Vol.213 |ワンダー図書館 館長 金指 祐樹

書棚でつながるコミュニティ

少子化が進み、都市圏以外でも人と人のつながりが希薄になっている昨今。地域のつき合いがわずらわしいと避ける人もいる一方で、周りの人たちとの世代を超えた交流が人生を豊かにしてくれると、価値を見出す人もいる。

ふだんは公立中学校の教員として忙しく働く金指祐樹さんは、近所なのにお互い顔を知らなかったり、地域の祭りや伝統文化が廃れたりしていく現状に胸を痛め、自ら行動を起こした一人だ。

JR富士駅前の商店街に民間図書館『ワンダー図書館』を開設し、ボランティアで館長を務める。ここでは本の貸し借りだけでなく、たびたび開催されるイベントにもさまざまな人が集まり、楽しい雰囲気につられてまた人がやってくるという好循環を生み出している。

本を介して人がつながる拠点を生み出すに至った思いや、自分にできる一歩を踏み出すことの意義をじっくり伺った。

ワンダー図書館について教えてください。

個人が運営する民間図書館です。この形態は、みんなの、民間の、という意味で「みんとしょ」と呼ばれていますが、近年全国各地に増えていて、約80館あるといいます。ワンダー図書館は2024年3月に富士市の富士本町商店街にオープンしました。利用者は最初に300円の登録料を支払えば、以後は無料で月に5冊まで本を借りられます。全部で66枠ある本棚は、それぞれ本棚オーナーが月額2,200円で借りて、好きな本を並べるという仕組みです。

品揃えの面では公立の図書館にかないませんが、個々人の偏愛ぶりや嗜好が色濃く表れた選書が面白いと、来館者から好評です。単に本を借りに来るのではなく、本棚から透けて見える選者の人となりを想像したり、自分の趣味に合うオーナーの棚を見つけたりと、あえて偏りを楽しんでもらえる図書館です。

本と人が集う空間

どんな人がオーナーになっていますか?

大前提としてみなさん本が好きですが、本棚のオーナーになる動機はさまざまです。海外ミステリーや人間の暗部を描いた小説など、特定のジャンルを趣味嗜好が似た人に紹介したいという方もいれば、いろいろな職種の個人事業主の方が仕事関連の書籍を並べて、PRに利用している場合もあります。また、地域の子育て支援やゴミ拾いをする市民団体代表の方が、活動の告知を兼ねてテーマに沿った本を紹介していたりもします。

中には、本が好きすぎて、本を紹介する冊子まで手づくりしている小学5年生のオーナーもいるんですよ。ほかにも「介護で家を空けられないけど、棚を持つことで外の世界とつながれて息抜きになる」という方がいて、常設の場ならではの良さがあるのだと気づかされました。

ほかの民間図書館ではあまり一般的でないのが、地元の学校や商店街の棚があることです。若い世代が外部の大人と知り合う機会になればと、富士市立高校と富士見高校の棚を設置し、今後もほかの高校に声をかけていく予定です。富士本町商店街の棚も、利用者が地域をより身近に感じる一助になっています。

本棚オーナー第1号は金指さん

興味をかき立てられますが、この仕組みに対して当初周りは懐疑的だったそうですね。

本棚オーナーが支払う月額2,200円は決して安くはありませんし、始める前は「うまくいくわけがない」という声もありました。それでも実際にオーナーが集まっているのは、価格に見合う魅力を感じてもらえているからです。

その一つは、棚が自己表現になっている点です。アーティストが作品を展示するように、本好きの方々にとっては本の選定自体が表現活動であり、「自分ってこんな人間だったんだ」と新しい一面に気づける面白さがあります。それに、棚の本は自分の分身のような存在だからこそ、他者からの共感や承認が自己肯定感にも直結しているのです。

もう一つは、実体を伴った本や人とリアルに交流できる良さです。生身の人間が思いを込めて本を選んだその先に、共感してくれる誰かが実在する価値は大きく、期待感が高まるのです。

ほかにもオーナー特典として、図書館のスペースを無料で勉強会やワークショップに使えるのも、特に個人で仕事をしている方には好評ですね。

また定期的に開催するオーナーの懇親会では、それぞれが好きな本について語り合いながら仲を深めています。知的で物事への視野が広い方が多いので、価値観を共有できる仲間同士でお互いに承認し合える心地良さも、求心力になっているようです。これからの時代、こういった目に見えない価値が、人々の行動原理になっていくのではないかと予想しています。

オーナー同士が語り合う懇親会

金指さんは長く地元を離れていた、いわゆるUターン組だそうですね。

大学進学を機に上京して、そのまま都内の企業に勤めていましたが、11年前に教員になり富士市に戻ってきました。というのも、大学時代には一度、教員になると決めていたからです。しかし、大学4年の夏に盲腸から腸閉塞になって、採用試験を受けられなかったため、教員はあきらめて一般企業に就職したのです。

営業職に就き、他部署と連携して時流に合った大きなプロジェクトと向き合う仕事には、達成感ややりがいを感じていましたが、ふと教員への夢が頭をもたげることがありました。30代も後半に差しかかる頃、夢を実現するなら今だと転職を決意したのです。実際にやってみると、教員は想像していた以上に奥が深く面白い。収入は大幅に減りましたが、まったく後悔はありません。

そんな中、地元町内会の役員になっているのですが、コロナ禍が明けて夏祭りを再開した際に、参加者がすごく少なくて、自分の子ども時代の記憶とかけ離れていて驚きました。子どもの数が足りず子ども神輿は廃止、白装束で担ぐ本格的な大人神輿も、担ぎ手がみんな高齢になっていて昔と同じようには実施できない状況で……。子ども会がすでに解散している地区もあり、子どもですら近所の子を知らないし、同じ地区にどんな大人がいるのかもわからず、現状を知れば知るほど危機感が募りました。

これは全国的な傾向ですし、時代の流れとして仕方ないのかもしれません。でも実際に目の前にすると、「地域が廃れていくのを手をこまねいて見ているだけでいいのか?」という疑問が生まれたんです。夏祭りのあとも行事には積極的に参加し、接点を持つようにしています。そうすれば子どもたちも「このおじさんは見たことがある」「お祭りの時にいた近所の人だから安全だ」とわかるし、通報もしないじゃないですか(笑)。

僕が住む地区には、夏祭り前に年配の方々が毎週子どもたちに太鼓を教えに来てくれる『太鼓保存会』という組織があって、その活動にも感銘を受けました。体力的にも大変なはずなのに、地道で継続的な活動によって世代間の交流を生み出し、人と地域をつないでくれているんですよね。彼らみたいに僕にもできることがないかと、ずっと考えていたんです。

本が好き。街が好き。

そういった思いの中で、民間図書館というアイデアに至ったのですね。

当時たまたま訪れたのが、焼津市の焼津駅前通り商店街にある『みんなの図書館さんかく』でした。この施設は2020年3月に商店街の空き店舗を利用して作られた民間図書館で、一箱本棚オーナー制度などの先駆け的存在です。その時に、「地域のために自分ができるのはこの形かもしれない」と、ピンと来たんです。

ただ近くに住んでいるという属性だけでつながることは時代的に難しくなっています。でも図書館なら、本を核とした新しいコミュニティを生み出せるかもしれない。僕も本が好きで、図書館もなじみ深い場所だったので、富士市で自分が立ち上げてみようと心を決めたんです。

まずは商店街付近で物件を探し始めると同時に、この図書館に欠かせない本棚オーナーの募集を開始しました。半年ほどかけて、平日の夜にオンライン説明会を開催して、累計30名以上に図書館の仕組みや僕の思いを聞いてもらいました。説明会に加えて知人の紹介や口コミもあり、オープンからほどなくして棚の貸し出し率が100%に達したのです。

内装工事でも、費用を抑えるためにペンキ塗りや棚の組み立てを多くの方が快く手伝ってくれました。行動力のある人たちと知り合えただけで価値があった、始めて良かったと感激しましたね。まだ準備の段階にもかかわらず(笑)。

出発点は地域のためですが、無理をすると続かないので「やっていて楽しい」を大事にしています。開館中の業務を行なう店番も、約40名がボランティアで協力してくれています。

平日の日中は、定年退職された方々が社会とつながる居場所として店番を買って出てくれますね。私語禁止ではなくむしろ利用者同士のおしゃべりは大歓迎で、「何を見て来てくれたんですか?」「この棚は面白いですね」など、利用者と店番の人とで話が弾むのも日常の風景です。

思い立ってから1年足らずでのオープンですが、行動に移すことに躊躇はありませんでしたか?

行動することでしか現状は変えられないので、とにかくやってみることを重視しています。行動した結果、成功したかどうかは大きな問題ではありません。周りに「○○をやった人」だと認知されれば、その信頼から話を聞いてもらったり、協力してもらいやすくなるんです。

この街には、地域の課題解決のために実際に行動する人がたくさんいます。まず自分が行動を起こして仲間入りをすることで、彼らが挑戦していることの全体像が見えてきます。今、地域は課題に対してこう取り組んでいるんだなと、当事者の視点で理解できるんです。僕も商店街で図書館を開いたことで、いろんな会合に呼ばれ、話が耳に入ってくるようになりました。本棚オーナーの中にも自ら行動する人たちがいますが、この図書館自体が、彼らがつながれる拠点にもなっているのです。

地域の課題には「これさえやれば即解決!」といった魔法のアイデアはなく、自分のできる活動を日々粛々とこなすしかありません。ひとりひとりがそれぞれに頑張れば、当事者同士の力が網の目のようにつながり、いずれ地域を力強く支えていけるはずです。使命というと少し大げさですが、子どもや孫世代のことを考えるくらい、僕も年を取ったということでしょうか(笑)。

「富士っていいところだよね」「いい時代だよね」と今いえるのは、先人たちの頑張りの結果。上の世代から託された良さを、なるべくいい状態で次の世代に渡したいと思うようになりました。僕は僕で、このワンダー図書館を多くの人に利用してもらって地域を盛り上げていけるよう、一当事者として、自分の持ち場をしっかり守っていきたいです。

Title&Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa

金指 祐樹
ワンダー図書館 館長

1977(昭和52)年4月13日生まれ (47歳)
富士市出身・在住
(取材当時)

かねざし・ゆうき / 富士高校、早稲田大学教育学部教育学科卒業後、都内で大手メーカーや金融系企業の営業担当として活躍。2014年にUターンし、地元富士市にて中学校の社会科教諭としてのキャリアをスタート。地域における人と人のつながりが希薄になっている現状に危機感を覚え、本を核に、街と人、人と人がゆるやかに関係性を築ける場所として、2024年3月に富士本町商店街に民間図書館『ワンダー図書館』を開設。教員を続けながらボランティアで館長を務め、「当事者自らが楽しむこと」を大切に活動している。小学4年生と1年生、2児の父として子育てや地域の行事にも積極的に参加している。

ワンダー図書館
富士市本町8-4-2F
開館時間  11:00〜17:00
月・火曜定休(不定休あり)
近隣の有料駐車場を利用
ワンダー図書館Instagram

2024年3月にオープンした民間図書館で、事業の代表は金指さんの妻・舞子さんが務める。
利用者は無料で月5冊まで本を借りることができる(初回登録料300円)。
本棚オーナーは月額2,200円で棚を借り、それぞれの感性で選んだ本を置く。
蔵書は全体で約1,500冊。月平均300人が利用。本棚オーナーが主催する勉強会やワークショップなどのイベントも随時開催される。
2025年1月現在、棚はすべて埋まっているが、本棚オーナー希望者の予約は随時受付中。
問い合わせはワンダー図書館公式Instagram(@wondertoshokan)まで。

イベント情報
2025/2/2(日)9:30〜14:00
富士本町商店街にて開催される『富士本町軽トラ市』でワンダー図書館が古本市を出店します

 

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

新聞や地域情報紙という仕事柄、紙メディアとデジタルメディアの違いについてよく考えますが、今回の取材をつうじて感じたのは、デジタルには真似できない紙の本の魅力って「人と人をつなぐ力」にあるんじゃないかな、ということでした。

我が家では、私が買ったまま本棚に積んでおいた本をいつの間にか子どもたちが読んでいたり、10代の頃に集めた古いマンガを子どもたちに読ませてみたり、逆に彼らが買ってきた最近のマンガや小説を回し読みしたり。そんなところから親子の会話が生まれ、また「へぇ、もうそんなのが読めるようになったのか」「それに興味を持ったのか」みたいな新しい発見があって楽しいです。

これって、紙という現物があるからこそ生まれるつながりなのではないでしょうか。同じ「読む」でも、デジタルで読む行為は個人のデバイスの中だけで完結してしまいます。ネットでは何でもかんでも手軽に「シェア」できるように見えますが、ただ相手に放り投げているだけでじつは何も「共有」できていないんじゃないか。そんな気がします。一方で、恩師が「この本を読んでごらん、きっと今の君に役立つヒントが見つかるから」と貸してくれた本には、そんな「シェア」とは比べ物にならないくらいの重みとありがたみがあったものです。

金指さんが危惧するように地縁を土台としたつながりがだんだん希薄になっていく一方で、本にはコミュニティの新しい土台を作りうる普遍的な力があると思います。原始の時代から、ともに生活する人々の意識を深い部分でつないで共通項を形作ってきたのは、部族の集まりの中で長老が語るような「物語」だったからです。

私も、空きが出たらワンダー図書館に棚を持ちたいと密かに考えています。皆さんだったらどんな本を置きますか?考えただけでワクワクしてきますね。

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