Vol. 192|テディベア作家 清 祥子
作品を通して
多くの人々を
幸せにしたい
制作ではどんなところにこだわっていますか?
本物の材料と正確な技術を使うことで100年もつ作品にする、という信念で制作しています。欧米では実際に100年以上大切に受け継がれているテディベアも珍しくありません。
もう一つ大切にしているのが、眼と口元の刺繍で表現する、表情の豊かさです。眼はイギリス製のグラスアイを使用しますが、まずは真っ黒なグラスアイを見つめてその中に瞳を見つけ出します。実際には色の濃淡はないのですが、眼が合うと感じられる位置を見極めて、ほんのわずかな角度もずれないように縫い込みます。
口元も、ほほ笑むように弧を描いていますが、ステッチは始点と終点の2ヵ所だけ。内側の綿の詰め方を丁寧に調整して、刺繍糸がそのふくらみに滑らかに沿うことで、いきいきとした口元になります。眼をつける作業と鼻の刺繍だけで4時間以上費やすこともあるほど、表情づくりにはとことんこだわります。
デビューからの4年間、どんな時も全力を尽くしてきましたが、仕上がりに心から満足がいくようになったのはここ1年ほど。それは、ベアちゃんとしっかりと会話ができるようになったからなんです。
少し抽象的に聞こえるかもしれませんが、テディベアを作る時、私が縫い進めていくことでもともとあった命が形になり、世に出ていくという感覚を持っています。完全オリジナルなので実際には私が造形を決めて、一から作り出しているのですが、一対一で向き合って、その子がどうなりたいのかを問いかけ、答えをもらって完成に近づけていくんです。
会話ができるようになってからのほうが、作っていて緊張します。お客様に気に入ってもらえるかどうかのプレッシャーではなく、私自身がちゃんとベアちゃんの声に応えられているかという緊張感。私が手を止めてしまうと、その子の命はそこでついえてしまう。望んでいる形で生み出してあげるためにも、私には手を動かし続ける使命があります。
プロフェッショナルですね。
始まりは趣味の延長でしたが、お金を出して迎えてくださるお客様がいる以上は仕事として向き合うことが大事だと考えるようになりました。メールでのやり取りや、苦手で面倒に感じていた材料の発注、在庫管理などにも前向きに取り組んでいます。
それに、もともと人づきあいが得意でなく関わりを避けてきたのですが、これからはもっと自ら表に出て、多くの方に直接作品を紹介しながら魅力を伝えたいです。テディベアが私にたくさんの出逢いをもたらしてくれたので、恩返しもしたいですね。
ヨーロッパでは家族に代々受け継がれるテディベアがあったり、男の子の誕生祝いに贈り友だちとしてそばに置いたり。戦時中なら戦地に連れていくこともあるほど大切にされています。年月を重ねるほど味わいが増すアンティークの魅力や、丁寧な手仕事によって作られたものを贈る温かい文化も広めていきたいです。使い捨てや新しいものが好まれる傾向は根強いですが、富士・富士宮地域をはじめとして、物づくりに触れてもらえるイベントにも積極的に参加する予定です。
私の肩書はテディベア作家ですが、できれば“キューピッド”になって、ひと針ひと針心を込めて縫いあげたテディベアと、より幸せになりたいと望む人々をつなぎたい。幸せの連鎖を作りたいと思っています。とはいえ、お客様からもベアちゃんからも愛をもらっている私自身が、いちばん幸せを実感しているんですけどね(笑)。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa
清祥子
テディベア作家
1991(平成3)年9月26日生まれ(31歳)
富士宮市出身・在住(取材当時)
せい しょうこ/富士宮第一中学校、星陵高校卒業後、都内の音響系専門学校に進学。飲食業、不動産業を経て、23歳の時に富士宮へUターン。20代でバックパッカーを始め、アジア、ヨーロッパの国々を巡る。ドイツで大きなクマのぬいぐるみに一目惚れし、自身の中の愛着が開花。『ルートヴィヒ』と名づけたこのぬいぐるみが、現在の作家名『ルー』の由来になっている。24歳の誕生日に夫から贈られたテディベア制作道具・材料一式により、作家になることを決意し、ドイツで技術を学んだ作家・関澤洋子氏に師事。2018年に『Teddy Bear “LU”』(テディベア ルー)として作家デビュー。現在はSNSを通じた作品販売やオーダーメイドの受注、展示会への出店に取り組み、テディベア制作の教室も主宰している。
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
あらためて考えてみると不思議です。なんで人はクマのマスコットが好きなんでしょうね。犬や猫やうさぎのぬいぐるみが人気なのはわかります。実物もかわいいですから。でも本物のクマは危険な猛獣、なのに人はテディベアやプーさんやくまモンを愛してやみません。ずんぐりした体型はどこかお父さんのような包容力を感じさせるし、人間のように座ったり前脚を手のように使うことのできるこの動物には、ついつい擬人化して見てしまう存在感があります。
人は、無生物の中にも魂を見出すという不思議な能力を持っています。だから私たちはいろいろな思いを込めて彫像や人形などをつくり、愛情を注ぎ、自分の心を投影して対話をします。「そこに心がある」と信じる限り、その無生物たちにはある意味で本当に魂が宿っているのです。
清さんが完成したテディベアを依頼主のもとに送り出すときは、「かわいがってもらってね」ではなく「幸せにしておいで」と思うそうです。きっとベアたちは愛玩動物の代わりではなく、依頼主を守るという仕事を担って派遣される妖精みたいな存在なんですね。あなたの日常の中にいつでもホッとできる安心ゾーンを作ってくれるベアちゃん、いつかお迎えしてみませんか?
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