Vol.214 |雑貨店hal 店主 後藤由紀子

後藤由紀子さん

やさしい毎日

JR沼津駅南口から徒歩5分、アーケード街から少し外れた路地の一角にある、生活雑貨の店『hal』。立地も店構えも決して目立つ存在ではないが、オープンから20年以上経た今も、ここには全国各地から数多くのファンが訪れる。人気の理由は、店主である後藤由紀子さんの存在だ。商品の目利きだけでなく、その価値観や人柄が幅広い世代の女性から熱い支持を受けている。

多くのメディアで紹介され、書籍の執筆やSNS、企業や自治体と連携した情報発信を続ける後藤さんだが、日々の生活や地元への思いを聞く中で感じたのは、その多面的な魅力だった。おっとりとした口調と芯の強さ、地に足のついた生活感の中に光る感性。都会に憧れながら田舎を愛することもまた、後藤さんにとっては自然なことなのだろう。そして虚実入り混じる情報過多の時代にあっても、後藤さんは変わらず沼津の街角にいる「雑貨店の店主」であり、生活者としての立ち位置を揺るがせにしない。等身大で生きている人は、安心できる人だ。

後藤さんのお店『hal』について教えてください。

器や衣類、書籍など、私自身が見て触れて、本当にいいと感じたものだけを揃えています。沼津では自分の好きな雑貨がなかなか手に入らないので、だったら自分でお店を開けばいいんだと考えたのが最初の動機ですから。特定のブランドや作家さんの商品のみを扱うのではなく、器の吸い口の薄さとか、生地の手触りとか、ずっと使いたくなる感覚的な心地良さを重視していますね。

最近は企業とのコラボで、メキシコのバッグやリトアニア産の生地を使ったワンピースなど、新商品の企画やデザインに携わったり、つながりのある全国各地の雑貨店に出向いて『出張hal』と題した期間限定のセレクトショップを開催したりと、私にできる範囲でいろんなことをやっています。

とはいえ、経営者としては褒められたものではないかもしれません。お店は16時に閉店で、目立つ場所ではなく、流行にも乗っていません。でもそれには理由があって、閉店が早いのは家族で夕食を囲む時間を優先したいから、場所を変えないのはテナントの大家さんと仲良しだから。近くの他のお店でうちと同じ商品を扱い始めたと聞いたら、そちらに譲って空いた棚に別の商品を置くこともあります。奪い合ってストレスを溜めるより、そのほうが気持ちいいじゃないですか。もちろん売り上げも大事ですが、そこは義理人情というか、お店の経営も風通しのいい、優しい世界でありたいんです。

雑貨
halの店内

沼津を拠点としながら、全国的な雑誌やウェブ媒体でもたくさん露出していますね。

2007年にファッション雑誌『ナチュリラ』創刊号の表紙で取り上げてもらったことが大きなきっかけです。全国のカフェ、セレクトショップ、ギャラリーなどを営む人をテーマにした企画で、それ以降いろんな取材を受けるようになりました。ただ、私自身は特に変わったことをしているわけではないんです。沼津で小さなお店を開いて、ごく普通の暮らしをしているだけ。それを優秀な編集者さんがうまく引き伸ばしてくれて、雑誌や書籍の企画になって、そこからまた新たなご縁がつながって、という感じです。

とはいえ、普段の自分以上に自分をよく見せたいとはまったく思いません。ありもしないキラキラした姿を演じるなんてしたくないですし、なにより私には『hal』という居場所がありますから。もし私が虚像を演じていて、それを信じてしまった人が来店した時に、こんなずっこけたおばさんが立っていたらびっくりするじゃないですか(笑)。私も日々悩みや失敗だらけで、時にはやさぐれて友達に愚痴をこぼすこともありますよ。メディアを通じて私の発信を受け取る方はきっと、「だよねー」とか「私もそう思ってたよ」といった共感や親近感で評価してくださっているんだと思います。

以前は東京の有名雑貨店で働いていたそうですね。

小さな頃からずっと、将来の夢は「お母さんになること」でしたが、その一方で都会的な暮らしにも憧れていました。きっかけは中学3年の時、友達の家にあったファッション雑誌の『Olive』を見て衝撃を受けたことです。かわいい服やおしゃれなカフェ、最先端の音楽など、可憐で洗練された世界に心を奪われました。

高校卒業後は迷わず上京して就職しましたが、職場には趣味の合う人がいなくて。当時はバブル期でいわゆる女子大生ブームでしたが、私はロングヘアーにミニスカートでテニスラケットを持って、みたいなタイプではないので(笑)。そこで友達づくりを兼ねて自分の見識を広げようと、働きながらファッションやデザインを学べる夜間の学校に通って、その後は雑貨店に転職しました。憧れだった青山・表参道での仕事やそこで出会う人々からいい刺激を受けて、休日は映画や音楽のライブに何度も足を運びました。6年間の東京生活はまさに青春でしたね。

ところがそんな中、大失恋をきっかけに東京での暮らしが急に輝きを失ったように感じられて、ふと故郷の沼津に戻ろうと思ったんです。その後に夫と出会い、結婚と2度の出産を経て、念願だったお母さんになりました。子どもが大きくなったら、いつか自分が作った料理でカフェを開いてみたい。そんな漠然とした夢を抱きながら、目の前の家事・育児に奔走する日々でした。

ところが過労による髄膜炎を発症して、猛烈な頭痛で1ヵ月間の入院生活を余儀なくされた時に、明日が来るとは限らない、命には終わりがあることを実感しました。当時子どもは3歳と1歳でしたが、まずは2人が幼稚園や学校にいる時間帯だけ雑貨店をやってみようと、不動産屋に電話をかけて空き物件を探してもらいました。それが『hal』の始まりです。

ただ、お母さん業は大好きでしたし、家族中心の生活は変えたくなかったんです。カフェではなく雑貨店にした理由も、もし子どもの発熱などで急にお店を休みにしても、仕入れたものが腐らないから。今は子どもたちも巣立って、取材などの際も「お母さん」としてではなく、「二人暮らしの初老夫婦」として扱われることが多くなりました。50代も半ばを過ぎて、ずっと家族ばかりを見ていた意識の矢印が自分自身に向いてきたと感じています。旅行をしたり、大好きなアーティストのライブに出かけたり。ライフステージが変わることで、考え方や行動の選択肢が変わっていくのも楽しいですね。

後藤由紀子さん

私の暮らしを
楽しくするのは、私

最近は地元を盛り上げる活動にも取り組んでいるそうですね。

日々の暮らしに前向きな気づきを提供することを目的に、沼津市民文化センターが主催する『大人の、きほん』というトークイベントでファシリテーターを担当させてもらっています。知名度のある多彩な文化人を沼津にお招きした公開対談で、今後も定期的に開催される予定です。人と話す機会は多いほうですが、人前に出てトークイベントの舵取りをする仕事は初めてでした。最初はものすごく緊張しましたが、それ以上にワクワクする気持ちが勝ったので、クビになるまでは一生懸命やってみようと(笑)。いろんな分野のゲストとお会いできるのが楽しみですし、忙しくておざなりになりがちな生活が少しでも良くなるように、来場した皆さんのお役に立てたら嬉しいですね。

もう一つの活動は『沼津ふるさと応援隊』です。沼津市のふるさと納税に関する広報事業で、2024年7月に発足しました。沼津にゆかりのあるユーチューバーやイラストレーターなど、私を含めた5名が隊員として情報発信をしています。でも私自身はずっと前から、地元を盛り上げる活動をしていたつもりなんです。『沼津勝手に観光協会』と称して、打ち合わせなどで県外に行く際には地元のお土産を持参したり、遠方からのお客さんをおすすめスポットに連れて行ったり。今回沼津市から声をかけていただきましたが、私の中では「ついに公式の活動になった!」っていう感じです(笑)。

地元の人からは「沼津は何もない街だから」という言葉をよく聞きますけど、そんなことはないと思うんです。たしかに大都市と比べれば物もサービスも少ないですが、逆に地方ならではの良さがあるはずです。私は一度地元を離れていたからこそ、以前は当たり前だと思っていた沼津の魅力を再発見することができました。心地良い水の冷たさ、干物の美味しさ、温かい人間関係、生活の中で富士山が見えること。どれも些細なことのようですが、「あれが足りない、ここがダメ」ではなく、今ある環境の中から良いところを見つける姿勢が大切ですよね。沼津に限らず、各地域にはオリジナルの魅力があって、それを感じながら暮らしている人がいる。そう思えると心が彩りますよね。

日々の暮らしの中で、どこに焦点を当てるかが重要なのですね。

私は衣食住の中でも特に食べることが大好きなんですが、ご飯はただお腹を満たすためではなく、心を満たすものでもあります。時間がなくてサッと作ったものでも、お気に入りの器に盛りつけるとか、誰かと一緒に笑いながら食べるとか。文化的に食べることがとても大切です。それにはやっぱり、気持ちの余裕が必要。頑張りすぎてストレスを抱えている人が多いですよね。社会人として、妻として、親として、「こうあるべき」という思いに縛られている感じ。それで周りの人にもきつく当たってしまうのは本末転倒です。ひたすら頑張って自分をより良くできる人は素晴らしいと思いますけど、私自身は最低限のことしかやれていないし、それはそれでいいかなって。人と同じじゃなくていいし、重い鎧は一枚ずつ脱いでいったらいいのでは?と思っています。

背伸びをせず、身の丈に合わせて気持ち良く暮らすためのポイントは、『楽』ですね。「楽をする」じゃなくて「楽しむ」のほう。暮らしの中に『楽』を作るんです。例えば、どんなに忙しくてもお風呂に入る間だけは他のことを考えず、自分の心を手当てするとか。立ったままお茶を飲むのではなく、意識的に一度座って「お茶の時間」にするとか。そんなちょっとしたことで心はずいぶん軽くなりますし、自分に対しても人に対しても優しくなれるんじゃないでしょうか。

それと最近よく考えるのは、何事も有限だということですね。子育ての時間も健康な身体も、このお店だって、ずっと続くわけではありません。だからこそ、今に感謝して大切にしたいと思えるんです。私は「今のうち今のうち」っていつも心で呟きながら、今日という日を楽しんで生きています。

雑貨店hal
halの看板

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa

後藤由紀子さんプロフィール

後藤 由紀子
雑貨店 hal 店主

1968(昭和43)年7月18日生まれ (56歳)
沼津市出身・長泉町在住
(取材当時)

ごとう・ゆきこ / 愛鷹中、加藤学園高校を卒業後、上京して大手メーカーに就職。働きながらバンタンデザイン研究所に入学し、ファッションデザインを学ぶ。その後転職し、雑貨店『ファーマーズテーブル』などでの勤務を経て、24歳で沼津に帰郷。3年後に結婚し、一男一女の母となる。2003年に雑貨店『hal』を開業。数多くの雑誌やメディアで取り上げられ、エッセイなど自身の著作は20冊を数える。子育てを終えた現在は店頭に立つ傍ら、全国での出張出店や企業とのコラボ商品の企画開発、各種SNSでの情報発信を行なう。2024年からは『沼津ふるさと応援隊』の一員として地元の魅力を広め、沼津市民文化センター主催のトークイベントではファシリテーターを務める。おもな著作に『毎日続くお母さん仕事』(SBクリエイティブ・2016年)、『雑貨と私』(ミルブックス・2023年)など。今年2月発売の『別冊天然生活 後藤由紀子さん 50代からはじめる日々の備え』(扶桑社)では直近のライフスタイルが紹介されている。

雑貨店 hal(ハル)
沼津市添地町124
TEL 055-963-2556
営業時間 10:30〜16:00
火・水曜定休

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

2025年の今。僕たちはみんな、虚飾と虚像の世界に生きています。いつからこんな世界が始まったんだろう?スマホやSNSがすごい勢いで普及していった2010年代前半からでしょうか。いわゆるネット・インフルエンサーと呼ばれる人たちがたくさん出てきて、嘘なんだか現実なんだか分からない、でも10秒で伝わるような分かりやすい「ステキさ」の演出が手法化され、スマホの小さな窓のなかに現れては流れていきます。

昔を懐かしむわけではありませんが、かつてのアナログ時代の「インフルエンサー」たちにはもっと等身大の親近感を感じたように個人的に思います。古本屋で著作を買い漁って夢中になって読んだエッセイストや、夜中にこっそり聴いていたラジオのパーソナリティなど、見知らぬ誰かへの共感と憧れはあの頃のほうが今よりもずっと素朴でずっと親密でずっと誠実な体験だったような気がします。いや決して懐古主義から「とにかく昔は良かった」なんて言いたいわけではないんですけどね。一般的には「20世紀=雲の上のスーパーアイドルの時代」「21世紀=身近な一般人インフルエンサーの時代」みたいに言われますが、実際には高度な虚像化テクニックが一般人の世界にまで降りてきたのが現代のネット社会、という見方もできると思います。

その著作やお店にファンの多い後藤さんですが、彼女にはそんな虚飾のない、古き良き時代のアナログ・インフルエンサーの雰囲気を感じます。実際には春のそよ風のようなやさしくて素敵なオーラをまとった方なんですが、ご本人は「ステキ」という言葉で形容されるのは違和感があるそうです。演出で作られたキラキラしたステキさではなく、ずっと続く毎日の生活のなかで持続可能な、自然な素敵さ。「素敵」という言葉を使わずに後藤さんの魅力を言語化するのはすごく難しいんですけどね。

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