Vol. 185|NPOしずおかセラピードッグ サポートクラブ 笠井清美

笠井清美さんとモニー

秋田犬・モニー

それぞれの愛し方で
最期まで一緒に
暮らしてほしい

幼い頃から犬が好きだったのですか?

実家でも飼っていましたし、動物に囲まれるムツゴロウさんをテレビで見るたびに羨ましくてたまらず、「将来は絶対ムツゴロウ王国で働くんだ!」と心に決めていた無類の動物好きでした。

でも、単に好きという気持ちから、動物福祉や医療に熱意が向いたのは、20年前に自分の飼い犬を安楽死させた経験がきっかけです。小学5年生の時から18年間飼っていた愛犬が年を取り、口腔内の腫瘍で痛みに苦しむようになったんです。獣医師の提案を受け、家族とも相談をして悩んだ末に、腕の中で安楽死させてもらう決断をしました。愛犬は苦痛から解放され安らかに旅立ちましたが、私にはとても辛い経験となりました。でも、命としっかり向き合ったからこそ、その重さ、尊さに改めて気づかされたんです。そんな尊い命を一つでも多く救いたい、どの犬にも殺処分という大きな苦痛を伴う最期なんて迎えてほしくないとの思いで、この活動を続けてきました。

私自身もできる限り保護犬を家族として受け入れていて、現在も2頭と暮らしています。東日本大震災後に福島と宮城の県境、茂庭(もにわ)という地域で保護された「モニー」と、芝川で見つかった猟犬の「ひかり」です。ひかりは右前脚に大きな腫瘍があり、断脚しましたが、3本脚でも意に介さずパワフルに走っています。この2頭とは別に、一時預かりの犬が入れ替わると、散歩中にご近所さんから「この前の犬と違うね」と尋ねられることも。最近は詳しく説明しなくても「保護犬なんですよ」のひと言ですんなりと分かってもらえることが増え、保護犬の存在が浸透してきたと感じます。

たしかに最近、保護犬という言葉をよく耳にします。

有名人が保護犬を飼ったりする様子がテレビで放送され、私たちが活動を始めた頃に比べて保護犬の認知度は格段に上がりました。それはとてもありがたい反面、一過性のブームで終わったり、保護犬を引き取ること自体がステータスになってしまうことには危機感を覚えます。

保護犬を譲渡する際には、譲渡費用やそれまでにかかった医療費を請求することがあります。でも、譲渡会に来た方から「保護犬なのにお金がかかるの?」と驚かれることも。もちろん保護犬の里親になるのは良いことに違いないですが、保護犬も、お店で高額に販売される純血種と何ら変わらない命だと認識していれば出てこない言葉だなと、残念に思いますね。

団体としては「殺処分ゼロ」という強い言葉をスローガンに掲げています。そこには、一つとして命をないがしろにしてほしくない、ペットを飼ったら最期まで愛情を持って一緒に暮らしてほしいという願いが込められています。

私は動物病院で働いているのですが、本当にいろいろな飼い主さんが来院します。お金を惜しまず、ペットの住環境を整え、ご飯もグルテンフリーや栄養価の高いものを与えかわいがっている人。食べ物は安価で、犬に洋服を着せたりもしないけれど、愛情は傍から見てもしっかりと感じられる人。犬への態度が一見ぶっきらぼうかと思いきや、不調にすぐ気づいて病院に連れてくる人。飼い方はさまざまですが、彼らに共通するのは、都合の良い時だけ気まぐれにかわいがるのではなく、日々気にかけながら最期まで連れ添う覚悟を持って一緒に暮らしているということ。無責任とは対極にある姿勢です。犬からも信頼されていますし、それぞれのやり方で犬を愛しているんですよね。

ほかにも、愛玩犬ではなく猟犬など使役犬として飼われている犬も存在します。使役犬はかわいがられる対象ではなく、仕事をする上でのいわば仲間です。以前に猟友会員のお宅に伺ったことがあるのですが、屋外の小屋で飼育されていた猟犬たちは毛並みやツヤも整っていて、栄養状態・健康状態ともに良好。いわゆる“猫かわいがり”されてはいないけれど、使役犬として適した世話を受けています。人と犬との関係性によって飼い方も一つではないということを、私たちも日々勉強しています。

活動の効果は出てきていますか?

犬が保健所に引き取られて殺処分に至ることを「送り」と呼ぶんですが、ここ4年間、私たちの活動範囲である県東部では送りは一頭も出ておらず、地道な活動が実を結んできていると感じますね。それに、動物愛護の意識が高まり、行政でもいろいろな対策が取られるようになっています。犬の保護施設に冷暖房が設置されるなど、環境が改善されつつあります。

2009年には静岡県で成犬譲渡制度が開始されました。保健所に引き取られた犬を登録ボランティアに譲渡する制度で、命を生かそうという流れができてきました。また国の法律で今年の6月からペット販売業者にマイクロチップの埋め込みが義務付けられます。飼い主が情報を入力する必要がありますが、災害時に迷い犬になっても飼い主が特定できますし、避妊していない純血種のメスが繁殖目的で連れ去られるといった犯罪も防げます。もちろん、飼い犬を簡単に手放すことへの抑止力としても期待できますね。

全国的にはまだ野良犬や多頭飼育崩壊の問題も存在しています。でもまずは私たちが県東部地区でしっかりと啓蒙活動や相談業務を行なっていくことで、不幸な犬たちを減らしていこうという意識を全国に広げていきたいです。今は保護犬の取り組みで手一杯ですが、ゆくゆくはNPO発足当時の夢だったセラピードッグの育成も手掛けたい。飼い主のモラル向上や、人と犬との幸せな関係を実現するためにも、今後もメンバーと協力し合い、地道に真摯に活動を続けていきたいです。

笠井さんとひかり

プロットハウンド・ひかり

 

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino Text/Chie Kobayashi Cover Photo/Kohei Handa

笠井清美さんプロフィール

笠井清美 NPOしずおかセラピードッグサポートクラブ 1973(昭和48)年2月21日生まれ(49歳) 沼津市出身・富士市在住 (取材当時)

かさい・きよみ / 金岡中学校、加藤学園高校卒業後、富士サファリパークに入社。退職後はさまざまな職種を経験し、2013年から富士市内の動物病院にスタッフとして勤務。2005年にNPOしずおかセラピードッグサポートクラブの会員になり、副会長を務めたのち2016年に会長就任。現在は会長職を退き、クラブに寄せられる犬に関する相談にじっくりと対応している。幼い頃から大の動物好き。愛犬を安楽死で看取った経験から、動物福祉の分野へかける情熱は人一倍。夫と元保護犬のプロットハウンド・ひかり (推定12歳・メス)、赤毛の秋田犬・モニー(推定9歳・オス)と暮らす。有料で犬の散歩を請け負える、動物シッターの資格も持つ。

NPOしずおかセラピードッグサポートクラブ 静岡県東部を中心に、「捨て犬ゼロ・殺処分ゼロ」を目指し活動するボランティア団体。 譲渡会や講演会などイベントをサポートする会員も募集中。 犬に関する相談事も電話・メールで随時受け付けている。 問い合わせTEL:055-962-3190

会員募集中

年会費:一般3,000円賛助10,000円 振込先:沼津信用金庫本店 普通 538294 NPOしずおかセラピードッグサポートクラブ

NPOしずおかセラピードッグサポートクラブ・ロゴ

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

動物と人の共生は「好き」だけではすまないことがたくさんあり、ボランティアとして携わっている方々も時間的・金銭的負荷を背負いながら活動しています。昨年の春、保護猫活動に取り組む小学生(当時)・赤石朔くんのことを本紙でご紹介し大変な反響をいただきましたが、保護犬についても知りたいという声も多くて、今回のお話となりました。

猫と犬とではどうやら事情もちょっと違っていて、野良として繁殖したり、適切な避妊・去勢がなされなかったために多頭飼い崩壊するケースの多い保護猫に対して、犬は「かわいい!」から来る衝動買いの末に持て余して飼いきれなくなる、というパターンが多いように見受けられます。けっきょくのところそれは「命の商品化」の話に行き着きます。保護犬・保護猫というとき、飼い主がペットを捨てる時点での問題として私たちは考えがちですが、本当は販売の時点で問題が始まっているのです。ペット生体販売そのものの是非はともかくとしても、ふつうのモノを売るときのような衝動欲求に訴える販促手法では、動物も飼い主も幸せになれません。

笠井さんは「保護犬という言葉自体が流行ワードとして独り歩きするのも違和感がある」と言います。その意味はたぶん、命を慈しむ気持ちは一時の流行りを超えたもっと普遍的な感情であるはずだ、ということなんだと思いました。

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