Vol. 206|トランスジェンダー事業家 遠藤 せな

遠藤 せなさん

強みの見つけかた

性的少数者を意味する「LGBTQ+」。ある調査によると、日本国内では人口の8.9%を占めるとされ、これは左利きの人の割合とほぼ同じだという。多様性が重視される時代、性をめぐる認識や課題は当事者だけでなく、社会全体で考えるべきテーマであることは間違いない。

沼津市出身・富士市在住の事業家・遠藤せなさんは、性自認は男性でありながら、身体は女性として生まれた「トランスジェンダー男性」だ。成人を機にカミングアウトし、現在は社会課題の解決を軸とした事業を展開しながら、ジェンダーに関する研修講師や経営コンサルタントとしても活躍している。今回の取材で印象的だったのは、活動家ではなく事業家であることへの遠藤さんのこだわり。社会への啓発や権利主張の声は、ともすれば対立構図を生みがちで、国内でのLGBTQ+にまつわる話題は、まさにその渦中にあるといえる。遠藤さんはLGBTQ+としての当事者性を維持したまま、持続可能な事業を通じて現実と対峙する。誰も取り残さない社会を本気で目指す彼の言葉をどう受け止めるのか、選ぶのは私たち一人ひとりだ。

事業の中心であるポータルサイト『CHOICE.』について教えてください。

CHOICE.はさまざまな性のあり方に対応した商品やサービスを厳選して、ウェブ上で提供できるようにした国内初の取り組みです。現在はファッション、美容、フィットネス、キャリア相談など、18の分野を掲載しています。例えばトランスジェンダー男性向けとして、女性の骨格を前提としたオーダーメイドスーツや、小さなサイズのビジネスシューズなどを扱っています。

LGBTQ+当事者は日常生活で多くの不便さを感じています。また、コロナ禍でオンラインショッピングの機会が増えたものの、多様な性に対応したサービスはウェブ検索ではなかなか見つかりません。あったとしても大都市圏の店舗が大半で、地方在住者には届きにくいのが現状です。それらをまとめて、いつでも選択・利用できるようにすることで、LGBTQ+の皆さんの人生の可能性を広げたいという思いから始めました。今後は独自の商品開発も進めて、当事者の生活をさらに豊かにしていきたいです。

遠藤さんご自身がトランスジェンダーであることを認識したきっかけは?

原体験は幼少期でした。友だちの男の子と郵便局に行った時、窓口でおもちゃをもらったのですが、男の子用と女の子用の2種類あって、私だけ女の子用を渡されたのがすごく嫌だったんです。具体的にどんなおもちゃだったのかは覚えていませんが、「なんで私はこっちなの!?」という嫌悪感を抱いたことは心に残っています。同じ頃、親戚の人から着せ替え人形をプレゼントしてもらっても全然嬉しくなくて。ひとりっ子なので兄弟の影響というわけでもなく、誕生日には大好きなスーパー戦隊や仮面ライダーのおもちゃを買ってもらっていました。当時から男の子とばかり遊んでいましたし、それがごく当たり前の日常でした。

とはいえ大きくなるにつれて、周りからの目というよりも自分自身の感覚として、「あれ?私は他の女子とは何か違うかも」と思うようになりました。その頃はトランスジェンダーという言葉は知りませんでしたし、自分でもうまく説明できないもどかしさから、同級生や先生と衝突することもありました。両親の別居・離婚という家庭環境からくる寂しさもあって、小学校高学年から中学1年にかけては生活が荒れていましたね。

そんな中、スポーツや人との出会いが転機となったそうですね。

中学1年から始めた部活のソフトボールに出会ったことで大きく変わりました。部員不足で廃部寸前だったところを顧問の先生に誘われて、未経験ながら一生懸命取り組んだ結果、沼津市内で優勝するまでになりました。もともと負けず嫌いな性格で運動能力にも自信はありましたが、恩師や仲間にも恵まれて、自分の強みを活かせた成功体験です。

スポーツ特待生として進学した高校では全国大会にも出場して、充実した日々を過ごしました。3年生のインターハイでは肩を痛めて選手としての出場が絶望的になり、一時は退部も考えましたが、顧問の先生に「今の自分にできることを考えろ」と言われたことがきっかけで、視点を変えることができました。諦めずに可能性を探求して、他にはない新たなポジションを作ればいい。身体は動かせないけど声は出る。そう前向きに考えて、オリジナルの応援歌を作って大きな声で歌ったり、高校最後の大会でも選手への指示を出すコーチャーとして試合に出場できたりと、貴重な経験を積むことができました。選手としてだけでなく、人に何かを伝えること、支えることの素晴らしさに気づいたのもこの時期でした。当時の経験は、その後専門学校を経てスポーツトレーナーの道を選んだことや、社会課題を解決するために新たな事業を作り出していく現在の仕事観にもつながっていますね。

高校時代の遠藤さん

高校時代の遠藤さん

トランスジェンダーという個性による、生活面での影響は?

精神的な部分では、やはり恋愛への影響は大きいですね。以前付き合っていた彼女との将来を真剣に考える中で、難しい局面に突き当たりました。私の恋愛対象は女性で、パートナーとの結婚や子どもを持つといった場合も、このセクシュアリティであるからこそ、互いにさまざまな段階や壁があることを知っていたため、私は必ずしも結婚や出産という選択をすることがすべてではないと思っていました。しかし、私以外の男性との恋愛・結婚・出産の可能性がある相手の女性やご家族にとって、その決断はある意味、女性としての未来の芽を摘んでしまうことになり得るかもしれません。当人同士の意志がすべてで、周りに口を出されたくないという気持ちがある一方、相手のご両親の思いも分かる。そんな葛藤の中で、自分の性について否定的な気持ちになり、涙したこともありました。トランスジェンダーに生まれたことを初めて苦しいと感じた経験でした。

私にとって大きな存在である母とも、それまでは性について深く語ったことはなかったのですが、成人を機にカミングアウトしました。離婚後は母ひとり子ひとりで暮らしてきた母はもちろん私の味方で、今では私の活動を応援してくれていますが、カミングアウトした当初は「そういう話はしてほしくない」「気にするな、とにかく自分を強く持て」といった精神論的な反応でした。母としてはありのままの私を認めようとする気持ちがある反面、トランスジェンダーに対する充分な知識を持たない中で、どう対応していいのか分からず困惑したのかもしれません。ただ私も冷静に、「あなたの気持ちは分かるけど、自分だってトランスジェンダーになりたくてなったわけじゃないし、直そうと思って直せるものじゃない。それは分かってほしい」とはっきり伝えました。

その一方で少しずつですが、生まれ持ったこの性は自分に与えられたオリジナルなものなんだと思えるようになりました。この個性をむしろ希少性の高い「レア」なものとして前向きに捉えていこう。そしていつかカミングアウトという言葉自体がなくなって、どんな個性を持つ人もありのままで生きられる世の中にしたい。そんな気持ちが強くなっていきました。

遠藤 せなさん

誰もが個性を尊重しあえる世界へ

その思いが、社会課題に関する事業へとつながっていくのですね。

最初はフィットネスジムのトレーナーとして勤めたのですが、専門学校で学んだ知識を仕事の現場でうまく活かせず、苦戦しました。そこで発想を転換して、「自分だからできること」に集中したんです。ピラティスなど、エクササイズに関する新たな資格を取って他のトレーナーと差別化しながら、サービスの価値を伝えるマーケティングや営業について学び続けたことで、売上も評価も劇的に改善しました。

自分の努力次第でどこまでも伸ばしていけると確信して、次は自ら経営に携わりたいと考えていたタイミングで、コロナ禍に見舞われます。この世に安定が約束された場所はない、どんな状況でも自力で歩いていける人間になりたいと、起業を決意しました。自分の個性と技術を組み合わせたトランスジェンダー専門のオンラインパーソナルトレーニング事業『rarefitness.』(レアフィットネス)です。トランスジェンダー当事者からは、「トレーニングジムは更衣室もトイレも男女別の施設が多くて行きづらい」、「女性の身体なので骨盤が広く、体型に不満がある」という声を聞いていました。また、コロナ禍で外出や接触ができないことを逆手に取って、自宅にいながら1ヵ月半、オンラインとマット1枚でできるピラティスのトレーニングで逆三角形の身体を作るプログラムを考案しました。私を含む3人のトレーナーもトランスジェンダーなので、当事者として悩みや要望を拾いながらSNSで発信したところ、順調に集客できました。

また、実績のある経営者の方々とのご縁もあって、さらに視野が広がりました。世の中の困りごとを減らして、より良い社会にしたい。単発的な寄付やボランティアによる社会貢献も素晴らしいですが、事業として適正な利益を生み出すことで、さらに本質的で持続可能な課題解決の仕組みになります。CHOICE.を立ち上げたのもこの時期で、企業や教育機関での研修講師や経営コンサルティングの仕事ももらえるようになりました。また、『九州レインボープライド』という性的少数者への理解を深める大規模なイベントでは2年前から、CHOICE.が提供するサービスを実際に体験できるブースを出店しています。さらに昨年は、世界中から約50万人が集まってオーストラリアで開催されるLGBTQ+の祭典『マルディグラパレード・シドニー』に日本代表の一人として参加する機会をもらえました。性の多様性について先進的な国々の雰囲気を肌で味わえましたし、自分の事業の将来性にも手応えを感じました。ただ、ここまで来るにも自分の力だけではとても無理だったと思います。素晴らしい出会いや言葉に支えられたことには感謝の気持ちしかありません。

これからのご活躍がますます楽しみですね。

現状ではLGBTQ+に関する事業や発信が中心ですが、この分野だけに執着するつもりはありません。自然環境や子どもの教育などの社会課題についても、すでにいくつかの事業計画が進行中です。そこで意識しているのは、当事者性と中立性のバランスです。私はLGBTQ+の当事者ですが、特別扱いしてほしいわけではありません。間違った社会を正してやろうと思っているわけでもありません。多様性を認め合う社会にしていくために、自分とは異なる考えを塗りつぶしては本末転倒ですよね。いろんな価値観がある中で、もし私の言葉に耳を傾けてくれる人、応援してくれる人がいるのであれば、その人たちと一緒に何ができるかを考えていきたいです。

LGBTQ+の存在をどのように感じるかは、人それぞれです。私自身は精神的に強いタイプで、周囲の理解者にも比較的恵まれてきましたが、一方で、抑圧された環境や心ない言葉によって日々苦しんでいる当事者もいます。LGBTQ+の人がカミングアウトをする時、またカミングアウトを受けた時、お互いすぐに感情で反応するのではなく、まずはその事実をありのままに受け止めることが大切です。そもそも多様性の尊重とは、お互いに違いがあるという現実を認めて、その上で何ができるか、どう折り合えるか、多くの人にとって良い方向に進める方法を考え続けることですよね。そこにはたった一つの正解があるわけではありませんし、選択肢が多ければ多いほど、誰もが自分らしくいられる優しい世界に近づくのではないでしょうか。だから私が掲げる言葉は、「Chenge」ではなく「Choice」なんです。

研修や講演活動にも積極的に取り組む

Title & Creative Direction / Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo / Kohei Handa

LGBTQ+(エルジービーティーキュープラス)

セクシュアルマイノリティ(性的少数者)の総称。レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両生愛者)、トランスジェンダー(生まれた時の生物学的性と自らの性自認が一致しない人)、クエスチョニング(自分の性についてよく分からない、特定の枠に属さない人)それぞれの頭文字に加えて、その他にも多様なセクシュアリティが存在することを示す「+」を足した表記となっている。報道などでは短く「LGBT」とする場合も多く、他にもさまざまな表現が提唱されているが、いずれにせよ簡潔に分類できないこと自体がセクシュアルマイノリティの多様さ、繊細さを物語っている。

遠藤 せな

トランスジェンダー事業家/ポータルサイト『CHOICE.』代表

1994(平成6)年7月28日生まれ(29歳)
沼津市出身・富士市在住
(取材当時)

えんどう・せな/性自認は男性で、女性の身体で生まれたトランスジェンダー男性。幼少期から自らの性に違和感を感じながらも、原中学、飛龍高校でソフトボールに打ち込み、全国大会にも出場。スポーツトレーナーを目指して横浜リゾート&スポーツ専門学校に進み、沼津市内のスポーツジムに就職。コロナ禍の不安定な環境下で2020年に起業を決意し、トランスジェンダー専門のオンラインパーソナルジム『rare fitness.』(レアフィットネス)、経営コンサルティングサービス『rare consulting.』(レアコンサルティング)を相次いで開始。また多くのLGBTQ+当事者と関わる中で、生活の不便さを解消する必要性を感じ、多様な性に対応した商品・サービスを提供するポータルサイト『CHOICE.』を2021年に立ち上げる。オフラインでは2022年より、体験型交流イベント『GOOD CHOICE MARKET.』(グッドチョイスマーケット)を『九州レインボープライド』内でエリア開催。2023年には世界最大のLGBTQ+の祭典『マルディグラパレード・シドニー』に参加。事業を通じた社会課題の解決を目指すCSV経営デザイナーの資格を活かし、SDGs/ジェンダー研修講師として企業研修や教育機関での職業講話にも積極的に登壇。当事者の声を届けるとともに、「ジェンダーニュートラル」な世界の実現に向け邁進している。

CHOICE.

https://choice-portalsite.com/

LGBTQ+当事者の生活利便性向上を目的とした国内初のポータルサイト

遠藤さんInstagram
@sena_endo.life

遠藤さんへの講演依頼や問い合わせはインスタグラムのDMから随時受け付けている

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

当紙ではこれまで下は小学生から上は80代まで幅広く取材してきましたが、年齢層に関わらずいつも勉強になることが多いです。語られるストーリーは年齢問わず人それぞれなのですが、それでも年代による傾向のようなものはたしかに感じます。20代〜30代前後の比較的若い世代の人たちの話を聞いていると、「自分がこれから先どうやって生きていくのか」について、とても戦略的に考えていることにいつも感心させられます。

もちろん、高齢者との対話は「これまで歩んできた来た道」に、そして若者との対話は「これから目指していく道」に、話の焦点が向かいがちなのは当然なのですが、それでも就職氷河期世代あたりを境に、それより若い世代には「自分の個性の活かし方を、人任せ・社会任せにはしていられない」という強い思いを感じることが多いです。遠藤せなさんもそんな一人でした。遠藤さんについて私がいちばん共感したのは、徹底的に「転んでもただでは起きない」発想をしているところです。自分に配られたカードをまず受け入れたうえで、それをどう強みに変えていくかを常に考えるポジティブさ。

今回の話のキーワードのひとつに「LGBTQ+」がありますが、LGBTQ+への理解促進が今回の記事の本質ではありません。遠藤さんにとってのトランスジェンダーに相当するものを、我々は皆なにかしら持っています。自分の個性をどうやって強みとして活かしていくのか、きっと誰でも通じるものがあるはずです。

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