Vol. 113|アニメーション監督 寺本 幸代
夢を叶える鉛筆
日本のアニメーションは海外でも高く評価され、今や重要な輸出産業にまで成長している。とはいえ、アニメ自体は我々にとって馴染み深いものでありながら、それが世に出るまでの過程や実際に政策に携わっている人々のことは、一般的にあまり知らされていない。
富士市出身のアニメーション監督・寺本幸代さんは、名実ともに今後のアニメ業界を牽引していくことが期待されている人物だ。アニメ業界の関係者でなくても、彼女の代表作が映画『ドラえもん』だと聞けば、老若男女を問わずグッと身近に感じられることだろう。最前線での活躍を続ける寺本さんだが、CG(コンピュータグラフィックス)全盛のこの時代にありながら、その主な仕事道具は、紙と鉛筆。原作や脚本から作品全体の青写真を描き、直筆の絵コンテとして1コマ1コマを丁寧に紡いでゆく。そこには最先端の情報技術も人工知能も及ばない、体温を感じさせる創意工夫と寺本さん自身の思いが凝縮されている。
作品を、スタッフを、視聴者を、つなぐ
まずはアニメーション監督の具体的な仕事内容について教えてください。
アニメ制作の現場ではひとつの作品に対して、プロデューサー、脚本家、アニメーター、声優、音響など、たくさんのスタッフが関わり、劇場版など大きな作品ともなれば数百人という規模になります。その中での監督の仕事をひと言で表すなら、誘導と交通整理をする人、という感じですね。
具体的にはまずその作品の世界観や方向性、キャラクターなど、根幹となる部分を監督が中心となって決めることから始まります。制作委員会やシナリオ会議を経て脚本が上がってくると、それをもとに絵コンテを作るのも監督の仕事です。絵コンテというのは各場面でのキャラクターの動きや表情、セリフの間合い、アングル、動きのタイミングなど、実際に絵を描くアニメーターに指示をするための設計図です。
その後も1秒間に24枚の絵(動画)を描いていく作業や、声優による声入れ、曲や効果音の挿入など、いくつもの工程を経て作品が出来上がりますが、それぞれの作業現場で具体的な指示や提案をすることもあります。とはいえ、監督がすべて思い通りに動かすということではなく、各スタッフの意見やアイディアも吸収してまとめながら、土気を高めて個人のやる気と能力を最大限に発揮できるように進めていくというイメージですね。各部門に専門的な知識や技術を持つプロがいて、当然それぞれのこだわりや好みもあるわけですが、あくまでもチームとしてひとつの方向を目指して、良い作品を作り上げようという雰囲気作りが一番大切だと思っています。
漫画の原作などがある場合、アニメ作品として作り直す上での制約もあるのでは?
原作のキャラクター設定など勝手に変えられない部分もたくさんありますので、アニメ化するにあたっては原作者の方とも事前に入念な打ち合わせをします。私としては原作を読み込んだ上で、その良さを失わないように配慮しつつ、オリジナリティを織り交ぜていくようにしています。演出上の自由度は作品によっても異なりますが、同じ原作でも演出が違うと作品の雰囲気もガラッと変わります。
たとえば、現在手がけている『怪盗ジョーカー』という作品にも原作の漫画があって、とても素晴らしい作品なんですが、アニメ化する上ではキャラクターのシリアスな感情表現を入れてトリックを複雑にすることで中高生向けにアレンジすることもできますし、逆にトリックを簡単にして分かりやすいギャグなどを入れることで小学生向けにすることもできます。その作品のファン層や人気のあるキャラクター、どんな要素が支持されているのかなど、いろいろとリサーチして、視聴者の方に楽しんでもらえるように意識しています。その上で、他の幅広い年代の方々にも気に入ってもらえるよう心がけています。
キャラクターに寄り添い、心情を描きたい
寺本さんの代表作といえば、やはり国民的キャラクターである『ドラえもん』ですね。
『ドラえもん』は私自身も物心がついた頃から観ていましたので、思い入れは強いです。子どもの頃はまさか自分が将来その作品の監督をやることになるとは夢にも思いませんでしたが…(笑)。テレビシリーズでは過去に何度が絵コンテや演出を担当していましたが、劇場版の監督の話をいただいた時は驚きと同時にプレッシャーも感じました。ただ、作品の知名度や規模にかかわらず、その時の自分にできる最高の仕事をするということは常に心がけています。
過去に映画化された長編をリメイクした『ドラえもんのび太の新康界大冒険〜7人の魔法使い〜』と『ドラえもん新・のび太と鉄人兵団〜はばたけ天使たち〜』、映画オリジナル作品の『ドラえもんのび太のひみつ道具博物館』の3本で監督を務めましたが、おなじみの登場人物とゲストキャラクターの心の交流やテレビシリーズでは滅多に見られないような大冒険、次々に飛び出る『ひみつ道具』の数々など、映画ならではの要素を盛り込みつつ、いろんな小ネタや遊びの要素も加えました。
たとえば『ひみつ道具博物館』では名探偵シャーロック・ホームズに扮したのび太が活躍しますが、私自身が『シャーロック・ホームズ』シリーズの大ファンなので、映画のストーリーには直接関係のない部分でもシャーロック・ホームズにまつわるネタがたくさん出てきます。DVDなどで観る機会があれば探してもらえると嬉しいです。その他にも過去の『ドラえもん』作品に関するネタなど、古くからのファンの方にも楽しんでもらえるような仕掛けを随所に散りばめています。
ご自身のオリジナリティはどこにあると思いますか?
私はキャラクターの心情を描くのが好きなので、心の内面を掘り下げていくことが特徴かもしれません。『ドラえもん』でいえば、当たり前だと思われがちなドラえもんとのび太の友情を具体的なエピソードを添えて描いたり、『鉄人兵団』ではしずかちゃんと謎の美少女・リルルの出会いの場面を、あえて会話のない静かなシーンとして新たに加えました。
シリアスな場面だけでなく、笑いを起こす場合でも同じです。私としては直接的なギャグよりも、キャラクター同士の掛け合いの中で生まれるズレやクスッという笑い、おかしさ、可愛らしさ、そういったユーモアを台詞や表情を通じて描きたいんです。そのためにはキャラクターの性格や生い立ちまで考える必要がありますが、そこには自分自身が子どもだった頃の感情や思い出も少なからず投影されていると思います。男の子や極悪人の気持ちなど、想像に頼るしかない部分もありますが、そのためにもアニメだけではなく、いろんな作品や脚本に触れて、絶えず想像力を培っておくことが大事だと思います。
子どもの頃の興味・関心や、アニメ監督を目指すようになった経緯は?
子どもの頃からアニメは大好きでした。ひとつ年上の兄がいるので、女の子向けの作品に限らず、アニメ、漫画、特撮戦隊ものまで幅広く観ていて、今にしてみるとそのことが仕事上ものすごく役に立っています。その中でも特に好きだったのが日曜日の夜に放送されていたアニメ『世界名作劇場』シリーズで、『ペリーヌ物語』や『南の虹のルーシー』など、今でも心に残っている作品がたくさんあります。
高校の頃にはアニメ関係の仕事に就きたいと考えるようになって、趣味で絵を描いていた祖父や父の影響で私も小さな頃から絵が好きだったので、目指すなら絵を描くアニメーターかなと思っていたんですが、そこに大きな出来事がありました。当時静岡ローカルで深夜に再放送されていた『忍風カムイ外伝』という1960年代後半のアニメ作品の第1話を観て、その最初のシーンの演出に衝撃を受けたんです。真っ黒い画面の中から突然目が開いて、そこからトラックバック(カメラが後ろに移動して被写体から遠ざかっていくように見えるアニメーション手法)しながら敵の脚の間からその忍者が見える、といったカットなんですが、その描写がものすごく新鮮でカッコよかったんです。他にも今のアニメではやらないような演出手法がたくさん盛り込まれていて、『演出ってこんなに面白いんだ!』と気付かされた作品でした。それ以降は演出というものをさらに意識しながらアニメを観るようになりました。
生まれ育った富士での思い出や、創作活動において影響を受けた点はありますか?
富士山麓で生まれ育ったので、もちろん富士山は大好きですが、特に夕陽に染まっている姿が一番好きなんです。明るい部分はサーモンピンクで影の部分は薄紫色という風に、色彩がとても鮮やかで。それが雨上がりの水田に鏡のように映っていた美しさが忘れられません。感動的なシーンではつい夕陽のカットを入れたくなってしまうんですが、もしかすると富士山の夕焼けのイメージが私の中に焼き付いているからなのかもしれません。
思い出としては、富士市の口ゼシアターなどで絵画の展覧会がある時には、よく父に連れられて観に行きました。子どもの頃からたくさんの絵画を見てきたことで、画面レイアウトのバランス感覚などはずいぶん養われたと思います。
【取材協力】株式会社ベガエンタテイメント
東京都府中市宮町2-15-13第15ミツ木ビル7F TEL:042-368-8816
子どもたちに届けたいもの
大学卒業後に専門学校を経て現在の職場に就いたとのことですが、一般的にはどうすればアニメ監督になれるのでしょうか?
その答えがあるとすれば、むしろ教えてほしいくらいです(笑)。私の場合は大学在学中もアニメ制作への思いが変わらなかったので、卒業後改めて専門学校に進みましたが、専門学校では基礎的な知識や技術を学ぶ程度で、実際にはこの業界に入ってから現場で学んだことが大半です。絵を描く技術についても、本当に上手に描くのはアニメーターの仕事なので、自分の頭の中にあるイメージや思いを人に伝えることさえできれば問題はありません。
特に演出家や監督を目指す場合、感性のアンテナを広く張って、アニメだけでなくいろんな創作物に触れる機会を持つことが大切だと思います。私も大学では中国文化を専攻して、芝居やミュージカルをたくさん観るなど、アニメ以外の分野も大好きですが、結局無駄になったものは何ひとつないんですよね。どんな職業でも同じだと思いますが、これまでに自分が経験してきたことすべてが今の仕事の糧になっているという感覚です。
アニメ制作の現場は正直言ってものすごくハードで、締切りに追われて徹夜になることも珍しくありませんが、それ以上にやりがいのある仕事です。私は机に向かって黙々と絵コンテを描きながら、キャラクターの動きや表情を考えている時間が一番楽しいんですが、自分の頭の中でイメージした世界が各スタッフの力で少しずつ形になって、動き出して、色をまとって、声を得て、それが多くの人の感動や笑いを呼ぶ、その過程すべてに喜びがあります。テレビシリーズで数カ月、映画では1年以上にもわたる制作期間の苦労も報われる気がします。
今後手がけてみたい作品や将来的な目標は?
ずっと変わらないのは、子どもたちの心に残るアニメを作りたいという思いです。大きな目標としては、いつかオリジナルのミュージカルアニメを作ってみたいですね。少子化やメディアの多様化の影響もあって、おもちゃやゲームと連動した企画や大人をターゲットにした作品が増えているアニメ業界ですが、そういった中でも純粋に子どもが見て楽しめる作品を作りたいという気持ちは強いです。私自身がそうだったように、子どもがアニメから受け取ること、感じることはたくさんあって、時代によって道具や技術は変わっても、子どもの感性の核となる部分は、そんなに大きく変わってはいないと感じています。それと同時に子ども向けだからといって必ずしも平易な表現にする必要はなくて、人として成長していく中で気付くことや、大人になってからその作品を観返した時に改めて感じ取れることがあってもいいと思います。
また、子ども向けのアニメにはいわゆる勧善懲悪のストーリーが多いですが、私は悪人を単純な悪としては描きたくないんです。悪人には悪人の目的や都合や感情があって、それが主人公たちの目的とぶつかり合うから戦いになるわけです。どんな内容の作品でも、本当に面白いのはキャラクターの心情や人と人との交わりで、その力が物語となって感動や笑いを生み出すと思うんです。これから携わることになる作品の中でも、そのことは常に意識しながら、描いていきたいと思っています。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa
寺本 幸代
アニメーション監督
株式会社ベガエンタテイメント所属
1976年(昭和51)年2月25日生まれ
富士市出身・東京都在住
(取材当時)
てらもと・ゆきよ/吉原第一中、富士高校を経て、日本大学国際関係学部へ進学。卒業後、代々木アニメーション学院東京校アニメ監督コース科を経て、2000年にアニメーション制作会社・株式会社ベガエンタテイメントに入社し、現在に至る。2003年、ビデオアニメ「アニメ古典文学館」第1巻「竹取物語」で初監督を経験し、2005年に声優陣を含めて大きくリニューアルされたテレビアニメ「ドラえもん」では第1話「勉強べやの釣り堀」から演出を手がけ、以後複数回にわたり絵コンテ・演出を担当。2007年公開の映画「ドラえもんのび太の新魔界大冒険~7人の魔法使い~」では映画ドラえもん史上初の女性監督に抜擢され、話題となる。その後2011年に「ドラえもん新・のび太と鉄人兵団~はばたけ天使たち~」、2013年に「ドラえもんのび太のひみつ道具博物館(ミュージアム)」でも監督を務める。登場するキャラクター同士のコミカルなやりとりや心情の繊細な描写に定評があり、「ドラえもんのび太のひみつ道具博物館」では女性アニメ監督の歴代最高興行収入39.8億円を記録。現在は2014年より制作に関わっているテレビアニメ「怪盗ジョーカー」の監督として、多忙な日々を送る。
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