Vol.211 |落語家 立川笑えもん

立川笑えもんさん

笑えもんのライブなライフ

まん丸なお顔にふくよかな体躯と明るい笑顔。なんとなく未来から来た某ネコ型ロボットを思い起こさせる今回の主役の名は、“笑えもん”。その佇まいと笑い声で思わずこちらも笑顔になってしまう落語家、立川笑えもんさんは、落語立川流・立川談笑一門の二ツ目だ。

落語の世界には、楽屋の仕事を覚える「見習い」、雑用をしながら高座にも上がる修行中の「前座」、協会や師匠の審査に合格して落語家を名乗れる「二ツ目」、弟子を取ることが許され師匠と呼ばれる「真打」と、階級制度が存在する。多才かつ破天荒な言動でも知られた故・立川談志が創始した立川流は、浅草演芸ホールや新宿末廣亭など毎日開催される寄席には基本的に出演しないため、自らの手で客を集め、落語会を主催しなければならない実力主義の流派だ。

笑えもんさんはこの立川流で2024年元旦に二ツ目に昇進し、今年3月には地元沼津で昇進記念落語会を開催した。前職が医療系の専門職という一風変わった経歴も持つ気鋭の落語家に、転身のきっかけや伝統芸能の魅力、目指す理想の真打像について話を伺った。

沼津市民文化センターでの二ツ目昇進記念落語会には500名近いお客さんが集まったそうですね。

僕の師匠である立川談笑と、ふだんからお世話になっている立川晴の輔師匠をゲストに迎えて、地元のお客さまにお越しいただきました。僕がこの世界に入門した直後にコロナ禍になり、初めての高座はウェブでの生配信、着物の畳み方や出囃子も動画を見て学ぶなど前例のない船出でしたが、多くの方のお陰でここまで来られて、感謝の気持ちでいっぱいです。

地元沼津で開催した二ツ目昇進記念落語会

立川晴の輔さん(左)と師匠の立川談笑さん(右)

不要不急が叫ばれたコロナ禍では、落語家の存在意義さえ揺らぐ中、配信ならやれるのではと談笑一門の落語会を開催しました。収録とはいえ僕にとっては人生2回目の高座で、師匠と兄弟子数人が見つめる中、カメラに向かって前座の僕から噺を始めました。ところが無観客という異様な雰囲気にのまれ、ネタを7分ほど喋ったところで突然頭が真っ白になってしまったんです。平時なら、前座が失敗してもお客さまから温かい励ましが飛んできてどうにかなるんですが、まったくのお手上げでした。

気を取り直して始めた2回目はさらに短いところで詰まってしまって……。その場の空気は完全に固まっていましたね。落語会では、前座の開口一番はあくまでおまけ。おまけの前座のくせに結局3回も撮り直してもらうという失態に、破門になるのではと汗が止まりませんでした(笑)。でも当時、無観客の洗礼を受けたことで、今お客さまの目の前で高座に上がることのありがたみをひしひしと感じています。

落語と出会ったのは、臨床工学技士の資格を取るため都内の専門学校に通っている頃でした。家の近くに池袋演芸場という寄席があって、学割も利くし、生の舞台を楽しめるならと週末の昼間にふらりと出かけたんです。やや場末感のある会場で、客席には高齢の方々がぼつぼつと、お酒を片手にくつろいでいました。目の前で落語、漫才、曲芸など生の芸が観られることがすごく新鮮で、劇場を後にしながら豊かな時間を過ごせた充実感があったのを覚えています。そこからたびたび寄席に行くようになりました。だからといって、ビビッときて落語家を目指すというドラマチックな展開はなく、当時はあくまで趣味のひとつでした。じつは「趣味が落語って言うとモテるかな」という不純な動機も少しあったんですよね(笑)。

もともとは安定志向で、将来も無難に働くつもりでした。臨床工学技士は医療器械を扱う職種で、就職した総合病院ではおもに救急医療に関わりました。月の半分は緊急の呼び出し当番で忙しく、目の前で患者さんが亡くなることも何度も経験しました。「人ってあっけなく死んでしまうんだな」と実感する毎日でした。そんな時、ふと街中で周りを見ると、みんな楽しそうに生きていて、生死の最前線にいる自分とはまったく違うなと感じたんです。これまで堅実な道を進んできたけど、この生き方でいいのか、不確実でもこれだと思えるものに人生を捧げてもいいんじゃないかという考えが頭をもたげました。その時にまず心に浮かんだのが、落語だったんです。社会人になってからは、なんとか時間を捻出して月に一度は寄席に行っていましたが、この際思い切って好きな世界に飛び込んでみようと決心したんです。

晴れ舞台で噺にも熱が入る

大胆な決断ですね。不安はなかったのですか?

不安よりも、新しい世界へのワクワク感のほうが大きかったですね。入門する師匠を決める時間を確保するために仕事を辞めて退路を断ち、腹をくくりました。貯金を切り崩しての生活でしたが、いろんな落語会に行くたびに面白さにのめり込んで、落語家への思いは強くなっていきました。そのうちに師匠である立川談笑を知り、国立演芸場で開催されていた月例独演会に通うようになったんです。もちろん一流の芸にも憧れましたが、豪快な笑い方や随所に現れる温かい人柄に惹かれました。

師匠は大学卒業後に予備校の講師など一般の社会人経験もあるためか考え方が合理的で、落語家も一職業と捉えている面があるんです。そのため弟子入りの方法、前座の生活、落語家の所得、将来の展望など、業界の裏側もざっくばらんに公表していて、入門の面接では前の月の収入まで教えてくれました。僕が入門する前にも、企業でいうインターンの立場で楽屋に出入りして、本当にこの世界でやっていけるかを考えさせてもらえました。1ヵ月後に再度意思を確認され、正式に入門したんです。その際は「落語家として見込みがなければ辞めてもらう」とも言われました。向いてないのにズルズルと続けるよりも、その人に合った別の道に進むべきという考え方にも、誠実さと弟子への愛情を感じましたね。

一般的には前座は落語会などやらないのですが、立川流は寄席に出ないため、兄弟子たちも一門の落語会以外に、勉強会と称して高座に上がる機会を作っていました。また談笑一門ではSNSやブログでの発信も、他者との距離感を培うために前座のうちから積極的にやるよう師匠から指示があります。ネット空間は不特定多数に向けた適切な発言が練習できる場所なので、高座でお客さまとやり取りをする時の距離感にも活かせるんです。前座時代から自分を知ってもらう武器を使えるのは、談笑一門ならではですね。

だいたい入門から15〜6年後に真打になりますが、昇進できるかどうかは落語100席や歌舞音曲など芸の習得に加えて、集客力も大きな評価要素になります。生涯愛される落語家になるためには芸を極めることと並行して、より多くの人に知ってもらう努力が必要不可欠なんです。僕自身は仕事で地方に行く機会があると、そこからさらに別の都市まで足を延ばすなど、できるだけ多くの場所や人と関わるようにしています。「落語家やってます」と言うだけで初対面でも興味を持ってもらえることが多いので、落語会を開けるカフェや古民家を現地の人に紹介してもらうなど、地道につながりを築いています。

堅実な人生より、ワクワクする生き方を

堅実な人生より、ワクワクする生き方を

全国各地に落語の魅力を届けているのですね。

座布団に座れば身ひとつで演じられるのが落語の最大の魅力です。手ぬぐいと扇子だけであらゆる場面を表現できて、どんな人にもなれるのは他のエンタメにはないですよね。伝統芸能と聞くと、敷居が高いと感じる人もいて、「どんな格好をして行けばいいかわからない」と尻込みされることがありますが、聴き方も格好もまったくの自由なんです。少しでも興味を持ったらまずは一度、寄席や落語会に足を運んでください。何も考えず気楽にただ観て聴いて、笑ってもらえればそれでオッケーです。

客層や環境に柔軟に対応できるのも落語のいいところで、さじ加減は大事ですが、伝統芸なのに自由なんです。古典落語も幅広いので、初めて観る方にも伝わりやすく今風の言葉遣いに変えてもいいし、お客さまや時期に合ったネタや、一部をアレンジした改作を演じてもいい。『学校寄席』として都内の小学校に赴いて4年生向けに落語をしていますが、子どもたちにもちゃんと伝わってよく笑ってくれます。学校寄席を観た小学生の親御さんが、当時僕がやっていたブログを調べてお礼のコメントをくれたこともありました。嬉しかったですね、修行時代の励みになりました。

魅力満載の落語は、ぜひ生で味わってもらいたいですね。今でこそ沼津にもお笑いの劇場がありますが、僕が中高生の頃にはそういった場はありませんでした。大都市圏以外でも生のエンタメを楽しめる機会が作りたくて、沼津でも落語会を続けています。

毎月開催している『ぬまづDE落語会』ですね。

二ツ目に昇進してから欠かさず行なっているので、もう20回を超えました。今はエンタメのネット配信も一般的になりましたが、目の前で芸を観るライブにはかなわないと思います。特に落語は、ネタに入る前の「枕」と呼ばれる雑談でお客さまと会話をして一体感を作る、双方向のコミュニケーションを重視します。地元にいながら楽しめる沼津での落語会はライフワークにすると決めていて、会場では僕が書いた文章をまとめた小冊子やTシャツなどのグッズを販売して、お客さまに楽しんでもらえる工夫も重ねているところです。

今は都内に住んでいますが、手ぬぐいや高座に上がる際の出囃子も故郷の沼津にちなんだものにしています。手ぬぐいの柄は『沼津垣』という、浮世絵にも描かれた伝統的な竹垣です。出囃子の『松の翁』は文明開化を歌った有名な長唄で、江戸時代から続く庭園で沼津市原にある帯笑園で作られたものです。近くには祖母の家があってよく遊びに行っていたので、この長唄の存在を知った時は不思議な縁を感じました。それから、ふだんは古典落語を中心に稽古していますが、いずれ沼津にまつわる歴史上の人物を題材にした落語を自分で作ってみたくて、資料を集めているところです。

落語家として、どんな将来を思い描いていますか?

芸も個性も磨いて、「笑えもんの落語」でお客さまを喜ばせたいです。ひと目で親しみを持ってもらえるこの風貌も僕の大切な個性であり強みです。また表現の幅を広げるために、落語以外のことにも挑戦するように心がけています。先日の昇進記念落語会で披露した獅子舞も、落語家仲間でやっている人がいなくて、面白そうだと思って始めた余芸です。縁起ものなので正月には出演依頼が多くて、落語家なのに落語よりも獅子舞のほうがたくさん稽古している時期もあったりして(笑)。

もうひとつ大事にしているのが、師匠が僕自身のキャラクターに合うものをと付けてくれた、この名前ですね。二ツ目昇進のタイミングで改名する人が多いですが、『笑えもん』は前座時代のまま。昇進までに痩せたら改名する予定でしたが、ありがたいことに前座修行で痩せることはなく……(笑)。たくさん食べるのも僕の個性と強みということで(笑)。僕らしさが詰まったこの名前とともに、いずれは「落語家といえば笑えもん」というくらい日本中の人に知ってもらって、全国の会場を満員にするのが目標です。

獅子舞を披露して自らを祝う

Title&Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa

立川笑えもん
落語家

1993(平成5)年7月9日生まれ (32歳)
沼津市出身・東京都中野区在住
(取材当時)

たてかわ・わらえもん / 本名・石川錬。沼津市立第三小学校、常葉学園橘中学・高校、東京電子専門学校臨床工学科卒業後、臨床工学技士として都内の総合病院に勤務。救急医療の現場で目まぐるしく働く中で学生時代に知った落語の面白さを思い出し、落語家になることを決め退職。2020年2月に落語立川流真打・立川談笑に弟子入り。2024年1月に二ツ目昇進。同年9月より地元沼津で毎月独演会を開催中で、2026年3月に沼津市民文化センターで開催の二ツ目昇進記念落語会は盛況を博した。郷土を愛し、郷土の人に愛される、期待の落語家。出演情報・問い合わせはウェブサイトへ。

ぬまづ DE 落語会
沼津で本物の落語に触れられる貴重な機会。思わず笑って、時にほろりとくる話芸の世界に、タイムマシンならぬ座布団に乗った笑えもんが連れて行ってくれる。

次回開催 2026年6/13(土)
開場13:30 開演14:00
料金:2,000円(学割500円)
会場:大手町会館(沼津市大手町3-5-16)
近隣駐車場割引あり

 

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

沼津駅の南口から2ブロックほど歩いたところにある、大手町会館。隣接する神社の社務所も兼ねる少し時代がかった佇まいのこの会館を訪れたのは、ここで毎月開催されている立川笑えもん独演会『ぬまづDE落語会』を聴くためでした。

初めてお目にかかる笑えもんさんは、宣材写真で拝見していたようなクリッとして愛くるしい坊主頭ではなく髪を数ヵ月分ほど伸ばしていましたが、それでも変わらず愛くるしくて人懐っこい笑顔に、いかにもプロの噺家らしいオーラ。

畳一畳分ほどの大きさの台を組んで設営された高座の目の前、ほんの2メートルほどのところに観客用の椅子が並べられ、市民文化センターのコンサート・ホールで行なわれるような大規模公演よりはるかに近い距離感ですが、そういえば以前、浅草演芸ホールで寄席を観た時もたしかにこんな親密さがありました。演者と観客が相互につながり、ともに空気を作っていくような、インタラクティブなライブ感。落語の醍醐味はまさにここにありそうです。

思うに、現代的な娯楽に我々はずいぶんと甘やかされちゃってるんじゃなかろうか。TV番組では誰も笑いどころを聞き逃さぬよういちいちテロップ(字幕)が挿入され、ネットでは集中力など一切必要としないような短い暇つぶし動画が次から次に流れてきます。まるでベルトコンベアーで自動的に運ばれてくるような極度に単純化された娯楽を、我々はただ受け身で消費し続けています。

だから久しぶりにライブの落語を聴いてワクワクドキドキしました。こういった古典的娯楽を楽しむためには観客の側もきちんと想像力を働かせなければいけない。むしろ、いつの間にか奪われてしまっていた「想像力を働かせる」という喜びを久しぶりに取り戻したかのような高揚感がありました。「笑いは健康にいい」なんていいますが、本来の笑いの効能は自らも能動的に頭を使ってこそ手に入る気がします。

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。