Vol. 123|富士市若者相談窓口 ココ☆カラ 相談員 渡邉 慈子

渡邉 慈子さん

おせっかいの素敵な連鎖

『富士市若者相談窓ココ☆カラ』は、ニート・ひきこもり・不登校などの難を抱えた若者やその家族からの相談を受け付け、専門機関と連携しながら若者の自立・就労を目的とした支援を行う窓口だ。無料相談に始まり、コミュニティスペースの開放や家庭訪問、家族会の開催などを経て、個別の就労支援や就労後のフォローアップまで横断的に手がけるユニークな取り組みとして評価されている。

この窓口で唯一、常勤の相談員として活躍しているのが、今回紹介す渡邉慈子さんだ。我が子の発達障害と不登校を経験したことで、同じような悩みを抱えた若者や家族の思いに寄り添えることが自らの強みだと語る渡邉さん。さまざまな立場の社会人で構成し、若者を見守りながら支援を続けるネットワークの中心で、若者へ向けられた慈しみの笑顔は今日も絶えない。

まずは『富士市若者相談窓口ココ☆カラ』の活動について教えてください。

ニートやひきこもりなど、社会にうまく適応できないことで生きづらさを抱えた若者を支援するための窓口です。主な事業は、本人やその家族との個別相談や訪問による面談、パソコン・手芸・スポーツなどを楽しみながら過ごせる居場所の提供、お茶を飲みながら家族間の情報交換を行う家族会の開催、本人のペースに合わせて段階的に行う就労支援などです。昨年度は新規で159件の相談がありました。また、ボランティアネットワークに登録した一般市民が若者たちに直接支援を行うことが大きな特徴で、就労後の若者がサポーターと交流するフォローアップミーティングも定期的に開催しています。

ボランティアの一般市民が就労の支援まで行うという仕組みは珍しいのでは?

もちろん行政や専門機関、NPOなどによる公的な支援も必要ですが、それだけでは追いつかないのが実情です。ココ☆カラでは市民の方を対象とした『若者サポーター養成講座』を年に2回開催していて、現在では富士市内に80人以上のサポーターが登録されています。公務員・企業経営者・お寺の住職・民生委員・若者の家族など、幅広い人材が集うサポーターはその活動内容もさまざまです。若者とランチやお茶をしながら話を聴く、いっしょに就職活動用の履歴書を書くなど、それぞれの得意分野や人脈を活かした支援を自ら考えて実行していただきます。 ただしここで重要なのは、若者一人ひとりの意思に沿った『伴走型』の支援という点で、あくまでも若者のペースで、若者が関心を持ったことから手助けしていくという姿勢です。サポーターが若者を指導するとか、何かを強制するという形ではありません。

若者の多くは発達障害・精神的疾患・生活困窮家庭などの背景があり、ココ☆カラでパソコンや雑談をして過ごすだけで精一杯という場合や、家を出ることすら難しいということもあります。ニートやひきこもりというと、『甘えている』、『根性が足りない』、『親の教育が悪い』といった指摘があるのも事実ですが、すべての原因を本人や家族の責任に帰するべきではないと私たちは考えます。それぞれの悩みに寄り添いながら、その一方で、段階的に社会への橋渡しをするのがココ☆カラの役割です。 サポーターや企業からは数時間だけ仕事を手伝わせてもらう就労体験の場を提供していただくこともあります。『自分にもできた』、『働けるかも』という成功体験を少しずつ積み重ねることで、若者にも自信と意欲が生まれます。集団での職業訓練などを一律に行うのではなく、あくまでも本人の興味や強みに即した形で、主体的な自立・就労を細やかに支援していくことが大切なんです。

『若者サポーター養成講座』のようす。さまざまな立場の参加者が熱心に耳を傾けながら理解を深める。

ココ☆カラは若者たちを適切な場所・人・仕事につなげていく接続点なんですね。

若者づくりは地域づくりそのものです。これからの社会を作っていくのは彼らなんですから。いつの時代でも社会に馴染めない若者はいたはずで、昔は彼らを地域社会がうまく受容していました。地域の中には必ずおせっかいなおじさんやおばさんがいて、元気のない子には優しく声をかけたり、人に迷惑をかけた子には親でもないのに説教をしたり、いろんな意味で若者を放っておかない環境がありました。そんな当たり前の社会に戻したいという思いが基本にあります。支援を受けた若者たちは、将来のサポーター候補になります。連鎖的にサポーターが増えていくことで、地域内での人と人の関わりも緊密になっていくと思います。

インターネットの普及などもあり、今は多くの情報を簡単にやり取りできるようになりましたが、その一方で、一人でも生活できる部分が増え、コミュニケーションが不足しているのが現状です。それ自体は若者のせいでも大人のせいでもなく、必然的な時代の流れです。その上で、これから先はどういう社会にしたいのかという視点に立って、具体的に今できる行動から始めましょうということを多くの人に伝えたいです。

渡邉さんご自身が現在の仕事に就いた経緯は?

実は私も若者支援の当事者なんです。息子に発達障害があり、幼い頃から簡単なことが覚えられず、高校2年になった今も計算が苦手です。過去には不登校になった時期もありました。初は私も思い悩んで、いろんなところに相談に行き、心身の調子を崩すこともありました。息子自身も血が出るまで爪を噛んでしまうほど、一生懸命がんばっていました。ですから発達障害という診断を聞いた時は、育て方の誤りや息子の努力不足ではなかったと分かり、ある意味ホッとしました。

現在息子は支援学校に通っていますが、自分の意思は周りに伝えられますし、将来の目標も明確になりつつあります。息子への思いや、親として前を向いて歩き続ける背中を見せたいという気持ちから、私も8年ほど前から沼津市で若者就労支援のボランティアをやっていて、その緑もあって今の仕事へ導かれたという流れです。そんな経験があるだけに、ココ☆カラに来る若者にもその家族にも、自分を重ね合わせて見ている部分があって、大丈夫だよ、急がなくてもいいんだよという気持ちで接しています。

ここから動き出す
ココロとカラダ

若者との関わりの中で、印象的だった出来事は?

忘れられない出来事は山ほどありますが、あるサポーターさんが近くのスーパーで売っている1個20円のコロッケを若者たちに差し入れしてくれたんです。その中に生活困窮家庭の子がいて、そのコロッケを美味しそうに食べていました。その後、就労することができた彼がある時突然、たくさんのコロッケを買ってきたんです。『どうしたの?』と聞くと、『あの時もらったコロッケが嬉しくて、いつか自分が働けるようになったら最初の給料でお返しがしたいとずっと思ってた』って言うんです。もう感動で胸がいっぱいになりました。

他にも、人と関わることが極度に苦手だったある若者が、心因性の問題で一生しゃべることができないだろうと医師に診断された別の若者と出会ったことで、積極的に交流を図るようになりました。二人には共通の趣味があって、最初は筆談だけだったのが、いつの間にかお互いに声を出して話すようになったんです。会話を引き出した彼はその後、社会に出て働いています。

これらは支援事業の成果としては『就労1件』という数字でしかありませんが、そこに至る過程で、ココ☆カラでは毎日のようにこんな人間同士のドラマが起きているんですよ。どんな問題を抱えた若者でも、ここに来れば安心して思いを打ち明けられる、そんな存在でありたいと私は思っています。

ココ☆カラの基本理念に掲げられている言葉通り、「人は変わる」ということですね。

そうです。そして人を変えるのは地域、地域は人のつながりだと考えています。ココ☆カラには発達障害などの面で認定されるかどうかのグレーゾーンにいる若者もいますが、その多くが『いつか自分もサポーターになって恩返しがしたい』と言います。不遇な家庭環境や生きづらさ、大きな挫折を経験した若者は、繊細な心のひだを持っていて、その感性を活かして支援する側になれる貴重な人材でもあります。青少年育成においては、社会の最前列でリーダーシップを発揮するタイプの子をどんどん伸ばしていく取り組みも大切ですが、歩みはゆっくりでも着実で、人の心の痛みに共感できる力が豊かな若者もまた、将来の地域社会を支える両輪として必要だと思います。そんな若者たちを一時的に預かり、地域へと送り出していくことが私たちの仕事です。

渡邉さんが趣味で描いたパステルアートの作品。ココ☆カラの若者とワークショップを行い、定期的に展示会を開催している。

富士市の若者支援について、どのような未来図を思い描いていますか?

変な言い方ですが、ココ☆カラのような窓口はいずれなくなることが望ましいと思っています。地域社会が包括的に若者を気にかけて、巻き込みながら支援する取り組みが自然発生的に出てくるのが理想です。富士市で働くようになって強く感じるのは、この町には若者の支援に熱心で親身になってくれる人が多いということです。若者サポーターは着実に増えていますし、ココ☆カラがある教育プラザ内の別の部署の方や清掃係の方まで、若者に声をかけてくださいます。『あんな大人になりたい』と感じた若者が、そう思われる大人に育って、さらに次の世代へと続いていくって、素晴らしいですよね。

私は富士市を若者が日本一暮らしやすい町にしたいと思っていて、『富士に行けばなんとかなるらしいよ』と全国の若者が噂する姿を心の中でいつもイメージしています(笑)。人口減少が進む中で、働く健康な若者、つまり長期的な納税者を増やすということは、行政や財政の面でも重要で、若者を中心とした支援が地域や自治体を活性化していくと信じています。専門機関も行政も企業も市民も交わり合って、一人でも多くの人々とつながりながら、富士市をその先駆的なモデルにしたいですね。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino Text & Cover Photo/Kohei Handa

渡邉 慈子
富士市若者相談窓口 ココ☆カラ 相談員

1967(昭和42)年8月4日生まれ(49歳)
沼津市出身・在住
(取材当時)

わたなべ・やすこ/静浦西小、静浦中、加藤学園暁秀高校を経て奈良大学文化財学科(考古学専攻)に進学。卒業後は旅行代理店、沼津市教育委員会嘱託職員(文化財発掘関連業務)、通信制高校の教員・教頭などの職を経て、2014年よりNPO法人青少年就労支援ネットワーク静岡の職員となる。同法人が運営を受託する『富士市若者相談窓口 ココ☆カラ』の常勤相談員として、2015年4月の開設当初から携わり、現在に至る。

富士市若者相談窓口 ココ☆カラ

おおむね中学校卒業から39歳までの、ニート・ひきこもり・不登校などの困難を抱える若者とその家族を支援する窓口。2015年4月、富士市教育プラザ内に開設。若者の置かれた状況や本人の意欲に応じて、来所面談や訪問によるひきこもり支援、居場所支援、学習・就学支援、家族支援、就労支援などを行う。窓口では教員やキャリアコンサルタントの資格を持つスタッフ4名体制で対応するほか、若者サポーターと呼ばれる一般市民のボランティアネットワークが得意分野を活かした走型支援を行う。富士市教育委員会が所管し、NPO法人青少年就労支援ネットワーク静岡が運営を受託している。

開所時間:火〜土曜 9:00〜17:00(日・月・祝休み)
所在地:富士市教育プラザ1F(富士市八代町1-1)
TEL・FAX:0545-55-0562
ウェブサイト(Facebookページ)
https://www.facebook.com/fuji.wakamono/?locale=ja_JP

富士市若者相談窓口 ココ☆カラがある富士市教育プラザ

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