文学作品の真髄を味わう『富士中央文学講座』
イベントレポート
本を読むことが好きな人は存外多いかと思う。昨今では電子書籍が充実していることもあり、読書をより手軽に楽しめるようになっている。
一方で文学作品をアカデミックな視点から考察しじっくり堪能するのには、どこか高尚で敷居が高いような、手を出しづらいようなイメージもあるが、本来の文学の愉しみはそういった深堀りのなかにこそあるのかもしれない。そんなより深い読書体験の機会を提供しているのが、富士市内で毎年定期開催されている有志による自主講座『富士中央文学講座』である。
本講座は昭和61年に、それまで吉原公会堂で開かれていた文学講座の受講生たちが発起人となり創設された。誰もが知る古典文学から話題の現代文学まで様々な作品を取り上げ、それら作品に精通する文学者を招いては年に8回ペースで講座を開いている。
会員は約70人在籍しており、60~80代の方々も多く見られる。若い頃を戦中や終戦直後に過ごし満足に勉強する機会がなかった人、学校で国語を教えていた元教師など、様々な背景を持った人たちが講座に参加しているようで、総じて学習意欲は高く、皆勤の会員も多いという。今年になり前会長の山本君子さんが勇退。新たに代表となった貫名富子さんは、「一方には学びたいという姿勢を持ち続ける受講生の方々がいて、また一方には素晴らしい知識と教養を持った先生方がいます。この文学講座をつうじて、これからもその橋渡し役を務められれば」と語る。
今回参加したのは、今年度2回目となる講座『宮沢賢治の世界』。7月16日、コロナと暑さ対策を兼ねてか、窓が全開となったラ・ホール富士(富士市中央町)の一室で行なわれた。講師は京都ノートルダム女子大学名誉教授である上杉省和(よしかず)先生が務め、大学の講義さながらの授業が行なわれた。事前に作家と作品については知らされているものの、予習はせずに参加しても十分理解ができる内容となっており、講義で使う資料も配布されるので、宿題嫌いの人でもありがたい。
講義中取り上げられたのは、同作家の作品である「やまなし」「フランドン農学校の豚」。最初に賢治の生涯について大まかに触れつつ、続いて彼の作品について説明していく。菜食主義者であったということや、その死生観や宗教観。講義を聴いていくうちに、作品の背景にある作家自身の生き方が見えてくる。さらに多くの研究者たちのさまざまな解釈を引用しつつ、上杉先生自身の考察が述べられて終了となった。残念ながら講義内容を詳細に語ることはできないが、時を経ても人の心をつかんで離さない作品を編んだ、文豪の凄味を感じた2時間であった。まるで最初はまったく解らなかったジグソーパズルが、ヒントを見つけることで連鎖的にピースが繋がって完成していった時のような、そんな爽快感に近い感覚を憶えた。
貫名さんはここを教養を広げる足掛かりにしてほしいと語っている。講義で得た視点からあらためて作品を読めば、最初に読んだ時とはまた違った内容に見え、多くの作品を深く味わうことで自分の中に文学への普遍的な感性がかたち作られていくからだという。富士文学講座はその作品を深く読むための知識、経験を教えてくれる貴重な生涯学習の場であった。
最近は文面を“正確に”読むことが求められている気がする。インターネットやSNSなどの普及で、情報の取捨選択や正解を探すリテラシーが優先されるようになったからかもしれない。だからだろうか、たまには肩ひじ張らずに文の行間を深く読んで、ゆっくりと思索にふけるのもいいのではないかと思った。
(ライター/古瀬岳洋)
富士中央文学講座
年会費:7,000円(全8回)
時間:10:00~12:00
場所:ラ・ホール富士5F研修室(富士市中央町2-7-11)
問い合わせ先:090-9124-1682(ぬきな)
聴講は原則として連続での参加をお願いしておりますが、1回1,000円で受講可能です。
【2021年度講座】
第5回11/19(金) 「シェイクスピア『リチャード二世』」講師:棚橋克彌先生(静岡大学名誉教授)
第6回12/10(金) 「谷崎潤一郎『細雪』」講師:古郡康人先生(元静岡英和学院大学教授)
第7回2/25(金) 「蜻蛉日記の世界I」講師:沢田正子先生(元静岡英和学院大学教授)
第8回3/11(金) 「蜻蛉日記の世界II」 〃
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