Vol. 184|画家 河邉 浩一郎

談笑する河邉さんと生徒さんたち

絵画の周りに
笑顔が集まる

河邉さんご自身が本格的に絵画を学び始めたのも、大人になってからとのことですね。

子どもの頃から絵を描くことは大好きで、当時は漫画のキャラクターやゲームに出てくるアイテムなどを描いていました。上手に描いて人に見せたい、評価されたいというよりも、描く行為自体が楽しいという感覚でしたね。美大を目指すわけでもなく、美術部に入ることすらなく、ひたすら我流で好きな絵を描いていました。

大学生だった20歳の頃、初めて師事したのが富士市在住の洋画家・牧野満徳先生でした。将来について考える中で、やっぱり自分には絵しかない、絵画に携わる仕事がしたいと思い、今から絵を学ぶなら、美術の学校に入るよりもすでに絵で生活している人に入門して教わった方が早いのではと考えたからです。そこから9年間、アルバイトで生計を立てながら牧野先生に絵を学び、初めての個展を開催することもできました。

その後は子ども向けの絵画教室で牧野先生の助手を務めさせてもらえるようになり、2007年に独立して『河邉絵画教室』を始めました。絵で食べていくためにはいろんな方法論があると思いますが、僕の場合は師匠である牧野先生が取り組んでいた絵画教室の運営がいちばん自然な形でした。

とはいえ、教室を始めた当初は告知や集客の方法もどうしていいか分からず手探り状態でしたね。自宅での個人レッスンから始めて、高齢者施設を訪問して利用者さんに絵を教えたり、レストランのカフェタイムに体験教室を開いたりと、いろんな形を模索してきました。大学時代からコミュニティづくりやイベント企画は得意だったので、人と関わることは積極的に取り組めました。地域をまたいで教室を開いて、毎回のように新しい生徒さんと出会うという今のスタイルも、自分に合っていると感じています。

富士市展で大賞を受賞するなど、画家としても実績を残されていますね。

教室の運営が忙しい中でも、自分の作品は毎日コツコツと描き続けています。大きさや画材はさまざまですが、最近は比較的小さなサイズの水彩画や鉛筆画が多いですね。素材としては、複雑に入り組んだ造形物を細かく描き出すのが好きです。以前は人物を多く描いていましたが、そこから花や動物や海、さらには海岸に積まれたテトラポットなども描くようになりました。あくまでも対象物の見ためを写すことに関心があるので、テトラポットそのものが好きなわけではないんですよ(笑)。

一つの作品に長時間没頭して描く画家もいますが、僕の場合は逆で、こまめな切り替えがあったほうが集中できるタイプです。別の作品を少しずつ同時進行で描くことも多いですし、頭の中でイメージを組み立ててから描くので、実際に筆を動かすのは短時間に絞ったほうが良い結果が出ますね。なるべく感情的にならず、描いている時の呼吸が一定のリズムで落ち着いている感覚を大切にしています。

河邉浩一郎さん作品『浴黄色』

『浴黄色』
(F30号・透明水彩)
第49回富士市展大賞受賞作品

河邉浩一郎さん作品『早朝の海』

『早朝の海』
(P12号・油絵)

河邉浩一郎さん作品『道』

『道』
(F30号・油絵)

作家として、指導者として、今後の活動についてお聞かせください。

作家としては今のペースで制作を続けて、近いうちに個展も開きたいと思っています。ライフワークと呼べるようなテーマは設定できていないので、そこはまだ半人前ですが、描きたい衝動は子どもの頃から途絶えることなく湧き続けているので、自分の頭の中にあるイメージを一つでも多く世に残したいです。

絵画教室については、さらに多くの地域に広げたいですね。仕事帰りの人も通える夜間の教室もやりたいですし、以前から少しずつ取り組んできた福祉施設や企業との提携にも力を入れていきたいです。

そう考えると、僕のいちばんの関心事は「人」なんですよね。より多くの人の出会いの架け橋になりたい。そのための媒介として、すべての中心に絵画がある、そんなイメージです。もちろん絵画教室ですから、絵の技術を向上させることが最大の目的ですが、そこに集う人の間につながりや絆が生まれていく過程に大きなやりがいを感じています。

僕自身、日々の教室ではなんとなく古くからの親しい知り合いたちに会いに行くような、ワクワクする感覚があるんですよね。教室内で生徒さん同士がお互いの絵を褒め合う姿を見たり、プライベートで一緒にランチに行ってきたよ、といった報告を聞いたりするのが嬉しくて仕方ないんです。

絵を描くことも学ぶことも、短期的な目的は人それぞれですが、その先にはきっと誰もが穏やかな時間を過ごしたい、共通の話題を持った仲間と楽しく交流したいという願いがあると思います。絵画を通じた僕の活動が、そういった人々のつながりにもなれば、とても幸せです。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa

河邉浩一郎
画家

1978(昭和53)年8月12日生まれ(43歳)
神奈川県横浜市出身・富士市在住
(取材当時)

かわべ・こういちろう / 幼い頃から自発的に絵を描くことに親しみ、大学在学中の20歳の頃に洋画家・牧野満徳氏に入門。作品制作と並行して教室運営のアシスタントとしての経験を積む。2007年に独立し、『河邉絵画教室』を開業。個人指導に加えて地域の福祉施設での絵画教室にも積極的に取り組み、2011年には『NPO法人静岡福祉アート』を設立する。作家としては2015年、第49回『富士市展』絵画(洋画)の部において『浴黄色』で大賞を受賞。以後一般向けの絵画教室に着手し、現在は富士市・富士宮市・清水町・長泉町・三島市の文化施設などを中心に定期的な絵画教室を開催。気さくな人柄と生徒それぞれの個性やレベルに合った的確なアドバイスが好評で、多くのリピーターが参加する人気の教室となっている。

河邉絵画教室

各会場共通 1時間1,500円
年齢性別不問
詳細はお電話にて
TEL:090-1781-0068(河邉)

ぬり絵
色を塗る手

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

今回の取材を行なう半年ほど前、河邉さんの色鉛筆教室にお邪魔しました。当紙『イベントざんまい』のコーナーにも定期的に掲載していますが、いつも「どなたでもお楽しみいただけます」とひと言だけのシンプルな紹介文。どんな教室なのか、たまらなく気になるじゃないですか。

行ってみたら、それは本当に誰でも楽しめる教室でした。おもな内容は、ひと言で言えばいわゆる「大人のぬり絵」。見本を見ながらひたすら色塗りに没頭しているうちに無心になり、ふと顔を上げれば今度は他の参加者や河邉さんとの気軽な会話が始まります。

別に絵の道を目指していなくてもいい。大人になってから一度も絵を描いたことがなくたっていい。上手になりたいとすら思ってなくていい。そんな懐の深さと、河邉さんのお喋りが作り出す楽しい場の空気に、いたく感心しました。河邉さんは天性のエンターテイナーなんです。テレビの長寿番組の司会者みたいに、つねに参加者一人ひとりに目を配り、声をかけて回る。絵を教えたり習ったりすることが目的なんじゃなくて、描くことをつうじて人と人が楽しい気持ちでつながる、そんなすてきな社交場でした。

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