Vol. 157|ジオガイド 津田 和英

津田 和英さん

ジミーさんの富士山探険

富士市の丸火自然公園にある少年自然の家に地学の専門家がいる。ホールアース自然学校のスタッフで、少年自然の家の副所長を務める津田和英さんは、自然物としての富士山の魅力と恩恵、そして畏怖を子どもにもわかるように伝える。アイルランド人の父、日本人の母の間に生まれ、自らを「アイルランド人と日本人のダブル」と称する津田さんは「ジミー」の愛称で親しまれ、大きな身体に人懐っこい笑顔で周囲を和ませながらも、いつ起きてもおかしくない災害について考える機会を提供する。

当たり前の世界が当たり前でなくなった時に初めてありがたいと思うのではなく、ふだんから感謝できるようになること。富士の麓での自然体験が日常の尊さに気づかせてくれる。

丸火自然公園内にある少年自然の家は、富士市の小学生が必ず訪れる施設ですね。

富士市では毎年小学5年生が2泊3日の『みどりの学校』で丸火を訪れますし、市内の高学年生を対象にした全5回の宿泊体験プログラム『ししどて学級』も40年以上の歴史があります。そのため『丸火』と聞くと、子どもたちの合宿所のようなイメージ、もしくは園内にあるアスレチックの一つ『アリジゴク』を思い浮かべる方も多いですね。ここは子どもたちが身近な自然を知り、仲間との絆を深める体験をするのにももちろん良いですが、大人もさまざまな楽しみ方ができる場所です。

個人でのキャンプ場利用や10人以上の任意団体で宿泊施設の利用も可能ですし、バーベキュー施設やアスレチックは申し込み不要で開放されています。星座観察会や防災キャンプなど親子で参加できるものや、大人だけの音楽鑑賞プログラムもあるんですよ。アウトドアの技術は有事の際にとても役立ちますが、キャンプをしたことのない方には災害時の避難生活はきついかもしれません。年に一度開催されている防災キャンプは、避難生活がどんなものかを体験できるプログラムで、体育館でのテント張りや火おこし体験、どんなリスクがあるかを考えるいい機会になります。

また、みどりの学校やししどて学級の時にも、富士山噴火について考えてもらうために、子どもたちに熱い溶岩の流れる様子を写真や動画で観てもらい、起こり得ることや対応について考えてもらうこともあります。少しでも知識があり、考えたことがあると、当たり前のことが失われた時のバックアップになります。

防災キャンプの様子

防災キャンプ

子どもだけでなく大人も体験から学べる施設なのですね。自然林の楽しみ方を教えてください。

丸火自然公園周辺、お茶畑や富士ヒノキなどが広がっているのは、数千年前の噴火の時に溶岩に覆われた場所です。一方で自然公園になっているのは平安時代に溶岩の流れた地域で、まだ千年ほどしか経っておらず、土壌が薄いんです。昔の人も植林ができず、いい意味で放っておいてくれたので、落葉樹の自然林のままなんです。まるで溶岩に巻き付いたような形の溶岩樹型を見ながら散歩をするのもいいですし、洞窟探険もできますよ。通り抜けられる洞窟やコウモリの住んでいる洞窟もあります。洞窟の天井から水滴が落ちていても、下に水たまりがないんです。子どもたちに、その水滴が地下に染み入って富士山のお腹の中を通り、家や学校近くの湧水になっていると説明すると、丸火の自然が身近に感じられるようです。

また、洞窟の真っ暗な世界から、出口を見つけ、光のある世界に戻る瞬間の感覚をぜひ体験してもらいたいですね。いつもの風景のはずなのに、その色の鮮やかさには本当に驚かされます。洞窟に入る前に見ていたはずの葉、木の枝ぶりが、まるで別世界のもののように感じられるんです。ふだんは当たり前のように思っている太陽の光ですが、本当にありがたいと感じられますよ。日常生活も同じで、毎日何気なく生活していても、それは実は家族や自分の周りの人々のおかげなんです。自然体験を通じて、当たり前のことや家族や友だち、先生など身近な人にも感謝の気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。洞窟探険はぜひ大人にも体験してもらいたいですね。きっとふだん気づかない何かを発見できるきっかけになりますよ。

ガイドツアーの様子

ガイドツアー

地学に興味を持ち、ジオガイドになったきっかけは?

他の日本人と自分の顔立ちが違うこともあり、子どものころから父の国であるアイルランドを意識しながら地図をよく見ていました。進路を考える高校生の時期に、地理や地球、天体などに興味があり、特に大地や地球についての授業が面白くて、大学では地学科を選びました。卒業後も大学の職員としてアメリカやイタリアで火山の調査に参加し、噴いている火山に地球の息吹を感じ、そのダイナミックさに魅せられました。

また、大学の先生が好奇心の塊のような方で、火山だけでなく、文化や歴史にも詳しく、火山にまつわる背景なども伝えてくれ、ますます好奇心がかきたてられました。せっかくいろいろと学んだので、自然の姿を文化や歴史的要素を絡めながら解説する教育、あるいはツアーみたいなものができたらいいなという想いから、教員やガイドという道につながりました。

アイルランドへは父が亡くなる前の3歳のころと中学1年生の夏休みに訪れたことがありましたが、いつかそこで生活してみたいと思っていたので、26歳の時にバックパックを背負い4ヵ月かけて陸路でアイルランドに行きました。留学生として1年間暮らし、シベリア特急で2ヵ月かけて帰国したのですが、旅の途中、いろいろな国の文化や人々の優しさに触れ、またアイルランドでは父方の親戚と過ごしながら、父の国のことを知ることができました。先ごろのラグビーW杯の時には娘たちとロシア対アイルランド戦をスタジアムで観戦したのですが、流れている曲など、文化的なことは住んでいたからこそわかるものもあり、それを娘たちに伝えることができて良かったと思います。

『アイルランド人と日本人のダブル』と自己紹介をするのは、『ハーフ』というとなんだか損した気分になるからです(笑)。

アイルランドでの一枚

日本から陸路で訪れたアイルランドに留学中の一枚

津田 和英さん

自然観は体験を通じて形成される

中学校の教員を経て、富士宮市にあるホールアース自然学校のスタッフになったのですね。

帰国後、東京の中学校で理科の教員として実験や部活をしながら楽しく過ごしてはいたのですが、もっとフィールドワークがしたいと思うようになりました。そこで、教師としてではなく、何か違う形もでもっと学んだり伝えたりできることはないかと情報を集めていたところ、ホールアース自然学校の講座を知り、妻と毎月1回、1年間受講しているうちに、ホールアースで働きたいと思うようになりました。

富士山や伊豆に関わるようになったのはこちらに来てからですが、静岡県はとても興味深い地域です。特に駿河湾はフィリピン海プレート、ユーラシアプレート、北米プレートがちょうど重なり合うところで、しかもそこを伊豆半島が北西の方向に押しているんです。3つのプレートが合わさったところを伊豆が押しているので、まるで栗のように割れ目が生じて、マグマが噴き出すんですね。例外もありますが、富士山の火口が北西のラインに並んでいるのも、そういう理由からです。

ただ、ガイドとして自然やダイナミックな地球の活動を説明するだけではなくて、例えば噴火などの災害時のリスクも伝えていく必要があると考えています。私たちは自然の恩恵も享受していますが、リスクがあるのもたしかです。災害時に社会的リーダーとして活動できるように防災士の免許も取得したので、防災教育やいかに自分の命を守るかも含めて伝えていくようにしています。

丸火自然公園を上空から撮った写真

丸火自然公園を上空から見ると、流れた溶岩の上にできた自然林の姿が確認できる(提供写真)

これからやってみたいこと、力を入れていきたいことはありますか?

防災キャンプのように楽しみながら備えられるようなことを提供できたらと思っています。講師の先生をはじめ、たくさんの人たちとのつながりを大切にしながら富士市民のみなさんに還元していきたいです。

また、世界文化遺産の富士山ですが、ジオパークなど自然物としての富士山にフォーカスした取り組みにも興味があります。最近では外国人旅行者もスマホを片手に丸火を訪れます。バックパッカーとして旅をしていた時に、現地の人たちに親切にしていただいた経験があるので、今度は自分が旅人にお返しをしていきたいと思っています。

それから、家族と過ごす時間や地域のつながりを大切にしたいですね。子ども会や消防団など、自分のできる範囲で地域の活動にも参加していますし、職場の丸火自然公園も周辺の地域の方々に支えられて環境の整備ができているので、そのつながりに感謝しながらお返ししていきたいです。ガイドの仕事というのは、自分が勉強して面白いと感じたことを伝えていくことができるので、いろんな考え方や捉え方があることを知ってもらうことで、多様な考え方を認める社会のあり方につながっていけばと思います。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Cover Photo&Layout/Kohei Handa
Text/Kazumi Kawashima

津田 和英さんプロフィール

津田 和英
ジオガイド / 富士市立少年自然の家 副所長

1974(昭和49)年11月30日生まれ (45歳)
東京都出身・富士宮市在
(取材当時)

つだ・かずひで / 父はアイルランド人、母は日本人。日本大学文理学部応用地学科卒業後、同学部地球システム科学科副手時代にユーラシア大陸を陸路で渡りアイルランドへ。帰国後、中学校の理科の教員を経て、2007年からホールアース自然学校のスタッフに。2016年からNPO法人ホールアース研究所の指定管理にある富士市立少年自然の家・丸火自然公園の副所長に。富士山麓だけでなく、ジオパークの認定を受けている箱根でもジオガイドとして活動するほか、防災士として防災教育にも力を入れている。お笑いが好きで、ガイドの自己紹介でどうすればゲストを笑顔にできるかを研究中。

丸火自然公園
「富士市立少年自然の家」

富士市大淵10847-1
TEL:0545-35-1697
休所日:月曜・祝日・年末年始

年間を通じて自然と触れ合いながら学べるイベントを開催している。詳しくは公式ウェブサイトにて。

【公式WEBサイト】
https://www.fuji-marubi.jp/

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

丸火自然公園に来たのは小5のみどりの学校以来30数年ぶり。少年自然の家の前庭は記憶に残っているよりもずっと小さく見えました。少年時代の我々は丸火の森の広大さに驚き、キャンプファイアの向こうに広がる夜の闇の深淵さに慄き、大渕小僧の祠へ肝試しに向かう恐怖に泣きそうになったものです。そしてクラスメート達とのはじめての集団合宿。富士市の小学生にとって、丸火での体験は「いつもの町」のその向こうにある人の手の及ばない世界の存在を初めて認識する瞬間です。

自然活動系の人をこれまで何人も取材してきましたが、不思議と皆「慎み深くてポジティブ」な方ばかりです。人間社会の外にある世界から自分を見つめる謙虚さと、人生で与えられた時間を大切にする前向きさを、自然が教えてくれるからなのでしょう。

ところで今回の表紙写真は、ジミーさんが一番好きだという「洞窟から出て元の世界に戻る瞬間」を表現しました。スーツと革靴のまま森に分け入り、ヘビやムカデやカマドウマと格闘しながら洞窟内からの撮影を完遂してくれたフォトグラファーの飯田くんもよくがんばりました。ありがとう。

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