Vol. 188 |岳南電車運転士 山田 健
岳南電車はどこまでも
「あなたのふるさとの原風景はなんですか?」と聞かれた時、日常的に利用した地元のローカル鉄道を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。通学電車での、同級生とのたわいない会話、車窓からの眺め、疲れて寝過ごしたこと……。富士市東部の人たちにとっての“ふるさと”には、9.2キロ、10の駅をつなぐ、通称「岳鉄」がある。
今回登場するのは、数々のイベントを仕掛け、岳鉄の知名度アップや収益増に貢献する異色の運転士、山田健さん。走行中の車内で飲食や音楽を楽しめる『ビール電車』や『ジャズ電車』といった企画とは別に、岳鉄ならではの鉄道夜景を堪能できるツアーなどを続々と形にし、多くの利用者を魅了している。
山田さんが取材中に何度も口にしたのが、「地域の皆さんが岳鉄の存続を願い、灯してくださった火を、絶やすわけにはいかない」という決意。廃線の危機を救い、その後も陰に日向に支えてくれる地域住民への感謝が原動力だ。と同時に、山田さんが必死に守ってくれているのは、心にふるさとの鉄道を持つ、全国各地の“あなた”の思い出でもあるかもしれない。
まずは岳南電車について教えてください。
富士市東部を走るローカル鉄道です。地域の皆さんからは「岳鉄」の愛称で親しまれています。全長はたった9.2キロですが、工場・商業施設街・住宅地の3エリアをまたぎ、沿線の景色が目まぐるしく変化する、全国でもかなり珍しい路線です。2012年の貨物輸送の終了に伴う業績の悪化で廃線にする案も出たのですが、市民を中心に多くの方々が「岳鉄を残したい」と声を上げてくださり、富士市から補助金を受けて経営が続けられるようになりました。
当然ですが、補助金があるからいいということではなく、ただ電車を走らせること以外に、もっと収益を上げる方法はないか、地元に貢献できることはないかと、社員一同、日々試行錯誤しています。僕自身は運転士と企画営業部チーフを兼務し、安全な鉄道運行に従事するとともに、多彩なイベントを企画して全国から人を集めたり、定期的にお客さんが訪れる場所になるアイデアを練っています。
「夜景電車」など斬新な企画で、メディアからも注目されています。
地元企業との提携や、現場から発案・運営しているものなど、内容は多種多様です。隔週土曜に定期開催している『夜景電車』は、夜間の通常運行中に2両編成のうち片方の車両だけ消灯して、夜景観光士が沿線の解説を行なうもので、乗車証明書などのおまけも好評なんですよ。月1回運行の『ナイトビュープレミアムトレイン』は、その豪華版。完全貸し切りで減速や停止もできるので、車窓から工場夜景などを眺めるだけでなく駅に降り立つこともできる“夜のクルーズ列車”です。北海道から参加される方もいるほどの人気で、予約も開始から約1週間で埋まります。
また、コロナ禍では大きな打撃を受けましたが、その状況だからこそ発想できた企画もあったんです。それが、営業終了後の駅に泊まれる『ナイトステイホームin吉原駅』。自粛中、何度も耳にした「ステイホーム」から名づけ、車内で寝るもよし、ついてくるおでんを食べるもよし、何もせず駅舎にいるもよし、の完全フリープランを1万円で販売しました。15名の定員に対し、対応する駅員は3名なので、我々もゆったりと接客ができますし、駅員と夜通ししゃべりたい方にも満足してもらえました。
この企画をひらめいたのは、一日の運転業務を終え、すべての照明を落とした時。暗闇の中、大きな車体を前にふと、「この光景を見られるのは自分だけなんだ」と気づき、それが一般の人にとっては一度見てみたい、そそられる景色だろうなと思ったんです。ふだんは入れない場所、やったらダメなことが叶うイベントとして、その背徳感や非日常性が大きな魅力になりました。
ほかにも、一般の人がツイッターに上げてくれる素朴な疑問が新たな企画につながることも多いですね。岳南電車公式ツイッターのフォロワーは現在3万人いるのですが、「岳鉄って快速ないの?」「夜って電車の信号はついてるの?」など、それぞれが興味を持つポイントを拾い上げ、より多くの期待に応えられる企画に仕上げていくのも醍醐味です。
企画会議では、興味を引く内容であることはもとより、参加者の安全確保、原価や集客のデータまで考慮し、しっかりと収支計算をした上で提案するよう心がけています。とはいえ、最新の企画『運転士体験』では、数字よりも熱意が先走って、途中で焦ることになりましたが(苦笑)。
ウェブ上で資金を募るクラウドファンディングで実現した企画ですね。
今年の4月から始めた『運転士体験』は、3ヵ月分の予約がすぐに埋まるほどの人気企画です。一人15,000円で、他社がやっている運転体験よりも高いのですが、駅から体験用の線路に行くまでの「入れ替え」というマニアックな作業をしたり、待機時間中には運転席での撮影や現役運転士と話もできる充実の内容です。「この価格ではむしろ安い!」と驚いてもらえます。
クラウドファンディングでは、吉原駅構内の側線、信号設備の整備費用として2ヵ月間で800万円の支援を目標にしました。でも、意気込んでスタートしたものの、ひと月を過ぎて集まったのは半額以下。しかも、目標額に届かない場合はゼロになってしまう設定だったので、発案者としては背筋も凍るような状況でした。胃薬を買ったのは初めてでしたね(笑)。
その後、藁にもすがる思いで頼ったのが、鉄道系ユーチューバーの「がみ」さんです。面識もなくダメでもともとでしたが、この企画にかける思いを伝えて告知を依頼したところ、快く引き受けてもらえました。がみさんの告知のおかげもあって、最終的には全国の約1,300人から目標額を大きく上回る1,320万円を支援していただくことができたんです。それでも、コロナ禍で原材料の高騰や保安設備の充実などを賄えるギリギリの金額でした。多くの人の思いを乗せて始まった『運転士体験』を今後も持続させていくために、継続的なPR方法を検討しています。
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