60代ライターの散歩道 【三島大通り界隈】

お出かけレポート

映画やドラマの舞台になった場所を訪ねるのが趣味だ。昨年は映画『余命10年』のロケ地の一つ、三島市の三島大通り界隈を歩いてきた。三嶋大社の門前町でおいしい物や素敵な笑顔に出会えた。

なにげない日々の暮らしを愛でて精一杯に生きる大切さ

『余命10年』は同名小説が原作。数万人に一人の難病を患ったヒロインの物語だ。自らの余命を悟った彼女が、生きることに悩む同級生と再会し、やがて恋に落ちた二人が精一杯に生きる姿を描いていて、2022年に公開されると、涙が止まらない映画として話題を呼んだ。私は物語の途中から目頭が熱くなり、鑑賞後、妻に感想を求められて言葉に詰まった思い出がある。

人間なら誰にも訪れる「旅立ちの日」。その日までをどう生きるか。私は映画を見て自問自答した。美しい映像や音楽も印象的だった。残念ながら原作者で三島市出身の小坂流加さんは夭折されたが、作者が暮らした門前町は私の縁者がいる地域でもあり、物語の前半にちらっと映った映像に見覚えがあって、一度足を運びたかったのだ。

その映像は、同窓会が催される居酒屋のシーンが出てくる前にわずかに映る。有名なうなぎ屋『うなぎ桜家』の看板を見せながら、伊豆箱根鉄道の三島広小路駅の方角を撮ったワンショットだ。私は気ままなぶらり旅気分で実際に訪ね、その歩道に立って写真を撮った。映画ではヒロインが振り返り、父親に手を振る小さな別れのシーンだったと思う。私が撮ったのはただの歩道の全景だ。味も素っ気もない。それでもヒロインと同じ空気を吸えた気がして嬉しかった。映画好きな人ならこの気持ち、わかってくださると思う。

三島大通りで映画『余命10年』の印象的なシーンに重ねた一枚

『桜家』でうな重に舌鼓

 

桜家の店舗横には江戸時代に三島宿に時刻を告げた「時の鐘」で知られる三石神社の石柱があり、黄色味を帯びた古めかしさが門前町の歴史を連想させた。あたりに漂う蒲焼きのあの甘辛い風味は、気ままなぶらり歩きの味付けだ。整備された歩道の平板が続く先に、黄と黒の遮断棹のある踏切が見え、頭上の電線の交差具合が、郷愁に似た風情を醸し出していた。その踏切周辺の三島広小路駅前の夜景なども映画に出ていた。

 

写真を撮れて安堵し、年がら年中盛況の桜家に並んでから入り、木製の階段を上って、2階でうなぎを食べた。人生の至福の味わい、と舌鼓を打ったが、食後に甘味処で何か食べたくなった。時間に余裕があったので店を探して三島大通りや路地をぶらついた。こういう時にスマホ検索は便利だが、私は昭和の生まれだ。“カンピューター”に頼った。

きれいなせせらぎの水路

手押し井戸ポンプを発見

 

三島大通りは三島広小路駅から三嶋大社まで続く旧東海道で、各種の商店が並んでいる開けた通りだ。ただ雑踏を逃れて路地に入れば、美しいせせらぎの水路や、水場に手押し井戸ポンプが忘れられた景色のように待ち受けていて、三島が富士山の伏流水が豊富な水の都だったと気づかされた。

大通りの脇道でようやく甘味処の『甘味茶屋 水月』を見つけた。どら焼きなどが人気だそうで、笑顔が素敵なシニアの先客が2名いた。たまたま入った店で、なんと当時91歳の店主はマスターズ水泳と陸上競技で記録を樹立した方だと知った。

奥様も笑顔がやさしく、和やかな店内で甘味を食べてホッとしながら、金メダリストの店主とおしゃべりもした。「このままだと余命短いのでは?」と60歳後に危ぶみ、一念発起してジム通いを始めた……その結果が金メダリスト!毎日をいきいき、精一杯に生きる姿勢が長生きの秘訣だ。『余命10年』を観て自分に問うた答えを甘味処で確認できた。

『水月』のクリーム白玉ぜんざい

店内に飾られた数々の金メダル

 

三島市に限らず、沼津・富士・富士宮地区にはロケ地が多い。例えば富士市にはテレビドラマ『さよならマエストロ』などの撮影場所がある。今年はどこへ行こう?どんな発見があるか?新春早々、絵になる富士山の麓に暮らしているから出かけたくなる。

 

(ライター/佐野一好)

 

映画『余命10年』三島市内の「ロケ地」巡り&観光情報

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