Vol. 120|岳南小品盆栽会 会長 池田 豊
鉢の中のイノベーション
引退後の男性が静かに楽しむ渋い趣味。そんな固定化されたイメージを持たれがちな盆栽だが、今やその愛好者も様変わりしつつある。都会で暮らす若い女性が手軽でかわいいインテリアとして盆栽を買い求め、自ら育成も手がけるケースも多いという。また海外では現在、富裕層を中心とした盆栽ブームで、魅力ある日本文化のひとつとして「BONSAI」という言葉が世界共通語となっている。 今回は富士地域で長年にわたり盆栽の普及・発展に寄与してきた岳南小品盆栽会の池田豊さんに話を伺った。終始温和な表情ながらも、盆栽は茶道や華道と同じく”盆栽道”であると語る池田さんの人生哲学には、常に自らの腕一本で価値あるものを作り出すという自信と誇りがみなぎっている。
富士地域の盆栽界を牽引してこられた池田さんですが、盆栽歴は40年以上とのことですね。若い頃から盆栽に関わるようになった経緯について、お聞かせください。
親戚のおじさんが盆栽に興味を持って、どこか入手できるところを探してほしいと頼まれたのが最初のきっかけです。私が30歳の時でした。それまでは盆栽にも植物にも特に興味がなかったんですが、当時富士市内で定期的に開催されていた盆栽の交換会に行ってみたところ、ものすごく活気があって驚きました。交換会というのはいわゆるオークションのことで、愛好家や業者が持ち込んだ盆栽や苗、鉢、飾り用の小物などが売買されます。 最初はそのオークションが面白くて盆栽にのめり込んでいきました。たとえば5,000円の盆栽を買ってきて、自分の技術でその価値を3倍に高めて売れば、次は3鉢買えます。その3鉢を育てて売って10鉢買うといった感じで、元手は最初の5,000円だけで盆栽がどんどん増えていくのが楽しかったですね。要するに投資ですよ(笑)。そのうち自分が交換会のセリ人を務めるようになり、樹木や体の価値を瞬時に見極める力が求められたこともあって、これは本気で勉強しなければと一念発起して、富士市内の有名な盆栽家の元に弟子入りしました。当時すでに結婚して別の仕事をしていたので、無給の住み込み修行というわけにはいきませんでしたが、通いの弟子として5年間修行し、木に関する基礎知識や盆栽道の心構え、マナーなど、今の自分の核となる部分を徹底的に教わりました。
盆栽の良し悪しというのが、素人にはなかなか分かりにくい部分でもありますが。
馴染みのない人にはピンとこないかもしれませんが、形、生育状態、時代感など、いろんな要素が絡んで盆栽の価値は決まります。形については人それぞれの好みはありますが、伝統的な規格に則ったものが評価の前提となります。時代感というのはつまり、古さのことです。ただければ良いのではなく、樹皮などの質感に月日を重ねた趣があるかどうかということです。ある程度のベテランになれば知識や経験を踏まえた上での美的感覚は近いものになっていきますが、それでも最後は個人の価値観です。盆栽道においてはまず師匠の教えや常道を守り、その次に自分なりの工夫を加えて、最終的には独自の世界を生み出していくことが求められます。そういう意味では、これで完成という瞬間は存在しないのかもしれません。私は『一生一樹』という造語を座右の銘にしているんですが、一生をかけて納得のいく一本の樹を完成させたいという気持ちで盆栽道に取り組んでいます。
盆栽の技術というのは具体的にどのようなものですか?
技術と一口で言っても単純なものではなく、盆栽の修行には『水やり3年』という言葉があるくらいです。実際に水やりだけでもさまざまな方法があって、樹木ごとの特性や状態、季節などによって使い分ける必要がありますし、土や肥料の配合、形を整える針金のかけ方、朝定や挿し木など、追求していけば際限がありません。私の場合は自分が良いと思ったものはどんどん取り入れて改良していくので、我流で編み出した技術も少なくありません。土や肥料の組み合わせは研究に研究を重ねてきましたし、種についても、大気汚染に強い革輪梅や北米原産で紅葉が長く続くコバノズイナなど、それまでに盆栽用の樹木として認知されていなかったものを積極的に採り入れて、挿し木などで増やして日本中に広めました。 また道具についても、盆栽を傷めずに固定して両手が使える作業台や、肥料を鉢からこぼさずに固定するピンなどを開発して、全国的な盆栽専門誌の取材を受ける形で情報発信もしてきました。とにかく人がまだやっていないことをやってみようというチャレンジ精神と、うまくいったものはみんなで共有しようという思いで動いています。 ただしここで重要なのは、ただ単に奇をてらう、注目を集める、数を増やすということではなく、本当に価値のあるもの、上質なものを求めるという姿勢を貫くことです。鉢や飾り台の真贋を見極める目を養う上でも、ふだんから上質なものに慣れ親しんでおくことが、何よりも訓練になるんです。
小さな空間に
大きな世界を作り出す
岳南小品盆栽会の活動について教えてください。
その名の通り、岳南地域の小品盆栽の愛好家が集まった団体です。年齢・性別・職業などはさまざまですが、勉強会や展示会を通じてお互いを高め合いながら、和気あいあいと楽しんでいます。小品盆栽というのは一般的に掛高3~20センチの手のひらサイズの盆栽のことで、素材や鉢が交換会で比較的安く入手でき、小さなスペースでも鑑賞を楽しめるので、初心者や若い人にも人気があります。樹木のほかにも鉢、飾り台、小物などを駆使して、小さな空間に繊細かつ凝縮された世界観を表現することは小品盆栽の醍醐味でもあります。 盆栽の世界には『形小相大』という言葉があって、大きなもの本質を小さな形で表現するという意味なんですが、盆栽の中に壮大な自然の姿を作り出すことを真髄としています。手先の器用さや知識だけではなく、想像力が大切なんです。そしてすべての基本になるのは作法やマナーです。私自身がそうであったように、盆栽は若いうちから嗜むことで多くの学びや気づきを得ることができる素晴らしい教材だと思います。
盆栽の知識を活かしてプロの庭師に転職したそうですね。
盆栽の表現をそのまま大きくすれば庭になるわけですから、盆栽ができる人はたいてい植木もできるんです。私は庭師として日曜と雨の日以外はほぼ毎日現場で働いていますが、盆栽も植木も考え方は同じで、まず自分自身が良いと思うもの、そしてそれを観た人が良いと思えるものを作る。これに尽きます。個人的には華やかさはなくても上品で趣のある、楚々とした庭が理想です。 ただし仕事に関してはお客さんがいるわけですから、その後の剪定も含めてお客さんを満足させることが第一になります。自分が良いと思ってもお客さんが納得しなければ、それは仕事ではありません。そのためにはまずしっかりと話し合って、どんな樹木を使ってどんな庭にしたいのか、どんな思いを込めているのかということを把握することから始まります。私もこの歳ですから、稼ぐことには欲がなくて、ただ納得のいく仕事がしたいという思いしかありません。自然を扱うのですべて完璧ということはありませんが、だからこそやりがいのある仕事ですし、自分の腕が社会に必要とされる限りは頑張って働きたいと思っています。
今後もますますのご活躍が期待できそうですね。
自分の盆栽を追求したいという思いはもちろんありますが、今の立場を考えると、社会のために何らかの形で還元したいという気持ちも強いです。盆栽の魅力や知識を若い世代に伝えていくこともそのひとつですし、岳南小品盆栽会では微力ながら30年間にわたって展示会での売り上げの一部をチャリティとして社会福祉協議会に寄付しています。『盆栽=福祉活動』というイメージを社会的に高めていきたいですし、植物と触れ合う機会を福祉施設などで暮らす子どもたちに提供する活動にも取り組んでいるところです。 一方で、盆栽そのものにも今後さらなる広がりが生まれることを期待しています。伝統や格式は維持しながらも、木の管理や肥料については科学的な研究成果で飛躍的に進化しうると思いますし、展示方法でも既存の枠組みにとらわれない工夫や発想が生まれてくる余地があると感じています。その進化を担うのは、私ではない次の世代なのかもしれませんが、私自身もまだまだ遊び心を持っているつもりですよ。最近よく聞くインターネットやスマホの話題にはなかなかついていけませんけどね(笑)。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino Text & Cover Photo/Kohei Handa
池田 豊 岳南小品盆栽会 会長 1943(昭和18)年8月26日生まれ(73歳) 富士市今泉出身・在住 (取材当時)
いけだ・ゆたか/30歳の時に盆栽と出会い、33歳で盆栽の愛好家団体『岳南小品盆栽会』に入会。交換会の会計やセリ人を務め、1985年より同会の会長となる。30代前半で起業し、運送業や流通業に携わってきたが、30代半ばで「蒼天峰」を号する盆栽家の鈴木四郎氏に師事。幅広い知識や技術を習得し、50歳でプロの庭師に転じる。その後は現在に至るまで第一線での活躍を続けており、静岡県中東部にまたがる顧客から厚い信頼を得ている。 (写真:右)全国最高峰とされる小品盆栽の展示会『第16回雅風展』(1991年・京都市勧業館)に出展した池田さんの車輪梅。
岳南小品盆栽会 小品盆栽の愛好家が集う任意団体で、会員は16名(2016年10月現在)。年に一回の展示会やバス旅行、盆栽見学ツアーをはじめ、勉強会では池田さんの講習や会員同士の活発な意見交換と交流が図られている。新規会員は随時募集中で初心者や女性、若い世代も大歓迎とのこと。
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