楽を合わせてショーにするのも面白そうだと直感しました。私は基本的にポジティブな性格で、経験はなくても何でもやってみたらできるだろうと、特に躊躇することなく引き受けました(笑)。

振り返ると初舞台は稚拙なものでしたが、大勢の人が見てくれて直接反応が聞けるライブ感に高揚して、人前で書く楽しさを知ることができたんです。今では年間20回くらい出演していて、イベントで私を知ってくださる人も増えました。披露する漢字は、依頼者が希望する候補の中からできるだけ格好つけやすい文字を選びます。「飛翔」や「龍」などは比較的自由に形を変えられて、跳ねや払いで躍動感を出しやすいので好まれますね。書があまり身近でない人にも感動が伝わるように、文字として読める書体で書くことにもこだわっています。崩し字にありがちな「なんて書いてあるかわからない」となると、せっかく盛り上がっていたお客さんの熱も冷めてしまうんです。目の前で見る迫力や書への素直な感動を邪魔しないように気をつけていますね。

出演するイベントの告知も含めて、より多くの人に作品を見てもらい書道の魅力を感じてもらうためにも、SNSでの発信には特に力を入れています。Instagram、X、TikTokは、年代や好みといった利用者層の特徴を踏まえて使い分けています。投稿するタイミングや回数、画像の見せ方、字幕の長さなどは、視聴者を意識して番組づくりをしていた会社員時代の経験が活きていますね。SNSは炎上や誹謗中傷など怖い側面が注目されることもありますが、個人で活動の場を広げていくためには今や欠かせません。SNSをきっかけに企業との仕事や海外アーティストとのコラボに発展することもあり、世界と自分とをつなぐ重要な窓口にもなっています。

自分にしか出せない
表現を求めて

世界に向けて発信する一方で、小学校の書写の授業でも教えていますね。

昔は書写といえば年配の厳しい先生が多かったですよね。作法に則ってきちんと書くことを求められるので、朱墨でたくさん直されたりとあまり楽しい時間ではなかった気がします。「書道」は表現活動という意味で音楽や美術と同じ芸術ですが、「書写」は国語の教科なので教えることは決まっていて、授業では基本を大切にしています。それでも、アートとしての書道を生業にしている私が教えるからには、「表現することの楽しさ」「書の格好良さ」を漠然とでもいいので感じてほしい。そのためにも、子どもたちの字を正しい形に直すだけではなく、必ず一つはいいところを見つけて褒めることに徹するようにしています。教えている児童の親には私の同級生もいるんですが、「私もこんな風に書写を習いたかったな」と言ってもらえますね。

書道など「道」がつく芸道の修行には、「守破離」という段階があります。基本を守りしっかりと型を身につけた上で、殻を破り、型から離れて当人にしか出せない表現に至るのがゴールです。師範資格を目指して通っていた学校でも、基礎を徹底的に叩き込まれましたが、先生方からいつも言われていたのが「最終的には“自分の字”を書けるようになれ」ということ。自分自身を体現する、独自の書を生み出せるようになるのが、書家としての究極の目標です。最近では、知り合いが街中で私の書いた字を見つけて、「あれって胡蝶さんだよね?」と気づいてくれることがあり、少しずつ私らしさが出せるようになっているのかなと感じます。いつかはこの手で、大河ドラマや映画などの題字を書いてみたいです。

その人ならではの表現ができてこそ、芸術家ですね。

個人で書という表現活動を続けていく中で、芸術家の方々とも多く出会い、私たちを取り巻く環境について考えることが増えました。2022年には仕事の拠点として富士市の吉原商店街に作品制作用のスタジオをオープンしましたが、ここには音楽や衣装制作など夢を形にして活動している若者が集まっています。昔ながらの商店街でありながら、上の世代が若い人たちの新たな挑戦を応援してくれる風土があるんです。ただ、局地的には芸術活動が大切にされていると感じる一方で、自治体や国といった大きな枠組みで捉える時、芸術家の活動が正当に評価してもらえているかは疑問が残ります。

アーティスト自身も多くの時間と労力と金銭をかけて技術や能力を身につけてきたこと、それなりのアートを鑑賞するには相応のお金がかかること、だからこそ、アーティストが自らを安売りすべきではないこと。これらは社会全体で理解されるべきだと考えます。そのための第一歩として、昨年3月には『桜梅桃李』というステージイベントを開催しました。チケットは強気の価格設定でしたが、そこに私たちアーティストが観客と共有したい価値観を込めました。出演者・音響・照明すべてをプロが担い、レベルを担保した上で、経費と関係者への報酬を賄える、つまり内容に見合った価格にしたのです。その結果、全席完売して、一流のショーに「感動した」「次回はいつ?」など高い評価をいただけました。このようなイベントを足掛かりに、アーティストの社会的地位をしっかりと固めていくことで、芸術を志す若い人がもっと増えるといいなと願っています。

メキシコから来日した墨絵アーティストGOEN氏とのステージでは多くの観客の前でコラボを披露

寺院を舞台にした主催イベント『桜梅桃李』で魅せた「ボディペイン書」による圧巻のパフォーマンス

今後やりたいことを教えてください。

書の魅力を多くの人に伝えるためのより良い表現方法はないかと、他分野の個展に出かけたり、分野をまたいだコラボをしたり、人との会話からヒントを得たりと、つねにアンテナを張っています。ですが、自分で思いつくものには限界があるのも事実。思ってもみない切り口を得るためにも、誰かが宮久保胡蝶という素材をうまく活かしてくれないかなと期待しつつ、心を開いて柔軟に動きたいです。

普段から文字を書いていると、日本文化の奥深さにも改めて驚かされます。ひらがな・カタカナ・漢字で多彩な表現が可能です。この豊かな日本文化を携えて、海外でのパフォーマンスや書の展示もぜひ実現させたいですね。90歳を超えても現役でいられる書の世界では、私なんてまだまだ若輩者です。書が持つ無限の可能性の中、一生をかけて自分なりの表現を磨き続けたいです。

Title&Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa

撮影協力:永明寺/デグチグループ株式会社

宮久保 胡蝶さんプロフィール

宮久保 胡蝶
書家

1985(昭和60)年10月19日生まれ (40歳)
富士市出身・在住
(取材当時)

みやくぼ・こちょう / 3歳の頃から書道教室に通い始め、中学卒業まで続ける。吉原東中、吉原高校、明治学院大学国際学部を卒業後、都内の番組制作会社に入社。働きながら神田書学院に通学し、日本書道教育学会認定の師範資格を取得。2016年に地元へ戻り、『宮久保胡蝶』の雅号で書家としての活動を開始。2022年8月、富士市・吉原商店街に自身のスタジオ『胡蝶Design Studio』をオープン。命名書の制作や商品のラベルデザイン、企業とのコラボレーション、各種イベントでの書道パフォーマンス、神社での御朱印書き入れや奉納揮毫など、書を軸とした多彩な活動を展開する。高校生の書道パフォーマンス大会の審査員も務める。「誰もが読める書体で書道の格好良さを伝える」をモットーに生み出される書にはファンが多く、仕事の依頼は引きも切らない。

胡蝶Design Studio
富士市吉原2-9-21

出演イベント情報などは
Instagramで随時更新
仕事の依頼はDMにて受付

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

学生時代に「選択教科を間違った!」と後悔したことが二つあって、そのうちの一つが高校のアート科目で音楽・美術・書道のうちから音楽を選んでしまったことです。楽譜もろくに読めないのに。美術と書道は道具の清掃とかいろいろ面倒くさそうだったし、その二つを比較しても、自由になんでも描ける美術の創造性に対して、すでに存在する文字を書き写すだけの書道なんて退屈極まりない、と10代の私は思ってしまったのです。

でも後になって思えば、とりたててアートの素養のない少年が学校教育の短い時間の中でその本質を体感するのに、書道ほどふさわしいものはなかったんです。制約があるからこそ生まれる細部へのこだわり。抽象的な中に宿る純粋なバランス美。漢字文化圏に住む僕らの特権としての、表意文字に込める意味性。そして、失敗できない一筆入魂の集中力。『Face to Face』を通じてたくさんのアーティストを取材してきましたが、ジャンルを問わずプロの方々の仕事にはこれらを感じることが多々ありました。

胡蝶さんの仕事ぶりもそんな書道の奥深さを体現しています。それは自己表現でもあり、商業デザインでもあり、演舞でもあり、ときには他のアーティストとのジャムセッションでもあり、とすでに幅広いですが、ご本人も仰っているように、これからもいろんなコラボから刺激を受けながら新しいスタイルを纏って蝶のように自由に舞う姿が見られそうですね。

(ちなみにもう一つの選択教科の過ちは、大学の第二外国語で鬼難易度のロシア語を選んでしまったことでした。)

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