Vol. 186|火縄銃射撃競技選手 佐野翔平
本物に触れ、
本質を知る
それほどまでに火縄銃への思いが強いのですね。
火縄銃そのものへの興味はもちろんですが、それ以上に、昔の人々が見ていた景色を見てみたい、当時の人と同じような体験をして、その心を読み取りたいという動機が強いです。射撃の技術を高めることで、時を越えて戦国時代の銃の名手と同じ考えに至れるんじゃないかという、いわば心身まるごと同化するような変身願望ですね。そのためには、本物の火縄銃で本物の技術を習得するしかありません。衣装や道具の見た目を整えるだけでは意味がないんです。
また一方で、当時の感覚を知れば知るほど、戦国の世と比べて現代の日本人は恵まれていると感じます。衣食住があって、生きているだけでも幸せだと思えるようになりました。現在から過去を見ても、過去から現在を見ても、歴史は多くの学びを与えてくれます。
僕の場合は戦国時代や火縄銃に重点を置いていますが、興味を感じる時代や対象は人それぞれです。自分の価値観を誰かに押し付けるつもりもありません。僕は僕なりのやり方で、何か前向きな気づきや行動のきっかけになればと思って、広く発信活動を続けています。
その中ではあえて多くの人の目に留まるように甲冑姿を前面に出したり、「火縄銃男子」と称してコミカルな動画を投稿したりもしていますが、それらはすべて、日本の歴史や伝統が好きだという思いを伝えるための手段なんです。
その思いの延長線上に、伝統工芸品の販売事業や子ども向けの体験イベントがあるんですね。
『伝統屋 暁(あかつき)』は日本の伝統文化の魅力や職人の高度な技術力を伝えることを目的とした事業で、オンラインショップをメインに運営しています。
もちろん、そこで扱う商品は本物でなければなりません。日本刀の材料となる玉鋼(たまはがね)を使ったアクセサリーや、長い歴史を持つ越前和紙の文具など、いわゆる和風雑貨ではなく、本物の素材と技術を用いた商品です。
また、もう一つ大事にしているのが、職人に正当な対価が還元される仕組みです。どれだけ優れた技術があっても、職人に経済的利益がなければ、伝統は衰退してしまいます。市場のニーズと職人の収入を満たした上で、貴重な伝統文化を後世に伝えることが、あるべき姿だと考えています。
そして以前からの念願が叶って、今年の7月にはフランスで開催される世界最大級の日本文化の総合博覧会『Japan Expo Paris(ジャパン エキスポ パリ)』への出展が決まりました。現在はクラウドファンディングでそのための資金を募っていて、すでに多くの方から温かい支援をいただいています。
また、子ども向けの歴史体験イベントとして、ダンボール甲冑教室や火縄銃型ゴム鉄砲射撃大会を各地で開催しています。といいつつ、同伴の親御さんのほうが前のめりで楽しんでいる姿もよく見ますけど(笑)。
ここでも大切にしているのは、本物に触れることです。イベント会場には僕が所有する甲冑や火縄銃を展示していて、遊んだ後に実物に触れることで、その手触りや重みを肌で感じることができます。工作やゲームを通じて楽しみながら、昔の人々の営みにも思いを馳せる。その中で歴史に興味を持つ手がかりを掴んでくれたら嬉しいですね。
佐野さんにとって歴史を学ぶ、伝統を伝えるとは、本質的にどういうことなのでしょうか?
アイデンティティを守ることだと思います。日本という共同体の概念が何によって規定されているのかというと、領土の範囲だけではありませんよね。また、「日本人とは何か?」と問われても、人種や言語や国籍だけでは測れません。
では何が規定しているかというと、僕たち自身が「日本人としてこうありたい」と願う心意気や振る舞い、つまりアイデンティティなんです。そしてそこには、歴史という時間軸で昔の人々と今の自分がたしかにつながっているという実感が不可欠です。
だからこそ、失われつつある日本の伝統文化をなんとしても守りたい、残したい。じつは僕も、鉄砲隊に入った当初は歴史や火縄銃を趣味として捉えていました。自分の好きなことをして、情報発信をして、「どうだ、すごいだろう」というミーハーな感覚が強かったんです。
でもある時、それまでの意識を変える出来事がありました。演武を終えた会場で一人のお客さんが話しかけてきて、お祭りの由来や歴史についていろいろと尋ねられました。それに対して僕は満足に答えられなかったんです。残念そうなお客さんの表情に、申し訳ない気持ちになりました。見ている人にとっては新人の僕もプロの鉄砲隊の一員。せっかく興味を持って話しかけてくれたのに、僕がうまく返せなかったせいで、その人の夢や喜びを壊してしまったかもしれない。これじゃダメだと反省しました。
そしてそれが、歴史や火縄銃を楽しむだけの立場から、魅力を伝える側に軸足を移した瞬間でもありました。どうすれば自分の活動を多くの人に共感してもらえるのか、伝統文化への興味を持ってもらえるのか。去年の夏に会社員を辞めてこの道一本で走り続けている今も、試行錯誤の連続です。
ただ、そんな時でも歴史が多くのことを教えてくれます。人類の歴史はファンタジーではなく、言い換えれば膨大な成功事例と失敗事例の宝庫です。先人たちの思いや行動を辿り、謙虚に学んで、連綿と続く伝統のたすきを次世代につなげる仕事を、これからも続けていきたいです。
撮影協力:西山本門寺
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa
佐野翔平
火縄銃射撃競技選手
1990(平成2)年10月2日生まれ(31歳)
富士宮市出身・在住
(取材当時)
さの・しょうへい / 旧・芝川町で生まれ育つ。中学2年生の時に自宅近くの西山本門寺で開催された『信長公黄葉まつり』で火縄銃の空砲演武を見たことを機に、歴史や伝統文化に強い関心を持つ。柚野中、富士宮北高校卒業後、富士宮市内のメーカーに勤務していた22歳の頃、火縄銃演武を行なう『駿府古式砲術研究会駿府鉄砲衆』や、時代祭りで甲冑姿を披露する『遠州鎧仁會(がいしんかい)』に入会し、014年から各地での祭りやイベントに参加。火縄銃実弾射撃競技の存在を知った2017年より『森重流砲術保存会』に所属。これまでに全国大会での優勝経験を持ち、選手として世界一を目指す。また、日本の伝統文化や職人の技術を伝える活動を積極的に展開。伝統工芸品を販売する『伝統屋 暁(あかつき)』を運営し、子ども向けイベントとして『ダンボール甲冑教室』や『火縄銃型ゴム鉄砲射撃大会』を随時開催。戦国大名・今川義元が所有した太刀『義元左文字』を現代の刀工らと協力して復元する『義元左文字復元プロジェクト』の発起人でもある。2021年に退社し、現在は各種SNSや動画・音声配信などの情報発信に加え、オンラインコミュニティ『佐野翔平の挑戦』の運営にも取り組む。今年7月にフランスで開催される『JapanExpoParis(ジャパンエキスポパリ)』出展のための資金を募るクラウドファンディングにも挑戦中。大の猫好きで、自宅では4匹の猫と暮らしている。
クラウドファンディング(2022年5/30まで)
日本の伝統を広めるために『JapanExpoParis』に出展したい!
伝統屋 暁
『伝統屋 暁』では日本の技を現代の生活に散りばめ、後世に伝えることを目的に、職人の手による多彩な商品を扱っている。
和紙ピアス
越前和紙がま口
玉鋼ピアス
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
刀鍛冶や能楽師など、日本の伝統技能に関する活動に携わる方をこれまで何人か取材してきましたが、そんな方々が共通して口にしていたことがひとつあります。それは「歴史の流れを途切れさせてはいけない」という思いです。
彼らは常に時間軸という視点で世界を見ていて、徹底して未来志向です。伝統とか歴史というと過去に目を向けているように思われがちですが、実際には「自分たちの子孫に何を伝えられるか」という使命感が彼らを突き動かしています。古来より伝えられてきたものは、一度途絶えてしまうと二度と取り戻せない。だから、本物を本物のまま受け継いで次世代に伝えていきたい、と彼らは願っています。
佐野さんは「七代先の子孫のことも考えながら仕組みを作りたい」と言います。伝統技能は「ただ保護されるだけの存在」ではなく、持続可能なかたちで社会と経済の中での居場所を作っていかなければなりません。インターネットのSNSなど現代的な手法を取り入れながら、かといって本質は外さない、それはまさにSDGs(持続可能な開発目標)の考え方に似ていました。
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