Vol. 117|シンガーソングライター やうこ

やうこ味のキャンディー

アーティストという言葉には実に幅広い芸術領域や表現方法が含まれ、そのスタイルもさまざまだ。職人肌でひとつの芸事をとことん掘り下げていくタイプもあれば、分野の壁を越えて才能や感性の幅を広げながら輝くタイプもある。

富士市出身のシンガーソングライターとして国内外で活動するやうこさんは、歌手、作詞家、作曲家、ピアニスト、プロデューサー、コーディネーター、マネージャーなど、一人何役もの活躍を精力的に続けている。特筆すべきはマルチな才能を有しながらも、表現の核となる部分はあくまで本物志向で、決してぶれることがないという点だ。その上で、常に観客目線で自分を見つめる冷静さと、他者と共鳴し合えるしなやかさ、寛容さも兼ね備えている。この記事を読んで「なんだか不思議で面白そうな人だな」と感じたら、あなたはもう深淵なる”やうこワールド”の入口に立っているのかもしれない。

私はかぐや姫の生まれ変わり

音楽を始めたきっかけは?

母が昔シャンソン歌手を目指していたこともあって、長女の私には小さな頃から歌をたくさん聴かせていたそうです。幼児期になると聴いた歌はすぐに覚えて、おもちゃのピアノで遊びながら歌っていたらしくて、この子には才能があるかもしれないとピアノを習わせてくれたそうです。物心がついた頃にはピアノを弾くことが楽しくて、やらされているという感覚はありませんでした。

また小さな頃から哲学的なものに関心があって、「なんで人は生きているんだろう?」とか「私はどこからやってきたんだろう?」といったことをいつも考えていました。ある時、私はもしかすると宇宙人なんじゃないかと思って母に聞いたら、「あなたはかぐや姫の生まれ変わりなのよ」と言ったんです。たしかによく月を眺めていたので、そうだったのかと妙に納得したりして(笑)。少し変わった子でしたが、それが今の感性や想像力にもつながっていると思います。

またそんな自分の個性を両親が否定せずに認めてくれたことも大きかったです。周りに何を言われても気にしなくていいよ、人と違ってもいいよ、そのままでいいよと、まっすぐに育ててもらったことは幸運でしたし、両親には感謝しています。大人になってから人間関係で苦労したり落ち込んだりすることがあっても、幼い頃に培った安心感や自信があったことで精神的にも強くなれましたし、音楽が好きという気持ちや自分のオリジナルな表現をする意欲を持ち続けていられるのかもしれません。

ピアニストではなくボーカリストとしてデビューした経緯は?

ピアノで音大に進んだ後にモデルやタレントとして活動していたんですが、当時のマネージャーが趣味でやっていたアマチュアバンドに誘われてキーボードと作曲担当として参加したら、ものすごく楽しかったんです。昔から洋楽のロックサウンドが大好きでしたが、音大に入るまではクラシック音楽とビアノ漬けの毎日だったので、ロックは親に隠れてこっそり聴いていました(笑)。

そんな中、ある番組のプロデューサーからボーカリストのオーディションがあるから受けてみないかと言われて、受けてみたら見事に受かってしまったんです。私以外のバンドメンバーはずいぶん年上の人ばかりで、私は右も左も分からないまま、ボーカリストとしてデビューすることになりました。自分でも詞や曲を書いてみたらメンバーやレコード会社の方から評価してもらえて、アルバム曲に収録してもらったこともあります。さらにその頃、知人の紹介で音楽プロデューサーの小室哲哉さんのパーティーに行った時に、置いてあったキーボードをなんとなく弾いていたら小室さんに声をかけてもらって、一緒に仕事をする機会にも恵まれました。

その後はシンガーソングライターとして活動しながら現在に至るわけですが、振り返ってみると自分でも不思議なくらいに節目節目でいい出会いがあって、素晴らしい人に見つけてもらって、引っ張ってもらいました。今はただ感謝の気持ちしかありませんが、その一方で思うのは、自分の存在や能力を見出してもらうためには、やはりそのための場所に自ら出向かないといけないということです。そのためにはもちろん日々の努力も必要ですし、情報のアンテナを広げておくことやフットワークの軽さも大切だと思います。

ビジュアルでも楽曲でも魅せる、
ハイブリッドなステージを

歌詞やメロディーはどのようにして作るのですか?

楽曲は自分自身の体験や心情から想起されるものが多いです。思い立った時にメモを取っておいて、後で組み立てていくという感じです。恋愛に関する歌詞が多いですが、恋愛だけに限定されない普遍的なメッセージとして発信したいとは思っています。歌詞を先に決めてしまうとその言葉に引っ張られてメロディーが制約を受けてしまうので、基本的に曲を先に作ります。

作曲ではコード進行、つまり曲の伴奏で使う和音の配置が大切で、音の響きや組み合わせは特に重視しています。サビの部分だけではなくて、曲のどこを切り取っても美しく心地良い音色にしたいというのが理想です。作品の中で第三者からの評価の高い楽曲というのは緻密に作り込んだものが多くてやはり何事も設計図が大事なんだなと、我ながら痛感させられます。音楽に限らず、細かいところまで作り込んだ作品が好きなんです。たとえば吉本新喜劇とか(笑)。

やうこさんがセルフプロデュースして活動している音楽ユニット『Die Milch』について教えてください。

ディ・ミルヒはクラシック、ポップ、ロックなどの音楽とロリータファッションを融合させたユニットです。2012年に始動して、現在では私の音楽活動の中心となっています。見た目のインパクトや刺激が強いので、作品を聴く前から敬遠されることもあるんですが、実際にやっていることはクラシックの延長線上で、楽曲も演奏も王道なんですよ。9月に発売される『サラサーテ』というクラシック音楽と弦楽器の専門誌にもディ・ミルヒとしてのインタビュー記事が掲載される予定です。

日本発祥のロリータファッションが海外で流行っているということは以前から知っていて、これをクラシックと融合させれば絶対にウケるという自信がありました。マリー・アントワネットの時代のヨーロッパと現代のクールジャパンをミックスしたこの世界観は私の頭の中からしか出てこないものだと思いますし、いつか世に出したいとずっと温めてきたアイディアでした。予想通りではありますが、これまでの活動では日本国内よりもむしろ海外のファンが先行する形で評価をいただいています。

セルフプロデュースにはこだわっていて、音楽だけではなく、衣装や各メンバーのテーマカラーなど、ビジュアルやストーリーの細部まで徹底的に作り込んでいます。メンバーは中世ヨーロッパの人形たちという設定で、私はやうこではなくCocoという別のアーティスト名を使っています。お気に入りの人形たちが人間の姿となって美しい音楽を奏で始める、という世界観です。よくそこまでやるねと言われますが、作品としてお客さんからお金をいただく以上、中途半端なものにはしたくないんです。そこにはモデルやタレントをやっていた頃の経験も役立っていて、自分自身が商品として観客からどういう風に見えているのか、どんな価値を届けることができるのかということを常に考えています。一般的に売れているからとか、みんなが知っているからとかではなく、作品そのものを本質的に評価もらえるような活動を続けていきたいですし、その点では常にパイオニアでありたいと考えています。

独創的な世界観を持つ『Die Mich(ディ・ミルヒ)』のステージは海外でも熱狂的なファンからの支持を集めている

海外での公演にも積極的に取り組んでいるそうですが、日本と海外で反応の違いはありますか?

海外での公演はやうこ、ディ・ミルヒを含めると、イギリス、フランス、オーストリア、チェコ、ベトナム、中国など、数多く行っていますが、海外で経験したことやそれぞれの国の文化や風習から影響を受けたことは大きいですね。現地に行ってみたら話が違うとか衣装が届かないとか、いろんなトラブルはつきもので、各国の社会情勢の影響も受けてしまうリスクはあります。しかも事務所には所属していないので、メールで届く出演依頼への対応から交渉、打ち合わせ、移動まで、全部自分でやるからものすごく大変なんですけど、それでもやっぱり海外での活動は魅力的ですね。海外ではお客さんの反応もダイレクトで、「君は天才だ!」とか「この音楽に出会うために生まれてきた!」と絶賛してもらえることもあります。自信を持って表現したことを正当に評価してもらえるのは何よりも嬉しいですし、アーティスト冥利に尽きます。

それと同時に、海外に行くと逆に日本人としての自分のアイデンティティも強く意識して、日本の文化を自分なりにかみ砕いたものとして、作品や表現を通じて伝えたいという思いも強くなりました。ただ日本の着物を正装として普通に着ても「ビューティフル!」だけで終わってしまいます。私としてはいかにも日本的な感じではなく、アーティストとして少し違った視点から日本の文化を知ってほしい、興味を持ってもらいたいと思うんです。言ってみれば、やうこ味のジャパニーズキャンディーです(笑)。とはいえ、着物も楽器も基本や正統を踏まえずに我流でやってしまうと、単なるおふざけになってしまいますし、誤解を招いてしまっては本末転倒です。それで着物や琴なども大人になってからきちんと習いました。だって私はかぐや姫の生まれ変わりなんだから、琴くらい弾けなきゃダメですよね(笑)。

きっと、
一生アーティスト

秋には富士市でのライブも決まっているそうですね。

富士・富士宮の皆さんにはこれまでもたくさん応援していただいたので、少しでも思返しができればと思っています。11月に富士市の永明寺で開催されるライブでは、かぐや姫をテーマにした楽曲や演出を考えています。永明寺では過去にも2回ライブを行いましたが、かぐや姫伝説という貴重な地域文化が伝わる土地でもありますし、かぐや姫の生まれ変わりを自認する私としては特に思い入れのある会場です。生まれ故郷の魅力を内外に発信したいという思いもあるので、ぜひ多くの方々に足を運んでもらえると嬉しいです。

ここ数年はディ・ミルヒとしての活動をメインに頑張ってきましたが、実は最近自分の中でも「やうこ熱」が高まっているんです。やうことして2014年にリリースしたミニアルバムが『Arabesque』というタイトルで、直訳すると『アラビア風の』という意味ですが、イスラム美術の模様の形式名でもあり、クラシック音楽ではドビュッシーの作品名になっていて、さらにバレエでも用いられる言葉です。やうことしてもディ・ミルヒとしても、表現の手法は違っても私の作品や表現に底流するものは同じで、さまざまな文化の本質を大切にして、それらの交わりや融合を模索しながら、私というフィルターを通して美しく演出したいという点に尽きます。広い意味での音楽活動、文化活動はまさに私のライフワークで、形や立場は少しずつ変わりながらも、きっと一生続いていくものだと思っています。

【取材・撮影協力】
大冨山永明寺(富士市原田1167)
ビューティーサロン杉本(富士市今泉1-8-14)

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa

やうこさんプロフィール

やうこ
シンガーソングライター

富士市比奈出身・神奈川県在住
(取材当時)

4才からピアノを始める。在学中にコンクールに入賞し、音大へ進学。1997年に日本コロムビアよりfrascoのボーカル・作詞・作曲家としてデビュー。1998年、小室哲哉氏とジャン・ミッシェル・ジャール氏によるパリでの150万人ライブに出演。2005年よりアーティスト名を「やうこ」に改名。フランス・イギリス・ベトナム・中国・韓国など海外でのライブ活動も積極的に行い、国境を超えた音楽表現の可能性を追及している。富士市では2007年よりかぐや姫伝説をモチーフとした音楽活動を継続的に行う。2012年からは新たなセルフプロデュースユニット「Die Milch」の活動を開始。現在は当ユニットでの活動をメインにしつつ、不定期でやうこ名義でのライブも行う。その他、K-MIX(FM静岡)レギュラー番組「やうこのアルデンテルーム」(毎週日曜20:25〜20:55/富士・富士宮85.8MHz)ではパーソナリティを務めるなど、多彩な才能を発揮している。

公式ブログ: https://yauko.net/(続・やうこの猫的生活)
Die Milch公式ウェブサイト:https://diemilch.com/

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