Vol. 196|シェ・ワタナベ オーナーパティシエ 渡邊隆太郎

シェ・ワタナベ店内

みんなでひとつの
ケーキを囲む幸せ

大変で割に合わないと思うことはありませんか?

困難なことは多いですが、やはり美味しいものを食べる幸せをより多くの人に味わってもらいたいという思いが強いですね。糖尿病などで「このお店のケーキが好きだったのに、病気で食べられなくなった」とさみしそうにするお客さまの顔を見ると、何かできることはないか、調べずにはいられません。

また、アレルギー対応ケーキを注文してくれた方が「今まで我慢させてきたけど、初めて子どもと一緒にケーキを食べることができました」と電話口で涙ながらにお礼を言ってくれたこともあります。「おいしかったです」とお誕生日会の写真を同封してお手紙をくれた子もいましたね。こんな声をもらえると、役に立てているんだなと実感が湧きます。

アレルギー対応商品に限らず、当店のお菓子を食べて「美味しかった」と言ってもらえるのが一番励みになります。というか、単純ですけどいい大人になってもほめられると嬉しいんです(笑)。

シェ・ワタナベに寄せられた手紙

全国からお店に届く感謝の手紙

食物アレルギーへの対応はかなり神経を使うのでは?

人によっては命に関わるので、除去食品の確認はしっかりと行ない、材料の管理と商品の発送は担当者を固定しています。今後も事故がないよう細心の注意を払っていきます。

近年よくある事例で特に気をつけているのが、祖父母からの「サプライズにしたいから、内緒でアレルギー対応ケーキを送って」という注文です。除去食品は個々で異なりますし、こういう場合でも事情を説明して、必ず状況がわかる方と直接やり取りをします。

他にも、リピーターの方から「去年と同じ飾り付けの誕生日ケーキを」と言われても、新たに加わったアレルギー食品や、逆にもう食べても症状の出なくなった食材はないか、またその食材を使いたいかどうかを確認します。一度注文が入ると、除去した食材などがわかるようにカルテのようなものを作って、次回の注文に備えているんです。

アレルギー対応のお菓子に関しては、他の製菓店や専門学校からの問い合わせにも対応しています。ノウハウを共有して販売する店が増えれば、かつての僕のような子どもたちが近所でケーキを買うことができますよね。また、現在は絶版になっているのですが、20年ほど前に母がアレルギー対応のお菓子のレシピ本を出版したこともあります。当時は一般的に入手することが難しかったアレルギー用のクリームやマーガリンの取り寄せガイドもついていて、全国から問い合わせの電話が入るほど、大きな反響がありました。

アレルギーでつらい思いをする子どもたちに、そしてその子を見守る親御さんに、ケーキを届けたい。幼い頃の僕を一番近くで見てきた母だからこそ、お菓子を食べる子どもの笑顔や、ホールケーキを家族で囲む幸せの価値を、深く理解していたんだと思います。

今後やっていきたいことは?

アレルギー対応のお菓子は美味しくない、あくまで代用品だと捉えられがちな誤解を払拭したいです。材料調達や価格設定などいろいろと課題はありますが、仕方なく選ぶのではなく、ショーケースからあえて選んでもらえるようなケーキを作りたいです。今はホールでの受注ですが、安定して材料が手に入る状況になれば、除去食品をパターン化してカットケーキを揃えておき、もっと気軽に買える環境を整えたいですね。

そのためにも、インターネットの通販サイトを刷新して、販路の拡大を目指しているところです。コロナ禍を経てこれまで以上に通販が浸透したので、取引のあるデパートのサイトを通じても販売していく予定です。

「美味しい材料で美味しく作る」。シンプルですが、これがパティシエとして一番大切にしていることです。レシピを作ったらそれで満足するのではなく、より良い材料を探し続け、細かく改良しています。どうすればもっといいものが作れるかを考え続けていて、新しいレシピにどんどん挑戦するので、よく前回のレシピを忘れて従業員から怒られるんです(笑)。これからも、美味しいものをみんなで楽しく味わう幸せを、多くの方に届け続けていきたいです。

 

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa

渡邊隆太郎さんプロフィール

渡邊隆太郎
シェ・ワタナベ オーナーパティシエ

1984(昭和59)年11月7日生まれ(38歳)
沼津市出身・在住
(取材当時)

わたなべ・りゅうたろう/沼津学園高校、エコール辻東京を卒業。都内のケーキ店で修業した後、22歳でスイーツ激戦区の港区白金台に独立出店。その腕とセンスが評判を呼び、著名人からもオーダーケーキなど多くの依頼を受ける。その後地元に移転Uターン。幼少期には重度のアトピー性皮膚炎、食物アレルギーに苦しんだ経験を持つ。食べられるおやつを作ってくれた両親に感謝を抱くとともに、現在はフランス菓子を作るかたわら、アレルギー対応の洋菓子の製作・販売も行なう。地元の祭りに出店するなど地域貢献活動に多く関わり、食文化の発展にも尽力。県内外で、アレルギーや病気により食事に制限のある人向けのお菓子・料理教室で講師を務める。より美味しいお菓子作りを追求し、材料探しや製造法の改良に余念がない。

シェ・ワタナベ

【本店】
沼津市宮前町7-7
TEL・FAX055-923-0141
月曜定休
【長泉店】
駿東郡長泉町下長窪1076
ウェルディ長泉2F
年2回不定休

ウェブサイト
https://chez.thebase.in/

シェ・ワタナベ看板

閑静な住宅街の一角にある本店

シェ・ワタナベ長泉店

長泉店

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

アレルギーというのは比較的近年になるまで「置き去りにされてきた」社会課題だと言えるでしょう。もちろん医学的な解明が進んでいなかったということが大きいですが、世の中の対応という意味でもまだまだ「これから」という印象があります。

現代では、食品のパッケージにも大手レストランチェーンのメニューにもアレルギー成分表が記されていて、また学校給食などでも一人ひとりのニーズに神経を細かく使うようになりました。アレルギーを抱えた人の「危険を避ける権利」は昔より格段に守りやすくなったのだと思います。

しかし一方で、アレルギーを持っていても他の人と同じように美味しいものを楽しめること、という点ではどうでしょうか。「あなたは普通じゃないんだから我慢してね」と、当事者でない人間としてはつい考えてしまいます。これはアレルギーに限った話ではなく、社会のあらゆる面で少数派に対して多数派が陥りがちな発想です。もちろん経済性の壁もあるので一筋縄で解決できることではありません。政治や福祉分野からの協力ももちろん必要ですが、シェ・ワタナベの渡邊さんのようにお店や企業が主体となって経済活動として取り組むことこそが、社会課題解決の本来のあり方なのだと私は思っています。

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