Vol. 186|火縄銃射撃競技選手 佐野翔平
未来に向かって撃て!
多くの人が抱く、戦国武将への憧れ。それは特撮ヒーローや漫画のキャラクターに向けられる感情に似たものだろう。前提となるのは仮想の物語であり、観念的な英雄像。つまり、現実とかけ離れているからこそ、戦国時代は安心して楽しめるコンテンツなのだ。
ところがこの現代に平成生まれの「武士」が現れた。火縄銃射撃競技選手の佐野翔平さんは、中学生の頃に見た火縄銃の空砲演武に衝撃を受け、やがてその中に自ら足を踏み入れていく。仮想でも観念でもない、ずしりと重い実体を伴う世界。興味の対象は火縄銃のみならず、甲冑や刀剣、さらには日本の伝統文化全般へと深まり、現在は職人の技術を世界に紹介し、次世代へ継承するための市場開拓にも注力する。
揺らぐことのない哲学は、「本物」であること。コスプレでもゲームでもない、本質的な価値を伝えるべく、佐野さんは今日も甲冑をまとい、火縄銃を構える。そしてSNSやクラウドファンディングなどのデジタルツールを最大限に活用しながら、仲間を募り、感動を共有し、目指す社会を実現させるのが、現代の武士の戦い方だ。
火縄銃や歴史に関心を持ったきっかけは?
火縄銃との出会いは中学2年の秋です。旧・芝川町の実家近くにある西山本門寺で毎年開催されている『信長公黄葉まつり』で、火縄銃の演武を初めて目にして心を奪われました。小さな頃から親しんでいた地元のお祭りですが、その年に初めて空砲射撃の実演が行なわれたんです。
火縄銃という昔の鉄砲があることは知っていましたが、それまではファンタジーの世界というか、まったく現実味がなかったんですよね。ところが、今まさに自分の目の前で銃口が火を吹いて、轟音をあげて、空気を振動させて、強烈な匂いを漂わせている。それを体感した時に、「ああ、歴史って本当に存在しているんだ」って、腑に落ちたんです。
だとしたら、僕が今いるこの場所を武士が歩いたのかもしれない。そんなふうにつながりを感じた時、昔の人は何を考えて、どういう暮らしをして、なぜ戦っていたのかと、歴史に対する興味が深まっていきました。戦国時代を中心に、まずは本やゲームから知識を蓄えて、そこで気になったことをさらに独学で勉強していきました。
歴史好きな少年は見かけますが、そこから実際に甲冑姿で火縄銃を撃つまでになるのは珍しいですね。
その後も毎年黄葉まつりを訪れていましたが、高校卒業後に就職して3年ほど経った頃に見た演武の終了後に、いてもたってもいられなくなりました。甲冑姿の出演者に声をかけて、「どこに行けば習えますか?」って直談判したんです。僕があまりにも若かったせいか、最初は戸惑われましたが、熱意を伝えるうちに、「本気でやってみたいならおいで」と言ってもらえて入会したのが、旧・富士川町の松野地区を拠点に活動する『駿府古式砲術研究会駿河鉄砲衆』です。
火縄銃を扱うには当然ながら危険が伴うことや、道具や費用は基本的に自腹で用意すること、お祭りの多い時期の週末は忙しくて休日が埋まってしまうことなど、20代前半の若者には厳しい条件もありましたが、僕としてはその程度の負担で入会できるなら安いものだと思いましたね(笑)。甲冑姿でイベントを盛り上げる団体にも入会して、松本城や岐阜城、長篠古戦場など、各地で開催される時代祭りに鉄砲隊として参加するようになりました。
2年後には火縄銃の実弾射撃競技があることを知り、そこにも迷うことなく飛び込みました。日本の火縄銃は所持や火薬の使用に関する法規制が厳格で、現存する火縄銃は古美術品として鑑賞されることが大半です。また火縄銃の使用が許可されている射撃場も国内に数ヵ所しかありません。ただ、そんな中でも古式銃の射撃の流儀を検証・研究しながら継承していこうとする団体があって、地道に活動を続けていることにも感動を覚えました。
種子島に鉄砲が伝来したことは社会科の授業で学びましたが、火縄銃の歴史は今も脈々と続いているのですね。
日本の火縄銃は16世紀に海外から入ってきました。現代の銃とは異なり、銃口から弾薬と火薬を詰める前装式で、火縄を使って点火することからこの名が付きました。長槍や弓が主力だった戦国時代、火縄銃はまたたく間に全国に広がって、さらに独自の進化を遂げました。日本の加工技術は当時から優れていて、諸外国はこぞって日本製の銃を買い求めたそうですし、今でも日本の火縄銃は世界中のコレクターや射撃選手から高く評価されています。
海外では火縄銃射撃の世界大会も行なわれていて、個人競技は『種子島』、団体競技は『長篠』と名付けられています。ところが残念なことに、最近はこの大会に日本人が一人も出場していないんです。日本の技術力への敬意が込められた競技に日本人がいないなんて悔しいじゃないですか。いつかこの大会に出て優勝することは、僕の大きな目標の一つです。そして日本の火縄銃と射撃手の腕前を改めて世界にアピールすることで、「日本にはまだ武士がいる!」と海外の人々にも知ってもらいたいんです。
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