Vol. 180|鈴川ふれあい朝市ボンマルシェ 山本寿子
ここで会えるね
地域活性化という言葉が使われるようになって久しいが、どれだけ奇抜なアイデアや潤沢な予算があったとしても、その取り組みが必ずしもうまくいくとは限らない。一方で、手づくりのチラシとクチコミで着実に根付いていく地域活動はたしかにある。今回の取材で改めて感じたのは、やはり人は楽しんでいる人のもとに集うということ。
山本寿子(としこ)さんは高齢化の進む富士市元吉原地区で月に一度、自宅の敷地を開放した朝市『BON MARCHÉ』(ボン マルシェ)を主催している。また自宅の一部はフランスの家庭料理やお菓子を提供する空間『Bistrot Y』(ビストロ イグレック)として、憩いのひとときを楽しめるようになっている。7年間を過ごしたフランスの地方都市で体感した、豊かな食文化やコミュニケーションの素晴らしさを地元でも育みたいという山本さんの思いは、コロナ禍の直撃を受けても折れることはない。静かな住宅地に生まれた笑顔と交流の輪は、月日を重ねるごとに広がり続けている。
『BON MARCHÉ』(ボンマルシェ)とはどのようなイベントですか?
一昨年の9月から毎月15日に開催しているマルシェです。直訳するとフランス語で『良い市場』。新鮮な野菜や手づくりの惣菜、お菓子、雑貨などを販売する生産者さんと、地元で暮らすお客さんをつなぐ場として、自宅の敷地内に出店スペースを設けています。目的はシンプルで、地域を元気にしたい、みんなを元気にしたい。それからもう一つ、私が楽しみたい(笑)。
この元吉原地区は富士市内でも特に高齢化が進んでいる地域です。夫の実家が近くにあって、結婚直後はここに住んでいましたが、何度かの転居を経て17年ぶりに戻ってきた時に、以前利用していた近所のスーパーやコンビニのほとんどが閉店していたことにショックを受けました。お店がなければ高齢者は自力で買い物をすることが難しくなりますし、近年は熱中症の心配もあるので、外出の機会はさらに減っています。しかも今は昔のようにふらっと近所の家に入って縁側で会話をするということも少なくなりましたよね。だからこそ、このマルシェを通じて人と人が顔を合わせる安心感、おしゃべりできる喜びを提供したいと思っています。
会場では実際にお年寄り同士が『しばらくあんたの姿を見なかったけど、生きてて良かったよ』とか、『ここに来ればまた会えるね』といった言葉を交わしていて、見ているこちらまで嬉しくなります。『15日はマルシェの日』といった感じで、毎月の予定として楽しみにしてもらえたら、生活のアクセントにもなりますよね。そしてなにより、自分で商品を見て、触れて、買い物をすることはそれ自体が喜びだと思うんです。お店の少ない地域だからこそ、マルシェを開催する意義は大きいと感じています。
それにしても、自宅を開放したマルシェというのはかなり珍しい例ですね。
以前に沼津の商店街でイベント運営に参加していたこともあって、当時からの知人や出店者さんに協力してもらいながら、自宅を建てた翌月には第1回のマルシェを開催しました。あけっぴろげな性格なので自宅を使うことにも抵抗はありませんでしたし、『今度ここでマルシェやるから来てくださいね』って、家が建つ前から道行く人に声をかけていました(笑)。
手づくりのチラシ配布やご近所への声かけが広まって、多い時は10店舗以上の出店者さんと100人以上のお客さんが集まるようになりました。人とのつながりが新しいつながりを生んで、プロの三味線奏者やバイオリニストが演奏してくださったり、若い作家さんが作品を発表する場として参加を希望してくれたりと、私の想像を超える形で盛り上がっていきました。
ところが、その直後にやってきたのがコロナ禍です。密になったらダメ、接触したらダメ、お年寄りは外出しちゃダメと、マルシェの運営においては厳しすぎる現実ですよね。私は人が集まる場所が大好きで、たくさんの人と密になりたくてマルシェを始めたのに。さあこれからという時に出鼻をくじかれましたが、くよくよしても仕方ありません。感染状況が悪化した時期は開催中止を余儀なくされましたが、現在は感染予防対策を徹底しながら、出店数も半分以下に縮小して再開しています。
マルシェへの思いは、フランスでの生活が大きく影響しているそうですね。
メーカーに勤める夫の転勤に伴って7年間ほど、アルザス地方のコルマールという町に住んでいました。中世やルネサンス期の風情が残る旧市街がとても可愛らしくて、まるで絵本の中にいるようでした。スタジオジブリの映画『ハウルの動く城』で描かれた街のモデルにもなった場所で、そこにいるだけで気分が上がるんです。風景だけでなく、フランスの生活習慣や日本との文化の違いも、知れば知るほど面白くて、現地では3人の娘を連れていろんな場所へ出かけました。
そこで心惹かれたのが、フランスに根付いたマルシェの文化です。どの町でも週に1~2回マルシェが開かれていて、出店する生産者とお客さんが直接コミュニケーションを取りながらいきいきとやり取りしている姿が魅力的でした。フランスは自由と自己責任を重んじる国なので、自分で目利きした商品を納得した上で買いたいという心理が強いのかもしれません。また売り手もそれにとことん付き合って、質問や要望には丁寧に対応してくれます。もちろんフランスにも大型スーパーやショッピングモールはありますが、試食をしながら安くて新鮮なものを必要な分だけ買えるマルシェの需要がなくなることはないんです。
さらにマルシェが素晴らしいのは、お店とお客さんだけでなく、お客さん同士、つまり横のつながりが生まれる点です。私もおぼつかないフランス語でいろんなマルシェに足を運びましたが、その場その場で出会いがありました。ある時は全然知らない女性のお客さんに『この食材は日本ではどうやって食べるの?』と話しかけられて、私がみそ汁の作り方を教えたことがきっかけで『今度一緒にお茶しましょう』と仲良くなったりして(笑)。思いがけない出会いを大事にして、なんでも学んでみよう、やってみようという気持ちで過ごしたフランスでの日々は、本当に貴重な経験になりました。
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