Vol. 183 |絵と造形 山下 わかば
アートにハグして
よく晴れた1月某日、ところどころ絵の具に染まったつなぎを着てその場に現れたのは、造形からイラストまでさまざまなタイプのアートを手がける山下わかばさん。左手にはパレット代わりの古新聞、絵の具バケツはヨーグルトのカップという気負わないスタイルで表紙の背景画を即興で描いてくれた。
制作中、窓から入る光がひとすじ、模造紙に差すのを見て「ああ、こういうのいいですね」。壁に絵を貼る時にテープで四隅を留めると、「そのテープの色が入るのもいい感じ」。その時、その場で偶然起こる物事を肯定し、「自分の力が及ばないものこそ、作品を面白くしてくれる」と朗らかに言ってのける。
周りの要素に心地よく身をゆだねているように見える一方で、できあがった作品は彼女にしか作りえない唯一無二のもの。本人は「アーティストと名乗るなんておこがましい」と謙遜するが、取材を終えてしばらくしてもなお、アーティスト以外にしっくりくる言葉が浮かばないのだった。
山下さんの作品は絵に限らないんですね。
気の向くままに線や模様を描いたり、大きな造形や雑貨など、その時に気になっているものをモチーフに制作します。基本的に、仕上がりはかっちりとイメージせず、やりたいようにやって作品になるので、自分でも想像しなかったできあがりになることが多いです。
5年前から富士サファリパークで働き始めて、それまでは興味がなかった動物を描くことも増えましたね。SNS担当なのでよく写真を撮るんですが、間近で見ると「どうしてこんな角が生えているのかな」とか「柄や色がすごい」「やけに首が長いなあ」とか、生体の不思議さ自体が大きな魅力。先日は、海をテーマに個展を開いたんですけど、「水の中に入った時に感じる、この素晴らしい感覚をみんなに伝えたい」という気持ちを表現しました。
作品を作るのはつまり、私にとっては愛情表現そのもの。相手が人間だったらハグをするとか一緒に生活するとか、表現方法はいろいろありますけど、心動かされる相手が物質的なものや感覚である場合、作品に昇華することで“好き”と伝えているんです。でも、作るだけだとそれはただの自己満足になってしまう。発表の場があって、他人の目に触れることで初めて「作品」として、社会の中で存在できると考えています。
人間の髪の毛で作ったキノコが印象的でした。
『毛のこ』ですね(笑)。去年の秋に、富士宮市の三澤寺(さんたくじ)で開催された『縄文DNA野外展』で展示しました。物珍しく、面白がられるので今回久しぶりに出品しましたが、最初に作ったのは学生の時。もともとポップなものが好きで、かわいいキノコのイラストを描いたり置物を作って楽しんでいました。
アートを学ぶ専門学校で、作品に真剣に向き合う機会が増え、そのうちにふと、私の作るキノコって全部にせ物だなと思ったんです。自然のキノコには敵わないし、絵の具で着色できるものには限界があるんですよね。よりよい表現を模索していく中で、髪の毛を材料にするという発想に行きつきました。奇をてらうつもりも面白さを狙ったわけでもなく、ただ納得のいくものを作りたい一心だったのですが、学校でも評価され、賞も獲ったりして、自分の中の手応えと周りの評価が一致した実感がありました。キノコから離れた時期もありますが、合わせて10年くらい取り組んでいましたね。
でも作り続けるうちに、評価されるのはありがたいと思う一方で、「評価されるために作っているわけじゃない」と思うひねくれた自分が顔を出したり、5年ほど経つと「まだキノコやってるの?」という外野の声に葛藤したり。当時はかなり周りの視線や評価にとらわれていました。
地元へのUターンを決めたのも、そんな息苦しさから離れて自分なりの制作がしたいと思ったのと、あとは単純に都会が合わなかったから。卒業後も都心に住んでいたんですけど、狭いし家賃も物価も高い。大きな人毛キノコの置き場所に困ってベランダに出していたら、登校中の小学生に「ギャー」と言われたり(笑)。
作品のテーマも都会とは直接関係ないので東京への執着はなく、実際に戻ってきてからの方が発表の場も増えましたし、活動的になりました。土地も広いし、海の手前に煙突が見える富士市ならではの風景も、いいなあとしみじみ感じています。
幼い頃から絵を描いていたのですか?
絵は好きでしたけど、絵を描くことでしか自由になれない感覚でしたね。小さな頃はとにかくシャイでコンプレックスの塊。挨拶のタイミングがわからず黙っていると不機嫌だと誤解されたこともあります。思っていることはたくさんあるのにうまく言葉にできなくて、ひたすら絵を描いていましたね。
3姉妹の真ん中で親からの干渉も少なかったんですが、ノートのマス目にびっしり顔を描いたりしていた私を、母が近所の絵画教室に通わせてくれました。でも最初に行ったところは5月にみんなが鯉のぼりの絵を描いていて、それを見た母は「全員が同じ絵を描くのはこの子に向かない」と、もっと自由な教室を見つけてきました。今の、思うままに自由に描くスタイルは、もともとは母が肯定してくれたんだと思いますね。
大人になってもなかなか自分に自信は持てないですけど、絵を描いたり作品を世に出すことで、作品が人と自分をつないでくれ、社会との接点になってくれています。私は積極的に前に出ていくタイプではありませんが、作品には目立ってほしいし、どんどん人と関わってほしい。
5年ほど前からは、県内のイベントなどで似顔絵ブースも出しています。「似顔絵」といわず「カオ絵屋さん」と呼ぶのも、私の自信のなさの表れなのですが(笑)。“そっくりであること”よりも色使いなど私らしさが強く出ている絵なので、作品を身近に感じてもらうきっかけになればと思います。アートを通じて表現したいことと周りから求められることのバランスがとれているのが「カオ絵屋さん」。自分ができることで社会に適すること、自分が受け入れられていると思える場所ですね。
ブースに手作りの雑貨を置くこともあるのですが、上品なマダムが買ってくださった時は「こんな方がなぜ!?」と驚いてしまいました(笑)。雑貨こそ、何も考えず遊び感覚で作っているので、そういうものを身に着けたいと買ってもらえるのはすごく嬉しいです。
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