Vol. 171|保護猫ボランティア団体ベルソー・デ・シャトンズ 赤石 朔
命の重さを感じて
1年間で約3万匹―。これは、全国で殺処分される猫の数だ。捨て猫や多頭飼育崩壊などの問題は誰もが一度はメディアなどで目にしたことがあるだろう。しかし、「ひどいね」「無責任だね」と状況を憂いても、次の瞬間にはまた別のことに関心が動いてしまうことも多い。
一方で、冒頭の数字がただの記号ではなく、ひとつひとつ個性のある命なのだと胸を痛め、その活動を通じて命の尊さを教えてくれる小学生がいる。富士市で保護猫ボランティア団体『ベルソー・デ・シャトンズ』を立ち上げた6年生、赤石朔(あかいし さく)くんだ。子猫を保護してから里親へ譲渡するまでの数ヵ月間、朔くんは“家族”として猫を育てる。思いを込めて名づけ、愛情を注ぎ、世話をして遊んで、やがてくる別れの時。大切に育てた家族の一員を、この人なら、と信じられる里親に託すのだ。
活動をともにする母親・雪さん同席のもと行なったインタビューでは、一点の曇りもない瞳で生き物の命と向き合う彼の言葉に、大人のほうが幾度となくハッとさせられた。
子猫たちの心を愛しむあたたかなゆりかご。
富士市内の朔くんの自宅2階の一室へお邪魔すると、数匹の子猫が興味津々といった真ん丸な目をして足元に集まってくる。カーペットで仰向けに昼寝する子、窓から外を眺める子、数匹でじゃれあって遊ぶ子……。ここ『ベルソー・デ・シャトンズ』は、2019年4月に、朔くんと母親の雪さんが立ち上げた保護猫ボランティアの市民団体だ。月齢などに合わせて自宅の3部屋を利用し、保護した子猫を適切に養育しながら、里親を捜して譲渡するまでを担っている。子猫たちが群れて遊ぶ様子はさながら子猫の保育園といった風情。朔くんが『子猫園』と呼ぶ『ベルソー・デ・シャトンズ』(以下、『ベルソー』)は、フランス語で“子猫たちのゆりかご”を意味する。
猫の保護活動を始めたきっかけは2年前、朔くん自身が里親になったことだった。富士市内で保護猫活動を長年行なってきた『YAYAカフェ』オーナーの小林幸子さんと出会い、猫2匹を譲り受けたが、保護猫ボランティアの仕事を知るうちに朔くんも雪さんも活動の趣旨に強く共感。譲渡会の手伝いや、子猫の養育を引き受けるなど経験を積み、約1年前、子猫を中心に保護・譲渡活動を行なう団体として独立した。ベルソーで昨年度に預かった子猫は計44匹。懸命な看護の甲斐なく亡くなってしまった子猫も1匹いたが、それ以外は素敵な里親に引き取られて無事“卒園”していった。
幸せになれる“ずっとのおうち”を見つける
「活動の柱は、保護、育児、治療、里親探しの4つで、保護した子猫は毎日体重を測るなど体調を管理して、まだ乳飲み子であればミルクをやったり排せつを手伝うこともあります。月齢が低いほど、急激に体調が悪化することもあるので、気をつけて見ています。時には病気の治療や、点滴を受けに獣医さんにかかることも必要です。人にも慣れ、体調が安定した子は、譲渡会やSNSを通じて里親希望の方との相性を見て、もらわれていきます。」(朔くん)
譲渡会は毎週日曜日に、前述の小林さんの運営するYAYAカフェを貸し切って行なわれているが、それとは別に直接ベルソーを訪ねることも可能だ。子猫園の様子は随時SNSを通じてアップされ、それを見てコンタクトを取る里親希望者もいる。譲渡の前には、自宅を訪問して外に出てしまいそうな箇所がないか、猫にとって心地よい環境かなどを確認。1週間~10日ほど実際に一緒に暮らしてもらうトライアルを経て正式譲渡となる。
「譲渡先はなるべく近場がいいですね。というのも、引き渡したあとも子猫の飼育方法や体調面の相談に応じていて、必要なら足を運ぶこともあるからです。継続的に関わることで、里親さんをサポートしています。」(雪さん)
家族になりたい 名づけはその第一歩
保護した子猫とは、里親が決まるまでの約2~4ヵ月をともに暮らすことになるが、それぞれに思いのこもった名前をプレゼントするのも朔くんの役割になっている。名前を決めるのはひとえに“家族になるため”。里親に渡すまでの短い間だとしても、全力で愛情を注ぐ第一歩が命名なのだ。
「いつも、この子が愛されるように、幸せになれるようにと考えて名前を決めています。昨年“ムテキチ”と名づけた子猫は、生まれたときに兄弟の中でも一番小さくて、生後3週間でも生まれたてほどの120グラムしかありませんでした。歩くのもおぼつかなかったので、無敵なくらい強くなりますように、と願いを込めたんです」。
フォークリフトの中で生まれたムテキチたち兄弟5匹の母親は、車両が作動した瞬間にベルトに巻き込まれ、亡くなっていた。5兄弟をテレビ番組『おかあさんといっしょ』に登場するキャラクターの名前にしたのは、いい里親さん(=お母さん)と出会い、一緒にいられますように、という意味もある。その後ムテキチは大きく立派に育ち、里親と幸せに暮らしている。
心の底から子猫たちに寄り添う朔くん。「猫という生き物の、何が魅力?」という直球の質問に、しばらく考えて出たひとことは、同じく直球の「すべてが魅力」。
「猫は人の気持ちをすごく察する生き物だと思います。落ち込んでいるときには静かに近寄ってきてそばにいてくれるし、外から帰ってきたらおかえり、と寄ってきてくれる。」
「非社交的」や「マイペース」といった世間のイメージとは真逆ともいえるその魅力は、ニュートラルに生き物と向き合う朔くんだからこそ見える、猫の実像なのかもしれない。
忙しいながらも子猫たちとの暮らしを楽しんでいる朔くんだが、活動を続ける中では、壁にぶつかったり、落ち込んだりすることも多々あるのだという。
今日もいろんな場所で苦しんでいる猫がいる
子猫を保護するシチュエーションはさまざまだが、中には小学生が目にするには酷なものも少なくない。
「この活動を始めるまで、多頭飼育崩壊など悲惨な状況はテレビでしか見たことがありませんでした。でも実際に、しかもこんなに身近にあるなんて……」と、表情を曇らせる。安易に飼い始めたはいいが、不妊去勢手術などを怠った結果、増えすぎて手に負えなくなりベルソーに助けを求めてきた、ある高齢の飼い主さん。朔くんが雪さんとともに保護に駆けつけると、長屋風の自宅は足の踏み場もなく、生活に困難を抱えているのが見て取れたという。猫たちは部屋に並んだケージのほか、階段にも何匹もいて、目の届く範囲だけでも約30匹というから、惨状は容易に想像がつくだろう。その日はまず、生後数日の5匹を保護したが、身体はノミだらけで目ヤニもひどい状態。残された猫たちを思い、帰る車中はふたりとも終始無言だったという。
ひとりで暮らす高齢者が、生き物に日々の孤独を癒してほしいと願うこと自体は責められないが、飼い始める前に、本当にその命に責任が持てるか立ち止まって考える必要はあるだろう。結局、シワ寄せはより弱いものにいってしまうのだから。また、近隣からの情報で別の日に訪れたのは、単にエサを求めてやってくる姿見たさに野良猫に餌をやり続け、飼いはしないという夫婦宅。避妊去勢手術の必要性や適切な飼い方を伝えても、「手術したいなら勝手に捕まえればいい、自分の猫ではない」と取り合わない。野良として子猫が増えると、病気のリスクも高く、車に轢かれることも多いため、放ってはおけない。獣医に掛け合って手術の手配を済ませ、施術日に合わせて朔くんも登校前、朝5時から保護に。7匹の成猫は手術を済ませたあと、耳カット(手術済みの目印)をしてリリースした。
「猫の保護や世話は苦にならないけど、愛情のない扱いをしたり、無責任なことをする大人たちとのやりとりにとても疲れる」と失望を隠せない朔くんだ。
里親探しの基準は「自分といるより幸せになれるか」
時に折れそうになる心を支え、活動の原動力になるのが、自分と同じように猫の幸せを願い引き取ってくれる里親との出会いや、彼の思いを理解し応援してくれる学校の友達や地域の多くの人たちの存在だという。家族として暮らした数ヵ月を経て、里親へ譲渡するその日。朔くんはどんな気持ちでいるのだろう。
「別れるときは悲しい気持ちが大きいし、泣いてしまうけど、それが猫の幸せのためだから」。
里親になるには年齢制限などいくつか満たすべき要件があるが、その上で朔くんが大切にしている判断基準がある。それは、「自分と暮らすよりもその猫が幸せになれるかどうか」。本音では、どの子もかわいくて誰にも渡したくない。ずっと一緒に暮らしたい。それでも、譲渡までのやり取りを通じて人となりを知り、その里親と家族になればこの子はもっと幸せになるとわかるから、涙を呑んで、猫を託す。「この人たちにはかなわない」と素直に負けを認められるほど素敵な里親さんとの出会いは、同時に朔くんの幸せでもある。譲渡誓約書に、家族全員で迎えようと里親の印鑑に加え、先住猫の肉球まで押してくれる家族、「こんなにいい子に育ててくれてありがとう」と涙ながらに感謝を表してくれる人、譲渡後、子猫の1歳の誕生会に招いてくれる家庭……。里親家庭と朔くんとの間にも、猫がつないでくれた温かい絆がある。嬉しい連敗記録は今後も更新していけそうだ。
この里親さんなら
自分よりも猫を幸せにできる
人間と同じ重さの命をひとつでも多く救いたい
「アメリカでは動物虐待は罪が重く、実刑もありえるのに、日本では罰金くらいで済んでしまう。動物の命も人間の命も、同じ命に変わりないのに……。」そう疑問を呈する朔くんの目を見ていると、我々大人が、社会の秩序を保つという大義名分のもと、命に軽重の差をつけてしまっている事実にあらためて思い至る。朔くんが望むのは、「人間も動物も対等の命だという当たり前」を誰もが感じられる社会だ。
「命を守りつなぐ、今の活動を続けていきたいし、ゆくゆくは行き場のない猫たちが最期まで暮らせるシェルターも作りたい。そのためには今、資金面が大きな課題です。」
必要な資金は里親などからの募金や、ボランティアの持ち出しで賄っている現状。猫のエサなどの物的支援も受けているが、それだけでは厳しいのが現実だ。子猫を育てる費用に加え、野良猫の手術費用なども合わせると、動物愛護団体として支給される補助金も焼け石に水といえるほど、負担が大きい。一方で、子猫を自宅で飼育してくれる預かりボランティアも随時募集中だ。
「子猫の世話は3時間おきのミルク、変わりやすい体調など難しいですが、ボランティアが増えることでより多くの猫たちを救えますので、いろんな形で支援してくれる方が増えると嬉しいです」(雪さん)。
無責任な飼育で不幸な猫がこれ以上増えないように、生まれてきた命がみんな幸せになるように……。大好きな猫たちを少しでも多く救おうと、朔くんの挑戦は続く。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Photography/Kohei Handa
赤石 朔
保護猫ボランティア団体 ベルソー・デ・シャトンズ 広報
2008(平成20)年4月8日生まれ (12歳)
富士市出身・在住
(取材当時)
あかいし・さく / 富士市立富士第一小学校6年。生まれたときから猫とともに暮らす。その観察眼は鋭く、保護猫たちの異変にいち早く気づき、迅速な対応で失明の危機から救ったことも。夏には、縁あって熊本の球磨川氾濫により被災した2匹を保護した。保健所からの依頼で「命をつなぐ」をテーマに、保護猫ボランティア活動について他校の小学生を相手に講演するなど、多方面にメッセージを届けている。ピアノや美術を好み、好きな映画は『風の谷のナウシカ』『銀河鉄道999』『未来少年コナン』など。猫の幸せを願い育てる中で磨かれた直観力は、子猫と里親の相性を見極める際に発揮される。
譲渡会
日時:毎週日曜 14:00〜16:30
場所:YAYAカフェ(富士市富士町16-1)
《予約制・ワンドリンクオーダー》 TEL:090-8861-5148(小林)
《※子猫の個別お見合いは随時募集中》TEL:080-4929-0117(赤石)
子猫を保護した方へ
すぐに必要な処置や治療等のアドバイスをいたします。事情で家族に迎えられない場合は、一緒に里親探しをしたり、お預かりもいたしますのでご相談ください。
ベルソー・デ・シャトンズでは、保護した猫の去勢・避妊手術や餌にかかる運営費、ご飯やトイレ砂などの必要物資など、活動のための寄付を受け付けております。皆様のご協力に感謝いたします。
ご寄付の振込先
【銀行】富士宮信用金庫 富士支店 【口座番号】普通1139988 【口座名】ベルソーデシャトンズ
物資の送付先
〒416-0906 富士市本市場128-1 ベルソー・デ・シャトンズ 赤石
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取材を終えて 編集長の感想
今月は巻頭記事のスタイルをいつもと変えてお届けしました。小学生の取材は初めてなのでお母様はじめ活動に携わる方々と慎重にお話をしたうえで、どうしてもその思いを伝えたいと思いました。そしてまた、いろいろな社会活動に参加するほかの小中学生たちへの応援にもなればと、取材を決めました。
保護犬や保護猫の活動を「動物好き」対「動物嫌い」という構図で見るのは正しくないと思っています。関わる方々は必ずしもペット好きが高じてやっているわけではありません。活動の出発点は「命が消費財のように廃棄されている」という現実であり、また野良動物の問題は、私たちの社会が同じ生活圏の中にいる「他者」の存在とどう向き合っていくか、という広いテーマにつながっています。ただかわいいから餌付けしようというのは結果に対する想像力が欠けているし、ただ排除すればいいというのは命の重さに対する想像力が欠けています。
もしあなたが近所のいたずらな野良猫に悩まされているとしても、どうか猫を恨まないであげてください。残念ながら片っ端から捕獲して保護団体に引き渡せば解決するという単純な話ではありません。朔くんたちに過大な負荷がかかるというジレンマがあり、社会としての解決策が必要です。命を慈しみ、共存の道を探すことから始めるしかありません。
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