Vol. 169|茶香房・山田製茶 茶師 山田 典彦
富士のフュー茶ー
雄大な富士山を背に、見渡す限り広がる新緑の茶畑。まさに日本を象徴する美しい景色の中で生活している我々は、ともすればこの環境を当たり前のものとして捉えがちだが、茶畑もお茶も自然に生まれるものではない。お茶を作る人、お茶を飲む人がいなければ、世代を超えてこの景観を維持することはできないのだ。
山田典彦さんは茶農家の2代目として生まれ育ち、20年以上のキャリアを誇るお茶作りのプロでありながら、その発想力はどこまでもしなやかで、既成概念に収まらない。山田さんの名前は知らなくても、自ら扮したPRキャラクター「茶ら男」と聞けば、イベント会場でひときわ注目を集めるその姿が記憶にあるという人もいるだろう。
地場産業という硬直しがちな分野に身を置きながらも、つねに新たな風を吹き込み、誰もが楽しめるお茶の世界を伝える山田さんの姿勢は、チャラさとは無縁のひたむきさに満ちている。
山田さんは生産者の枠を超えて、お茶文化の普及のためのボランティア活動を行なっているそうですね。
富士市内の若手茶農家が集まって、『お茶屋戦隊 茶レンジャー』として7年前から活動しています。ふざけた名前ですが、JA内の正式な部会名なんですよ(笑)。現在のメンバーは7名で、小学校を訪問してお茶の淹れ方や美味しさを伝えています。今年度は富士市内27校のうち15校から活動依頼をいただきました。
僕たちの一番の思いは、急須でお茶を飲む人を少しでも増やしたいということです。そのためには子どもたちにお茶の魅力を知ってもらって、時間をかけて文化を育てていくしかありません。昔はお茶の消費量も多くて、農家はただ一生懸命作っていればよかったんですが、今はもうそういう時代ではありません。日本人のお茶離れが進んで、大手メーカーが量産するペットボトルのお茶も安く買える中で、茶農家が自らアピールしなければ未来はないと思っています。
でも相手は小学生ですから、楽しくなければ関心を持ってくれません。僕たちの授業では、あえて最初は正しい淹れ方を教えないんです。まずは子どもたちに任せて好きにやってもらうと、いきなり熱湯を入れてみたり、茶葉を直接湯呑みに入れてみたり(笑)。その後で、旨味と甘みが最大限に引き出される60℃のお湯で煎茶を淹れて飲んでもらうと、『わぁ、全然違う!美味しい!』となるわけです。
そもそも家庭でもお茶を飲んだことがないという子も増えている中で、こうした感動や発見を通じてお茶と向き合ってもらう機会が大事だと思います。茶葉を持って帰って、家族にも美味しいお茶を飲ませてあげようという宿題を出すんですが、後日親御さんから『子どもに淹れてもらったお茶がすごく美味しくてびっくりしました』という嬉しいお手紙をいただいたこともあります。
「茶レンジャー」の新たな活動として、富士市のほうじ茶ブランド化事業も進んでいるそうですね。
茶レンジャーのうち4名の農家と富士市のJA、行政、経済団体などが協力して、今年度から本格的に始まった事業です。これまでに会議や試作を何度も繰り返して、茶葉の品種や製造方法はほぼ固まったところです。今後は具体的に商品化する予定で、ゆくゆくは地元の飲食店にも協力をお願いして、ブランド化したほうじ茶を展開していきます。富士市では以前から、茶業を盛り上げるためのPRイベントが行なわれてきましたが、今回の事業は生産者が直接加工やブランド化に関わるという点で、前例のないプロジェクトです。
茶葉を焙煎して作るほうじ茶には独特の色味と香ばしさがあります。最近ではほうじ茶入りスイーツなどもたくさん登場していて、消費量はここ10年間で3倍にまで増えています。お湯の温度によって風味が大きく左右される煎茶と比べて、熱湯を注ぐだけで誰でも簡単に美味しく飲めること、あっさりとした口当たりで食事の味を邪魔せず、普段使いがしやすいのも特徴です。
ほうじ茶は茶葉の中で品質の劣るものを使った安いお茶、というイメージがあるかもしれませんが、僕たちはあえて一番茶を使います。高品質で美味しいほうじ茶を作りますので、ぜひ期待してください。
茶農家さんが商品開発や販売にそこまで深く関わっているとは驚きです。
富士市の茶農家の特徴として、自前の製茶工場を持っていて、茶葉の生産・加工・販売までを一貫して行なう『自園自製自販』と呼ばれる業態が多いという背景もあります。これは茶農家それぞれのこだわりや独自性が出しやすい環境ともいえます。
僕自身も22歳から本格的に家業に携わってきましたが、若い頃から製茶作業を任され、並行してイベントでの出店販売も積極的に行なってきました。もともと人付き合いが好きで、対面販売でお客さんの反応や要望を肌で感じることができるのも貴重な機会です。なぜ売れたのか、なぜ売れなかったのか、その都度理由を考えて、改善して、また疑問が生まれてと、研究するのが好きなんですね。
自らをキャラクター化した『茶ら男』というスタイルで販売する戦略も、試行錯誤の中で生まれたアイデアでした。イベント会場でお客さんを集めているケーキやパンの有名店を見ると、目を引く衣装や統一された雰囲気があるんですね。それで8年ほど前に、当時の富士市産業支援センター『f-Biz』に相談してみたんです。自分自身をキャラクターとして演出してみようということは決めていて、名前はダジャレで『茶ら男』でいこうと(笑)。そこから衣装を決めて、メディア向けに情報発信をして、多くの方のサポートをいただきながら戦略を練っていきました。
茶ら男としてのデビューは東京の巣鴨での街頭販売だったんですが、静岡のテレビ局が東京まで取材に来てくださって、その様子が放送された直後に出店したイベント会場では一日中お客さんの大行列ができました。私服で販売していたら絶対にこうはなりませんし、それ以降は『茶ら男に会いに来たよ』と言ってくださる常連のお客さんも増えました。
周りからは『よくそんな格好するよね』なんて言われることもありますが、自分が広告塔になるだけで宣伝費はかからないんですから、僕に言わせれば、これで知ってもらえるなら、買ってもらえるなら、やらない手はないでしょうという話です。もちろんその前提として、生産者としてお茶の品質にこだわっているのは言うまでもありません。消費者の安心安全に配慮した減農薬栽培や、味や香りが引き立つ遠赤外線による火入れなど、細かなところまで挙げれば数えきれない手間をかけていますし、こうした工夫や改善に終わりはないと思っています。その上で、どうすれば多くの人にお茶を飲んでもらえるか、商品の価値が伝わるのかを考えていく力が、今の世の中には求められているんだと思います。
固定化されたお茶のイメージを変えていこうという戦略なんですね。
お茶屋でお茶を買うこと自体、どうしても敷居が高く見られがちなんですよね。ですから店舗でもイベント会場でも、もっと気軽に、誰もが訪れることができる雰囲気にしていかないと。そのためには、お茶以外の商品も積極的に売っていくべきですし、むしろお茶は二番手の商品でもいいとすら思っているんです。
実際にここ数年、イベント会場では焼き団子やかき氷も販売しています。団子に添えるあんこやかき氷のシロップは自分で開発したオリジナル品で、自社のほうじ茶、紅茶、抹茶などを使っています。また異業種との提携も進めていて、富士市内のクレープ屋、お菓子屋、そば屋などにもお茶を卸しています。ビジネスとしてお互いにメリットがありますし、自分が知らない業界の人と協力していく過程で新しいアイデアが生まれることもあります。
ただその一方で、『お茶は無料で飲めるもの』というイメージも固定化されていますよね。飲食店でもサービスエリアでも、コーヒーは有料なのに、お茶は無料です。飲料水にはお金を払うのに、それ以上に手間が加わったお茶はタダっていうのは変じゃないですか?(笑)
そういう意味でも、僕はお茶を『シーン』で売ることが重要だと思っています。つまり、その時々の場面や飲む人の感情に寄り添う形で具体的に提案していくんです。癒やされたい時はカフェインが少なくて血管拡張効果のあるほうじ茶でリラックスしましょうとか、キャンプでは茶殻の出ない粉末のお茶が便利ですよ、とか。今の時代、『お茶はいかがですか?』だけではダメで、多少遠回りしてでも、丁寧にシーンを伝えていくことで納得して買ってもらえると思うんです。
また、今はコロナ禍で家にいる時間が増えた分、お茶を飲むシーンの価値は高まっているはずです。家族団らん、ストレスの緩和、免疫力の向上など、具体的な効果も期待できますし、お茶を飲むという行為を通じて、生活の中にちょっとしたゆとりや潤いが生まれます。週に1回でも2回でもいいので、急須のお茶を家族で囲む時間を持ってもらえると嬉しいですね。
お茶はシーン(場面)で飲むもの
アイデアマンの山田さんですから、今後のご活躍も楽しみですね。
これからも愚直にいいお茶を作り続けたいという気持ちはありますが、そのことだけに囚われるつもりもありません。今ある環境をいろんな角度から捉えることで、新しい可能性も見えてくると思うんです。
たとえば、店舗の横にある実家は築72年の日本家屋なんですが、日本の原風景ともいえるような農家の佇まいが残っています。このスペースを古民家カフェのような形で提供できれば、山田製茶のお茶を商品としてだけではなく、一つの文化体験として味わってもらえるかもしれません。
また、製茶工場の清掃やメンテナンスには人一倍気を配っていて、設備や製茶作業の見学も随時受け入れています。コロナ禍もまだまだ先は読めませんし、しばらくは公的な大規模イベントの開催は難しいでしょうから、自分でイベントを企画・開催してみようかと考えているところです。駿河湾がきれいに見える茶畑の一角にアーモンドの木を植えて、春はお花見、秋は収穫祭をメインにしたアウトドア体験会とか、ペットと楽しめるドッグランを作るとか、使われないまま茶畑に立っている霜除け用の送風機で特大のブランコを作るとか。アイデアはたくさんありますし、多くの人が楽しめる場を提供できれば、お茶の販売機会だけでなく、この地域全体の魅力が増していくはずです。
いろんな制約があるのは承知の上ですが、その壁をひとつひとつ乗り越えていくことにもやりがいを感じます。人生は一度きりですから、今後も積極的にチャレンジしたい。自分が作ったものをしっかりと世に届けるために、こだわるところはこだわる、曲げるところは曲げる。そしていろんな人とつながりながら、楽しいシーンを作り出していきたいですね。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Photography/Kohei Handa
山田 典彦
1977(昭和52)年5月26日生まれ (43歳)
富士市出身・在住
(取材当時)
やまだ・のりひこ / 須津小、須津中、吉原商業高校(現・富士市立高校)、農業者大学校を卒業後、家業であるお茶の生産・加工・販売に従事。2012年、自らをPRキャラクターとして演出した『茶ら男』によるブランド展開でメディアの注目を浴び、以来出店するイベント会場では長蛇の列ができるほどの盛況となる。2013年に地元若手茶農家で結成した『お茶屋戦隊 茶レンジャー』では、お茶文化の普及を目的として富士市内の小学校を訪問するボランティア活動を毎年継続している。2020年、富士市農政課や富士商工会議所などと連携した『ほうじ茶ブランド化事業』にも参加。来年度からの本格販売を目指して富士市のお茶を全国や世界へ向けてアピールすべく尽力している。
茶香房 山田製茶
店舗:富士市中里129
TEL:0545-34-1612
https://yamada-tea.shop-pro.jp
「茶ら男」とコラボしたい企業やお店を募集中です。詳しくは山田製茶までお気軽にお問い合わせください。
清掃の行き届いた製茶工場
遠赤外線による火入れの工程
取材を終えて 編集長の感想
お茶関係の方を当紙でも何人かご紹介してきました。富士市の象徴的な産業のひとつであるがゆえ、市民としても身近なトピックです。富士山と同じくお茶というのも「そこにあって当たり前」と富士の人は考えがちですが、当たり前にあるものは「いくらでも替えが利くもの」として商品価値がどんどん下がっていきます。経済学ではこれを“コモディティ化”と呼びますが、つまりは“ブランド化”の逆です。
お茶の商品価値を高めることは地元経済にとっても大事な課題で、山田さんもそんな努力をしている一人です。自ら広告塔を務める氏の存在は以前から知っていましたが、今回直接お会いし、その表向きのキャラとはまた違うビジネスマンとしての堅実さ、商売人としての鋭いセンスが新鮮でした。単に「目立つ宣伝」ではない、喫茶体験そのものの価値を高めるマーケティング的視点が光ります。
表紙撮影後、山田製茶の茶畑のうち「もっとも美しい場所」に連れていってもらいました。街と駿河湾が一望できる、それはそれは素晴らしい眺めでした。「この景色を茶葉にだけ見せるのはもったいない。畑だけでなく、人が集まれる場所にして、富士の観光資源にしたい」とまでおっしゃっていました。お茶のブランド化どころか街全体の魅力向上を見据えているところに、やはり街の象徴産業を担っている人々ならではの意気込みと責任感を感じました。
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