Vol. 155|FUJICANDLE 蝋飾人 鍋山 純男
ゆらめきの職人
秋の夜長、少しひんやりとした空気の中でたき火を眺めていると、なんとなく気分が落ち着く。「炎のゆらぎには自律神経を整え、精神を安定させる効果があるそうです」と語るのは、オリジナルキャンドル製作と装飾を手掛ける『FUJICANDLE』代表の鍋山純男さん。パソコンやスマホを見続け、天井からは眩いばかりの電灯に照らされる日々。目の疲れは現代病、夜を照らす明るすぎる人工の光は光害とされ、我々の体や心に少なからず影響を与えている。
忙しさに埋もれ、ストレスの多い毎日でも、夜のちょっとした過ごし方で心に落ち着きを取り戻し、翌日の活力につながる。電灯を消し、キャンドルの炎のゆらぎを眺めて過ごすのも、これからの季節には特に良さそうだ。
どのような経緯でキャンドルに関わるようになったのですか?
アウトドアが好きで、仲間と一緒に出かけたキャンプでキャンドルを灯したのが最初です。たき火の炎を見ているとリラックスできるんです。たき火は持ち歩けませんが、キャンドルなら器に入れて持ち運べるという発想から、20年ほど前から自分で作りたいと思うようになりました。当時は電子部品を組み立てる下請け工場を営みながら、趣味で陶芸やガラス細工などもやっていましたが、キャンドル作りには特別な魅力を感じました。
東日本大震災の際、仏壇のろうそくが火災の原因になったと報じられ、火は危ないものという認識が広まりましたが、計画停電で初めてキャンドルを灯したという人も多くいました。この時には『たまにはキャンドルを灯すのもいいね』など、肯定的な声がたくさん聞かれましたが、しばらくすると、やはり火は危ないという懸念の方が強くなり、キャンドルを灯すという習慣は根付きませんでした。日本でも昔は行灯を使っていましたし、火は生活になくてはならないものでしたが、今は明かりだけでなく、調理も電気でできてしまいます。火、特にろうそくは危険というイメージがありますが、空間を演出するキャンドルは仏壇用のろうそくと違ってどっしりとしているので、簡単には倒れません。灯すと芯の周りの蝋だけが溶けて、外側は壁のように残るんです。僕は東京の老舗染物問屋である戸田屋商店とのコラボで、キャンドルに手ぬぐいを巻き付けた『手ぬぐいキャンドル』というものも作っていますが、灯すとキャンドルの内側から手ぬぐいの柄が照らし出されます。巻き付けた手ぬぐいが燃えてしまうこともありません。
それに、炎のリラックス効果は科学的にも認められていて、人の心拍のリズムや小川のせせらぎ、波のリズムや炎の揺れは『1/fゆらぎ』をしているといわれています。1/fゆらぎというのは、規則的なものと不規則なものが混ざり合い、それがパターンとして繰り返されているものをいうのですが、生体のリズムと合っているため心地良く感じるそうです。
また行灯を使っていた頃は、部屋の四隅は暗くても、それがちょうど良い明るさで目にも落ち着きを与えてくれていましたが、最近では『新築の家に移ったら、明るすぎて落ち着かない』という話も聞きます。現代人はパソコンやスマホ、LED電灯の眩しすぎる光に晒され、ストレスも多いですから、明るさを落として目を休めたり、リラックスする時間があると、身体も心も楽になります。入浴時にキャンドルを灯すのもとても効果的です。キャンドルを生活に取り入れることで、単調な日常に趣も加わります。
キャンドルの良さを広めるためにどのような活動をしているのですか?
最初の3年くらいは小さなものを作るのも難しいくらいでした。特に芯の入れ方は、どんなふうに燃えるか、壁に穴が開いて蝋が漏れ出てしまわないかにも影響するので、気を遣います。失敗を繰り返して、ようやく大きなものも作れるようになった頃、キャンドルによる空間演出も考えるようになりました。
富士市出身のピアニストの方のステージや、シンセサイザー奏者の喜多郎さんが中心となって毎年7月に行われている『北アルプス奉納太鼓』の会場でキャンドルを灯しました。住宅メーカーとのコラボで、モデルハウス内でキャンドルナイトの灯火を楽しんでもらうなど、いろいろなご縁にも恵まれて、今は定期的に東京のクラブが主催する野外パーティーの会場を装飾しています。また、富士市のコーヒー専門店『STERNE』でキャンドル作りのワークショップを開き、夕方お店の前にキャンドルを灯して楽しんでもらおうという企画も始めました。
「火は危ない」という声についてはどうお考えですか?
扱い方によっては、火はたしかに危険です。でも、だからといって避けてばかりはいられません。危険だからこそ扱い方を知ることが大切です。これまでいろいろな会場でキャンドルを灯してきましたが、小さな子どもがいても火傷などの事故が起きたことはありません。会場で火がついていると、子どもたちも自然にその周りに集まります。炎をじっと見て、そのうちに手をかざしたりするんですが、危なくないギリギリのところで止まっています。僕も気にかけて見ていますが、『これ以上近寄ると熱い』と子どもたちにもわかるんでしょうね。熱さや危険性をまったく知らずにいるよりも、体験することが大切です。キャンプの時にキャンドルを灯してみると、その温かさもわかります。災害時に火をおこせない、扱いを知らない人も多い時代です。火の怖さ、扱い方がしっかりわかっていれば、いたずらには使えないはずです。
火はやわらかくて、やさしい
鍋山さんのオリジナルキャンドルにはどんな特徴がありますか?
ろうそくの原料は石油系のパラフィンワックスで、溶かして色付けし、芯を入れて固めて作るのが一般的です。イベント会場に合わせて大きさや太さを選びながら装飾するので、いろいろな種類のキャンドルを200~300本ほど用意しています。小さなもので直径9センチ、高さ10センチ程度、大きなもので直径20センチ、高さ1メートルで、重さは30キロほどになります。キャンドル作りは独学で、形が崩れて最後まで燃えないなど、いろいろな失敗もしてきましたが、大きさや形に合わせて芯の太さや長さを決めれば、炎の大きさもコントロールできます。どうしたら最後まできれいに燃えるかを考えてきたので、形や色の出方に加えて、燃え方も思い描いた通りのものが作れるようになりました。
また、陶芸をやっていたことがあるので、手でこねて作りたいと思い、『手びねりキャンドル』を作るようになりました。蝋を一度溶かして、40℃くらいで柔らかく固まり始めたところで、粘土細工の要領で成形していきます。手びねり独特の色の出方があるんです。そして今力を入れているのは、静岡の伝統工芸である『駿河竹千筋細工』と組み合わせた作品で、繊細なラインの陰影が空間に和の趣を添えてくれます。形や大きさ、色などの要望があれば、オーダーメイドのオリジナルキャンドルを作ることもあります。お客さんにはいつも『キャンドルを育ててください』と伝えているんですが、それは使っていくうちに愛着が湧いて、柄の出方や透け感も楽しめるようになるからです。使用後も蝋や芯を足して、形を整えて、最後まで楽しむことができるように修復もします。
今後はどのような活動に力を入れたいですか?
アロマキャンドルや自然の素材を大切にするオーガニック系の作品も手掛けていきたいです。原料としてパラフィンワックスだけでなく、大豆由来のソイワックスにも興味があります。また、現在の活動の場が東京や長野などの遠方が多いので、地元での活動にももっと力を入れていきたいです。
キャンドルの灯りはレストランやカフェ、冠婚葬祭でも演出効果を発揮します。でも、非日常の特別な時だけでなく、キャンドルに親しんでもらい、良さを知ってもらって、習慣的に使う人が増えるように普及させたいという思いが原動力です。灯す機会があればどこへでも行きたいと思っています。フットワークを軽くしていると、出会いも広がります。これまでもたくさんの人との出会いに恵まれ、ご縁をいただいてやってきました。これからもご縁を大切にして、つながりを濃くしていきたいです。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Kazumi Kawashima
Cover Photo/Kohei Handa
鍋山 純男
FUJICANDLE(フジキャンドル) 蝋飾人
1961(昭和36)年7月9日生まれ
富士市出身・在住
(取材当時)
なべやま・すみお / 丘小と岳陽中の第1回卒業生。富士宮北高卒。電子部品の組み立て工場を営んでいたが、2000年代前半、キャンプ仲間とたき火を囲むうちにキャンドル作りに目覚める。2010年、地元出身のピアニストのステージを装飾したのがきっかけで、そこで出会った老舗染物屋・戸田屋商店とのコラボが実現。『FUJICANDLE』としての活動を本格化させ、オリジナルキャンドルが東京のデパートで披露され話題に。音楽イベントや結婚式などの会場のキャンドル装飾のほか、野外では『日本棚田百選』にも選ばれている長野県姨捨の棚田の畦道を300本のキャンドルで飾ったことも。毎年12月には東京・下北沢のキャンドルイベント『小径のノエル』にも参加している。2019年4月、それまで富士市大淵に置いていた住居兼工房を北松野に移転。「地元でもキャンドルにもっと興味を持ってもらえるように」と富士・富士宮地域での活動にも意欲的。
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
米国の一般民家に泊めてもらったことがありますが、夜のリビングルームの暗さに戸惑いました。蛍光灯で隅々まで明るく照らされた室内ではなく、フロアスタンドの小さな白熱電球の暖かな、だけど少し心許ない灯り。当時は、こんなに暗くて不便はないのだろうかと感じたものですが、今思えば日本の家屋の水準がそもそも明るすぎるのかもしれません。子どもが寝静まった時間、ためしに部屋の灯りを落として燭台に火を灯してみると、静かな夜がようやく始まったようで心落ち着きます。そして目や耳に雑多な情報を遠慮なしに送り込んでくる電子機器もサイレントモードにして、やさしく、やわらかく、シンプルな刺激だけに囲まれてみる。これこそ現代の贅沢です。
鍋山さんの仕事には、ふたつの側面とふたつの顔があります。ろうそくを作る側面と飾る側面。燃え方をコントロールする職人としての顔と、空間を幻想的に演出するアーティストとしての顔。「蝋飾人」というご本人の肩書にもそのこだわりが込められているように思います。飾人の作ったろうそくのやさしいゆらめき、ぜひ体験してみてください。
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