Vol. 134|山大園 店主 渡辺 栄一
茶の心の伝道使
130年続く老舗お茶屋の店主が淹れる至福の三煎と、その最後の一滴=ベストドリップの妙味。山大園(やまだいえん)の4代目・渡辺栄一(えいいち)さんは、急須で淹れるお茶の味わい、そしてその奥にある日本茶文化の深みを伝え続けている。
店内は、趣味の木工を駆使して作ったこだわりの小道具で溢れていた。最後の一滴まで楽しむための急須の置台。茶葉の種類や産地の違い、淹れ方の違いなどが一目でわかる、かつて学校帰りの道端で見た紙芝居屋のような手作り感あふれる説明用展示。他にも、昔の家屋や鉄道のジオラマもあり、「鉄道茶屋」と呼ばれることもあるのだとか。店頭とは小売店の「顔」だが、このお店は単にお茶を販売するだけではない。お茶を楽しんでもらおうというおもてなしの心に満ちた、訪問者がついつい長居をしたくなってしまう居心地の良い場所だった。
130年続く山大園の4代目になるんですね。
私は生まれも育ちもこの富士の地で、山大園は明治から続く老舗のお茶屋です。この場所に店舗を構えたのは昭和46年頃ですが、かつては吉原中央駅のすぐ裏にありました。中央駅ができた昭和30年代の頃は、一日の乗降客が3万人もいて、週末になると歩道から人が溢れて賑やかでしたね。私は吉原第一中学校を卒業した後、高校と大学は東京で暮らしましたが、卒業後は実家に帰ってそのまま家業を手伝うようになり、平成2年に4代目を継ぎました。以来30年近くが経ちましたが、お茶を取り巻く環境も大きく変わりました。
お茶にも抹茶をはじめいろいろな種類がありますが、私のお店で扱っているお茶のほとんどは煎茶です。お茶は庶民の暮らしの飲み物、という持論を私は持っています。品評会に出展するような高級なお茶ももちろん素晴らしいですが、そういう特殊な高いお茶は、ずっと飲み続けるわけにはいきませんし、淹れ方もなかなか難しい。であれば、もっとふだんの暮らしの中で毎日美味しく飲めるようなお茶を提供したいと思ってやってきました。
ところが最近は、ふだん飲むお茶のほとんどがペットボトルになってしまいました。ペットボトルはたしかに茶殻も出ませんし、急須で淹れるという手間もない便利な容器です。昨年静岡県で愛飲条例が制定され、県内の小中学校で給食などの時間に静岡茶を出して、お茶に関する教育を推進しよう、ということになりました。このことは大歓迎なんですが、実際に現場でどのようにしてお茶を淹れるか、という話になると、ティーバッグやスティックタイプの粉末茶になりそうなんですね。急須を扱ったことがない先生も多いなかで茶葉を使ったお茶は難しいのではないか、という話のようです。私としては、やはり急須で淹れるお茶の美味しさや楽しみ方について、学校という教育の場で伝えて欲しいと思っています。
お茶を急須で淹れる場合、その淹れ方一つで味が大きく変わります。最近、外国の方に急須で淹れたお茶を振る舞うと、すごく感動されたり共鳴されたりすることが多いんですね。目の前で、1種類のお茶から甘み、渋み、苦みという違う味のお茶ができあがると大変驚かれます。
吉原中央駅の裏にあった明治期の山大園
急須で淹れることでそれほど味が変わるのですか?
それではペットボトルのお茶と急須で淹れたお茶で何が違うのか。百聞は一見に如かずというとおり、実際に私の淹れた煎茶を飲んでいただくのが一番です。
同じ茶葉を使って3回淹れますが、これを三煎と呼んでいます。最初の一煎目は、湯の温度を70度くらいまで下げてから急須に注ぎ、1分ほど茶葉が開くのを待って湯のみに淹れます。これを飲んでみると、唇とのどを潤しながら口の中で甘みが広がっていくのが感じられます。これはテアニンというアミノ酸の味わいですね。
次に二煎目。今度はもう少し熱い80度くらいのお湯で、先ほどよりも短い時間で淹れます。すると今度は渋みが強い感じになります。これがカテキンの味で、皆さんにも馴染みがある味だと思います。
そして最後の三煎目はさらに熱いお湯でさっと淹れます。こうするとより苦みが強く出てきます。これがカフェインの苦みです。こうやって、同じ茶葉なのに急須を使って淹れ方を変えるだけで全く違った味わいを楽しむことが体感できるんですよ。その日の気分やお客様の好みに合わせて淹れ方を変える。こうした加減ができるのが、急須を使ってお茶を淹れることの価値なんですね。
たしかにこれは驚きです。しかし一方で、「お茶はタダで出てくる」というイメージもありますね。
この『お茶がタダで出てくる』という話には良い面と悪い面、両方があるように思います。良い面としては、店主がお客様に対して歓迎の意を表す『おもてなし』の心ですね。お店にお客様が来られた時、はじめにお茶を出すことで『ようこそいらっしゃいました。まずはお茶を飲んで一息ついてから、ゆっくりとご注文ください』ということを伝えているんですね。イギリスから日本を訪れた学生が実際にお店で経験して『他の国では考えられない素晴らしい文化だ』と大変感動して帰ったという話があります。逆に悪い面としては、旅館の部屋などに置いてあるお茶は基本的に粗末なものですから、タダで提供しているがゆえに、本当に良いお茶を飲む機会が減ってしまっている、ということでしょうか。
日常のなかでは、飲み方や作法など格式ばったものは必要ありません。ただ、相手のことを思いながら、急須でお茶を淹れてもてなす。その日の気分で味わい方を変えることができる。ペットボトルやティーバッグではこうした加減はできません。単にお茶という飲み物を飲むのではなく、客人のためにお茶を淹れ、その味を楽しみ、ともに過ごす時を楽しむ。『お茶を喫(の)む』という時間の過ごし方そのものがこの国の一つの文化だと思えるんですね。同時に、そんな自国の文化についてきちんと話せる人が増えて欲しいと、私自身の経験から強く感じています。
チェコのプラハでお茶の話をさせていただく機会があったときのことです。現地の方から『日本の料亭と寿司屋では出されたお茶が違っていたが、それはなぜか?』という質問を受けたんです。詳しく聞くと、料亭で出されたお茶は茶色で、寿司屋では緑色だったそうです。それを聞いて私は『料亭で出されたお茶はほうじ茶です。食事の途中に出す軽いお茶で口の中を調整した後で、食後のデザートなどを食べていただくために出されたものです。一方、寿司屋のものは粉茶で、生魚を食べる際にあたらないよう、酢飯、わさび、しょうがと合わせておなかを守るためのお茶です』と答えたところ、納得され大変喜んでいただきました。最近は国際化が進み、英語ができることが奨励されていますが、お茶の淹れ方一つひとつにも意味があり、その背景も踏まえて外国の方に日本のことを正しく伝えられるようになることが、まずは大切なのではないかと思いますね。
チェコ・プラハでのワークショップでお茶を淹れる渡辺さん
お茶を伝えるということは、日本の文化を伝えるということでもあるんですね。
歴史という点では、お茶は鎌倉時代に栄西(えいさい)禅師が中国から持ち帰り、将軍に献上したことが始まりだと言われています。栄西禅師が記した『喫茶養生記』には『茶は養生の仙薬なり。延命の妙術なり』と書かれ、お茶を薬として紹介しています。
最近では、厚生労働省が健康寿命ランキングを発表していますが、静岡県は全国でもトップクラスなんだそうです。私も一日に20杯以上はお茶を飲んでいると思いますが、静岡県人の健康寿命が長いのはたくさんお茶を飲んでいるからなんじゃないか?なんていう人もいるくらい、お茶を飲むことは身近なものですよね。このように、お茶の話から地域のことやこの国の歴史、健康の話などにどんどん広がる。やっぱりお茶は日本人の生活に深く根差した文化そのものなんですね 。
私は、山大園の店主という立場とは別に、日本茶インストラクターとしての活動もしています。日本茶インストラクターとは日本茶の普及活動を目的とした資格で、日本茶文化の継承と新しい茶文化の創造、健康と文化および教育の向上への寄与、といったことを目指しています。私は平成12年の第1期生です。
この活動をつうじて日本各地や海外などさまざまな土地に伺う機会が増えましたが、この富士の地の素晴らしさや、ふだんは当たり前に思っていることの大切さをあらためて感じるようになりました。この土地には日本一の富士山があり、豊富な湧き水に恵まれています。世界では水道水をそのまま飲めない国のほうが多いですが、私たちは美味しい水をいつでも飲むことができる。この水が美味しいお茶を飲める文化を生み出し、製紙産業が発達した理由にもなっていますね。日本一の水深を誇る駿河湾も、その海からさまざまな水産物が獲れます。交通も発達していて、気候も温暖。気候のせいもあるのか、人柄ものんびりしていますね。攻撃的な人が少ない(笑)。私はこの場所は世界でも最高の場所だと思うんです。
日本茶インストラクターは日本茶の素晴らしさを伝えることが主ではありますが、この富士という素晴らしい土地の良さも伝えていくことで、今後多くの方に富士に来ていただいて、日本を代表するこの土地を体感していただきたいなと思いますね。
渋くて苦くてほのかに甘い
もっと気軽に急須で淹れたおいしいお茶を飲める場が増えるといいですね。
今年から静岡県の茶葉会議所が『静岡茶屋』を始めました。静岡茶屋に認定されたお店では3種類のお茶をワンコインで楽しんでいただけるようになっていて、静岡県に来られた皆さんに美味しい静岡茶を気軽に楽しんでもらおうという取り組みです。もちろん山大園も参加しています。一人でも多くの方に静岡茶の魅力を再発見してもらえればと思いますね。
最近は、変化の激しい時代だといわれていますが、どんな時代でも、大切なのは健康な体と動じない心“平常心” なのかなと思います。そのためには穏やかな気持ちでお茶を味わうのが一番。のどが乾いた時に飲むのはペットボトルのお茶でも、心が乾いた時には急須で淹れたお茶を飲みにぜひお立ち寄りください。美味しいお茶と一緒に豊かな時間も味わっていただけたら嬉しいです。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Hideyuki Inagaki
Photography/Kohei Handa
渡辺 栄一
山大園店主 日本茶インストラクター
1946(昭和21)年8月27日生まれ
富士市出身・在住
(取材当時)
わたなべ・えいいち / 明治22年創業の山大園4代目店主。慶應義塾大学を卒業後、実家である山大園に戻り静岡茶の販売に従事。1990年に代表取締役に就任。2000年に日本茶インストラクターの資格を取得後は、日本全国や海外にも足を運び、日本茶に関する歴史や文化、美味しいお茶の楽しみ方などを伝えており、地元においても、富士市まちの駅『憩いの茶の間』駅長を務めている。趣味は木工で、自宅にも工房を持ち、日本茶の奥深さをわかりやすく伝えるためのさまざまな小道具も自作している。鉄道にも造詣が深く、富士馬車鉄道など地元の歴史の語り部でもある。
山大園
富士山やかぐや姫伝説など地元に関連した商品も豊富な山大園のお茶は、おもにお歳暮やお中元などの贈答品として喜ばれている。
富士市中央町2-5-18
TEL:0545-52-2540
営業時間:9:00~18:30
第2日曜定休 駐車場あり
https://www.yamadaien.jp/
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