Vol. 205|楽しいことやら座 理事長 渡邉 啓視
いっしょに楽しいこと、やらざあ!
世の中には「弱い立場の人を救いたい」「ふるさとの自然を守りたい」など、明確かつ高い志を持って活動するNPO法人が数多く存在する。そんな中で、富士市には20年間にわたり活動を続ける一風変わった団体がある。渡邉啓視(わたなべひろみ)さんが理事長を務めるNPO法人『楽しいことやら座』だ。
一般的にNPOと聞いてイメージするものよりもっと肩の力が抜けた印象で、会員の皆さんに共通するのは、使命感よりもまず好奇心。他者への貢献を大前提にしつつ、面白そうだと思えることを企画し、誰もが、無理なく、地域のために、できることをする姿勢を大切にしている。それは、一昔前ならどこにでもあった光景だろう。渡邉さんたちが実践しているのは、地域社会が持っていた従来の“街の力”の再生なのかもしれない。
『楽しいことやら座』はどのような組織ですか?
2008年に設立したNPO法人で、会員は50〜60代を中心に、男女ほぼ半数ずつで現在47名です。4名の理事が方向性や具体的な活動内容を話し合って決めていきます。ほとんどの会員が自らの仕事をしながら、空いた時間を活動に充てています。具体的には、イベントの開催や体験活動、特別支援学校や障がい者施設の支援、製造・販売事業など幅広いですが、どの活動においても地域社会の役に立つことを目標としています。
中でも月に一度必ず行なうのが、富士市浅間本町にある富知六所浅間神社の定期清掃です。朝7時半から1時間ほどなので、日中に用事がある人も参加でき、無理なく集まれます。地元の神様に何かしたいという気持ちで始めた奉仕活動ですが、途切れず続けてきたことで静岡県神社庁からも表彰されるなど、今では団体の核となっています。非会員の方の参加も大歓迎で、「人のために何かやってみたい」という動機からこの清掃活動を入り口に、実際に会員になる方も多いですね。清掃前に行なう境内でのラジオ体操は、一日の活力になります。
これまでは他にも、幼稚園児向けの絵本読み聞かせや料理体験、デイサービスでの体操講座などを開いてきました。コロナ禍以降休止している活動もありますが、昨年末には新たな取り組みとして、富士市大淵笹場の茶畑を活用したイベントを主催しました。クリスマスをテーマにした映像を茶畑に投影するプロジェクションマッピングで、夕闇にうっすらと浮かぶ富士山を背景にした幻想的なショーが来場者にも好評でした。
その一方で、「人のため」を目的とするNPOであっても、善意と熱意だけで続けていくのは難しい面もあります。団体を健全に運営していくために、収益につながる製造や販売といった分野もバランスよく取り入れています。
渡邉さん自身のキャリアが団体立ち上げのきっかけになったそうですね。
嫁ぎ先が製紙業を営んでいて、私は末っ子が3歳になったタイミングで入社して、総務部で15年にわたり会社員経験を積みました。製紙業に携わる中である時、大人用紙オムツを製造する会社にいるのに、働いている自分は実際に使っている人たちの状況を知らないことに気づいたのです。それからは、現場を知るためにオムツフィッターや介護ヘルパーなどの資格を取り、福祉分野の勉強を深めていきました。
そうするうちに福祉への関心が高じて、介護事業にもっと注力していくため社内に介護用品をレンタルする福祉事業部を立ち上げることを決意したのです。事業所を構える土地探し、銀行との折衝を経て、2004年に実現しました。その際に、事業部に「社会貢献室」の看板も掲げ、福祉と並行して社会貢献につながる活動も行なう姿勢を打ち出しました。
地域社会に対して何かしら役立つことをしたいという私の熱意を知った知人が、「それなら、会社の枠を超えて誰もが参加できるNPO法人を立ち上げたらいいのでは」と提案してくれたことから、『楽しいことやら座』の発足に至ったのです。その後、2023年に会社を退職するまで、福祉事業部長を務めながら仲間とNPOの活動をしてきました。
設立当初に理事長を引き受けてくれたのは、パソコン関連会社を経営する社長でした。経営者の目線から「NPO法人でも独立して活動ができるよう、資金を生み出せる仕組みは必要だ」という的確なアドバイスもあり、経済的に自立しながら20年近く順調に活動を続けられています。
NPOといえど、ビジネス感覚は欠かせませんね。
ビジネスとして成立させながら人の役に立つ活動が続くよう、地元企業とも協力しています。具体的には、障がい者や高齢者の就労支援の場として『工房ぴえたす』という作業所を開設しました。製造加工会社の工場から出る規格外品を仕入れて再製品化する事業が収益の柱になっています。製造業ではどうしても一定数、規格に合わず製品にならないものが出てしまいますが、それらの資源を廃棄せず再利用することで環境保全にも貢献できます。
現在はペットシーツの素材を加工して動物病院向けに販売する「スマイルサポートシーツ」事業や、地元のFM局・ラジオエフとの協働で、災害時に水が流せなくてもトイレを使えるようにする「断水トイレシート」事業を実践中です。その作業を特別支援学校へ委託することで、生徒の職業訓練や体験実習にも役立ちます。また、完成した断水トイレシートは私たちが梱包・納品した上で、ラジオエフに販売してもらっています。
社会貢献の出発点は
「楽しむこと」
活動範囲は幅広いですが、あえて一つに絞らないのが特長といえそうです。
いわれてみればその通りですね。ガチガチの理念がないのが理念、といえるかもしれません(笑)。
「私たちはこの社会課題を解決していきます」とはっきり打ち出し、筋が通っている団体も力強くていいですよね。それに対して私たちはいわば「なんでも屋」で、多様な視野と価値観を拾い上げていくタイプです。そのぶん、どんな人でも参加しやすい雰囲気があると感じています。異なる背景を持つ方々が会員になってくれたおかげで、強みを持ち寄って広い範囲に対応できています。活動に合わせてそれぞれが得意分野を活かせるようトップを任せ、一つの団体の中にいくつも分科会があるような組織構成になっています。私は理事長として、適材適所になるよう会員ひとりひとりの得意なところを見定め、役割分担をしてもらっています。
近年では活動の一つ『ホワイトリボンラン』が盛況のようですね。
シニア向けの活動が中心でしたが、もう少し若い世代にも関わっていきたいと思い始めた矢先に、「女性の性と生殖に関する健康と権利」を推進する国際協力NGO『ジョイセフ』を知り、現在はおもに二つの活動に協力しています。
まず一つが『ホワイトリボンラン』です。世界の女性が妊娠・出産で命を落とすことがないよう各国で行なわれている支援活動が、ホワイトリボン運動と呼ばれています。ジョイセフはホワイトリボンをシンボルとして、「走ろう。自分のために。誰かのために。」というスローガンを掲げたチャリティランイベントを各地に普及させています。私たちはその理念に強く共感し、富士市内でこのイベントを実施することにしました。
2018年から始めて、コロナ禍でやむを得ず中止にした年もありましたが、来年3月は富士総合運動公園と富士マリンプールの2ヵ所を拠点として開催します。どちらも広い駐車場があり、富士山の眺めもよい場所なので、大勢で楽しみながら走って、貢献活動をするのにうってつけです。富士市での参加人数は200名を超え、全国47ヵ所ある拠点の平均が30〜40人であることを考えると、地域の熱量の高まりが分かっていただけると思います。
ホワイトリボンランでは、全員が公式Tシャツを身に着けることになっています。競技として記録を目指すランナーもいれば、仲間と和気あいあいとコースを歩く人もいて、参加の仕方は自由です。チャリティとして、あくまで楽しみながら理念を共有し、女性の権利や国際問題についても啓発できる機会になっています。子どもや孫と一緒に幅広い世代で参加できますし、毎年顔を合わせる人たちの間では、「去年会ったあの子がこんなに大きくなったのね」と仲間の成長に目を細める姿も見られます。
もう一つジョイセフと協力しているのが、使わなくなったランドセルをアフガニスタンの子どもたちに贈り、女子児童の教育機会を推進する活動です。ランドセルの収集場所を提供してくれる企業がいたり、サッカーJリーグの清水エスパルスがオリジナルのランドセルを寄付してくれたりと、支援の輪が広がっています。現地の子どもが実際に使用して勉強している様子も動画で記録されていて、富士市内の小学校では、貢献の道筋について学ぶ授業も予定されています。
次はどんなことを始める計画ですか?
新しい活動については、いつも会員から「次はこれをやってみたい」「こんなことが面白そう」という案が上がってくるので、そのつど話し合って決めていきます。決めすぎないことが強みですし、身軽に動けるのだと思います。面白そうか、人の役に立てるか、という視点だけはブレないようにしながら、つねに新しいアイデアに乗っかってみる柔軟性を持っていたいですね。
幸い、これまでの約20年でイベント開催のノウハウも培え、協力を仰げる横のつながりも多くできました。皆さんと手を取り合っていけば、まだまだ新しいことに挑戦できると思います。やっている私たちも楽しいと感じられて、人の役に立てれば一石二鳥です。「楽しいことをやろう」と誘い合う、富士地域の方言にかけた面白いネーミングだといわれますが、『楽しいことやら座』という名前にすべて集約されているのです。
ホワイトリボンランなどで若い世代と交流する中で、これからを担う人たちの後押しをしたい、新しい価値観や意見を取り入れて、彼らがよりよい人生を送る流れを作っていきたいという思いが強くなりました。私自身70代を迎え、次の世代に何が残せるかを意識しています。やってみたいことがある人たちには、ぜひ私たちの活動に参加してほしいです。あなたのやりたいことを、『楽しいことやら座』で一緒に実現してみませんか?
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa
渡邉啓視
NPO法人 楽しいことやら座 理事長
富士宮市出身・富士市在住
(取材当時)
わたなべ・ひろみ/35歳の時、婚家の製紙会社である株式会社コーチョーに入社。長らく総務部で労務を担当するが、自社の製品である紙オムツを利用している介護現場を知るべく福祉領域の勉強を深め、介護ヘルパーの資格などを取得。2004年に福祉事業部を立ち上げて介護用品のレンタルに着手。同時期に、地域社会への貢献を志していたメンバーとともにNPO法人『楽しいことやら座』を立ち上げる。2017年に理事長就任。廃棄予定の規格外品を再製品化して販売するなど、事業として循環させている。富知六所浅間神社の定期清掃をはじめ、特別支援学校や障がい者福祉施設の職業訓練に関わるなど、地域に貢献。富士市社会福祉協議会副会長も務める。
NPO法人 楽しいことやら座
ウェブサイト
http://www.yaraza-2008.com/
ホワイトリボンラン
毎年3月8日の国際女性デーに先駆けて開催される、すべての女性が健康で自分らしくいられる世界を目指し、支援の輪を広げることを目的にしたイベント。参加費の約半分が、途上国の妊産婦支援に役立てられる。
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
富士・沼津地域にも社会貢献に取り組んでいるNPOや任意団体はたくさんあって、我々もこれまで多くの団体を取材してきました。通常、社会活動団体というのは社会に対する問題意識を共有する人々が自主的に集まって活動するものなので、「こういう社会問題を解決しよう」という目的が明確になっていることが重要です。長く続いてきた団体は、みんな具体的な理念やビジョンがはっきりしていて、それが参加者たちを束ねる求心力となっています。
ところが『楽しいことやら座』の場合、そういう一般的なアプローチとはまた違う方向性で運営しているところが面白いんですよ。その名は以前から知っていたのですが、方言をもじって作られたわりかし「ベタ」な響きと相まって、ずっと気になっていました。
楽しいことやら座が斬新なのは、社会貢献を「楽しいこと」と定義している点にあります。具体的な社会課題を念頭に置いた使命感をモチベーションとする活動とはまたちょっと違う、まるで趣味サークル活動の延長線上にあるような明るいノリでの神社清掃だったり、チャリティー活動だったり。そこでは参加者の皆さんが主役で、活動自体を楽しもうという空気が伝わってきます。
「コミュニティーのために何かいいことしたい」という自発的な動機をエネルギーにして自然と人の交流が生まれるというのは、都会には少ない地方ならではの「心のゆとり」なんじゃないかと思いました。
同時に、楽しいことやら座さんにはイベント運営のノウハウもしっかり蓄積しているように見えます。他の活動団体の皆さんにとっても、コラボする相手として魅力的かもしれませんよ。
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