Vol.105 |母力向上委員会 代表 塩川 祐子
輝くお母さんに、「いいね!」
元気で明るい印象を与えるその姿から、贈り物として定番の花、ガーベラ。今回紹介する塩川祐子さんが代表を務める市民団体・母力向上委員会のシンボルマークには、赤いガーベラがあしらわれている。
子育て中の母親たちが有志で集い、高め合っている「母力」とは、家庭内で子どもを養育するためのノウハウ、だけではない。塩川さんと母力向上委員会のメンバーが共有するのは、ステレオタイプな主婦像やフェミニズムの先にある、女性が主体的に輝ける社会の実現という大きな目標だ。だからこそ、その活動はただ楽しいだけの井戸端会議でもなければ、一度限りの打ち上げ花火でもない。ガーベラの花言葉のひとつが、メンバーの思いを端的に表している―――「常に前進」。
今や行政や企業からも熱い視線を集める市民団体のリーダーとして、陰になり日向になり汗をかく塩川さんの素顔もまた、気取らず、親しみやすく、元気に溢れた一輪のガーベラのようだった。
「私、きっと大丈夫!」この言葉でお母さんは輝ける
まずは母力向上委員会について教えてください。
富士宮・富士エリアを中心に、子育て中のお母さん自身が運営している市民団体で、2008年に発足しました。会員数は現在約100名です。妊娠・出産・子育てをプラスにする生き方をさまざまな形で提案することで、すべてのお母さんが地域とつながり、自分自身を前向きに捉えながら主体的に活動することを目的としています。具体的にはお母さん同士が情報交換を行う座談会や出産・育児に関する講習会、ハンドメイド作品の販売会、フリーペーパーの発行、各種交流イベントなどを行っていて、今年の4月からはこれらを富士宮市の委託事業『母力応援プログラム』として手がけています。
また企業との協働にも取り組んでいて、お母さんたちのハンドメイド作品を展示販売するレンタルスペースの設置や、命と家族の在り方を問うドキュメンタリー作品の映画館での上映提案なども行ってきました。昨年は企業とNPOの協働アイデアコンテストに参加して、コンビニに子育て支援のさまざまな機能を持たせる協働事業の提案で最優秀賞を受賞することもできました。
活動を立ち上げたきっかけは?
直接のきっかけは、3人目の出産の前後にブログや助産院の同窓会を通じて知り合ったお母さんたちと意気投合して、『何かやろうよ!やれるよ!』と盛り上がった、その場の勢いですね(笑)。当時は地域の出産施設がどんどん減っていて、お母さんたちにとって産み方を自由に選べない状況は深刻な社会問題だと感じました。私自身も元は看護師で、出産施設が一生懸命やっていることも充分理解していましたが、だからこそ、なぜうまくいかないんだろうという思いが強くて。
そこでまずは社会に対して当事者の声が少しでも届くようにと、お母さんたちを集めて『お産を語る会』という勉強会を始めたんです。最初は手作りのチラシと口コミだけの告知でしたが、思った以上の盛況で驚きました。手伝ってくれた助産師さんからも、この活動はぜひ続けるべきだと言っていただき、そこに子育ても絡めた形で、『お母さんに必要な力って、何だろう?』というテーマのもと、母力向上委員会を発足させることになりました。
塩川さんご自身の出産や育児は順調でしたか?
いえ、とても順調とは言えませんでした。初産の時は妊娠中もギリギリまで働いていたんですが、出産を機に浜松から富士宮に引っ越してきて、見知らぬ土地で知り合いもいない中、子どもを抱いて出かけても自宅にいても、孤独で、憂鬱で、日々ノイローゼのような状態でした。乳幼児虐待のニュースを見ても他人事とは思えないほど敏感になっていて、お母さんになれて幸せなはずなのに、なぜか辛いという思いがずっと心の中にあったんです。これじゃいけないと思い、長女が9ヵ月の時に保健師としてフルタイムで働き始めました。職場では専門性のある仕事を求められ、それを提供できる自分がいて、地縁的な人間関係もできたことで、不安な気持ちは和らいでいきました。
ただその反面、我が子を保育園に育ててもらっているような感じがして。自分は家に帰ったらご飯を食べさせて、お風呂に入れて、寝かしつけるだけ。効率的に世話をしているだけで、子育てをしているという実感が湧かなかったんです。これも何か違うなと思って、2人目の妊娠を機に退職して、主婦業に専念しました。子どもに目を向ける余裕も出てきて、そこでようやく『お母さんって、楽しいかも』と思えるようになりました。
さらに3人目の出産では助産院を選択したんですが、そこでお世話になったベテランの助産師さんに、『産むのはあなた。産み方は育て方なのよ』という言葉をかけられた時に初めて、自分で選択して自分で行動することが大事なんだと自覚しました。世の中には不都合なことや不満がたくさんあるけど、そのたびにあれが足りない、これさえなければ、誰かのせいだと愚痴ばかり言っていても仕方がない。今の自分にでも何か始められることがあるんじゃないかと、少しずつ意識が変わって、母力向上委員会の構想に結びついていきました。
お母さんになったのに、
なぜか辛い日々
選ぶのは自分だと気づいて、
景色が変わった
運営メンバーやイベントの参加者にはどんな人がいるのですか?
いろんな能力や得意分野を持った人が集まっていて、超個性的ですよ。チームワークは最高ですが、お互いに思ったことはしっかりと主張するので、会議では火花が散ってます(笑)。そんな中、代表の私はいつも突飛なことを言い出して、みんなを困らせるタイプです(笑)。とはいえ、初めて参加した時点ではかつての私と同じように、自分に自信のない人が意外と多いんです。でも、掘り下げてみると本当に素敵な人ばかりで、以前から培ってきたスキルやアイデアが次々と出てくるということもよくあります。
お母さんは妊娠・出産を経て一度社会から遠ざかることで、自分に何ができるのかが分からなくなってしまうことがあるんですね。実際は子育てを通じて身につく社会的なスキルもたくさんあるはずです。ただそれを評価する機能が社会の中にないので、お母さんたちは『私は一体何をやっているんだろう?』というマイナス思考に陥ってしまいがちなんです。私たちはまずそこに気づいてもらって、当事者意識を持って社会と関わること、人生を主体的に楽しめるお母さんを増やしていくことを意識しながら活動しています。具体的に何をやってくださいとは言わなくても、『あなたにできることがあるはずだから、それを見つけて、考えて、動いてみたらいいんじゃない?』というメッセージは送り続けるようにしています。その一言でハッと気づいて、自ら動き出す人もいます。
例えば、お母さんの手仕事による作品の出店を応援したいという思いから始まった『お宝市』という販売会を定期的に開催しているんですが、そこで経験を積んだお母さんたちが自ら新しいイベントを企画して立ち上げたりもしていて、そういった動きが生まれることはすごく嬉しく思います。
行政との協働に加えて、企業との関わりも積極的に進めているそうですが、先日開催されたイベント『ファミリーめっせ』も大盛況でしたね。
ファミリーめっせは年に一度開催している大きなイベントで、毎年新たな実行委員会を組織して企画・運営しています。協賛・出店していただいた各企業などのアピールの場であると同時に、運営するお母さんたちにとっての晴れ舞台でもあります。主体的なお母さんを増やしながら、関わってくれた人に大きな達成感を味わってもらえるまたとない機会なので、今後も続けていきたいと思っています。
またファミリーめっせに限らず、行政や企業との関わりは重視しています。その理由はシンプルで、私たちは本気で社会変革をしたいと考えているからです。私たちだけの活動だと発言力や影響力はどうしても限定されますが、そこに行政や企業が関わることで、その力は確実に大きくなります。また各企業での子育て支援に対しても、子育ての当事者である私たちが生の声を伝えていくことで、従業員の皆さんの労働環境の改善などにも役立つことができると思います。
お母さんたちと地域を結ぶ
メッセンジャーでありたい
今後の活動予定や夢について、お聞かせください。
今後の新たな活動としては、市民サークル、NPO、行政、企業など、地域の関係者が団体の枠を超えて交流できるワークショップを計画していて、今年の秋頃に開催する予定です。それと、母力向上委員会でカフェをやるのも夢なんです。今のところ会場を借りての単発開催という形ではありますが、少しずつ活動を進めているところで、いずれは母力向上委員会のカフェを子連れママの居場所にして、イベント開催などもできたらいいですね。
また、これは設立当初からの理念でもありますが、お母さんたちを地域の中で孤立させないためのメッセンジャーとしての役割を果たしていきたいと思っています。お母さんたちの声を行政や関係機関に届けることもそのひとつですし、情報発信として『ウミダスプラス』というフリーペーパーを隔月で発行していて、自由な時間の少ないお母さんたちに、少しでも多くの役立つ情報を届けていきたいです。
塩川さんのイメージする、輝いているお母さんとは?
これまでの活動で思い至ったのは、母力=自己肯定力ということです。独りよがりな自己満足ではなく、『よし、私はこれでいいんだ!』という思いを持って生活しているお母さんは、やっぱり輝いていると思います。世間一般で、女性の社会進出とひとまとめにして語られるような、バリバリと賃金労働をする女性だけを指しているわけではありません。子どもを背負ってでも社会との関わりを持てる人、パートタイムでもその時間の中で誇りを持ったいい仕事ができる人はたくさんいます。子どもがいるからできない、離婚したからできないではなくて、『私にはこれができる」というところから始める姿勢を持っている人を、地域の中で一人でも多く増やしていきたいです。また社会として重要なのは、そのための選択肢が充分に用意されていることです。母力向上委員会の活動もお母さんが活躍する場のひとつになれるように、さらにパワーアップしていきたいです。
そして忘れてはならないのが『父力』の存在です。私自身も含めて、パートナーの理解や協力があってこその活動だということは重々自覚していますし、イベントの設営時などには積極的に手伝ってくれるお父さんもたくさんいて、本当に感謝しています。でもやっぱり、お母さんがいきいきとしていることは家庭環境として大切で、子どもにもそれは伝わりますから、妻の笑顔のためにお父さんにもがんばってもらえると嬉しいですね。元気なお母さん、元気なお父さん、元気な家族、元気なまち。地域を笑顔にするための第一歩は、きっとお母さんの笑顔からですよ。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa
塩川 祐子
母力向上委員会代表
看護師・保健師
1975(昭和50)年10月9日生まれ(39歳)
浜松市出身・富士宮市在住
(取材当時)
しおかわ・ゆうこ/25歳で結婚し、長女の出産を機に富士宮市に転居。三姉妹の妊娠・出産・育児を経験する中で、地域における問題点や母親同士の交流の必要性を痛感する。富士宮市の女性限定コミュニティーサイト『ふじのみやイニム』の立ち上げに参画し、地域密着型子育て支援フリーペーパー「DOKIDOKISUNKIDS」の発行、富士宮市の事業『富士宮子育て支援マップ』作成などにも挑わる。2008年に有志とともに市民団体『母力向上委員会』を立ち上げ、代表として現在に至る。
母力向上委員会
妊娠・出産・子育て中のお母さんのための各種講座やイベントを随時開催中。地域子育て情報誌『Umidas+(ウミダスプラス)』の企画・制作・発行や、ゴスペル部・マーケティング部などの部活動も積極的に展開。すべてのプログラムが子連れ参加OK。
2016年4月よりNPO法人になった。
ウェブサイト: https://www.haharyoku.com/
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