Vol. 188 |岳南電車運転士 山田 健

岳鉄運転席の山田健さん

地域の方とともに
この先何十年も走り続けたい

さしずめイベントプランナーといった活躍ですね。

運転業務があってこそのアイデアなので、僕から運転士を取ったら企画は一つも生まれないと思います(笑)。

子どもの頃からゲームや戦隊ものより鉄道が好きでしたが、趣味が高じて運転士になったわけでもないんです。都内で過ごした高校時代にはモテを意識して(笑)、鉄道から距離を置いていましたし、卒業後も数年間は飲食業界で店舗経営に携わっていました。ですが、24歳で帰郷し、仕事を探している時に岳鉄の運転士の求人を目にし、これだ!」と思ったんです。

入社後に運転士の国家資格を取るため、法律や計算など専門的な勉強をしていくにつれ、趣味の視点は完全に消え、職業人としての責任感が芽生えました。今も運転席から車両の長い影が見えると、一両が37トンもある大きな車体を動かしているんだと気が引き締まります。

意外に思われるかもしれませんが、趣味の延長で運転士になると、続かないことが多いんです。例えば電車の運転を疑似体験できるゲームでは、いろんな路線で異なる車両を運転できますが、実際には同じ車両、同じ区間を運転するので飽きてしまいます。でも、運転士として最優先すべき安全は、マンネリの中にこそあるもの。同じ路線を繰り返し運転し、その景色を自分の中に焼きつけることで、事故の元となる“通常との違い”に気づけるようになるのです。差異を察知し、それが異常であれば瞬時にブレーキをかけるという判断ができないといけません。

以前、土砂降りの夜、いつもならライトに照らされて先に続いているはずのレールが見えないことがありました。これはおかしいと緊急停止したところ、前日に沿線の草を刈った影響で排水がうまくいかず、冠水していたのです。本部と連絡を取り合い、折り返すことになりましたが、もしそのまま突っ込んでいたら電気系統がショートして車両は故障、お客様にも大きなご迷惑がかかるところでしたね。

ふだんから安全と冷静さを心がけて運転していますが、美しい富士山を前にした時だけは胸が躍ります。お気に入りは真冬の始発から2本目。吉原駅を過ぎたところで、朝焼けの富士山が運転席の前に大迫力で現れるんです。景色を独り占めしながら、これぞ富士山の真髄だ!」と地元で働く喜びを感じます。

富士山と岳南電車

富士山を望む(吉原駅〜ジヤトコ前駅)

各種デジタルツールを業務に活かしていますね。

イベントの告知や、鉄道ファンの興味・関心をすくい上げるツールとしてはツイッターをメインにしていますが、SNSとひと口に言ってもユーチューブやインスタグラム、ティックトックなどあって、利用層も違うので、届けたい内容とツールの組み合わせも重要です。鉄道なので、やはり定期券を使って通勤・通学するお客様を増やしたい、そのための発信の仕方を模索中です。

例えば、いつもは自転車通学で、雨の日だけ電車を利用する方がいますよね。でも安全面から見ると、自転車よりも電車のほうが事故の心配がないし、人の目に触れるという意味では犯罪にも遭いにくい。そういったメリットを親御さんに向けてもしっかりと打ち出していく必要を感じています。

それに、幼い頃から車移動ばかりで、電車の乗り方自体が分からず避けている、という学生さんも一定数います。そこで電車の乗り方」を動画で撮ってユーチューブに上げたり、販売している定期券の種類や価格、買い方などもていねいにお知らせする、そうやってハードルを一つずつ解消していくことが大切です。ただお客様を待つだけではなく、こちらから真摯に情報を届ける努力を重ねていくことが、これからの鉄道には欠かせません。

山田さんの描く、岳鉄の未来像を教えてください。

全国の地方私鉄の中でも、地元の方々とのつながりはピカイチだと自負しています。昨年8月にオープンした、岳南富士岡駅の『がくてつ機関車ひろば』を作る際も、ボランティアの方が展示車両の塗装や整備を買って出てくれましたし、各種イベントでも補佐に入ってくれています。そういった方々の協力なしに今の岳鉄の姿はありませんし、ものすごく愛されていると感じますね。富士市からの補助金も減らしていけるよう、もっと岳鉄を盛り上げて、市民の皆さんへ恩返しするのが私たちの使命です。『運転士体験』も始まったばかりですが、“紙のまち”と並んで“電車を運転できるまち”を富士市の代名詞にしたい。例えば、週末を静岡で過ごす観光客が「土曜は岳鉄を運転しに行くか」というように、気軽に休日のレジャーの選択肢にしてもらうのが理想です。

それに、昭和23年から走り続けている歴史ある路線なので、何十年先も、地元の皆さんの身近に、当たり前にあるものとして存在していたいです。踏切の音が聞こえたり、夏になるとレールの鉄の匂いが漂ってきたり、そんな風景を形作るものであり続けたいですね。今、通学で使ってくれている高校生がいずれ子どもを持ち、電車を見せに連れてくる、大きくなったその子がまた通学・通勤に使う……。そんな未来に向け、走り続けます。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa

※電車の撮影時はルールを守り、線路内に立ち入るなど危険な行為はやめましょう。

山田健さんプロフィール

山田健
岳南電車主任運転士・企画営業部チーフ

1982(昭和57)年3月10日生まれ(40歳)
富士市出身・在住(取材当時)

やまだ・たけし / 幼い頃から鉄道が好きで、中学時代は鉄道写真の撮影などを楽しむ。須津中学校を卒業後、鉄道関連への就職を目指し、東京都内の昭和鉄道高校へ進学。卒業後は就職氷河期と重なったこともあり、数年間は飲食業に従事するも、店長代理を務める中で培った店舗運営や販売戦略の手法は、現在の企画営業部でイベント計画を立てる際に役立っている。24歳で帰郷し、地域に貢献したいとの思いから、身近だった地元企業、岳南鉄道株式会社(現・岳南電車)に就職。運転士の資格を取得し、現在は運転士の業務と並行して多くの人が安全に楽しめるイベントの企画・運営を担当。職業柄、各地の鉄道に乗ると“視察目線”になってしまうが、時代とともに消えゆく寝台列車に乗って旅行をするのが近い将来の夢。

岳南電車

www.gakutetsu.jp

夜景電車
定期列車のうち一両を消灯し、夜景観光士による車内ガイドを聞きながら沿線夜景が楽しめる。

ナイトビュープレミアムトレイン
特別ダイヤによる貸し切りクルーズ列車。車窓からの夜景だけでなく、乗車前の展望ツアーや趣の異なる3駅をめぐる充実の内容。

運転士体験
吉原駅の旧貨物線で、現役車両を約100メートル運転できる。運転士が横につき、万全にサポートしてくれるので安心。

岳南電車ナイトビュープレミアムトレイン

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

たまに別の街を訪れると、あらためて富士地域の交通環境について考えさせられます。私たちの地元の「クルマ社会」度は際立って高くて、県内の同規模都市と比べても駅の存在感が希薄な気がします。クルマでばかり移動していると、街を歩きながらふと見かけたお店に入ってみたり街並みのちょっとした変化を発見したりということが少なくて、消費活動がだんだん偏食気味になっていきます。

そんなクルマ中心の街・富士で生き抜いてきた岳南電車。山田さんたちの取り組みをひとことで言えば、鉄道の魅力の再発見です。これまでの「地域住民の足」としてだけではなく、その情緒的側面や観光資源としての価値、乗り物としての根源的な魅力をあらためて見直し、それらを活かした企画を練って提供することで、街とローカル線の新しい関係が生まれていきます。

「赤字路線」という言葉が象徴するように、収益性を根拠に廃止・縮小の憂き目を見たローカル線は全国に多くあります。しかし鉄道の存在意義って本当は効率や乗車賃の売上額だけでは測れないのではないでしょうか。もちろん採算性は重要だし、岳南電車も収益力の向上に日々経営努力しています。一方で、社会インフラである公共交通の維持は、市民みんなの課題であり共有財産だという目線も必要だと思います。ふだん乗らない人でも、「ぼくらの街のローカル電車」のことをときどきは思い出してほしいなと思います。

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