Vol. 143|富士市なわとび協会 会長 西沢 尚之
誰だって世界一がんばれる
富士市の子どもたちが2つのギネス世界記録を保持している。富士市なわとび協会が主宰するなわとびチーム『E-Jump Fuji(イージャンプフジ)』は2017 年、1本の長縄をグループで跳んだ総回数を競う『8の字跳び』で、1分間で230回、3分間で563回という金字塔を打ち立てた。実に1秒間に約4人が順番に縄を跳び続けるという驚異的な技だが、さらなる高みを目指して、今なおその記録の更新に挑戦し続けている。この活動の先頭に立ち、子どもたちを牽引してきたのが、同会会長の西沢尚之(にしざわ なおゆき)さんだ。
世界記録と聞くと、なわとびの技術だけを徹底的に叩き込まれたエリート集団をイメージしがちだが、現役の小学校教諭でもある西沢さんが何よりも重視しているのは、意外にも『挨拶と返事』だという。あくまでも主体的な存在として子どもたちを個々に見つめ、その可能性を信じ続ける西沢さんの教育観・人間観は、強くしなやかに一本筋が通っている。
地元の子どもたちがギネス世界記録を2つも持っていることには驚きました。
なわとびに関するギネス記録の種目はいくつかありますが、小中高校生で構成するチーム『E-Jump Fuji(イージャンプフジ)』では、得意とする8の字跳びで2つの世界記録を持っています。このレベルになると、跳ぶ時に誰も縄なんて見ていないんです。縄はほぼ残像として見えているだけで、ターナーと呼ばれる縄を回す係が出す『ハイ!ハイ!ハイ!』というかけ声を頼りに、全員が連動してリズムに合わせて跳んでいきます。
以前は僕も『頑張れ!集中だ!本気出せ!』と、ずいぶん根性論に頼った指導をしていましたが、録画した映像をスロー再生してミスの原因を分析したり、コンマ何秒という動きを修正したりすることで、理論的なノウハウとして確立してきました。
なわとびには1人で跳ぶ短縄跳び、長縄跳び、2人で2本の縄を跳ぶホイールなど、50以上の技があります。もともと長縄跳びのチームとして活動してきたE-Jump Fujiですが、最近は個人種目にも挑戦していて、昨年開催された国内最大規模の大会『全日本ロープスキッピング選手権』では上位に入賞する選手も出てきました。
昔から学校教育でも取り入れられてきたなわとびをやったことがないという人はほとんどいませんよね。なわとびは縄一本あれば誰にでも始められる身近な運動で、金銭的な負担も少なく、体格や運動能力にかかわらず、努力すればするほど上達することが大きな魅力です。E-Jump Fujiの活動は月に2〜4回程度、平日の夕方に富士市内の公共施設で開催していて、小学生以上であればいつでも誰でも参加できます。
指導者としての西沢さんがなわとびに出会ったきっかけは?
教員として最初の赴任地だった下田市の小学校で、長縄の8の字跳びをやっていたんです。もとは全校的な体育の一環という扱いでしたが、ただ跳ぶだけじゃつまらないから、チームに分かれて目標の回数を設定して、みんなでもっと上を目指そうよと提案したところ、子ども同士が競い合うようになったんです。最初は対抗心が先走って少し雰囲気が悪くなったこともありましたが、しばらく続けているとお互いに高め合おうという空気が生まれてきて、跳べる回数が飛躍的に増えていったんです。気持ちとやり方次第でどこまでも伸びていく子どもたちの可能性に衝撃を受けた、僕の中でも象徴的な出来事でした。
第二の転機となったのは、富士市の大淵第一小へ異動になってからのことです。かつては学校教育の延長線上にあった陸上の記録会が継続されなくなった時期と重なり、このままではいけないという危機感を日々感じていました。多面的な評価の機会が減り、子どもたちの体力低下を目の当たりにする中で、ふと思い至ったのが、前年の体育主任研修会で知ったなわとび活動の先進事例だったんです。研修会の講師だった埼玉県なわとび協会の戸田克(とだ まさる)さんを改めて訪ねて、なわとびの指導法や大会の開催・運営方法などを詳しく学びました。
その後、市民有志や児童の保護者を中心にボランティア組織として2013年に設立したのが『富士市なわとび協会』で、その活動のメイン行事が、毎年開催している『富士山なわとび大会』です。年々増え続けている参加者は前回大会では約400人で、この日を目標に1年間なわとびを頑張るという子もたくさんいます。また、小学生を対象に1泊2日で行う『富士山なわとび合宿』や、富士山こどもの国での親子なわとび教室、地域のイベントでの8の字跳びのパフォーマンスなどにも取り組んでいて、今後は子どもだけに限定せず、生涯スポーツとしてのなわとびを多くの人に楽しんでもらえる企画も発信していく予定です。いつかは富士市を、縄一本で感動が生まれ、みんなが健やかに暮らせる『なわとびの町』にしていきたいですね。
とはいえ、世界記録を狙うとなると、子どもたちにかなり厳しいトレーニングを課しているのでは?
それはよく聞かれます(笑)。でも全然違うんですよ。僕たちはギネス世界記録のためだけにやっているわけでも、なわとびのプロを育てたいわけでもありません。E-Jump Fujiは入会金も会費もありませんし、いつ来ても休んでもOK、嫌になったら途中で帰ってもいいよというスタイルですから。
僕が人一倍厳しく指導している点といえば、挨拶と返事、そして親への感謝の気持ちを持つこと、これだけです。あとはそれぞれの個性でいいと思っています。学校でも家庭でもなわとび活動でも、子どもたちの成長の基本になるのは信頼関係です。気持ちのいい挨拶と返事ができて、親への感謝ができる子、仲間を思いやれる子は、何をやってもすぐに伸びますから、それがしっかり身についていれば、なわとびの技術や記録は後からついてきますよ。
その上で、僕自身が指導者として肝に銘じていることは、子どもたちを信じて、『やればできる!』と鼓舞し続けることですね。理屈や計算だけではどうしても乗り越えられない壁にぶち当たった時に、周りの大人がどれだけ子どもたちを信じて待てるかが鍵になります。
実は、今でも忘れられない後悔があるんです。以前、日本テレビの『24時間テレビ』に声をかけていただいて、番組内で行う8の字跳びのコンテストに出場することになりました。当時赴任していた大淵第一小の学年選抜で東京に行って、練習の成果を全国放送で披露するにあたって、僕がまず考えてしまったのが『この子たちに恥をかかせたくない』ということでした。記録よりもミスなく1分間の競技を終わらせることを重視した結果、子どもたちは一度も引っかかることなく、見事に跳ぶことができました。まるで優勝したかのように泣いて大喜びしていたら、なんとその直後に跳んだ岐阜県の小学生が僕たちの目の前で217回という当時のギネス世界記録を出したんです。
悔しさ以上に、子どもたちに申し訳ないという思いが溢れてきました。ミスを恐れず挑戦していれば、この子たちにも同じことができたかもしれないのに、彼らの可能性に僕が最初にフタをしてしまったんだと、帰りのバスの中で反省しっぱなしでした。そして実際、地元に帰って練習を積んだところ、それと同じ記録が出せるようになったんです。そこで確信したのが、子どもの可能性は無限大だということ、それを信じて引き出すのが自分の仕事なんだということでした。
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