Vol. 195|津軽三味線奏者 牧野 太紀

誰にも負けない
だからもっと努力する

プロ奏者を目指す一方で、大学の進学先に総合政策学部を選んだ理由は?

高校に入った頃までは大学に行く気はなくて、卒業したらすぐにプロになろうと思っていました。でも、長い人生を考えるなら大学に行っておいたほうがいいという師匠のアドバイスもあって、進学を考えるようになりました。とはいえ、大学の邦楽科で扱われるのは歴史のある長唄三味線がメインで、津軽三味線を学ぶ専門学科はないんです。

僕はあくまでも津軽三味線奏者としての活動を軸にしながら、そこから派生するいろんな可能性を模索したいと考えました。調べてみると、世界で活躍する音楽家や芸術家の多くは実技だけでなく、大学で幅広い教養を積極的に身につけているんですね。そういった観点で選んだ慶應義塾大学の総合政策学部は文系理系を融合させた欧米的なカリキュラムで、数学、体育、プログラミングなど、平日は学業に追われて、週末は三味線の練習と、かなり大変な毎日でした。

ところが、2年生になってからはコロナ禍で生活が一変します。人前で三味線の演奏をすることはなくなり、大会では一人ずつ部屋の中にあるカメラの前に座って弾くだけ。迫力のある音と激しいバチさばきを生で届けることが津軽三味線の魅力なのにと、意欲を失いかけたこともありました。大学の授業もすべてオンラインで、実家に戻っていたのですが、まったく出口が見えない状況に、三味線に触れない日すらありました。

でも、ここで腐っていても意味がありません。この状況だからできることに注力しようと切り替えて、授業以外で学びたかったことや将来に活かせる企画づくりに取り組むことにしました。例えば、多くの子どもたちが中学生くらいから芸術鑑賞を通した思考力や考察力を身につけられるようにするビジネスのアイデアを練ったり、その企画をビジネスコンテストに応募するためのプレゼンテーションの準備をしたり。

三味線も勉強も、趣味の筋トレも、やればやった分だけ成果が出ることに対して努力するのが好きなんです。そしてなにより、自分で始めたことは途中でやめたくない、何事にも負けたくないという気持ちが強いんだと思います。

ライブ

邦楽の枠を越えた音楽活動にも意欲的に取り組む(写真右)

3月には地元でのコンサートが開催されますね。今後の活動や地元への思いをお聞かせください。

2023年3月のメモリアルコンサート

2023年3月のメモリアルコンサート

この春に大学を卒業して、プロとしての活動を本格化させます。競技の世界大会では去年まで2年連続で、あと一歩のところで頂点を逃しているので、次こそはチャンピオンを獲りたいです。

僕は民謡を軸とした津軽三味線の本流をしっかりと学んできたので、海外に出て演奏すれば、日本の伝統文化として高い関心を持ってもらえる自負もあります。その一方で、津軽三味線を伝統的な枠組みだけに留めるつもりもありません。他分野の楽器演奏者との共演やITを使った情報発信など、大学で学んだ知見も活かしつつ、今後はより広い選択肢を持って活動したいと思います。

これまでの道のりを振り返ると、師匠はもちろん、家族のサポートにも恵まれていたと改めて実感します。父は洋画家、母はピアノ講師という家庭で生まれ育って、それぞれ表現の形は違いますが、津軽三味線への理解や応援を最大限にしてくれる両親には本当に感謝しています。

そして今回、大学卒業の節目に地元の富士市でコンサートを開けることがとても嬉しいです。コロナ禍で多くのお客さんを前にした演奏がずっとできずにいましたし、幼い頃からお世話になってきた地元の皆さんへの感謝の気持ちを込めて臨みます。全国各地での公演では津軽三味線の技術に興味を持ってくださる方が中心ですが、地元ではさらに、人として親身に接してもらえる感覚があるんです。実家の近くを歩いていると、「次はいつやるの?」とか「ポスター貼るのを手伝うよ」と声をかけてくださる方がいて、とても温かい気持ちになります。地域の皆さんのそういった応援や励ましの声が、いつも僕の背中を押してくれているんです。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa

牧野太紀さんプロフィール

牧野太紀
津軽三味線奏者

2000(平成12)年7月16日生まれ(22歳)
富士市出身・神奈川県藤沢市在住(取材当時)

まきの・たいき/祖父と母の影響で4歳の頃から津軽三味線を学ぶ。当初は嶺脇榮太郎氏に、10歳より木乃下真市氏に師事。鷹岡中、吉原高校を経て慶應義塾大学へ進学。現在は総合政策学部4年生として在学中。これまでに全国大会ジュニア部門で4度の優勝、世界大会ジュニアの部チャンピオン、世界大会A級部門で2年連続準チャンピオンなど、数々の受賞歴を持つ。各地でのコンサート出演や日光東照宮をはじめとする奉納演奏、学校での公演、他楽器奏者との共演など、活躍の場を広げている。

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

三味線にもいろんな種類があって演奏スタイルも多様であることを、今回の取材で改めて知りました。本文中にもあるように津軽三味線の特徴は即興性と力強さ。その成り立ちはどこかジャズにも似ています。今回のタイトル「四つ子の魂」は、ソウルの“魂”でもあります。

母上と御祖父の影響を受け4歳で三味線を始めた牧野さんですが、周囲から押し付けられたものでも、「自分にはこの道しかない!」と自らに押し付けてきたものでもありません。ともすれば若者は目先の思いが強すぎて自らの選択肢を狭めてしまいがちですが、三味線という楽器も、大学の進学先も、卒業後の道も、牧野さんは常に自分の心に冷静に問いかけながら選んでいるなあ、という印象を受けました。それでも演者としての道を自ずと選んでしまうのは、やはり芸術一家の“魂”です。

お父上の洋画家・牧野満徳さんは本紙Vol.156に登場しています。絵画と音楽、西洋と日本。父は少し遠いところで見守りながら、一方の息子は父と少し違う世界を目指しながら、しかし表現者としてのこだわり、芸術へのアプローチの仕方においてお互いに通じ合っているようにも見えます。「負けず嫌いなところは父譲りなんですよ」と太紀さんは少し照れながら語ってくれました。

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