Vol. 132|民間救急サービス『アシスト』代表 小山 悦男
やさしい街のゆっくり救急車
富士市における救急車での搬送人数は、毎年約9千人。このうち半数弱の約4千人が、傷病の程度が入院を必要としない「軽症」の患者と見なされている。このすべてが「不適正利用」というわけではないが、救急車をタクシー代わりに使うなどの事例による重篤患者への対応遅れや出動費用の増大が社会問題となって久しい。
富士市内で民間救急事業と介護タクシー事業を展開する『アシスト』代表の小山悦男(こやま えつお)さんは、計24年間にわたる消防士・救急隊員としての経験から、救急車の不適正な利用を減らしたいという思いで開業し、今年2017年6月に富士市の患者等搬送事業者第1号として認定を受けた。利用者同士の思いやりがあってこそ成り立つ救急活動を今度は民間の立場からアシストする小山さんの眼差しには、元消防士としての使命感と起業家としてのたくましさが同居していた。
民間救急というサービスについてお聞かせください。
皆さんがご存知の公共サービスの救急車は、大ケガや急病など緊急を要する患者を医療機関まで搬送する緊急車両です。場合によっては車両の中で医療行為をすることもあります。
一方、私たちが提供する民間救急は、緊急性の低い利用者の方を車いすやストレッチャー(車両積載用の担架)で搬送するという事業です。医療行為ができない点と、法定速度内で走行する点、そして料金が有料という点が公共の救急車と違います。病院間の転院搬送や、入院患者さんの一時帰宅などで利用されるケースが多いのですが、搬送先が病院でなくても大丈夫ですので、病気療養中の方がいるご家族の引越しなどでも利用可能です。
介護タクシーもこれに近いサービスとして提供していますが、こちらは運転手一人のみです。民間救急は富士市の認定要件で常時2名体制が義務付けられていて、2階に住んでいる身体が不自由な方や体調が芳しくない方が急を要さない理由で病院に行く場合などは、二人がかりで1階まで降ろしてストレッチャーで運ぶこともできる民間救急の方が適している場合が多いんです。
当社の救急車両には市で運用している救急車と同様の機材を備えていますので、心拍数や呼吸、血圧、体温を持続的に測りながらの搬送も可能です。命にかかわる状況ではなくても、搬送している患者さんの容態を常に把握しながら、搬送先の病院にもそれを伝えることで、到着後の対応がしやすくなります。
民間救急は全国的に増えているようですね。
このような有料の民間救急事業が広がっているのには理由があります。私は昨年まで富士市の消防署勤務の消防士であり救急隊員だったのですが、メディアでも多く取り上げられている救急車の不適正利用について、現場でよく考えさせられていました。緊急性が低いときに救急車を使う人が多いと、本当に必要な重篤な患者さんへの対応が遅れてしまうことがあります。残念ながら富士市でも、昨年の救急車の利用者のうち、入院を必要としない軽症者の利用が40%を占めています。
このような現状をなんとか変えられないかと思っていたところ、 あるとき搬送に行った他市の病院で見かけたのが民間救急でした。『こんなサービスがあるのか。これなら今の状況を変えられるかもしれない』と思い、自分なりに調べていくうちに、民間救急が活躍できる場面は意外に多いことを知り、また富士市内には事業者がまだいないこともわかりました。『民間救急が富士市にできるのを待っていてもしょうがない。それなら自分がやるしかない』と思い、今年の6月に市から患者等搬送事業者に対する認定を受け、富士市初の民間救急事業者となりました。
消防士を辞めて起業されたのですね。不安はありませんでしたか?
正直、消防士を辞めると決めたときは周りからかなり反対されました。消防士の仕事は大変ながらも、誇りややりがいを感じられますし、公務員なので、きちんと仕事をすれば安定的な給与を約束されますからね(笑)。
中古の救急車を購入して3人体制で事業を始めたのですが、起業するとなると費用はかかりますし、売上の面での不安もありました。でも一回きりの人生ですので、やらないで後悔するよりもやって後悔したいと思ったんです。
決断できたのは、子どもの頃からの経験で『人生なんとかなる!』 と思えたからかもしれません。私は富士市の大淵で生まれ育ったのですが、自転車で沼津や田子の浦まで行ったり、電車で小田原まで一人で行ったりする、行動範囲の広い活発な子どもでした。道や乗り換えで迷うことがあっても 、見知らぬ大人に聞いていつも自力で対処できていたので、『なんとかなる!』という気持ちが人よりも強く根付いたのかもしれません。
それと『一番』というのがとても好きなことも影響していると思います。今回の事業も富士市で初だったので決断できました。もしかしたら、二番目だったら消防士を辞めていなかったかもしれませんね(笑)。
消防士になったきっかけは?
中学生のとき、私の家の敷地内にある小屋に雷が落ちて火事になりました。私は中間テストの前夜にもかかわらず勉強をせずに寝ていたのですが(笑)、音と光が同時に来て飛び起きたのを覚えています。そのときに駆けつけてくれた消防士の姿を見て『かっこいい』と思ったのがきっかけです。
その後、県外の高校を卒業して、消防学校に入校して消防士になりました。今では民間救急を仕事にしていますが、じつは消防士になった当初は救急の業務が嫌いでした。どうしても血が苦手で。その後、何度も現場を重ねて慣れてくるうちに、仕事自体の面白さがそれを上回ったんだと思います。
消防や救急の現場では基本的にチームで仕事をしますが、緊迫した中では言葉がなくてもアイコンタクトだけで相手の考えがわかるようになります。たとえば自分の信頼する先輩消防士が現場で何か行動を起こしたとき、指示よりも先に相手のやろうとしていることがわかり、先回りして作業をサポートするといった感じです。今でもスタッフとのチームワークを大事にして仕事をしていますが、緊急度合いは違いますので、『あんな現場の感覚はもう得られない』ということが、辞めるときに唯一辛かったことですね。
実際に民間救急事業を始めてみて、いかがでしたか?
開業前からある程度は想定していたことですが、まだまだ民間救急自体が知られていないと強く感じました。まずは少しでも多くの方に知っていただくことが始まりだと思い、富士市近辺のイベントやお祭りに積極的に参加して、民間救急の認知度向上のためのPR活動を行なっています。病院などに営業活動に行くときも、介護タクシー用の乗用車ではなく中古救急車のほうを使うようにしています。こちらの車のほうがガソリン代はかかるのですが、少しでも多くの方の目に触れることも一種のPR活動だと思っています。開業当初は不安も多かったのですが、介護タクシー会社さんから先方では対応できない案件などを紹介していただきながらがんばっています。
正直、消防士だった頃は軽症者が公共の救急車を呼ぶことに複雑な思いがありました。今では、どんな状況の方でも私たちのサービスを使っていただけることが嬉しくてしょうがないです。自分でお金を払ってまで使っていただけるのですから。また、これも認知度向上に関することですが、とても高額なサービスだと思われる方がいることもわかりました。『とりあえず10万円を銀行でおろしてきたけど、これで足りるかな?』と不安顔で言われたこともあります。そのときはそれほど遠くないところへの搬送でしたので『ご安心ください。そんなにかかりませんよ』とお答えしました。救急車というとどうしても高いイメージがあるんでしょうね。
私たちのサービスは30分単位のメーター時間運賃、それに介助料金と、希望に応じたオプション料金がかかります。もちろん時間が長くなればその分費用は増えますが、近くであればそこまでかかりません。詳しい金額はウェブサイトに明記していますので、興味のある方は一度見てもらえればと思います。ちなみに、発着のどちらかが静岡県内なら、全国どこへでも搬送します。当社車両のような設備を備えた民間救急車両は、今のところ静岡県内では1台だけなんですよ。
真に必要とする人へ
最適なサービスを届けるために
認知度向上はたしかに大事ですね。名前やサービス内容だけでなく、どのようなときに使えるのかを知ってもらえるといいですよね。
そうなんです。『こんなときにご利用いただくと便利ですよ』と地域の皆さんにじっくりお伝えしてまわりたいくらいです。自分自身やご家族がケガや病気をしていたりすると、自分に関係のある話だと感じると思いますが、そうでなければほとんどの方があまりピンとこないかもしれません。そういう方にはとりあえず知ってもらって、こういうサービスがあるということを頭の片隅に留めてもらえればと思います。そして必要なときに私たちのことを思い出してもらえれば。
それと、民間救急を使うべきなのかどうか迷ったときは、遠慮なくお電話ください。民間救急ではなく介護タクシーで充分な場合はそちらを提案しますし、緊急を要する場合は119番への電話をお勧めしています。民間救急の特徴の一つに、搬送先が病院とは限らないということがありますが、その点を活かすと提供できるサービスの幅は広がります。先ほどお伝えした引越しの話もそうですが、寝たきりのご家族との小旅行などにも対応可能です。オプションになりますが、提携している看護師が同乗することもできますので、体調に不安のある方も安心できると思います。先日も身体が不自由なご高齢の方から、親族の葬儀に参列したいというご相談をいただきました。このように用途を広げていきたいです。
また、ビジネスとしてのPR活動とは別に、地元の皆さんにぜひお伝えしたいと思うことがふたつあります。一つは救急車を利用するとき、緊急ではない方の搬送で消防士や救急車が出払ってしまうと、重篤な方が利用できなくなるかもしれないということも気にしてもらえればと思います。じつは、交通事故でケガをしたときなどもそうなんです。事故を起こして警察と現場検証をした後に『ちょっと首が痛いかも』という場面は多くありますが、そういった場合も公共の救急車が出動するケースがほとんどです。ケガをした方はお辛いかもしれませんが、そんなときは民間救急も選択肢に入れてもらえればと思います。もちろん生命の危険や緊急性がある場合は別ですが。
もう一つは、温かい気持ちで私たちのサービスをご理解いただけると嬉しいです。先ほどもお伝えしたとおり、私たち民間救急は法定速度内でしか走りません。乗せている方の状態によってはあえてゆっくり走る場合もあります。そのようなときは後ろの車から煽られることもないわけではありません。私は長年の救急の経験があるので全く動じませんが、スタッフの中にはどうしても気になってしまう者もいます。今後は認知度向上にもっと力を入れて多くの方々にサービスを提供し、救急車の適正な利用を促進することで、民間の立場から消防・救急のサポートをしていきたいですね。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Shunichi Nakata
Photography/Kohei Handa
小山 悦男
民間救急・介護タクシー・訪問介護サービス アシスト 代表
1975(昭和50)年3月7日生まれ
富士市大淵出身・伝法在住
(取材当時)
こやま・えつお / 高校卒業後、憧れていた消防士を目指して富士市消防本部に勤務し、24年間にわたり消防士・救急隊員として命を救う最前線で活躍。救急車の不適正利用の増加に伴う重篤患者への対応力不足が社会問題化する中、民間救急サービスの必要性を感じ、2017年に退職。民間救急を業務の軸とする株式会社 心を設立し、富士市患者等搬送事業者認定第1号となる。県内外への搬送業務に加え、民間救急の認知度を高める啓蒙活動にも精力的に取り組んでいる。
アシスト
静岡県富士市伝法2-21
TEL・FAX:0545-67-0550
(24時間365日対応可能)
http://asisuto-556.com/
- Face to Face Talk
- コメント: 0
関連記事一覧
Vol. 190|エンディングプランナー 中村雄一郎
Vol. 187|まかいの牧場 新海 貴志
Vol. 162|チョークアート作家 下條 画美
Vol. 198|駿河男児ボクシングジム会長 前島正晃
Vol. 123|富士市若者相談窓口 ココ☆カラ 相談員 渡...
Vol. 212|富士山北山ワイナリー 代表 石川 弘幸
Vol. 193|富士宮市立郷土資料館館長 渡井一信
Vol. 192|テディベア作家 清 祥子
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。