Vol. 166|フジヤマハンターズビール 代表 深澤 道男
ずっと昔からこうやって生きてきた
「とりあえず、ビール」。お酒を飲む人なら一度は口にしたことがあるはずの、この言葉。「勝手知ったる大人の作法」のようにも聞こえるが、裏を返せば、「いつでもどこでもビールはだいたい同じもの」という、大手メーカーによる画一的な商品に依存した無難な発想でもある。ビールは本来、とりあえず作られるものでも、いつでもどこでも同じ味になるものでもない。
富士宮市柚野の田園風景に溶け込むように建つクラフトビールの醸造所には、苦味と爽やかさを含んだホップの香りが今日もほのかに漂っている。『フジヤマハンターズビール』代表の深澤道男さんは、この地に生まれ育った生粋の柚野っ子。先祖から受け継いだ農地を耕し、森に分け入って狩りをする生活の中で、人と自然の関わり方やその変化を肌で感じ続けてきた。
深澤さんが地元にこだわってビールを作り続ける理由を辿っていくと、これからの社会でより重要となるであろうテーマが浮かび上がった。
クラフトビールという言葉は最近よく耳にするようになりましたが、具体的にどういうものなのかは意外と知られていないような気もします。
世界各国で法律や規制が異なることもあって、クラフトビールという言葉の定義は曖昧なんですが、日本では『地域に密着した小規模なブルワリー(醸造所)で作られた、特徴のあるビール』という解釈が一般的ですね。
そもそもビールの種類は何百とあって、原料や発酵方法などによって細かく分類されています。ただ、国内では大手メーカーの作るビールのほぼすべてが、ラガーという酵母の発酵方法で作られた、ピルスナーというスタイルに属するものです。『私はこのメーカーのこのビールしか飲まない!』なんていう人もいますが、ビール本来の多様性から見れば、どれも同じものなんですよ(笑)。
フジヤマハンターズビールでは可能な限り地元産の原料を使っていて、ゆくゆくは麦やホップなどの原料・副原料だけでなく、発酵に用いる酵母や設備を稼働するエネルギーに至るまで自前で生産できるようにして、純富士宮産ビールを作りたいと思っています。またビール以外にも、法律上は発泡酒に分類されるレモンサワーやどぶろくなども作っていて、全国各地のブルワリーの中でもかなり珍しい存在だと思います。今のところ固定の商品は設定せず、旬の素材を使ったビールをその都度醸造しています。浅間大社そばの直営店では随時提供していて、富士・富士宮市内の飲食店や酒店にも卸しているので、一度手に取ってもらえると嬉しいです。
これまでに手がけてきた代表的な銘柄としては、自社産の米を主原料としたIPA(インディアン・ペール・エール)という種類のビール『NENGU』や、地元のヒノキの間伐材を副原料に加えたラガービール『YOKI』などですね。副原料については自由な発想で、地元の産物を大胆に取り入れています。最近ではハチミツやイチゴ、山椒のビールを作りましたが、どれも上々の仕上がりでした。今は桃のビールを仕込み中で、9月上旬には提供できると思います。素材の使い方はさまざまで、少し手を加えるだけで結果は大きく変わってきます。
近頃はコンピュータを導入しているブルワリーも多くて、分量・時間・温度などを細かく設定することで、アルコール度数やビールの色まで狙い通りに作ることができます。でも僕の場合はその真逆で、その時々でピンとくるかどうか、完成形がイメージできるかどうかを感覚的に判断します。大手メーカーは一年中同じ品質のビールを大量に作り続けないといけません。自然由来のものを使えば品質にもブレが生じるのは当然で、それを安定させようとすると、どうしても香料や添加物を使わざるをえなくなります。
それ自体を否定するつもりはありませんが、僕はそうではないビールを作りたい。例えばハチミツ。希少な在来種のニホンミツバチを育てているんですが、柚野の里に咲く花々から集めたハチミツは、季節や環境によって味わいがガラッと変わります。当然ながら毎回違うビールが出来上がりますし、それがいいと思っているんです。土地の恵みとの一期一会を味わうことは、この上ない贅沢ですから。
NENGU ー ネング ー
自社産のコシヒカリやもち米を14%配合したライスIPA。大量のホップを贅沢に使用したことで、ホップの持つフルーティーな香りと力強い苦味が存分に感じられる。ビール好きにはたまらない超本格派。
ABV(アルコール度数)6.0% IBU(国際苦味単位)55
YOKI ー ヨキ ー
古来より小さな斧を意味する「ヨキ」の名を持つ、木こりが生んだ森のビール。間伐材のヒノキの木片を加えて醸すことで、豊潤な木の香りを内包。独創的でありながら評価の高い、深澤さん自慢の一品。
ABV(アルコール度数)6.0% IBU(国際苦味単位)55
深澤さんはもともと農家とのことですが、ビールを作るようになったきっかけは?
僕は趣味でサーフィンをやるんですけど、親しいサーフショップのオーナーが、ビールの麦芽や発酵用の容器が入ったビール作りキットを持っていたんです。日本国内では酒税法という法律があって、自家製造する場合はアルコール度数を1%未満にしないといけないと定められているので、実際には本物のビールは作れないんですが、興味半分で僕もそのキットを購入したのがきっかけです。当時は美味しく飲むためのビールというよりも、自分の手で何かを一から作り出すという過程そのものが楽しかったんだと思います。
そのうちに、どうせなら原料から自分で作ってみようと思い立って、10年くらい前から自分の畑で麦やホップを栽培し始めたんです。その後しばらくして、県内にある地ビールの醸造所に自作の麦芽を500キロ納めて、2,000リットルのビールを製造してもらえる機会がありました。農家が自前の麦を持ち込むというのが珍しかったようで、事前にメディアで紹介されたこともあって、わずか1週間で売り切れたんです。知ってもらえれば興味を持ってくれる人がいる、自分が関わったビールを飲んでもらえるんだと、自信を深めた出来事でした。また同時に、『いつかは自分でブルワリーを構えたい』という思いも強くなっていきました。
そして直接的な決め手になったのが、2018年4月の酒税法改正でした。法改正までにビールの製造免許を取得しないと、以降は法律上定められたビールを新たに作ることができなくなるという情報が入ってきたんです。とはいえ開業となると大きな投資も必要になりますし、悶々と悩んでいたところ、背中を押してくれたのが、やはりサーフィン仲間でした。『いつかはやりたいんだけどね』と話す僕に、『何を言ってんの、今まさにセットが来てるじゃん』って言うんです。セットというのはサーフィン用語で、まとめてやってくる大きな波のことなんですけど、『乗るの?乗らないの?こんな波は何度も来ないよ』って言われて、決心しました。
手探り状態で始めましたが、サーフィンの仲間や農家の仲間、地域の皆さんに協力してもらえたことで、ありがたいことに、現在は地元をはじめ全国のクラフトビールファンから支持をいただいています。ビールの魅力に加えて、自給自足の追求や自然に傾倒したライフスタイルなど、価値観への共感からファンになってもらえる方が多いのも、このブルワリーの特徴ですね。
屋号にも「ハンター」とある通り、深澤さんは狩猟の免許もお持ちなんですよね。
自然豊かな柚野の里ですが、周囲の山のほとんどがスギやヒノキの植林で、大規模に伐採されて何もなくなっている部分もあるんです。そこで15年くらい前に、仲間たちと広葉樹でも植えようという話になって、関係先に協力を求めた上で地元の子どもたちも集めた植樹祭をやったんです。ところが次の年の春に同じ場所に行ってみたら、植えたはずの樹木が見当たらないんです。シカに食べられて、ほぼ全滅の状態でした。獣害というものを初めて実感しました。そこでいろいろと調べた末、『よし、じゃあ自分がシカを捕まえよう』と。何でも突き詰めてやりたくなる性分なんですね(笑)。
ただ、銃での狩猟は技術的にも難しいですし、もちろん最初は怖かったですよ。でも狩猟を通じて改めて感じたのは、我々は生命をいただいて生きているということです。真冬の山でシカやイノシシを仕留めると、その場で最低限必要な処理をするんですが、さっきまで生きていた動物の身体の中に凍えた手を入れると、驚くほど熱いんです。その熱で自分の手が温められると、『ああ、体温さえも生命からいただいているんだ』と、否応なしに実感させられます。獲った肉は提携する施設で解体した後、フレンチレストランのシェフに調理してもらって、ジビエ料理としてビールとともに提供しています。
僕にとっては農作物もビールもジビエも同じ感覚で、土地の恵みを美味しくいただきながら暮らすという、シンプルな循環なんです。じつは人との関わりもこれと似ていて、店舗の内装工事でも、肉を調理してもらう時も、地域のイベントを開催する時も、僕の周りでは心地良い循環が起きています。その中身は必ずしもお金ではなく、物々交換や得意な技術を提供することで相手に貢献する、そしてそれをありがたく受け取るという行為です。これは日本文化の中に古来から根付いていたコミュニティの姿で、与え合うことでみんなが助かるという、とても優しい経済の形ですよね。
未来に何を遺したいか
美味しいビールを作れたらそれで満足、というわけではなさそうですね。深澤さんの思い描く理想的な社会の姿についてお聞かせください。
美味しいものを作ることは大前提として、僕にとってのビールは一つの表現手段だと思っています。本当に大切なのは、未来に何を遺していくかということです。気候や環境の変化にしても、人間関係の希薄さにしても、地球レベルでは決して良い方向に進んでいるとは思えない中で、まずは身の周りから変えていけること、行動できることからやってみるといいと思うんです。
一つの例として、僕は去年から仲間とともに『Brewing for Nature』という活動を始めました。ビール作りを通じて自然環境を考え、行動するプロジェクトで、首都圏にある複数のブルワリーとも連携しながら、里山の再生や環境問題への啓発活動に取り組んでいます。ヒノキの間伐材を使ったビールも、こうした思いから生まれたものです。
ブルワリーとしても今後さらに追求したいことはたくさんあります。ただ、僕個人というよりも、共感してくれる仲間と一緒に、それぞれが持ち寄った技術やアイデアを活かしながら、一つずつ形にしていきたいと思っています。自然と共生しながら価値を生み出して、地元の人が汗をかくことで収入にもつながって、世代を超えて受け継がれていく。そんな社会の営みが理想です。もちろん理想だけではうまくいかないので、『これで充分だよね』といえる着地点をみんなで見つけて暮らしていけたら幸せですね。そういう時こそ、ビールがいいんですよ。美味しいビールは人を柔らかくしてくれますから。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Photography/Kohei Handa
深澤 道男
フジヤマハンターズビール 代表
1972(昭和47)年9月1日生まれ (48歳)
富士宮市(旧・芝川町)柚野出身・在住
(取材当時)
ふかさわ・みちお / 柚野小・中、富士宮北高を卒業後、LPガス関連の事業を営みながら、家業である農業に従事。知人から教わった趣味のビール作りが高じて、麦やホップなどの原料まで自前で生産するようになる。2017年、農業生産法人・株式会社FARMENTを設立し、『フジヤマハンターズビール』を開業。富士宮市柚野の醸造所、同市宮町の浅間大社タップルームを拠点に、クラフトビールの魅力を全国に発信している。また、中間山地における放置林や獣害問題への関心から猟師免許を取得。野生動物を活用したジビエ料理の普及や狩猟体験を通じた自然環境に関する情報発信にも積極的に取り組んでいる。
フジヤマハンターズビール
https://fujiyama-hunters-beer.com
柚野テイスティングルーム(醸造所)
富士宮市大鹿窪1428-1
浅間大社タップルーム
富士宮市宮町12-2 いちふくコーポ1F
取材を終えて 編集長の感想
芝川駅から山あいを白糸方面に上っていった途中に、柚野はあります。清らかにさらさらと流れる小川や濃緑の夏山、起伏しながら広がる水田、強い日差しの中を飛び回るトンボの影。お盆最中の撮影時に見たそれはまるで、誰もが思い浮かべる「夏休みの原風景」そのもので、市街地からそれほど遠くない場所にこんな里山があることは私たちの大きな財産です。
そんな豊かな自然の一方で、柚野にはどこか文明の香りがします。ここで発見された縄文遺跡にちなむ柚野の里「縄文まつり」や大鹿窪・三澤寺のアート祭典「縄文DNA野外展」に象徴されるように、この地には人間の文化的営みを喚起する何かがあるようです。
最初に「フジヤマハンターズビール」の名前を聞いたとき、クラフトビールブームに乗って出てきたおしゃれな町おこし新名物のひとつかと勝手に想像していたら全然違いました。農家であり猟師でもある深澤さんのビールづくりはずっと純朴で奥深く、太古の昔からずっと続いてきた共生と自給自足の知恵が込められているように思います。
そのラベルには「SinceB.C.11,000」とあります。尋ねたら、縄文時代の暮らしに思いを馳せた、とのこと。持続可能社会のヒントは、1万年経っても変わらない人間の営みの本質のなかにあるのですね。
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