Vol. 110|チャイルド・ライフ・スペシャリスト 桑原 和代

子どもたちの「勇気の素」

大きな手術や長期の入院という困難に直面した小さな子どもの姿。ドキュメンタリー番組などで断片的なイメージを目にすることはあるが、当然ながら、それは彼らの生活や感情のすべてを伝えきれるものではない。病気を克服していくためのプロセスとはいえ、遊び盛りの子どもたちが現実を受け止め、病院での時間を前向きに過ごしていくには、相応の葛藤や摩擦もあるだろう。そしてその最前線には、専門家による支援が必要であることは想像に難くない。

チャイルド・ライフ・スペシャリスト(Child Life Specialist)という専門職がある。子どもとその家族に対する心理社会的支援を行うことを目的として、1950年代から北米を中心に発展してきたこの職種は、子どもを尊厳ある存在として捉え、その心に寄り添うという理念に基づいている。日本では全国の病院など29の施設に39人が勤務している(2016年1月現在)にすぎない、若い職種だ。

桑原和代さんは、子ども医療の先進施設である静岡県立こども病院に勤務する、同病院内で唯一のチャイルド・ライフ・スペシャリスト。華奢で物静かな第一印象だが、精神的な強さも求められる現場で試行錯誤と自己研鑽の日々を送っている。医療と子ども、そして家族を優しくつなぐ架け橋として、笑顔を絶やさない桑原さん。見つめているのは、子どもの生活、元気、人生、命。『ライフ(life)』の語義は幅広いが、インタビューを終えて改めて考えると、この言葉の意味するところがより一層深いものとして感じられた。

子どもと「遊ぶ」ことが仕事

聞き慣れない職種ですが、まずはチャイルド・ライフ・スペシャリストについて教えてください。

子どもの発達や心理に関する専門知識をもとに、遊びを活かした方法で、子どもが主体的に病院での医療体験を乗り越え、成長していけるように支援するのが、チャイルド・ライフ・スペシャリスト(以下・CLS)の仕事です。入院や手術などに伴う不安やストレスは大人でも大きなものですが、充分な知識や経験が少ない子どもにとってはなおさらです。受け身の経験が多い医療の場でも、子ども自身の視点や意思を大切にした遊びや活動を通じて、子どもと家族が中心となる医療現場を目指しています。

施設によって異なりますが、私の場合は病院内のPICU(小児集中治療室)に入院している子どもや、骨髄などの移植を受ける子ども、日帰り手術を受ける子どもを中心に、遊んだり声をかけたりしています。直接関わる時間は30〜60分ですが、こまめに顔を合わせることで、子どもの心理的な変化にも気づきやすくなります。遊びはとても大切で、心の安定、感情の表出、ストレスへの対処能力向上など、さまざまな効果が得られます。

また子どもは口には出さなくても、『これから一体何をされるんだろう?』という不安を抱いています。知らない場所で、知らない人や機械に囲まれていれば当然のことです。そこでCLSは医師や看護師とは別の立場から、その子の発達段階に合わせた理解を促しながら、前向きな気持ちで医療に臨めるように支援します。これはプレパレーション(心の準備)と呼ばれるもので、実際の医療器具や人形などを使った遊びを取り入れることで、器具に慣れながら子どもの好奇心を刺して、不安を軽減することができます。また採血の間も、空いた手を使ってぬり絵やおもちゃで遊ぶことで、苦痛を緩和することができます。メディカルプレイ(医療を真似した遊び)を行うことで、その子が何を怖がっているのかや、誤解している部分が明らかになることもあります。

遊びの中にはたくさんのメッセージが込められていて、言葉が足りないために『嫌だ!』しか言えない子でも、何が嫌なのかを見極め、正しい情報を伝えてあげることで、本人もどうしていこうかと考え始めます。その考えを支持しながら関わり、終わったらシールなどを渡して『よくできたね』と評価してあげると、子どもは達成感を味わえて、次の処置に主体的に向かう姿勢につながります。

静岡県立こども病院でのメディカルプレイ(医療を真似した遊び)の様子

以前は看護師として現在と同じ病に勤務されていたそうですが、CLSに転身したきっかけは?

看護師を目指したのは、人を元気にする仕事がしたいと思ったからです。また三人きょうだいの一番上で、昔から小さな子どもや後輩の相手をすることが多く、性に合っていると思ったので、こども病院での勤務を希望しました。

ただ、病院は本来、患者のことを大事にしてくれる人がたくさんいて、病気やケガが治っていく素晴らしい場所のはずで、スタッフは一生懸命頑張っているのに、肝心の子どもたちが病院嫌いになってしまうのはどうしてだろう?彼らにとって、病院での生活はその後の人生にどんな思い出として残るんだろう?という疑問をずっと抱いていました。身体を押さえられて、大泣きしながら処置を受けている子どもに対して、もっと違う形で医療を提供できないだろうかという思いがあり、その一方で、治療とは関係のないプレイルームで楽しそうに遊ぶ子どもたちの姿を見て、普段はこんなにいい表情をする子だったのかと驚くこともありました。遊びの中にある子ども本来の姿を医療の場でも出すことができたら、その子にとって病院での経験はもっといいものになるのに、という気持ちが大きくなっていきました。

そんな時、大学時代に新聞記事で読んで興味を持っていたCLSのことを思い出しました。改めて調べてみると、私が医療現場で感じていた疑問やジレンマを解消する糸口を見出すことができたんです。勉強会などにも足を運んだところ、看護師の立場としてはうまく理解できない部分も出てきたので、これはきちんと勉強しなきゃいけないと思い、CLSの資格取得のための留学を真剣に考えるようになりました。日本で取得できる資格ではないため、北米の大学や大学陰で専門的な理論や実践を学び、試験に合格しなければならないんです。

看護師を退職後しばらくの間、大学で教員をされていたとのことですが。

留学を考え始めてから2年くらいは看護師を続けていました。でもこれではいつまでも踏ん切りがつかないと思い、病院を辞めたんですが、留学に関する情報も英語力も全く足りない状態で、具体的なことは何も決まっていませんでした。そんな中、働きながらゆっくり考えなさいと、静岡県立大学のある先生から声をかけていただいて、看護学部の教員として約2年間勤務しました。その間もCLSへの思いはずっと消えなかったので、我ながら意志は固かったんですね。でもこの時期を振り返ると、自分の中の医療観・看護観を冷静に見つめ直す時間として、とても重要なものだったと思います。英語の勉強や費用の準備も大変で、結局留学を思い立ってから6年近くかかってしまいましたが、子どもの医療現場をもっといいものにしたいという明確な目標があったからこそ、なんとか頑張れました。

留学先のアメリカでの生活は刺数的で、CLSの専門的な知識や実践方法を学べたことはもちろん、異文化の中に身を置いたことでも、多くの発見がありました。たとえば、英語力が満足でない私は、現地の人が早口で話しかけてくることに不安と恐怖を感じました。でもそれを医療現場の子どもに置き換えると、大人が一方的に話しかけて処置をしたら、きっと怖いだろうなと。だとすれば、子どもが安心して大人の言葉に耳を傾けられる方法を考えることが必要だと、改めて気づきました。

また、脳死状態の方を前にしたインターンの現場で、あるスタッフが『この人の魂は神のもとに行って、もうここにはいないよ』と話すのに対して、私は『いや、身体がある以上、この人の魂はまだここにいる』という気持ちを強く感じました。自分の中に譲れない価値観があることに気づきましたし、それと同時に、世の中にはいろんな価値観があるということも実感できて、他者に対して寛容な姿勢で向き合うことができるようになりました。

子どもって、
こんなに強いんだ

そして看護師時代と同じ職場に、CLSとして戻ってきたということですね

はい。でも最初の頃は特に大変でした。病院内にCLSは私一人しかいないので、何をするにも自分で考えて、試して、反省して、といった感じで。子どもとただ遊んでいるだけで、振り回されているだけじゃないかと悩んだこともありました。日本国内のCLSが多く所属している『チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会』という組織があって、その勉強会などには定期的に参加していますが、基本的には経験を積みながら、自分で基準を作っていくしかないのが現状です。

そんな中でも、関わる子どもにまず最初に伝えているのは、ここはあなたを守る場所で、周りにいるのはあなたの声を聴いてくれる優しい人たちなんだよ、ということです。医療を直接行う立場ではないCLSだからこそ伝えられる言葉や安心感があって、時にはその子が好きなキャラクターのカなども借りながら、まずは安心して大人の言葉に耳を傾けてもらえる環境作りから始めます。子どもは何もできないのではなく、情報がないから対応できないだけです。その子に合った方法できちんと状況を伝えれば、その子なりに何かを考えて、なんとか対応しようと動き出します。大事なのは、その『なんとかしよう』とする子どもの力を大人が信じて、見守って、支えることです。

身近な例では、歯医者に子どもを連れていく時などに、『これからお買い物に行くよ』などと嘘をついてしまいがちですが、これで歯医者に着いたら子どもは親に裏切られたとしか思えなくなります。歯医者で何をして、結果的にどんないいことがあるのか、またどんな人に会いどんな機械を目にするのかを、正しく伝えてあげることが大切です。もちろん痛いことや嫌なこともあるけど、じゃあそれに対してどうしようかと考える機会を作ることで、子どもには拒否以外の選択肢が生まれます。もちろん個性もありますので、みんな同じようにはいきませんが、少しでも『できるかもしれない』という気持ちが芽生えて、乗り越えることができれば、それが成功体験としてその子の自信にもつながります。まずは子どもから逃げず、ごまかさず、事実を伝えて一緒に考えるということが大切だと思います。

アメリカ留学時代にインターン先の看護師たちと
絵本・折り紙・おもちゃ・シール帳など、桑原さんが病院内で常に持ち歩いているCLSの「七つ道具」

医療を受ける子ども本人だけでなく、そのきょうだいや家族への支援も行うのですね。

家族への支援もCLSの業務の大きな柱です。子どもが入院することは家族全体にとっても一大事で、生活習慣や環境が大きく変わることもあります。特にきょうだいが感じる複雑な思いには配慮が必要で、早く良くなってほしいと思う気持ちの裏に、自分だけが取り残された気持ちや、親を奪われたような淋しさを感じている場合もあります。そういうサインが見えた時は、私の方から状況を伝えて、『いつも以上にお父さんお母さんが必要だから、力を貸してね』と話すこともあります。また親御さんも辛い思いをされていて、家に残された子どもに対して、つい『ごめんね』と言ってしまいがちですが、これでは親が悪いことをしているように受け取ってしまうかもしれません。そんな時は『今日も待っててくれてありがとう』という言葉に置き換えてみてはどうでしょうと提案しています。家族みんなで支え合っているんだという意識につなげたいのです。

とはいえ、愛する家族の死も起こり得るのが現実です。医療に携わる者としても辛いことですが、ここでも家族やきょうだいへのケアは不可々です。大学の講義ではグリーフケアという、喪失による悲しみのケアに関する理論的な学習や、自らの喪失体験をもとにしたレポート発表などを通じて、死別をどのように考え、向き合っていくかという訓練を積みました。それでも、子どもが亡くなることは精神的に厳しいものです。私自身が悲しみを引きずってしまうこともありますし、この仕事をしていなければ、こんなに辛い思いをしなくてもいいのかもしれません。ただ、うまく表現できませんが、真正面から命と触れ合えるこの仕事に感謝の気持ちも感じています。関わりを持たせていただいた子ども達が元気になって退院する場合も、そうでない場合も、それぞれの存在が私自身の人生の中に位置づけられています。その上で、CLSとして一人ひとりへの支援を丁寧に行えるように、これからも一生懸命取り組んでいくだけです。

精神的にも負担のかかる仕事の中で、桑原さんご自身はどのようにリフレッシュしていますか?

CLSになった最初の頃はいつも仕事に追われている感覚が強くて、行き詰まってしまうこともありましたが、最近は仕事以外のことも充実しています。私、アウトドア派なんです。趣味は走ることで、何も考えず、リズムよく走りながら周りの景色を見ていると、楽しくなってリフレッシュできます。市民マラソンや100キロマラソンにも参加していて、先日はフルマラソンを楽しみながら走り切って、結果的に3時間20分を切るタイムが出たのには、自分でも驚きました。

また自然の中に身を置くとワクワクして、山歩きやトレイルラン、留学時代に始めたサーフィンも楽しんでいます。地元の富士市では大淵の総合運動公園周辺を走りながら見る富士山がお気に入りです。ちなみに富士山には10回以上登りましたが、飽きることはありませんね(笑)。

フルマラソンをゴールまで笑顔で駆け抜ける桑原さんは「とにかく楽しんで走ることが大事」と語る

最後に、今後の目標についてお聞かせください。

日々の仕事と並行して、CLSの認知度を社会的に高めていきたいです。キャリア6年目となると中堅ですし、自分がやってきたことを研究発表などで社会に還元していく活動も必要になります。ただ、どんなに経験を積んでも、人に対する謙虚さは失わないようにしたいと思っています。この仕事をしていると、『子どもの気持ち、分かるんでしょ?』と言われることもありますが、そもそも大人・子どもに限らず、人の気持ちなんて簡単に分かるはずがありません。だからこそ、子どものちょっとした言葉や表情から、メッセージを感じ取ることが求められる仕事です。また逆に、自分が発した言葉や行動が子どもにどういう風に伝わっているのか、どうすれば安心させられるのかということも、常に意識しています。

そして何より、この仕事の核になるのは、子どもを信じるということです。子どもの持っている力って、本当に素晴らしいんです。現実を受け入れる力、難しいことに向かっていこうとする力、家族やきょうだいはもちろん、相手を思いやる力に、いつも感動しています。必ずしも大人が先回りして何かしてあげる必要はありません。ほんの少し背中を押して、支えてあげるだけで、子どもは自分自身の力で動き出し、成長します。そんなイメージを持ちながら、私はこれからも子どもと遊び、そして子どもに教えられながら、歩んでいきたいと思っています。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa

桑原 和代
認定チャイルド・ライフ・スペシャリスト
静岡県立こども病院 職員

1977(昭和52)年9月10日生まれ(38歳)
富士市出身・静岡市在住
(取材当時)

くわはら・かずよ/富士高校を経て、金沢大学医学部へ進学。保健学科看護学専攻。卒業後、静岡県立こども病院(静岡市葵区)に看護師として4年間勤務。その後約2年間、静岡県立大学看護学部での教員を経て、「チャイルド・ライフ・スペシャリスト」の資格取得を目的に単身波米。アメリカ・カリフォルニア州のラバーン大学(University of La Verne)大学院に入学し、インターン期間も含め約2年間滞在。2009年より再び静岡県立こども病院に戻り、病院内で唯一の認定チャイルド・ライフ・スペシャリストとして活躍。現在に至る。

チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会

主に日本で活動するチャイルド・ライフ・スペシャリストが会員となる任意団体。専門的な知識や技能の維持・向上をはかることを目的とし、アメリカに本部を置くチャイルド・ライフ・カウンシル(Child Life Council)と連携しながら、チャイルド・ライフに関する教育・研究・啓発活動を行っている。桑原さんは同協会の副会長を務める(2016年1月現在)。
http://childlifespecialist.jp/

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