Vol. 196|シェ・ワタナベ オーナーパティシエ 渡邊隆太郎

渡邊隆太郎さん

笑顔のレシピ

誕生日にクリスマス、入学や卒業のお祝い……。おめでたい席に欠かせないのが、きれいに飾り付けられたホールケーキだ。けれどもし、我が子にアレルギーがあってふつうのケーキが食べられなかったら?

近年、食物アレルギーを持つ子どもは増えているといわれるが、沼津市と長泉町に店を構える洋菓子店『シェ・ワタナベ』では、通常の商品に加えて、アレルギー物質28品目除去可能な食物アレルギー対応ケーキを沼津の本店で受注販売している。オーナーパティシエの渡邊隆太郎さんは幼少期、重度のアレルギーで、誕生日はもとよりふだんから友人や家族と同じお菓子を楽しむことができなかったという。そんな息子のために、ケーキ店を営む両親が試行錯誤した末に作ったのが、症状の出ないケーキだった。

子を思う気持ちから生まれたケーキ作りは渡邊さんに引き継がれ、多くの食卓に“みんなで同じケーキをほおばる幸せ”を届けている。ホールケーキとは幸せの象徴であり、家族の絆なのだ。

『シェ・ワタナベ』で取り扱っている商品について教えてください。

ケーキやクッキーなどのフランス菓子を販売する“町のケーキ屋さん”です。長泉店は商業施設の中にあり、日々の買い物帰りに買っていかれる方も多いですね。基本的には洋菓子の小売りですが、沼津の本店では結婚式場と提携したウェディングケーキの製作や、店内ではランチ・ディナーの食事も提供しています。また、低カロリーやグルテンフリーのお菓子、食物アレルギーがある方でも安心して食べられるオーダーケーキを取り扱い、全国に発送しています。

父はフランスで修行したパティシエ、母は管理栄養士で、幼少期から両親の姿を見ていたので、僕自身も幼稚園の頃にはすでに、将来はパティシエになると決めていました。でも、ひどいアレルギー体質で、水さえも触れないくらいでしたから、両親からも違う職業にしたほうがいいのでは、と別の道を勧められてはいたんです。

デコレーションケーキ

デコレーションケーキ

モンブラン

モンブラン

ハートのフランボワーズ

ハートのフランボワーズ

アレルギー対応ケーキ予約はシェ・ワタナベのウェブサイト・電話・FAXにて受付
全国発送対応可
※除去品目を正確にお知らせください

かなり重篤な症状だったそうですね。

幼少期はひどいアトピー性皮膚炎で皮膚がただれ、外見でよく驚かれました。しかも当時は研究も途上で、医師でさえ正しい知識がなく、原因不明の肌荒れと診断されていました。今では考えられませんが、「海水に浸かりなさい」と指示されたこともあるんですよ。朝着たTシャツが夕方には皮膚に貼り付いてしまって、脱ぐ時に皮膚がめくれるんです。

感染症と勘違いして「近寄るな」と言ってくる人もいましたし、多くの差別を経験しました。一方で、同級生の保護者や教師の中には配慮して守ってくれる人もいて、対応は両極端でしたが、周りの理解が進んでいないことが当時はつらかったですね。

でも、僕よりも親のほうがつらかっただろうと思います。母が思い詰める姿を見て子ども心に「自分はなんて親不孝だろう」と思ったこともありました。自分が親になった今、わが子にそんな思いをさせてしまうと想像すると、当時両親がどれほど胸を痛めたかわかります。

卵や乳、小麦を食べるとかゆみや喉の腫れといった症状が出るので、他の子と同じものは食べられず、ふかし芋や、冷やしたピーマンなどがおやつ代わりでした。他の子と同じおやつを食べると自分がつらい思いをすることは理解していたんですけど、子どもですからやっぱり食べたくて仕方がない。でも食べられない。

そんな僕を不憫に思っていた両親がある時、僕でも食べられそうな材料を探して、僕のためだけのお菓子を作ってくれたんです。今思えばそれは、石みたいに硬くてただ甘いだけのクッキーでした。それでも、食べても症状の出ない甘いおやつを食べられたことがすごく嬉しくて、そこまでしてくれた親の思いを感じて気持ちが満たされたんです。この時感じた幸せが、今パティシエとして、誰もが安心して食べられるお菓子を作る原動力になっているのは間違いありません。

両親はその後も、硬いクッキーをより食べやすく、そしてスポンジケーキへと、アレルギー対応商品を改良・開発していきました。そのうち口コミやテレビ局の取材で広く知られるようになり、店でも販売するようになりました。

まだ世の中にアレルギーという言葉すら浸透していない時期で、国のガイドラインもなく、アレルギー対応商品を扱う製菓店の先駆けでしたね。もともとは“僕のためのおやつ”でしたが、今は僕が作る側として、多くの人に安心して甘いものを食べてほしいという思いを引き継いでいます。

いわゆる洋菓子とは違う難しさがあると想像します。

例えば、小麦粉がダメなら単純に米粉に代えればいいだけじゃないかと思いますよね。でも、小麦粉と米粉では持っている性質が全然違うので、同じレシピで作ると餅みたいに硬くなってしまいます。通常スポンジを作る時は、小麦粉に含まれるグルテンを発生させて支柱にしてから、そこに他の材料を加えてふわふわにするという理論があります。つまり、米粉の持つ性質を理解した上で、ふわふわにするにはどうしたらいいかと組み立て直す発想が必要なんです。

残念ながらパティシエの間でさえも、アレルギー対応のお菓子は難しい、美味しくないという固定観念があります。そう思うなら、いろんな方法を試して、美味しくなるよう工夫すればいいだけだと、僕は考えているんです。

そもそもパティシエは多くの引き出しを持っていてこそ。スポンジケーキ一つ作るとしても、同じ材料で4パターンくらい作れないといけません。4つ作れるなら、材料を代えて5パターン目、6パターン目も見つけられるはずなんです。僕の父も当初から、一つのレシピでは飽き足らず、材料の粒子、産地、調理法などを変えては試作を繰り返し、改良を続けていました。より美味しいお菓子を作る技術力と発想力はつねに磨いていきたいと考えています。

作り方だけでなく、アレルギーに対応した良い素材を探すのもなかなか大変です。メーカーの開発も進んでいますが、大量生産できて一定の売り上げを確保できるのか、利益を含めて考えると厳しいことも多いですよね。せっかく良いものができても、採算が取れず撤退したメーカーもいます。

健康志向の高まりと精製技術が進んだことにより、昔なら製菓材料として見向きもされずただ同然だった雑穀も取り合いになっていますし、油脂類など以前に比べると価格が約10倍に高騰しているものもあります。それでも、質のいい材料を優先的に持ってきてくれたり、価格をなるべく抑えて提供してくれる業者さんもいて、応援してもらっています。

続きを読む
1 / 2

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。