Vol. 189|株式会社オールコセイ 早川貴規
働くこと、生きること、
つながることを追求して
もう一つの事業である移動スーパーについてはどのような狙いがあるのでしょうか?
コオロギの生産と移動スーパーは、たしかにかけ離れたものに見えますよね。平日と隔週土曜日に、軽トラックを改造した車両に食品や日用品など約400品目の商品を積んで、富士市内の個人宅や企業の駐車場、地域の集会所などで販売しています。
私も現場に出ているのですが、この事業には私自身の強い思い入れがあります。高齢者福祉施設で働いていた頃、多くの利用者さんが口にしていたのが「家で暮らしたい」という言葉でした。住み慣れた地域、自宅、家族と離れて暮らしている方の切実な思いを知り、何かできることはないかと考えてきた中で、この事業に至りました。
全国に700万人ともいわれる「買い物難民」の存在は大きな社会課題になっています。歩いて行ける近所のスーパーが閉店して郊外の大規模店に集約されると、車の運転ができない高齢者は自力で生活することが困難になります。坂が多い地域を抱え、路線バスの廃止が続いている富士市も例外ではありません。そこへ週に1〜2回程度でも近所に移動スーパーが来れば、高齢者の方が自宅での生活を維持する手助けになると考えたんです。
また私は現在、働きながら通信制の大学でコミュニティ支援を学んでいることもあり、地域住民の交流や見守りとしての機能にも着目しました。ただ買い物ができるだけでなく、そこでご近所同士の会話が生まれたり、いつも来ているのに姿が見えない人がいれば誰かが玄関まで呼びに行って、元気に暮らしていることを確認したり。販売場所の確保や周辺住民への告知については、地域のケアマネージャーや民生委員のみなさんにご協力いただいています。
また、なるべく地元の食材や製品を扱うことで、地域経済にも貢献したいと思っています。いずれは商品の仕入れ先の6割程度を地元の企業にして、販売エリアも富士市全域に広げたいですね。
移動スーパーで買い物をする利用者のみなさん。購入後すぐに自宅で食べられる新鮮な刺身や惣菜が人気。
コオロギも移動スーパーも、多様な人々が地域で共生していくという価値観に根ざしているんですね。ところで、東京に本社を置きながらも富士市を活動拠点としている理由は?
起業にあたってはいろんな地域を調査しましたが、寒さに弱いコオロギを生産する上で年間を通じて温暖で雪が降らないことや、バス路線が減少していて移動スーパーの需要が見込めることなど、やりたいことと合致する土地として、この富士市を選びました。地方に拠点を持ってその地域に貢献したいというイメージはあったものの、私たちはもともと富士市に何のつながりもなく、まさにゼロからのスタートでした。
東京からやって来て知り合いもいない土地で事業を始めるのは不安もありましたが、住んでみて実感したのは、ほんとうに穏やかで親切な方が多いということです。行政や地元の経済団体にも大変お世話になりましたし、顔見知りになった農家さんがコオロギの餌にと野菜を提供してくださったり、移動スーパーでは「これ持って帰りな」と、お客さんから食べ物のおすそ分けをいただいたり。商品を売りに行ったのに、荷物が増えて帰ってくるっておかしいですよね(笑)。地域の助けになりたくて活動している私たちが、逆に助けられていると感じることが多々あります。
現時点ではコオロギと移動スーパーに注力していますが、多くの方とのご縁が生まれる中で、今後さらに別の事業が動き出すかもしれません。とはいえ、ソーシャルファームという考え方は当社が取り組むだけでは浸透していきません。働きたい人の能力や特性に合った働き方を、各分野の企業が積極的に提供しながら、事業としても成長させていく。多様な人々を包み込んで活かすことができる「ALL個性」の優しい社会に近づけていきたいですね。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa
早川貴規
株式会社オールコセイ事業部長/富士ファーム責任者
1990(平成2)年5月7日生まれ(32歳)
埼玉県越谷市出身・富士市在住
(取材当時)
はやかわ・たかのり/中学校での職業体験や祖母の介護の経験から福祉業界を志し、福祉系の高校へ進学。卒業後は埼玉県内の介護老人保健施設で約3年間、障害者就労支援施設で約9年間勤務し、社会福祉士、介護福祉士、訪問型職場適応援助者(ジョブコーチ)の資格を取得。2021年1月、多様な雇用を創出できる会社を目指して、前職の同僚であった石垣小百合さん、浜地裕樹さんとともに株式会社オールコセイを設立。同7月、活動拠点となる富士市に事業所を開所したのを機に転居し、責任者として昆虫事業と移動スーパー事業を展開する。現在は日本福祉大学福祉経営学部(通信教育部)にも在籍し、仕事と学業の両立を継続中。
株式会社オールコセイ富士ファーム
富士市川成島48-2
TEL:0545-67-8776
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
今回のお話は「食べるコオロギ」というインパクトだけの話ではありません。多様性や働きやすさの実現、社会課題の解決といった非常にまじめな取り組みとして知ってほしいと思い取り上げました。
本文中にも出てくる社会的企業=ソーシャル・ファームの“ファーム”とは農場(farm)ではなく会社(firm)のことで、ソーシャル・エンタープライズとも呼ばれます。障害やさまざまな事情を抱える人のために積極的に活躍の場を作っていくという雇用面での社会貢献と、地域の課題解決を目指すという事業面での社会貢献というふたつの側面があります。ただ単に雇用を生み出すだけではなく、その仕事が社会のために役立ち、働く人にとってのやりがいにつながるというのがポイントです。
懐の深い職場づくりとビジネスの追求は両立できます。古い会社の発想だと、画一的でない人を職場に招き入れるには生産性を犠牲にしなければいけないと思い込みがちですが、そんなことはありません。仕事の発想をちょっと変えれば、「ふつうでないこと」はむしろ新しい価値を生み出す起爆力にもなるんです。
先月のミニ記事で紹介した「WORX富士」を取材したときも感じたのですが、これまでの常識にとらわれない新しい働き方、組織のあり方に自然と順応している起業家が富士にも増えてきているようです。ぜひ注目してください。もちろんコオロギ製品も、騙されたと思って(!)一度試してみてください。
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