Vol. 182|チョウの研究家 袴田四郎
チョウを追いかけて半世紀
それほどまでに袴田さんを夢中にさせるチョウの魅力とは?
子どもの頃からこの歳までずっと興味が尽きないのは、チョウが環境によって変化し続ける生き物だからだと思います。自然界は決して一定不変な存在ではない、『諸行無常』を教えてくれるのがチョウなんです。
チョウの生態や分布はとても流動的で、本来いなかった場所に突然現れたり、逆に突然いなくなったりします。例えば、クロマダラソテツシジミというチョウは、もともと熱帯や亜熱帯にのみ生息していたんですが、1990年代から沖縄で見られるようになりました。その数年後には九州や関西にも発生して、今ではこの学校内でも当たり前のように飛んでいます。
また、生息環境や気温の変化によって翅の模様が少しずつ変化することも分かっています。こういった変化はすべて地球温暖化の影響だと思われがちですが、そんなに単純な話ではありません。クロマダラソテツシジミはソテツの新芽に産卵して、幼虫が若葉を食べます。もともと生育していなかった地域でソテツの植栽が増えたことや、苗木についた幼虫が輸送に伴って移動したことも要因のひとつと考えられます。
チョウを知ることは、その環境や人間の行動について考えることにつながるのですね。
このチョウはどこから来て、何を食べているのか。なぜここにいるのか、いなくなったのか。その場所の地質や歴史についてはもちろん、人間の活動が環境に与えた影響についても検証しないといけません。例えば、以前ユーラシア大陸にいたオオモンシロチョウが北海道に渡ってきた際、農薬に適応できず、個体数が激減したと聞きました。キャベツを好んで食べるオオモンシロチョウですが、商品として日本で栽培されたキャベツでは繁殖できなかったんです。
また他にも、チョウがいなくなった地域を調べてみると、近くにあった湿地を埋めて宅地にしていたり、外来種のチョウが人間によって意図的に放たれた事例もあります。チョウに限らず、人為的な環境変化は在来種の生態系を大きく変える危険があります。また異種との交雑による遺伝子汚染が進めば、やがて貴重な固有種が絶えてしまう恐れもあります。
チョウの変化は結果としての現象であって、そこには必ず原因があります。あらゆる生物は環境の中で生きていて、互いに影響しあい、変わり続けているんです。その中で人間がどう振る舞うべきかが問われていると思います。
最後に、袴田さんと関わりの深い地域の若者に向けてメッセージがあればお聞かせください。
コロナ禍でわが校の学校生活にも大きな影響が出ています。誰もが経験したことのない不安定な毎日が続く中、生徒も先生も模索しながら、まさに諸行無常の世界を生きているといえます。若い世代の皆さんに伝えたいのは、どんな状況でも自分と一緒に人生を歩んでくれる存在を見つけてほしいということです。趣味でも特技でも構いません。
僕の場合、それはいうまでもなく、チョウでした。これまで50年以上チョウとともに生きてきて、もしチョウがいなかったら、自分の人生はどうなっていたんだろうと思うことすらあります。仕事や生活がどんなに忙しくても、心を寄せる大切な存在があれば、気持ちのハリや目標ができます。
ところが、僕がチョウの話をすると、『最近はチョウなんてめっきり見かけなくなりましたね』と言われることがあるんです。『いやいや、いますよ!』って、いつも思います。チョウはたしかに昔と変わらず飛んでいるのに、なぜかその人には見えていない。それはつまり、興味がないだけなんです。見ようという意識を持たないと、目の前にあるものも見えません。
それは長い人生でも同じです。中学や高校までは、決められたレールの上に乗っていればある程度は無難に進めますが、問題はその先です。どれだけたくさんの情報が溢れていても、そこから何を選んでどう進むかはその人次第です。自分が関心と情熱を持てるもの、心から大切だと感じられるものを見つめる力を、しっかりと育んでほしいと願っています。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino Text & Cover Photo/Kohei Handa
袴田四郎
チョウの研究家/静岡県富士見中学校・高等学校校長
1953(昭和28)年3月6日生まれ(68歳)
天竜市(現・浜松市天竜区)出身
(取材当時)
はかまだ・しろう / 冬ごもりをしていた虫たちが地上に出てくるとされる、二十四節気の啓蟄に当たる日に生を受ける。二俣高校(現・天竜高校)、信州大学農学部を卒業後、静岡県の高校理科教諭として、下田南高校(現・下田高校)、引佐高校(現・浜松湖北高校)、伊東高校などで教鞭を執る。小学生の頃からチョウに魅せられ、以後50年以上にわたりチョウの採集や研究を行なう。教職の傍ら、専門誌への論文寄稿や調査報告、希少種の生態調査でインドヒマラヤ、中央アジア、沖縄先島諸島など、国内外のフィールドに足を運び、おもにアジアの高山帯に生息する7つの種グループの学名をつけた実績を持つ。複数校の教頭・校長を務めた後、2013年の定年退職後は放送大学静岡学習センターで教務主管を5年間務める。2018年より静岡県富士見中学校・高等学校校長に就任し、現在に至る。文化祭ではチョウの標本を自ら展示するなど、チョウ好きの校長先生として知られている。
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
蝶になって飛び回る夢を見た人が目を覚まして、はたして自分は蝶の夢を見ていたのか、それとも蝶が人間になった夢を見ているのか、というのは荘子の「胡蝶の夢」ですが、蝶という生き物にはどこか幻想的な美しさがあり、まるで一生をかけた長い夢のように、蝶に魅せられる人々が数多くいることも不思議ではありません。
袴田先生の校長室で見せていただいた、18〜19世紀の蝶の学術書。カラーの印刷技術がまだなかった時代にひとつひとつ手で細部まで描かれた蝶のイラストは、それはそれは美しいものでした。私は子どもの頃に読んだ「ファーブル昆虫記」のことを思い出しました。多くのアマチュア好事家・研究家の何世紀にも渡る情熱と好奇心を原動力に、自然科学は発展してきたのだと思います。
「センス・オブ・ワンダー」という言葉がありますが、自然界に溢れる美しさ、小さな世界で営まれる生命の不思議に目を向けたとき、驚きや畏怖の気持ちが自然と湧いてきます。「すぐそこにいるのに、多くの人は気づかないんです」と袴田先生は言います。日常の中でちょっと行き詰まったり毎日がつまらなく感じたとき、その目をしっかり開いてみるだけで、すぐそこにある不思議で魅力的な世界に気づき、生きていることを再確認できるんじゃないでしょうか。
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