Vol. 160|折り紙アーティスト 寺尾 洋子
みんなの折り紙
棚の上には子どもが抱えられるくらいの大きさのカメやゾウ、天井にはペガサスやプテラノドンが飛び、壁面には色とりどりのバラが掲示物を彩っている。富士市立西図書館の児童書コーナーは、子どもだけでなく、大人も笑顔になる温もり溢れた空間だ。
「折り紙の図書館」としても知られるこの西図書館で、折り紙講座の講師を務める寺尾洋子さんは、「富士市は紙とバラのまち。富士市の人がみんな、バラを折れるようになったらいいですね」と、折り紙を手に笑顔で語る。アートとして認識され海外でも愛好家を増やしている折り紙は、人工衛星の太陽電池パネル開発のヒントになるなど、工学的要素も多分に含んでいる。
日本の伝統文化の一つでありながら誰でも気軽に楽しむことができ、アーティストから科学者まで夢中になる折り紙の世界。手の動きで見る人を魅了し、折り紙の奥深さを穏やかに語る寺尾さんの姿は、手仕事の温かみ、そして無心になることの楽しさも伝える。
子どもの遊びというイメージが強い折り紙ですが、現代折り紙は美術作品のようですね。
現代折り紙は作者がはっきりしていて、とても緻密で芸術性が高く、子どもには折れないものが多いんですよ。鶴、風船、兜など、一般的に知られているのは江戸時代から伝承されてきた折り方で、作者不詳のものが200種ほどあります。江戸時代、紙は貴重なものでしたし、当時の本でとても複雑な連鶴の折り方が紹介されていることからも、折り紙が大人の遊びだったことがわかります。子どもの遊びだと思われるようになったのは明治以降です。戦前は折り紙も義務教育の必須科目の一つでしたが、戦後は学校教育で折り紙をほとんど扱わなくなってしまい、保育園や幼稚園で使う印象が強くなったので、子どもの遊びというイメージが定着したんでしょうね。
寺尾さんが折り紙と深く関わるようになったきっかけは?
折り紙は保育園のころから大好きでした。保育時間後、部屋の掃除を手伝うとご褒美に折り紙をもらえたので、バスの時間まで遊んでいました。夢中になりすぎて乗り遅れ、母に迎えに来てもらって叱られたこともあるんですよ。小学5年生のときには一人で千羽鶴を折りました。願掛けや誰かのために折ったのではなく、ただやってみたかっただけなんです。折った鶴をお菓子の空き箱に入れて、50羽になったら糸でつないでいく。それが子どものころの大作です。
中学・高校時代は編み物に夢中でしたが、大学院生のときに折り紙の本があることを初めて知り、修士論文で煮詰まったときなどに折り紙に没頭し、現実逃避していました(笑)。さらに折り紙の専門雑誌で、数学者・川崎敏和博士の創り出した本物そっくりのバラ『川崎ローズ』を知りました。一枚の折り紙で立体的なバラが折れるんです。また、外国でも折り紙の本が出版されていると知り、当時はまだ今のようにパソコンやインターネットが普及していない時代でしたが、大学の研究でパソコンを使っていたこともあり、インターネットで英語の本も入手しました。海外では折り紙はアートとして浸透していて、ペガサスなど日本とは一味違った折り紙が紹介されています。それから手のひらに乗るような動物をたくさん作りたいと思うようになりました。
創作活動もしていらっしゃいますね。
大学以降は関西を拠点に大学や専門学校で教鞭をとっていましたが、体調を崩してしまい、2009年に地元へ戻ってきました。無理はせず好きなことだけやろうと、絵や英会話の勉強、そして折り紙をするようになりました。本を見ながら折り、たくさんできると富士市立西図書館に持っていき、欲しい方に持って帰ってもらうようにしていたのですが、それが縁で図書館から折り紙講座の講師の依頼があったんです。『折り紙の先生』と呼ばれるからには自分のオリジナルの作品があった方がいいと思い、試行錯誤しながら創作した最初の作品が『ウサギ』です。これまでに生み出したオリジナルは、たい焼き、かんたん鶴ドラゴン、ダルマ、干支の動物など、40作品ほどあります。最新作は雪をまとった富士山の前に鶴が飛ぶ『富士に鶴』です。
創作するときには、まず作りたい完成形をイラストに描き出すんですが、絵にできるものはだいたい作ることができるんですよ。折り紙には、鶴や凧、風船などの基本形というものがあって、それを組み合わせることによってさまざまな形になりますし、頭の中に展開図が浮かぶんです。私が目指しているのは、伝承折り紙よりちょっと難しくて、鶴ができれば作れるくらいのものです。
ここ4年ほど、地元紙の富士ニュースが年の初めに干支の折り方を載せているんですが、見た人が作ってみたくなり、折り図を見てやってみようと思えるくらいのものがちょうどいいのでしょうね。今年の干支のねずみも好評で、折り方と作品を展示していた西図書館には問い合わせも多かったと聞いています。
作品を創ろうと思い立ってからできるまでに時間がかかるときもありますし、朝起きたら突然閃いたなんてこともあります。創作そのものより、創作したものを再現できるように図で表す方が、私には面倒で時間のかかる作業です。誰が見てもわかるように工程を図にしていくのは至難の業です。しっかりファイルしておかないと忘れてしまうこともあるんですよ(笑)。
手からはじまる創造体験
寺尾さんにとって折り紙の魅力とは?
私はとにかく手を使うことが好き、手仕事が大好きなんです。芸術というのは唯一無二のものですが、折り紙は折り図を見ながら折れば誰でも再現できます。そのため著作権で保護されるようないわゆる創作的表現ではないと見なされることもありますが、私は再現を可能にする折り図こそがアートだと思うんです。一つのものを仕上げるためには、集中力も要しますし、失敗したらやり直すというプロセスもあります。自分でどういうものを作りたいのかを計画し、その過程を考えて挑戦してみること。失敗したら、どこがいけなかったのかを遡って見直すというプロセスを簡単に体験できるのも折り紙です。折り図を見ながら折ろうとしても、なかなかできないことは多々ありますし、失敗してやり直すのにはかなり工学的思考が必要です。数学など、理系の博士に折り紙の愛好家が多いんですよ。また、折り紙は作ってみようというチャレンジ精神を発揮でき、試行錯誤が経験できるとても身近な素材です。
折り紙というと、手のひらに乗るような作品を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、巨大な作品もあります。紙のサイズを変えることで見る人をびっくりさせることができます。富士は紙のまちなので、地元の製紙関連企業にご協力いただいて、特殊なサイズや素材の紙を使うこともあります。これまでの常識をひっくり返すような体験が、新しいアイデアにつながる。そういう体験ができるのがアートであり、だからこそ折り紙を楽しむ人はアーティストなんです。
ただ、どんなに素晴らしい作品であっても、紙なので握ってしまえば潰れます。その儚さもまた折り紙の魅力です。小さな子どもが作品をクシャッとやってしまうことがありますが、それはそれでいいんです。そういう経験を通じて、世の中には触ったら壊れるものがあるとわかりますし、自分がしたことできれいなものが壊れてしまったと気づくのも大切だと思います。
まだまだ折り紙の世界は広がっていきそうですね。
私が折り紙に夢中になったきっかけもバラでしたが、バラを折りたいという人はとても多いです。ぜひ一人でも多くの人に折れるようになってほしい、折り紙のバラを普及させたいと、仲間と『折ろ~ず』という折り紙活動グループも立ち上げ、もっと簡単にバラを作る方法や、オリジナルの折り方を考えています。図書館の講座などではスタッフや私がお手伝いするので、鶴が一人で折れれば参加できますが、机やテーブルなどの台を使わずに空中で鶴が折れるようになると、バラやワンランク上の難しい現代折り紙にも挑戦できます。折り紙は身近で気軽に楽しめるものでありながら、歌舞伎や日本舞踊のように『知っているけど、できない伝統芸能』になってきている気がします。大人の遊びとしても、もっとたくさんの人に楽しんでほしいですね。折り紙を楽しむ人が増えたら、私もますます楽しくなりますから(笑)。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text /Kazumi Kawashima
Cover Photo/Kohei Handa
寺尾 洋子
折り紙アーティスト
1966(昭和41)年11月16日生まれ (53歳)
富士宮市出身・富士市在住
(取材当時)
てらお・ようこ / 富士宮市立第四中、富士高校、立命館大学文学部哲学科心理学専攻、修士課程を修了し、博士課程へ。データ処理のため学生時代からパソコンを使いこなし、博士課程中退後、大学や専門学校で情報処理の教鞭をとる。2009年に地元に戻り、折り紙や編み物の講師のほか、小学校で外国にルーツを持つ児童を支援するボランティア通訳を務める。2017年、市民団体『紙っと!プロジェクト』への参加をきっかけに折り紙アーティストとしての活動をさらに広げる。YouTubeでは『かんたん鶴ドラゴン』の折り方なども紹介している。
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
子どもの頃につくった折り紙などほぼすべて忘れてしまいましたが、鶴だけはきちんと折れます。きっと千羽鶴のおかげです。反復作業によって身につけたことは、頭ではなく手が覚えているということを、私たちは経験的に知っています。手先の感覚に集中すると、心はだんだん無になってくる。だから手作業は楽しいのです。
趣味としての折り紙の世界は、想像していた以上に奥深いようです。誰も真似できないような緻密さで人を魅せる大作折り紙の方向性もありますが、寺尾さんの折り紙は、思わず目をひく完成形のユニークさと、練習すれば自分でもなんとかつくれそうなフレンドリーさを兼ね備えた、みんなのための折り紙。簡単じゃないけれどチャレンジしてみようという気にさせます。つくって楽しく、完成したときの達成感があって、眺めて存在感がある、そんな新作折り紙をデザインできる創造性が、寺尾さんが「アーティスト」である所以です。
根底にあるのはたぶん、人を感心させたいとか日本文化を守りたいといった動機よりもずっとシンプルで、「ただただ手を動かしているのが好き」なんだと思います。そしてその喜びをみんなで共有したいという思いが込められているから、寺尾さんの折り紙はやさしい折り紙なのです。
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